342.誕生、新生コンソール

「そういえば、シュベルトマン侯爵。薬草栽培はどうなっていますか?」


 去年の秋には渡していたんですが、一向に話を聞かないんですよね。


 一体どうなっているのでしょうか?


「う、うむ……あまり順調とは言えぬ。やはりうるさい老害どもが口と手を出してくるせいで根腐れを何度も起こしている」


「……いっそ更迭しては?」


「竜が飛び交うのを見て我先にと逃げ出していったのでその必要もなくなったがな。なにかあったのか?」


「いえ。そろそろ、コンソールでも薬草栽培を始めようかと」


「……冬まででいい。待ってはもらえぬか」


「では冬から始めます。しばらくは試験栽培で、大々的に栽培を始めるのは一年後からでしょう」


「大規模農園は作る予定か……」


「はい。今は僕がすべての薬草をギルドに提供していますが、段階的に減らしていこうかと。最終目標は霊薬草や霊魔草の自家栽培ですが……そのためには聖霊水も必要ですし、今の代では無理でしょう」


「わかった。老害どももコンソールから引き抜いた腑抜けも逃げ出した。我が領でも大々的に募集をかけるが問題は?」


「ありません。今はミライさんの施策でポーションの作製をしていただいていますが、シュミットの講師が叩き込めばすぐにでもマジックポーションの安定はするでしょう。『コンソールブランド』の対抗馬にはなっていただかないと」


 いや、本当に。


 そうしないと商業ギルドとの交渉もうまくいかないんですよ。


「シュミットの講師と言えば、ヴィンドの新規錬金術師ギルドにもシュミットの講師がひとり派遣されていると聞いたが?」


「お兄様の支援です。まったく、お兄様は『コンソールブランド』のポーションについて価値を高めたいのか下げたいのかわかりません」


「適正な価格に落ち着けたいのですよ。あんな飲めた味じゃないものをポーションだなんて呼んでいる時代は過去のものにしてしまいたい」


「はあ。お隣の商業ギルドマスターは頭を抱えておいでです」


「本当に価値があれば『コンソールブランド』は残りますよ。同じ土俵にたってからが勝負です」


「シュミットとしては人材派遣先が増えれば嬉しいのですが……望み薄ですね」


「戦費もかさんだそうですし、無理でしょう。……ああ、マーガレット共和国まで足を伸ばしては?」


「あの腑抜けの『聖』がいた国ですか? 期待はしないで考えておきます」


 錬金術分野だけは、魔の森を挟んでなぜこんなにも遅れているのか謎なんですよね。


 意外とセティ師匠が知識をばらまいたせいだったりして。


「……まあ、人材派遣についてはおいておきます。お兄様、『人材交流』について興味はありませんか?」


「『人材交流』?」


「はい。シュミットから講師だけではなく、講師資格を持っていない人もコンソールに招くのです。もちろん短期間の間だけですが」


「……それは僕ではなくギルド評議会案件です」


「ギルド評議会の承認は既に得られています。『錬金術師ギルドマスター』の承認が得られれば満場一致ですよ?」


「シャル、あなたも頭が回りますね?」


「妹に貧乏くじを引かせた罰です」


「わかりました。賛成です。ただ、錬金術師たちは連れてきても構いませんがきちんと連れて帰ってくださいね?」


「もちろん。これ以上、この街にとどめるわけにいきません」


 そういえば、大嵐から一年以上が経ってますね。


 各ギルドはどういう状況なのでしょうか?


「ちなみにシャル。各ギルドとの契約更改は?」


「皆さん、夏前に終わらせいただいていましたので問題なく。あとは遅れて派遣された錬金術師ギルドですが……手放せませんよね?」


「はい。まだまだ、彼らがいないとギルド支部が回りません」


「彼らからもまだひよっこを手放せないと言われています。熱の冷めている人間もぼちぼちいますが、熱を保つ……いえ、熱を上げている人間は彼らからしても、今の段階で手放したくないのでしょう」


