71.【錬金術師】エリナ

「ここが末娘、エリナの作業部屋になります」


 僕はエルドゥアンさんの娘、レオニーさんに早速【錬金術師】の娘さんの元へ案内してもらいます。


 中からは作業をしている音も聞こえていますし、在室中なのは間違いないでしょう。


「エリナ、レオニーよ。入るわよ」


「あ、うん。どうぞ」


 彼女の作業部屋へと入ってみますが……うん、あまり整頓されていませんね。


 僕のアトリエはラベンダーによって強制的に掃除されるため、比較対象には相応しくないのかも知れません。


 ですが、ここまで散らかっていると細かい作業を行う錬金術の作業部屋として相応しくありませんね。


「お母さん……ボク、また先生に逃げられちゃった……」


「わかっています。それで、旅の錬金術師さんにあなたの作業を見てもらおうと思いお連れしたわ」


「旅の錬金術師?」


「ええ、イナの治療薬も作っていただいた方よ」


「ええっ! そんな方が!!」


「……安心なさい。その方の年齢はあなたとさほど変わらないと伝えてあるでしょう?」


「そっちの方が問題だよ、お母さん! ああ、こんな散らかった作業部屋を見られたら……」


「見られたらまずい、という自覚があるのでしたらよろしいでしょう」


「ええと、あなたが?」


「旅の錬金術師、スヴェインと申します。こちらが相棒で恋人の魔術士アリア」


「よろしくお願いいたします」


「こちらこそ! ……それで、やっぱり作業部屋が散らかっているのは問題ですか?」


「問題ですね。錬金術の作業には精密なものが多く含まれます。その際、細かなゴミが入ってしまっては一気に品質が下がりますから」


「うぅ……やっぱり」


「というわけで、腕前を見せてもらう前に掃除ですね。アリア、申し訳ないですがラベンダーにやってもらいましょう」


「ラベンダーちゃんなら大喜びでやりそうですね。来てください、ラベンダーちゃん」


「はいはーい! ……おお、掃除のしがいがありそうな部屋!」


「ええ。ラベンダー、この部屋を掃除するにはどのくらいの時間がかかりますか?」


「んー、1時間くらい? もう少しかかるかも」


「その間は僕たちは別室で待っていましょう。よろしくお願いします、ラベンダー」


「うん、いいよー。ところで、窓のところに吊してあるも捨てていいの?」


「ああ、だめです! あれはボクが採取してきた……」


「構いませんよ、もう最低品質まで落ちた薬草です。それを使っても傷薬すらまともなものはできないでしょう」


「え?」


「りょうかーい。それじゃあ、別のお部屋で待っててね!」


 ラベンダーに追い立てられるように部屋から出されます。


 まあ、いつものことですがね。


「ああ、自己紹介が遅れました。ボクはエリナといいます」


 エリナちゃんは緑色の髪を左右でお下げにした少女です。


 背丈はアリアと同じくらいでしょうか?


「さて、ラベンダーに追い出されてしまいましたし、作業の実演をしてもらうのは後回しです。先にお話を伺いましょう」


「ボクの話なんて聞いても面白くないと思いますが……」


「それは僕たちが決めます。レオニーさん、どこか話ができる場所を貸してもらえますか?」


「それなら、いまの時間は食堂を使ってもらうといいわ。営業していないから、ほかに人が来る可能性もないし」


「わかりました。では、そちらに向かいましょう」


「あ、はい……」


 食堂に移動してから聞いた、エリナちゃんの話をまとめるとだいたいこのような感じです。


 エリナちゃんは『交霊の儀式』の段階で【錬金術師】の才能に目覚めたらしいですね。


 その後、錬金術師ギルドに通うようになったのですが、そこの雰囲気に馴染めず……というより5歳児が来るような場所ではなかったようで、1年と持たずに通わなくなったそうです。


