140.挿話-13.シュベルトマン侯爵の謁見

 私、シュベルトマンが王都までたどり着いて早一カ月、ようやく謁見の日取りが決まった。


 決まったとは言え、それは半月後のことなのだが……。


 謁見の日になり、私は爺やとともに王城へと向かう。


「ああ、じれったいものだ。この国のポーション事情を変える一大改革だというのに」


「お気をお静めください。陛下もなにかと忙しいのでしょう」


「ふん。忙しいのは陛下ではなく、あの頭の固い宮廷錬金術師統括長だろう。あれがそう簡単にポーションの改革などという誘い文句に乗るはずもない」


「だとしてもです。陛下の御前で無礼な真似はせぬよう」


「心得ている。……さて、そろそろ王城だな」


 王城の中に入り待合室で待たされることしばらく、ようやく謁見の準備ができたということで謁見の間へ向かう。


 だが、誰もが私のことを軽んじているな。


 無理もない。


 『特級品ポーションと正式なポーションの作り方を記した本』を献上しに来た、などとは誰も信じないであろうからな。


 さて、謁見の間の扉が開かれて謁見の準備が整う。


 勝負はここからだ。


「ビンセント = シュベルトマン侯爵。面を上げよ」


「は。本日は陛下の御前に……」


「前置きは良い。お主の奏上した件、真なのであろうな」


「はい。特級品ポーションと特級品マジックポーションを作る際はこの目の前で作っていただきました。また、正式なポーションを作る方法を記した本についても我が領内に広め、効果が出ていることを確認済みです」


「ふうむ。私には到底信じられないのだが」


「まずは特級品ポーションと特級品マジックポーションをお試しください。それをお試しいただいた上で話を進めましょう」


「わかった。毒味役をこれへ」


 陛下の毒味役がポーションとマジックポーションを数滴のみ、毒ではないことを確認する。


 それが終われば、実際に陛下がポーションとマジックポーションを飲むのだが……。


 果たして、どういう顔をするかな?


「なんだこれは!? これがポーションだと!? 味に濁りもなくえぐみもない! そなた、ポーションに見せかけたただの水を飲ませているわけではあるまいな!?」


「いえいえ、これはれっきとしたポーションにございます。お疑いでしたら、負傷している兵士の方々に飲ませてみてはいかがでしょう?」


「う、うむ。そうか? 軍務大臣、適切な兵士や騎士はいるか?」


「最近は訓練ばかりですので重傷者はいません。なので」


 その場で軍務大臣は自分の左腕を剣で深々と突き刺した。


 このお方もやることが大胆だ。


「陛下。そのポーション、一本いただいても?」


「あ、ああ。もちろん構わん」


「では、失礼して。うむ、左腕の傷が消え去った。これは一般品質や高品質ではあり得ない回復力です。鑑定結果も特級品ポーションと出ております。間違いなく特級品のポーションであるかと」


「そ、そうか。シュベルトマン侯爵、そなたこれをどこで手に入れた?」


「はい。詳細は伏せますが、交易都市コンソールにて殿に作製していただきました」


「旅の錬金術師だと!? そのような素性の知れぬ人物から買い取ったというのか!!」


 やはり錬金術師統括長が噛みついてきたか。


 無視してもいいが、少し相手をしてやるか。


「旅の錬金術師とはいえ、冒険者ギルドに所属し特殊採取者の資格も持っております。また、彼を紹介してくれたのはコンソールの冒険者ギルドマスター。素性はしっかりしていると考えますが?」


「錬金術師ギルドに所属していない錬金術師から買い取ったことが大問題だというのだ! お主、錬金術師ギルドを軽視しているのではあるまいな!?」


「錬金術師ギルド、ですか。そういえば、今回、こちらの王都に立ち寄る前、ヴィンドの錬金術師ギルドを資格なしとして欠格処分にして参りました。コンソールの街のギルドには手を出せませんでしたが、あの街のギルドマスターも相当酷かったですな」


「なんだと……誰に断ってそんな真似を!?」


「領内における各ギルド支部は、領主から正当な理由の元に欠格処分を下されれば閉鎖される。この国のギルド規定にも書いてあることですよ?」


「正当な理由とはなんだ! そして統括ギルドマスターはなんと答えた!」


「正当な理由は『錬金術師ギルドが低級品や下級品のポーションしか作れないのに対し、冒険者ギルドの錬金術師たちは安定して一般品質のポーションを大量生産できること』です。この一カ月半の間に統括ギルドでも見聞を行い、これが真実であることを確認。ヴィンドの錬金術師ギルドは正式に除名、閉鎖処分となりました」


「なに……!」


「その話はこれまでだ、錬金術師統括長。小煩い。それで、旅の錬金術師とやらは引き抜いて来たのであろうな?」


「はい。引き抜き交渉を。ですが、あのものとその連れは国にとって毒となり得る存在。引き抜きは諦めさせていただきました」


「毒になる存在だと? これだけの技術を持ちながら毒となるとはどういう意味だ?」


「お答えいたします。旅の錬金術師の正体ですが、グッドリッジ王国を出奔した = = です」


「な……『国崩しの聖獣使い』スヴェインと『精霊に愛されし魔女』アリアだと……」


「はい。その名前を聞き無理な引き抜きは諦めました。彼ら自身も特定の地域や国に属することを望んでいないようですし、幸いなことです」


「そのような危険人物がいて、なぜ野放しにする! シュベルトマン侯爵!」


「恐れながら申し上げます。彼らの力は我々の国、総力を挙げても勝てるかどうか危ういものです。地方領主の私にはどうすることもできないもの。彼らが攻めてきたのであれば対処いたしますが、平和的交渉を望むのでしたら無理に火種を爆薬に投げ込むのは得策ではないかと」


「……確かに、その通りか」


「国王陛下!」


「彼のものの従える聖獣たちは、一夜にして国の精鋭部隊を壊滅に追い込んだと聞く。そのような化け物と戦争はしたくなどない」


「軍務大臣として意見を言わせていただければ、陛下と同じ考えです。その動乱によりグッドリッジ王国はいまだ混乱の坩堝るつぼとなっていると聞き及びます。我が国がその二の舞になる必要はないかと」


「宰相としても同じ意見ですな。無理に優秀すぎる人材を引き入れても国が乱れるだけです」


「そういうわけだ、シュベルトマン侯爵。彼のものとは友好的な関係を保つように」


「は!」


「……それで、もう一冊渡された『正式なポーションの作り方を記した本』だが、私でも理解できるほど単純なことしか書いていなかったぞ? これだけで本当にポーションが変わるのか? ポーションとは三年以上の研鑽を経て作るものではないのか?」


「我が領地ではその本の内容通りに指導したところ、新人錬金術師が十日間で一般品質のポーションを作れることが確認済みです。味もまた、あの味ではなく、多少苦い程度の味に収まると」


「……信じがたいが、どう思う。軍務大臣、宰相」


「私も内容を読ませていただき、軍に所属している錬金術師に指導するよう命じました。十日とはいきませんでしたが、二十日で効果が出ましたな」


「宰相としては、試す機会がなかったので判別ができません。ですが、特級品ポーションや特級品マジックポーションを作るような男の教材です。一考の価値はあるかと」


「そういうわけだ、錬金術師統括長。この本はお前に託す。三十日の間に結果を出してみせよ。軍所属の錬金術師で効果が出ている以上、偽物ということはありえんぞ」


「……はっ、承知いたしました」


 あれは承知などしていない顔だな。


 しかし、これで私の足止め期間は三十日延長か。


 堪ったものではないな。

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