236.『斧聖』『槍聖』『拳聖』『爪聖』『盾聖』
その日は居心地の悪かった宮殿を出て街中の宿に泊まります。
そして、待ち合わせの時間に街門まで行くとジェレミさんが僕たちのことをひとり待っていました。
「お待たせしましたか。ジェレミさん」
「いえ。私の方が気が逸ってしまい、朝早くから来ていたのでお気になさらず」
「そうですのね。ところで、その馬は?」
「この馬はズレイカ様から下賜いただいた大切な馬なのです。連れて行くわけには参りませんか?」
「構いませんが……ずっと空の旅ですよ?」
「その程度で怯えたりはしません。とりあえず、街の外へ出ましょう」
「わかりましたわ」
胡乱げな目を向けてくる衛兵の間を通り抜け、僕たちはある程度街から離れました。
そこでロック鳥たちを呼び出し、ジェレミさんとその馬を背に乗せ今後の打ち合わせです。
「スヴェイン殿。実は、あと幾人か私と同じような境遇で腐っている者たちを知っています」
「同じような境遇?」
「はい。全員が全員、『聖』の称号を授かってしまったがため、この国では相手がおらず、日夜コロッセオで戦い続けている者たちです」
ふむ。
ジェレミさんの推薦と言うことは腕前だけならそこそこなのでしょう。
「とりあえず会いに行くだけ会いに行ってみましょう。スカウトするかはその後の判断です」
「よろしくお願いいたします。場所はバッドランドとなります。案内いたしますので、ついてきてください」
「ええ。間違えても街の見える距離でロック鳥から降りないように」
「……反省しています」
ジェレミさんの案内された先、バッドランドは十分ほどでつきました。
むしろ、聖獣を降りたあと街まで移動するのに時間がかかった程です。
「ここがバッドランドですか?」
「はい。中心部にあるのがコロッセオ。あそこに『斧聖』『槍聖』『拳聖』『爪聖』『盾聖』の五人が在籍しています」
「五人も……ですの?」
「はい。いずれも自分の力を持て余している者たちばかりです」
「そうですか。では軽く揉んであげましょう。それでダメなら諦めます」
「スヴェイン殿の軽くでは、皆が形無しですね」
「今の技量は問いませんわ。あなたのようにスヴェイン様の技をみて熱く燃えるかどうかです」
「保証したいのですが……性根まで腐っていないことを祈ります」
********************
「はっは! どうしたどうした!? それで終わりかよ?」
「く!? うわぁ!?」
『勝負あり! 勝者チャンピオン『斧聖』マリリン!』
そのアナウンスによりコロッセオが一気に盛り上がります。
対して僕らは……。
「興ざめですわ」
「あの程度ですか」
「朝述べた通り、腐っているのです」
『さあさあ! 次の挑戦者はいないのか!? マリリンに勝てれば白金貨一枚だ!!』
「あんなのに勝って白金貨一枚なんて……」
「お金の重みがわかっていませんね」
「……面目ない」
「ですが、揉んでくると言った手前なにもしないわけにいきませんね。遊んできます」
僕は……まあ、めんどくさいのですが観客席から闘技場へと飛び降りました。
『あ、あ? ええと、少年? ここは遊び場じゃ?』
「遊び場ですよ。あんな弱い方がチャンピオンだなんて笑わせてくれます」
『はあ?』
「なんだと、小僧?」
「ああ、申し遅れました。僕の名前はスヴェイン。コンソールの街で錬金術師ギルドマスターを務めさせていただいております」
『は、え? 錬金術師ギルドマスター? こんな子供が?』
沸き起こるのは大爆笑。
まあ、当然でしょう。
僕だってギルドマスターの地位はさっさと譲ってしまいたいのですから。
「ま、どっかの街の自称錬金術師ギルドマスターさんがなんのようだ?」
「いえいえ。あまりにも弱すぎる方がチャンピオンだというので少し揉んであげようかと」
「……おいおい、そろそろ笑えなくなってきたぞ?」
「笑わせるつもりなどありません。本気です。そちらの武器はその魔鋼製の斧で結構。僕の武器は……手加減してこれを使います」
そう言って僕がマジックバッグから取り出したものは。
「木剣だと?」
「はい。鉄芯が入っているので少しばかり頑丈で重いですが木剣です。まあ、ただの魔鋼を砕くだけなら十分かと」
「……おい。舐めるんじゃねえ、小僧」
『ええと、チャンピオン? 抑えてください? 相手は子供ですよ?』
「僕に負けるのが怖いのでしたら逃げてもらって結構。ルールは簡単、あなたは僕に一撃与えれば勝ち、僕はあなたの武器を破壊すれば勝ちです」
「……少し痛い目を見ないとわからないようだな?」
「見た目だけで相手を侮る時点であなたは弱すぎる。本当は相手もしたくないのですがジェレミさんの推薦です。一日だけ時間を潰すとしましょう」
「……ぶっ殺す!」
『ちょ!? チャンピオ……』
マリリンという女性ドワーフの方が振り下ろしてきた巨大な斧。
それを軽く横から叩いて試合終了です。
「は?」