 そのあとは教本を元に独学で基礎を学び、10歳の『星霊の儀式』でも【錬金術師】の職業を維持しました。


 ただ、そのあとは伸び悩み、街でアトリエを経営している錬金術師に家庭教師を依頼しては見限られ……という日々が続いているようです。


 そして、先ほど出て行ったという錬金術師の方が最後のひとりだったようですね。


「ふむ、独学で学んで【錬金術師】ではあるのに家庭教師には断られ続けている、ですか……」


「はい、なにが悪いのかさっぱりわからず……」


「家庭教師に来てくれた方々は教えてくれないのですか?」


「教本通りにやっているのになぜできないんだ、と叱られるばかりでなにも……」


 ああ、これは重症ですね。


 というか、その講師役も役立たずなことこの上ないです。


「まだ時間はありますし、その教本を見せてもらってもいいですか?」


「はい。私の部屋にあるので取ってきます」


 エリナちゃんは足早に裏のスペース、居住スペースへと駆け去って行きます。


 入れ替わりにやってきたのは彼女の母親であるレオニーさんでした。


「どうです? 原因はわかりそうですか?」


「今言えることは、今までの教師陣が無能だとしか。教本に載っていることであっても、間違っている点は指摘してあげなくては伸びません」


「そうでしたの。エリナはなにも言わないので……」


「我慢強いのも問題ですね」


 そこにエリナちゃんが1冊の本を抱えて戻ってきました。


 かなり読み込んだ痕もありますし、小さい頃から大事にしているのでしょう。


「スヴェインさん、これがボクの使っている教本です」


「では内容を確認させていただきます」


 さて、教本の内容ですが、序文は問題ないですね。


 というか、序文から問題があったらさっさと読み終えるつもりでしたが。


 次に初歩的なアイテムの作成ですか……ああ、これは……うん、これでは育ちませんよねぇ。


 僕は『薬草の下処理』と書かれていたページまで読んだところで本を閉じました。


「スヴェインさん?」


「うん、この本じゃだめです。というか、ヴィンドの錬金術師は本当にこの本で生計を立てているのでしょうか?」


「えぇ!? そのはずですよ! 僕に教えに来てくれていた方々も、同じ本を持ってきていましたし」


「……それだけヴィンドの錬金術レベルが低い? それとも、この国全体の錬金術が未発達なんでしょうか?」


「スヴェインさん?」


「ああ、すみません。とりあえず、この本は役に立ちません。読み込んできたのはわかりますが、この本の内容で役立つ知識はわずかでしょう」


「そんな……」


「例えば、僕が最後に見た『薬草の下処理』のページです。このページには、薬草を天日干しにして乾燥させることで薬草の魔力を濃縮できるとありますね?」


「はい。ボクもずっとそうしてきました」


「それが間違いです。薬草をなにも下処理せずに天日干しにした場合、薬効成分がほぼすべて抜け出し、ただの枯れた葉っぱになります。これを使ってポーションを作るのは僕であっても至難の技です」


「えぇ……」


「どうしても天日干しにして魔力圧縮をしたい場合、最適な濃度の魔力水に1時間ほど浸してから干す必要があります。……はっきり言って、そんな手間を加えるなら新鮮なうちにポーションにしたほうがマシですが」


「そうなんですか?」


「それにこの本、魔力水の作り方がすごい雑にしか取り扱ってません。これではまともな品質のポーションはできませんよ。それどころか、傷薬だって一般品ができるか怪しいです」


