師匠の再来とカーバンクルの花

265.セティ師匠、再来

「はい! 『ストレージ』です!」


「『ストレージ』!」


「うんうん。さすがに座学の時間がなかった分スヴェインやアリアには劣るけど、ふたりも想像以上の習得の早さだよ」


「やったのです!」


「うん!」


 錬金術師ギルド……いえ、いまは新生コンソール錬金術師ギルドでしたか。


 ともかく、錬金術師ギルドにアーマードタイガーが棲み着くようになったのと同じ頃、セティ師匠がコンソールに舞い戻ってきました。


 本人はウィル君の様子を見て指導をするために来たつもりだったはずなのですが、僕の弟子たちが高品質ミドルマジックポーションまで完成させていることを知ると大はしゃぎ。


 ウィル君の指導はまだ杖術講師任せでも大丈夫、と言う理由からニーベちゃんとエリナちゃんに『ストレージ』を教え始めました。


 十日前から。


「ふたりとも、基本は完璧だ。あとは回数を重ねてきちんとした『ストレージ』を使えるようになれば時空魔法の第一歩は完了。そのあとは……スヴェインとアリアに鍛えてもらいなさい。最初の一歩を教えることが苦手だったとしても、君たちの先生もまた偉大な魔術師。その程度の事はできるし、できてもらわねば困りますからね」


「はいです!」


「はい!」


「セティ師匠ったら……」


「指導計画をどんどん前倒しに……」


 本来だったら春くらいから本格指導の予定だったんですよ!?


 そんな事を言ってはこの子たちが止まらなくなるじゃないですか!!


「それじゃあ、セティ様。時空属性の魔術書をください!!」


「え?」


「ボクたち少し前、座学を疎かにしてスヴェイン先生に多大なご迷惑をおかけしたんです。なので時空魔法は座学から入りたいんです!」


「ああ、いや。困ったね。時空属性の魔術書は作っていないんだよ。読んでも理解できないものが多いだろうし、悪用されると……」


「「えー……」」


「……わかった。一週間だけ時間をもらいたい。その間に全魔法を記した魔術書を書き終えるから」


「はい! 約束です!」


「それまではほかのお勉強だね!」


「ですね! 今日は錬金術師ギルドにも行きませんし座学です!」


「魔物学から調べよう! 前みたいなことにならないように!」


「はい!」


 弟子ふたりは走ってお屋敷へと戻っていきました。


 ……セティ師匠を困らせるとは、あの子たちもできますね。


「スヴェイン、アリア。あの子たちが言っていた迷惑ってなんなんだい?」


「ああ、あの子たちがどうしても最高品質ミドルポーションを作りたいとせがむものですから、必要な魔物素材を教えたんですよ」


「……バイコーンの生き血を? そんなもの、普通の冒険者には」


「ええ。あの子たちは『バイコーン』というモンスターを知らずに街中を駆け回りましたの。それで、各所でお断りを」


「話は読めたよ。スヴェインのことだ。彼女たちが回った先、すべてにお詫びして回ったんだろう?」


「はい。わざととはいえ、バイコーンの恐ろしさを教えなかったのは僕の罪。お詫びをして回るのが筋かと」


「まったく、義理堅い。それで、あの子たちが座学を急に始めた理由もそれかい?」


 さすがは師匠、話が早い。


「ええ、そうですわ。あの子たちは私たちが街を離れる際に残していった宿題ばかりに手をつけていたんです」


「その結果として錬金術の腕前はご覧いただいたほどに。魔法の腕前も十二歳ではあり得ないほどに成長いたしました」


「ですがその分、座学を疎かにしてしまい実践能力だけで足元の知識が足りない有様ですわ」


「彼女たちはその遅れを取り戻そうといまもがいているんです」


 ここまで話を聞いたセティ師匠は少し考えてから話を続けます。


「でも、それは君たちが街に残り続けても大差なかっただろう?」


「ええ、まあ」


「彼女たちの目標を達成するには四年という時間はあまりに短すぎる。座学はほどほどにとどめて必要な能力、つまり実践能力を鍛える計画でした」


「ですが、あの子たちってば私たちが三年かける予定だった道程を一年で駆け抜けたのですよ?」


「仕方がないので、知識を確かめること、座学の大切さを教えること、焦りを捨てさせることなどを目的として大人の皆様に迷惑をかけさせてしまいました。皆さんたまには子供らしい我が儘を許さないと大人じゃない、と笑っていましたが」


「シャルまで笑っていたのですわよ? お兄様も意地悪ですね、と」


 そこまで聞いた師匠は小さく微笑みながらこう告げてくれました。


「いい師匠になりましたね、スヴェイン。あの子たちの年齢を考えれば危険のない範囲で失敗から学ばせることも重要です。その意味ではあなたたちを十歳で出奔させねばならなかった僕は師匠失格なのですが……」


「師匠にはその前の四年間で多くのことを学ばせていただきましたから」


「私も本当に感謝しております」


「……弟子にそう言っていただけるとこみ上げるものがありますね。僕も優秀な子供をまた見つけたら弟子にいたしましょう」


「師匠? 子供に優秀も不出来もありませんよ?」


「努力を積み重ねられるかどうかだけですわ」


「それもそうでした。……スヴェイン、アリア。この街であなた方がお世話になっている方々を紹介していただけますか? 師匠としてお礼を言って回りたいのです」


「僕たちがお世話になっている相手……」


「コウ様たちは除外ですわよね?」


「コウ殿には前にお礼を述べました。ほかにはいらっしゃいませんか?」


「僕はギルド評議会や錬金術師ギルド関連でそれなりに相手がいますが……」


「申し訳ありません。私は出不精なもので」


「アリアが籠もりがちなのは仕方がありません。ではスヴェイン。あなたがお世話になっている方々のところへごあいさつをしに参りましょう。アリアも一緒に来るのですよ?」


「承知しております」


「では案内いたします。聖獣に乗って移動しても大丈夫ですので、師匠はメンに乗ってください」


「はい。……それにしても、コンソールも聖獣たちの遊び場になってしまいましたね」


「共存を望んでしまった以上、仕方のないことですわ」


「それもそうですね。では参りましょう」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る