25.指輪探し
謁見から10日ほど経った日、僕は王城内に作られた試験薬草園に呼ばれます。
なんでも意見が欲しいのだとか。
僕もそこまで詳しいわけではないのですが……。
「おお、スヴェイン殿。お待ちしていましたぞ」
「こんにちは、宮廷魔術師長様」
「今日は世話になる」
「シュミット辺境伯もようこそおいでくださいました。ひとまず、第1回目の薬草を収穫いたしました。こちらがその薬草の葉ですが、どう思いますでしょうか?」
「どう、ですか。拝見させていただいても?」
「どうぞどうぞ」
僕は渡された薬草をためつすがめつ眺めてみます。
それから、僕が持ち歩いているシュミット辺境伯家で採取した薬草と比較してみました。
「……薬草の葉が一回り小さい?」
「やはりそう思われましたか。私どもも少し気がかりでしてな」
「どういうことでしょう? シュミット辺境伯領で作ったときはなんともなかったのですが」
「そこも含めて研究ですな。ちなみに、ポーションにしたときは特別悪影響はありませんでした」
「そうでしたか……ところで、奥の畑の薬草は生育状態が悪そうですが、どんな実験ですか?」
「魔力水を普通の水で薄めてまいた場合の実験です。結果は見ての通り、成育状況がよろしくない結果となりました。予想通りですな」
「やはり魔力水は必須ですか」
「そうなります。……さて、陛下は今回の生育成功をもって薬草栽培方法の確立は検証されたとおっしゃいました。ただし、薬草栽培の方法はしばらく非公表とすることとのことです」
「しばらくとはどの程度ですかな?」
「おそらく1年程度かと。その間にいろいろと我々でも実験を繰り返してデータを集めます。……本当でしたら辺境伯様が領地にお戻りになる前に、スヴェイン殿とお話をしてみたかったのですが」
「あはは……」
「今日の視察はこれで終わりか? まだ用があるなら聞くが」
「そうですね……いま栽培した薬草で特級品を作れるかどうかだけ試していただけますか?」
「わかりました。では、薬草の葉を預かりますね」
「どうぞどうぞ」
「始めます。……だめです、最高品質にしかなりませんでした」
「……いえ、最高品質にできるのでもすごいですよ?」
「そうですか?」
「城の錬金術師たちでも今回の薬草の葉で最高品質ができるのは3割程度。残りは高品質ばかりです」
「……そうなのですね」
「おそらくやり方が違うのでしょう。しかし、高品質であっても安定して量産できればモンスター退治には事欠きません」
「それならよいのですが」
「ええ、本当に助かりますよ。あとは薬草集めを日銭稼ぎにしている冒険者への救済制度を設ければ問題はなくなります」
「ふむ、確かに。私の領地では細々とやっていたから問題なかったが、今後国内全土へと拡大するのであれば冒険者への救済は必要か」
「薬草を野山で探して持ってくる意味がなくなりますからね。ただ、買い取り制度は残さねばと国王陛下もおっしゃっていました」
「私の領地でもなにか考えるか……いや、ためになる話だった」
「そういっていただければ幸いです。そうそう、宰相様より追加報酬が出ております。帰る前に城へ一度お立ち寄りください」
「わかった。それではな」
「失礼いたします。宮廷魔術師長様」
薬草園を出た僕たちは一度城に寄ったわけですが……そこで渡されたのは、白金貨10枚でした。
頭がクラクラします。
なんでも、手付金だそうです。
僕に対する報酬だったため僕が受け取ることとなり、受け取ったあと人目につかない場所でマジックバッグにしまい込みました。
「しかし、白金貨10枚とは奮発してくれたものだ」
「確かポーションの取引額はもっと大きいですよね?」
「ああ、そうだな。その歳で私以上の財を稼げるぞ?」
「笑えないのでやめてください……」
「冗談ではないのだがな。……さて、そんなことよりアリア用に指輪を買っていくぞ」
「指輪……ですか?」
「そうだ。婚約の証としての指輪だな」
「婚約……」
「今日、お前たちは正式な婚約者になる。その程度の贈り物があってもよいだろう」
「わかりました。では、いま向かっているのは?」
「宝飾品店だ。私のなじみの店でもある。……ついたぞ」
「このお店ですか」
「ああ。冒険者向けの商品も扱っている」
なるほど、だから冒険者らしきお客様もいるのですね。
店名はシエロ・アズール・デ・エスペランザですか。
「入るぞ。貴族はこちらの入り口から入ることになっている」
「は、はい」
「ようこそいらっしゃいました。なにをお探しでしょう」
「息子の婚約者に贈る指輪を買いにきた。【自動サイズ調整】のエンチャントがついた指輪を見せてもらおう」
「かしこまりました、どうぞこちらに」
父様と店員さんが次々と話を進め、僕の前にはいくつか候補となる指輪が並べられました。
土台はすべて青く光る銀色なのでミスリルでしょう。
