379.ユイの指導日誌一ページ目:コンソールの街に吹く熱風

 スヴェインに相談したその日、彼は午前中の間にギルド業務をすべて片付け家までを迎えに来てくれた。


 そこから目的地までの移動は徒歩。


 彼女にはまだ聖獣に乗る資格はないし、聖獣たちは誰ひとりとして彼女を乗せたがらないだろうから。


「うわあ。これがコンソールの街並み……」


「サリナさん。家で散々言い聞かせてきたのでわかっているとは信じていますが……」


「はい! 勝手な行動はしません! 余計な口も開きません! すべてスヴェイン様とユイ様の命に従います!」


「よろしい。本当はあなたを連れ歩くだけでもいやなんですよ? それじゃなくてもスヴェインに迷惑をかけているのに」


「申し訳ありません……」


「反省しているならキビキビ歩く!」


「はい!」


 はあ、虚勢を張るくらいしかできないのが本当に情けない。


 ましてや


 そこにスヴェインを徒歩で向かわせるだけでも家の、場合によってはギルドの恥なのに。


 私が相談してしまったせいで、甘えてしまったせいでこんなことになるだなんて……。


「あ、お洋服のデザインもまったく違う……本当にヴィンドの服は時代後れ……今私の着ている服、全然大丈夫じゃない」


「サリナさん?」


「はい! 申し訳ありません!」


 本当に情けない。


 スヴェインはあんなに立派な弟子を、『カーバンクル』とウサギのお姉ちゃんを育てられたというのに。


 スヴェインに言わせれば『勝手に育っただけです』と言うだろうけど絶対に違う。


 それだけの技術と手間暇をかけたはずなんだ。


 私はシュミットの講師だった人間、それなのに……。


「あの。ところでどこに向かっているんでしょう? 中央通りは通り過ぎましたよね? 多分」


「黙って付いてきなさい。目的地に着くまで今後口を開いたら全裸で歩かせます。時代後れの服はいやでしょう? ビリビリに破いて二度と着れなくして脱がしますよ?」


「もう喋りません!」


 どうすればいいんだろう?


 今から謝ればスヴェインは引き返してくれるだろうか?


 でもあと数分も歩けば目的地に着いてしまう。


 私は指導者としてどうしたら……。


「さて、たどり着きましたよ。サリナさん」


「え、スヴェイン様。ここって……」


「コンソールの街の服飾ギルドです。服の『コンソールブランド』を生み出している場所でもあります」


 ああ、悩んでいる間に着いてしまった。


 もう後戻りはできない。


 これ以上スヴェインに恥をかかせないためにはどうすれば……。


「錬金術師ギルドマスター、スヴェインです。服飾ギルドマスター、セシリオさんと面会できますか?」


「少々お待ちください。予定を聞いて参ります」


 考えている間にどんどん事態は進んでいく。


 どうすれば、どうすれば……。


「評議会以来ですねセシリオさん」


「スヴェイン殿。今日は突然の来訪どうなさいましたか? ああ、いえ。普段から突然なのは変わらないのですが……その、ペガサスは?」


「今日は理由があってお休みです。セシリオさんには少しお願いが」


「はい。それより、後ろにいるのはユイ夫人ですよね。お久しぶりです、ユイ夫人

。いえ、まだユイ師匠と呼んでもよろしいでしょうか?」


「師匠だなんて! ギルド員の育成を途中で放り出した半端者です。どうかお好きなようにお呼びを」


 セシリオさん、変わってないようで安心した。


 ギルドマスターになって勘まで鈍ってたらどうすればいいのかわからなかった……。


「では。やはりユイ師匠と。あなたに教えられた服飾の技術、ギルドマスターになってからというもの錆び付かせないでいるのが精一杯です」


「そんな、恐れ多い」


「ふむ。結婚してから大分丸くなりましたか。昔ならこんな半端なことを言い出したら一発蹴られたものですが」


「あうう……忘れてください。スヴェインの前で恥ずかしい」


「あなたも愛する夫の前ではひとりの乙女ですか。いや、よかった。ギルド員全員心配していたのです。結婚してからというもの一度も姿を見せてくれないので」


「うう……申し訳ありません」


「はっはっは! これはギルド員一同に見せねばいけませんな。スヴェイン殿もそれがお望みでしょう? 