「それはよかった。経費は事務方の話になるのでミライさんと折衝を」


「はい。正常化したらそのときに」


 本当によかったです。


 今彼らがいなくなったらどうなることかと。


「それから、お兄様。妻が三人になったことであの家では手狭でしょう?」


「え、ええ、まあ。リリスがソファーで寝ると言って聞かないのでそうしてもらっていますが……」


「では私からプレゼントです。最初の『人材交流』でシュミットの中でも腕利きの人間と素材を運んできます。確か、お隣の空き家は購入済みなんですよね?」


「はい。元はユイに住んでもらう予定でしたから」


「では、二軒分の敷地を使い大きな家にします。工期は彼らに任せますのでお楽しみに」


「……大使館の意趣返し、ですか?」


「兄への新婚祝いですよ」


 まったく、この妹も食えたものじゃない。


 油断すると喉元を食いちぎられそうです。


「兄妹、仲がよさそうで結構。さて、『錬金術師ギルドマスター』、最後の議題がある。これについてはまだ議決を取っていないので参加してもらいたい」


「わかりました。なんでしょう?」


 医療ギルドマスター、ギルド評議会議長ジェラルドさんは一呼吸溜めて言葉を続けます。


「今まで交易都市コンソールはあくまでも『都市』であった。我々はこれを機に新しく『国家』を名乗りたい」


「……国家、ですか。大きく出ましたね?」


「ああ。領土は街壁内のみの都市国家だがな」


「では、急いで第三街壁も工事しちゃいましょう。流民の侵入も防げます」


「そうしてもらいたい。第三街壁と第二街壁の間は想定通りの穀倉地帯か?」


「一部は薬草畑にいただきますが、そうしてください。『国』を名乗るのであれば、食料自給率も大切です」


「わかった。よろしく頼む」


「ええ。聖獣の泉もあることですし、多少の水質汚染は気にせずとも大丈夫ですよ」


「まことに頼もしい。それでは、我々はこれより『こうえ……」


『ふむ、その心意気や良し』


 ギルド評議会の会場を大きな声が揺らすと同時に周囲が暗闇に包まれます。


 そして、再び光が差したとき、窓の外にいたのは……。


「『パンツァー』?」


『うむ、契約主よ。聖竜どもの自慢する『竜の宝』。それを確認しにきた」


「おい、スヴェイン。『パンツァー』って、前に言ってた」


「はい。未確認竜種です。あなたがわざわざ地表まで下りてきた理由は?」


『なに。聖竜どもの『竜の宝』。我も守るための力を貸そうと考えたまで』


「……人嫌いのあなたが? 本当の理由は?」


『今述べた通りだ。他意はない』


「……本当のようですね。ですが、あなたは人に。人から名前を与えられますよ?」


『ここにいる者たちからならば、それも心地よい。さあ、お前たちは我になんと名付ける?』


「れ、錬金術師ギルドマスター? いや、スヴェイン殿?」


「諦めてください。こうなっては彼に種族名を与えるよりほかありません」


「しかし、でかいよな。『マウンテンドラゴン』って言うのは?」


『もういる。人どもの前にはここ数百年の間、姿を見せていないようだが』


「では……『ヒュージドラゴン』」


『それもいるな。この近辺には生息していないが、東の方に住んでいる』


「うむ……スヴェイン殿、なにかいい案は?」


『ふむ。契約主が決めるのか。まあ、人の子でもある。悪くはなかろう』


「なんでも僕を頼らないでもらいたいものですが……『フォートレスドラゴン』などいかがです? 砦の竜です」


『砦か! 気に入った!! 私の種族はこれより『エンシェントフォートレスドラゴン』だ!!』


「ああ、エンシェントを忘れてました」


「いや、そういう問題じゃねえよ」


 僕たちの言葉を無視して、『エンシェントフォートレスドラゴン』となった『パンツァー』は街中に響く声で叫びます。


『聖竜の帝と砦の竜が守りし『竜の宝』たる人の子よ! 今はお前たちの守り、我ら竜が引き受けよう! 輝き続けよ! さすれば竜は必ずやお前たちを守る! 誇れ、竜に守られるその栄光、その魂を! 忘れるな、その輝きが腐り落ちるとき、我らはすべてを焼き払いこの地を去ることを!!』


 その宣言を終えると『パンツァー』は少し遠くに飛んでいき、街からでもその体が見える場所で眠りにつきました。


 まったく、『』は演説好きです。


「……今の話、真実かね?」


「間違いないでしょう。『パンツァー』は僕と聖獣契約を結んでいるので『』と契約できません。ですが、竜は約束を違えませんよ。この街が今の輝きを忘れない限り、竜によって守られ続けます。でも、輝きを失い腐り果てたとき、竜がこの街を滅ぼして去るでしょう」


「偉いスケールになっちまったな、おい」


「うむ。だが、これほど頼もしいことはない。それ故に急務もできた」


「ですな。『』ための後進育成です」


「まったくだぜ。子供向け講習会、錬金術師ギルドに後れを取っている場合じゃなくなっちまったぞ?」


「ですな。は強敵ですが、このままではすべての輝きを錬金術師ギルドに奪われてしまいます」


「はあ、アタシらも対象年齢の引き下げかね」


「それだけではないでしょう。募集条件から職業も抜かなければ」


「大丈夫でしょうか、我がギルドの〝スヴェイン流〟講師は」


「大丈夫かどうかではなくやるしかないだろう。さて、都市、いや、国名だが『交易国家コンソール』では名前が負けるな」


「だな。いっそ『竜の宝』なんだから、『竜宝国家コンソール』とでも名乗るか?」


「いいですね。では我々の国家名は今日から『竜宝国家コンソール』です」


「国旗もデザインせねばな。どのようなものが……」


「カイザーより伝言です。『街の守りはパンツァーに先を越されたが旗には我が意匠を入れろ』と」


「アイツ、本当に人間くさいな」


「竜にとって、宝とはそういうものですから」


 こうして、『交易都市コンソール』は『竜宝国家コンソール』と名前を変えました。


 さて、まだ旧国家では内乱の火種がくすぶっているでしょう。


 この先の舵取り……面倒ですし基本は先達たちにぶん投げますか。

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