あとは宝石の差ですね。
店員さんとしてはダイヤモンドの指輪がお勧めのようですが、僕はそれよりもエメラルドのはめ込まれた指輪が気になります。
なぜでしょうか、時折この宝石の中にチカチカ光るものが映るのですが。
「お父様、このエメラルドの指輪にしようと思います」
「そうか、わかった。ほかにほしいものはないかい?」
ほしいもの、ですか……。
正直、あまり宝石とかは興味がないのですが。
そう思いながら、冒険者向けのフロアにも目を向けます。
するとそこにはこの場にいても魔力を感じる指輪が展示されていました。
「あの、店員さん。あの指輪ふたつは?」
「ああ、あれですか。魔法触媒……要するに杖などの代わりとして使える指輪となります。ただ、まともに扱える方はいままでひとりとして現れなかったのですが」
「ふむ。それはなぜだ?」
「はい。あの指輪に使われている宝石ですが、年老いて亡くなったカーバンクルの宝石を用いて作ったそうで……そのカーバンクルの怨念が宿っているのか、あの指輪を使って魔法を発動しようとすると拒絶されるらしいのです」
「そうなのですね?」
僕にはとてもそう思えません。
それになんとなくですが、こちらのことを見ているような錯覚すら覚えます。
「……お父様。あの指輪、一対買って帰ってはだめでしょうか?」
「お前がそう言うのであればなにかあるのだろうな。構わないが、あの指輪代はお前が支払えよ」
「わかっております。あと、アリアに贈る指輪代も僕に支払わせてください」
「わかった。……店員、すまないが店長を呼んできてもらえるか。アンドレイ = シュミットが来たといえばやってくるだろう」
「アンドレイ = シュミット……シュミット辺境伯様でしたか! 失礼いたしました! すぐに呼んで参ります」
店員さんは慌ただしく店の奥に去っていきました。
その間も、あの指輪たちは僕のことをじっと観察しているように思えます。
「アンドレイ、来ていたのなら最初から呼べ」
「すまないな、アズール。本当なら息子の婚約者に贈る指輪を買ってすぐ帰るつもりだったのだが」
「話は聞いた。例のカーバンクルの宝石を使った指輪『灼眼の指輪』を、それもセットで買っていくそうだな」
「息子がそう言い出した。値段は?」
「2つで白金貨10枚だが……9枚に値引きしておこう。扱いきれなかったら8枚で下取りする」
「わかりました、その条件で買い取ります」
「おお、太っ腹な坊ちゃんだ。それならもうひとつおまけをつけよう」
店長さん……アズールさんは店の奥に戻るとひとつの宝石を持ってきました。
青色が美しく細長い楕円形の宝石です。
「こいつなんだがな。どうにも加工ができないんだ。よほど強力な魔力で守られているのか、どんな方法でも加工できないんだよ。記念品にしかならないがこいつもおまけにつけよう。ああ、これは返品しなくてもいいぞ」
「ありがとうございます。それではありがたく頂戴していきます」
「しかし、白金貨9枚、子供に支払わせるのか、アンドレイ? お前の儲けなら楽勝だろう」
「今日は息子に臨時収入があったからな。問題なく支払える」
「はい。お金はここに並べても?」
「ああ。構わないよ。それから、婚約指輪だったか。あれもおまけの範囲に含めよう。うちとしてはあの指輪が売れるだけで丸儲けだからな」
「相変わらず商売にはがめついな。そうみせるからこそ生き残ってきたのかも知れないが」
「さて、なんのことやら? ……白金貨9枚、確かに受け取りました。いま指輪を準備させているので少々お待ちを」
「準備?」
「灼眼の指輪は取り出そうとすると『暴れる』んですよ……」
「なるほど、確かにあのガラス。普通のガラスではなく魔力封印の施された水晶か」
「ええ、まあ。あれも1カ月すると封印しきれなくなるんで、売れてくれれば丸儲けなんですよ……」
「そうなんですね……あっ!」
ガラス……ではなく水晶の蓋を外された灼眼の指輪たちは、いきなり跳ね上がったかと思うと僕の目の前で止まりました。
まるで僕が手に取るのを待っているようですね。
試しに手でゆっくりつかむように持つと、そのまま大人しく僕の手のひらの中に収まりました。
「……こいつは驚いた。あの暴れ馬が懐くなんて」
「ふむ。本当に白金貨9枚でよかったのか?」
「構いませんよ。あの封印水晶、毎月金貨30枚もかかるんですからね」
「では、ありがたく買い取らせてもらおう」
「ありがとうございます、アズールさん」
「いえいえ大事に使ってやってくださいね」
ちょっと予想外の買い物もしてしまいましたが、婚約指輪も買うことができました。
そのあと、アリアに贈るための花束も買って家へと帰ります。
アリアは喜んでくれるでしょうか?
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