977. ボスとの交渉

「さて、今日の面会理由は西区画の買い取り状況についてだ。話は聞いてるかい?」


「いえ、まったく。家では仕事のこと、特に極秘になるようなことは話しません」


「じゃあ最初から説明しようか。あたしらはスヴェインから頼まれて新市街西市街に工場を建てるべく土地の立ち退き交渉を進めている。どこのギルドの工場かわかるかい?」


 西市街ですか。

 西といえば、おそらくは……。


「鍛冶ギルドと服飾ギルドでしょうか?」


「正解だ。なんだ、ある程度は知ってるんじゃないか」


「理由に心当たりがあります。それで、交渉はうまくいっているのでしょうか?」


「まあ、ぼちぼちだ。立ち退き交渉に応じてくれた住人には相応の謝礼を支払っている。いま応じてくれていない連中は、謝礼に不満があるわけじゃなく住んでいる場所に愛着がある連中だね」


「なるほど。そうなると簡単に立ち退いてはくれそうにありません」


「そうだね。コンソールの怪童ならどうでると思う?」


 スヴェイン様ならですか。

 スヴェイン様も強引な手法は好まないでしょう。

 まして、今後よい関係を築いていかなければならない新市街の住人たちです。

 そうなると、考えられる手はひとつですね。


「西市街のどこかに新しい住居を用意してそこに引っ越してもらうのはいかがでしょう?」


「スヴェインもそう考えるだろうね。ちなみに、鍛冶ギルドと服飾ギルドの工場ってのは騒音みたいな環境被害が出るのかい?」


「鍛冶は騒音と周囲の気温の上昇、服飾は多少の騒音でしょうか。鍛冶ギルドは精錬所を作るはずですので相応の公害が出ます。服飾ギルドはどうでしょう? そこまで公害は出ないはずですが」


「となると、鍛冶ギルドをどこに建てるかだね。精錬所を建てるってことは、住宅地となるべく離れていた方がいいんだろう?」


「そうなります。万が一のことを考えると、火事の被害を最小限にするために延焼しやすい建物は遠ざけたいですね」


「さて、そうなると……鍛冶ギルドはいまもテント街になっている一角か」


「いい場所があるんですか?」


「西門のそばにいまでもテント街となっている一角がある。衛兵がすぐそばにいて治安がいいし、建物を建てるとそれなりに税金を取られるだろうと考えてテント生活を続けている連中さ。あいつらに立ち退き交渉をしよう」


「しかし、税の取り立てを嫌がっているのでしたら、ちゃんとした住まいも嫌がるのでは?」


「あいつらは正式なコンソール市民じゃない。コンソールの市民証と新しい家を提供してやれば納得するだろう。税金だっていつまでも逃れられるわけじゃないしね」


 その通りですね。

 スヴェイン様としてもコンソールの恩恵をあずかりながら税金を逃れ続けていることは許さないでしょう。

 ここは穏便にコンソール市民として認める代わり、税金を支払ってもらうようにならなくては。


「服飾ギルドの工場はそれほど公害が出ないなら、いま立ち退きを進めている一角でなんとかなるだろう。こっちはこのまま進めておくよ。コンソールの怪童が来たなら、ほかのギルドの状況も聞こうと考えてたんだが、代役じゃ無理だね」


「はい。さすがにほかのギルドの思惑まではわかりません」


「じゃあ、コンソールの怪童の回復待ちで大丈夫だよ。今日はご苦労だったね」


「いえ、今後もよろしくお願いいたします」


 交渉はこれで終了ですね。

 しかし、私を相手にしてもまったく動じませんか。

 さすがは裏社会のボス、肝が据わっておりますね。

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