 セシリオさんの目、前より鋭い。


 ああ、ギルドマスターになって鍛えられたんだ。


 私、内弟子にきた娘ひとり育てるのに迷うのに。


「はい。それがお望みです。ご案内いただいても?」


「ええ。あなたが私の元に直々に来るなど珍しいですからね」


「申し訳ありません。突然押しかけて」


 ああ、やっぱり頭を下げさせてしまった。


 ギルドマスターの肩書きも使ってしまったし、私、どうしたら……。


「では、返しましょう。あまりにも借りが多すぎて当代で返しきれるものではありませんが」


「ご謙遜を」


「これ以上のやりとりはユイ師匠を不安にするだけですね。さあ、参りましょうか」


「え、工房!?」


「あなたは黙って付いてきなさい」


「はい!」


 どうしよう。


 もう後戻りできないし、どうすればいいのかもわからない。


 所詮十五歳の小娘に指導なんて……。


「ユイ、久しぶり!」


「皆、ごめんなさい、急に抜けて」


「気にしないで、事情は全部シャルロット様から聞いてるから!」


「それよりも結婚おめでとう! どうして式に私たちを呼んでくれないの! 水くさい!!」


「ああ、その……私も不意打ちで求婚されて」


「きゃー!? スヴェイン様と結婚できただけじゃなくて不意打ちで求婚だなんて!! もうすませることはすませた!? 予定は!?」


「えっと、すませることはすませてるよ。予定はまだ先。私もまだまだ現役でいたいし、スヴェインも忙しいから」


「スヴェインって呼び捨て!! すごい!!」


「えへへ……じゃなくて。ここにいる田舎者。にコンソールの風を見せつけてやってほしいの。とびきり熱い風を」


「……わかった。報酬は今度夫婦事情を話すことね」


「……皆も好きだね」


「年頃の乙女ですから!」


「皆、裁縫準備! 素材はマジックスパイダーシルク!」


「道具、準備完了!」


「素材よし!」


「じゃあ始め! ユイに成長した姿を見せるよ!!」


「「「おー!」」」


 皆がマジックスパイダーシルクを手に作業を始めた。


 皆も成長したなあ。


 前だともう既にボロボロにしてたのに。


「裁縫完了!」


「ユイ、仕上げて!」


「え、私!?」


「服飾リーダーだったんだからこれくらいできるでしょ!」


「色ボケでもした!?」


「もう……やるよ! 【衝撃無効】!」


「「「【衝撃】!?」」」


「はい、仕上げ終了。ガツンとハンマーで叩いちゃって」


「ええと……エンチャント、失敗してないよね? 大丈夫だよね?」


「失敗してるように見えた?」


「見えなかったけど……ええい、そーれ!」


「……なんの音もしない。本当に【衝撃無効】だ」


「すっごいよ、ユイ! 【衝撃無効】とか最上位エンチャントだよ!?」


「私も成長したんだよ。……って、食い入るように見られてる!?」


「ユイ師匠。見るなというのが酷というもの。マジックスパイダーシルクの縫合からすべて見させてもらいました。


 ああ、そうだ。


 これがコンソールの風。


 私たちの吹き込んだ熱風。


 これなんだよ、求めていたものは!


「さて、お嬢さん。あなたがどこの誰かなど知らない。だがひとつだけ。


 サリナさんに告げられる残酷な現実。


 でも事実だから


「この場に加わりたいのなら、その魂から磨き上げてきなさい」


 サリナさんは……ただ打ちのめされているだけ。


 これでもダメか……。

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