「……魔力水は完成すればどれも一緒だと習ってきました」


「むしろ逆です。魔力水が完璧に作れない限り、高品質の錬金アイテムは作れません」


「そんなぁ……」


「そもそも、魔力水を作る時に材料の水はなにを使っていますか?」


「え? 普通に井戸水を使っていましたが……?」


「……そこからですか。……いえ、この本には魔力水の正しい作り方すら載っていませんでしたね」


「え、え?」


 エリナちゃんは完全に混乱しています。


 今までの知識を全否定しているのですから、無理もないでしょう。


「お掃除おわったよー!」


 これまた、ちょうどいいタイミングでラベンダーがやってきてくれましたね。


 これで実演ができますよ。


「ありがとうございます、ラベンダーちゃん。きれいになりましたか?」


「もちろん、ばっちり!」


「では、ラベンダー。早速ですが、作業部屋を使わせていただきますね」


「うん! 換気も終わってるからね! またねー!」


 ラベンダーも帰っていったことですし、実演してみせましょう。


 作業部屋は先ほどとはうって変わって清潔な空間になっています。


 徹底的にやりましたね、ラベンダーは。


「……これが、ボクの作業部屋?」


「部屋の変化に驚いている暇はありませんよ。まずは、最低限のポーションを作れるようになりましょう。食堂に行って湯冷ましをもらってきてください」


「湯冷まし……ですか?」


「ええ。本来なら蒸留水を使うのですが、道具もないですし教える時間もありません。湯冷ましを濾過したもので代用します」


「わかりました。清潔な布も必要ですね」


「ええ、お願いします」


 エリナちゃんが湯冷ましをもらいにいっている間に薬草を準備します。


 いつも使っている最高品質のものではなく、普段市場に出回る一般品の薬草ですよ。


「持ってきました。……って、薬草?」


「薬草は僕のほうで用意しました。まずは魔力水の作り方を覚えてください。さすがに濾過はできますよね?」


「はい。ですが、湯冷ましを濾過する意味合いって……」


「説明する時間が惜しいです。目に見えないほど小さなゴミが入っているのを取り除く、とだけ教えておきます」


「わかりました。……これでいいですか?」


「ええ。魔力水の作り方ですが、水の中に魔力を溶け込ませるのはさすがにわかると思います。溶け込ませる方法として、水をかき混ぜるイメージで、魔力は一度に一気に入れるようにしてください」


「わかりました。……こうかな、えいっ!」


 エリナちゃんが作った魔力水は……低級品ですか。


 まあ、仕方がないでしょう。


「……まともな魔力水ができた」


「……まともと言っても低級品ですよ? せめて一般品を作れるようにならないと」


「でも、私、いままで最下級品か下級品しかできた例しがないんです!」


「井戸水をそのまま使っていましたからね。不純物が多すぎてまともな魔力水にならなかったのでしょう」


「……今までの講師の方々は知っていたのでしょうか?」


「それを気にしても仕方がありませんよ。薬草は一般品質のものを用意しました。これを使えば……運がよければ一般品、普通でも低級品にはなるでしょう」


「そこは一般品を保証してほしいのですが……」


「さすがに無理がありますよ。せめて1週間ほど仕込めば、一般品を量産できる程度のことはできるようになりますが」


「え?」


「今はポーションを錬金してください」


「は、はい!」


 慌てて、でも集中してエリナちゃんは錬金術を行使し始めました。


 そして、出来上がったポーションは……うん、低級品ですね。


「は、初めてポーションができた……」


「低級品のポーションで満足してほしくはないのですが……ともかく、おめでとうございます」


「ありがとうございます。ちなみに、スヴェインさんが本気で錬金術を使うとどうなるんですか?」


「あの、エリナちゃん。見ない方がいいですよ? 自信をなくしますから」


「アリアさん?」


「まあ、見せるだけならいいでしょう。これで心が折れるか、更に先を目指すかは本人次第です」


 僕はストレージからいつものポーション素材を次々取り出します。


 エリナちゃんは、そもそもストレージの魔法を見るのが初めてだったようですね。


「さて、始めましょうか。……てい」


「『てい』って、そんな簡単に……」


「ポーションの錬金はすでに万単位でこなしていますので。注意すべき点だけ注意していますよ? それよりも、品質鑑定はできますか?」


「はい。……って、特級品!?」


「はい。僕にとって『普通の』ポーションは特級品になります」


「これ、いくら位するんですか?」


「1本金貨1枚で売ってますね。卸値ですから小売値は知りません」


「金貨……ボクの家も高級宿だけど、ポーション1本で金貨……」


「まあ、こんなところです。悪いところはわかりましたかね?」


 僕はできたポーションを瓶詰めしてストレージにしまいます。


 講義もこの程度で大丈夫でしょう。


 あの不十分な教本しかないのが気がかりですが……。


「あ、あの!」


「なにか質問がありましたか?」


「ぼ……ぼ……」


「ぼ?」


「ボクを弟子にしてください!」


 ……弟子入り志望ですか。


 これは困りました。


 アリアも横でクスクス笑ってないで、助け船を出してください。

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