『え?』
「さっきから言っているでしょう。あなたは弱すぎると。木剣未満の武器がないので仕方がなく木剣を取り出しましたが……それでも相手になりませんか」
「ま、え? 嘘だろう……」
コロッセオを支配するのは静寂と混乱。
チャンピオンとか言うのが一瞬で負けたのですから当然でしょう。
「さて、代わりの武器はありますか? あるならまだ相手になりますよ?」
「と、当然だ。代わりの武器くらい……」
「そうそう、ここにはほかに、『槍聖』、『拳聖』、『爪聖』、『盾聖』の方々もいるそうじゃないですか。ハンディキャップ代わりです。まとめて相手になりましょう」
『え、あの?』
「それとも、怖じ気づいて出てこれませんか? それならそこまでだと諦めますが」
僕のその言葉に四人ほど闘技場へとやってきました。
この方々も『斧聖』と似たり寄ったりですね。
「マリリン。あんた、なにあんな子供に負けてるのさ?」
「手加減しすぎだぞ?」
「まったく五大チャンピオンの名が泣く」
「そうそう。あんな大口叩かせて、どう責任取ってくれるの?」
「え、いや。手加減なんて……」
「準備はできましたか? 先手は毎回譲ってあげます。いつでも、どうとでも、かかってきなさい」
********************
『あ……うそ……だろ? 俺は、俺たちは悪夢でも見せられてるのか?』
その日の夕暮れ時。
五大チャンピオンという方々は完全に心をへし折られて闘技場に転がっていました。
周囲には僕が破壊した数十個いえ、百以上におよぶ武器の残骸が転がっています。
「実感できましたか? 自分たちの弱さが」
「なに、この子供……」
「化け物だ……」
「こんなの嘘だ」
「俺たちが子供に負けるなんて……」
「私の盾。紙よりも簡単に……」
はあ、無駄足でしたかね、ここは。
「もう日が暮れますし、いい加減遊ぶのにも飽きました。それでは、さようなら」
闘技場の出入り口、閉まっていましたが開くのを待つのも面倒なので切り落として帰ります。
チャンピオンとやらに勝てば白金貨一枚とか寝言をほざいてましたし、この程度の出費は痛くもないでしょう。
********************
「チックショウ!! なんなんだ!? あの小僧は!」
「私たちの技、まるで通用していませんでした」
「そんな生温いものじゃない。俺たちが攻撃するたびに武器を破壊されていたんだぞ?」
「俺たちは全員『聖』の名を持つものだ。それがあんな子供に負けるのか……」
「私の盾技……紙より脆かった……」
「ずいぶん荒れているようだな?」
「お前は……ジェレミか」
「久しぶり。でも、あなたの相手をする気分じゃないの」
「悪いな。また今度会いに来てくれ」
「すまん」
「ごめんね」
「悪いが次はない。そして、お前たちに最後のチャンスを与えに来た」
「最後のチャンス? どういう意味だ?」
「お前たちの心をへし折ったスヴェイン殿。あの方に私も心をへし折られた」
「その割に平然としてるけど……」
「当然だ。あの技を教えてもらえる。そう約束してもらえたからな」
「なに?」
「あの方が使っていた剣術は〝シュミット流〟というらしい。相手の武器にのみ攻撃を行い、武器に触れる瞬間だけ簡易エンチャントを施す。たったそれだけの超高等技術だ」
「俺たち、そんな化け物と一日戦っていたのか……」
「そうだ、そこでお前たちに最後のチャンスだ」
「さっきも言っていたけど、なに?」
「あれを見て心が奮い立つのであれば、この街を出る支度を今日中に済ませろ。明日の朝にはスヴェイン殿たちと私はこの街をでる。あの方に言わせれば『聖』についただけで満足しているような人間はいらないそうだ。むしろ、あの技をみて、心折られてなお奮い立つ人間を募集しているらしい」
「「「……」」」
「私が伝えるべきことは伝えた。それでは失礼する」
********************
翌朝、宿を出たあとジェレミさんに確認を取ります。
「ジェレミさん、伝言はしてきたのですか?」
「しかと。あれでもこないのであれば、それまでだっただけです」
「では、期待しておきますわ」
宿から街門へとのんびり向かい門が見えたとき、そこに五人の男女がいました。
「ふむ」
「お前たち、覚悟は決めてきたのだな?」
「ああ、覚悟はできた」
「こんな街でチャンピオンと呼ばれていることに満足していた自分が恥ずかしいわ」
「世界の広さを見せつけられた」
「俺たちもそれを知れるんだよな?」
「私の盾も強くなる?」
「ええ、あなたたちの熱意さえあるなら。指導はもちろん厳しいですが」
その言葉に沸き立つ『聖』の称号を捨て去った者たち。
この街からはチャンピオンとやらがいなくなりますが、まあなんとかしてもらいましょう。
ほかにいい人材は落ちていませんかね?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます