26.婚約
僕たちが屋敷に戻ってくると、すでにアーロニー伯爵夫妻は到着されていたようです。
お母様が応対してくださっているそうですので、僕とお父様は急いで身支度を調えました。
準備が整ったらお父様と合流して、アーロニー伯爵夫妻と面会です。
「失礼いたします。スヴェイン、ただいま戻りました」
「あら、スヴェイン。意外と早かったのね。お城の方は大丈夫だったの?」
「はい。あとのことはお城の方々に任せても大丈夫です」
「ほっほっほ。その歳で城の人間と渡り合うとは大したものですな」
「本当に。詳しい話は機密と言うことで教えていただいておりませんが、重大なお話なんでしょう? さすがシュミット辺境伯の息子さんだわ」
「はい、兄上は本当にすごいのです!」
「ディーンまで……僕はたまたま運がよかっただけですよ。聖獣様たちに巡り会えて、そのおかげで少しだけ特別なことができたのですから」
僕は否定しますが、アーロニー伯爵はそんなことはないといいます。
「それが大事なのだと思うのだがな。聖獣様たちと出会えたのも運がよかったわけではなく、助けを求める声が聞こえたからだと聞く。つまり、幸運によってもたらされたものではなく、何かしらの運命で巡り会ったのだよ」
「巡り会ったのですか……それだと、嬉しいです」
ウィングとユニは大切な家族です。
一緒にいられることが運命なのでしたら、とても素晴らしいことですね。
「聖獣様たちはアリアともよくしてくれていると聞くが、どうなのかな?」
「はい、とても仲がいいです。特にユニコーンのユニがいつも一緒にいてくれますね」
「ほうほう。聖獣様が一緒にいてくださるのなら安心だな」
「そうね。一年前にあったときは、とてもおどおどしていたから心配だったの」
「この一年で大分よくなりましたよ。まだ、大人の男性は苦手ですが……」
「無理もない。私たちもシェヴァリエ男爵がなにをしたのかは聞いた。まったく、とんでもない男だ」
「そうですわね。自分の娘を殴り飛ばすなんて。それも神聖な『交霊の儀式』の最中にです」
「しかし、そういう意味では今年も酷かったものだ。【神霊神殿】の出入りを禁止されているのに『交霊の儀式』を受けようなどとは」
「話の通じない方というのは本当にいるものなのですね」
「まったくだな。……そろそろアリアも来る時間のはずだが?」
「あら、あなた。女の準備は時間がかかるものなのですよ」
「そうか。そういえば、スヴェインくんはいまなにを学んでいるんだい?」
「現在はアリアと一緒に魔法を訓練しています。やはり、『魔法使い』のアリアには敵いませんが」
「ほう、まだ7歳になっていないのに魔法を習っているか。さすがは辺境伯殿だ。先を見据えた教育をなさっている」
「子供たちが頑張っているからこそだ。スヴェインはこう見えて錬金術師としての才能もある。先日は王宮に特級品のポーション類を献上したほどだ」
「特級品ですと!? あれは限られた錬金術師しか作れないとされていますが……」
「だが、我が息子は作り方を解き明かしたのだ。まったく、よくやるわ」
「なるほど……それは自慢したくもなるでしょうな」
「そんな、僕はただ……」
そこまで言ったとき、ドアがノックされました。
アリアが到着したそうです。
「そうか。入れ」
お父様の許可を得て入ってきたアリアは……普段とはまったく違っていました。
いつもは着ないような豪華なドレスで髪を結い上げており、薄く化粧をしているのかほんのり明るい印象を受けます。
そんな風にアリアに見蕩れていると、ゆっくり近づいてきたアリアが僕の目の前で立ち止まりました。
「あ、あの、私、変じゃないですか?」
「え、いえ、変じゃないですよ、アリア。とっても美しいです」
僕の口から褒め言葉が出たことで緊張がほぐれたのか、アリアの顔も花がほころぶような笑顔が浮かびます。
「よかった……似合ってないといわれたらどうしようと、ずっと不安だったんです」
「そんな事はありませんよ。いままでで一番きれいです。本当ですよ」
「あ、ありがとうございます。なんだか照れます」
こんな反応を見せるアリアは初めてな気がします。
すごく新鮮ですね。
「ふむ、仲がいいのはわかった。まずは正式な婚約を交わそう」
「そうですな。アリア、すまないが一度こちら側に座りなさい」
「は、はい」
そこから先は正式な婚約内容の取り決めとなります。
もっとも、取り決めといってもいままでの生活と変わらず、アリアが辺境伯家で過ごし、その養育費は辺境伯家で負担する、と明記したものですが。
お父様によるとこういった取り決めが大事なのだそうです。
そして、それぞれの家長――お父様とアーロニー伯爵――がサインをして婚約が正式に締結されました。
「ふむ、アリアには待たせてしまったな」
「いえ、そんな……」
「これでふたりは晴れて正式な婚約者だ。スヴェイン、指輪を」
「指輪?」
「はい。アリア、僕があなたに贈りたい指輪です。受け取ってもらえますか?」
僕はアイテムバッグからエメラルドの指輪を取り出し、アリアにみせます。
アリアは……少し目が潤んでいますね。
「あの、私がいただいてもいいんですか?」
「アリアがもらってくれないと困りますよ」
「はい。では、受け取ります」
「ありがとう。では、左手を」
「はい、どうぞ」
アリアの指に控えめなエメラルドが付いた指輪をはめます。
すると、エメラルドから光の粒がはじけ飛び、小さな少女が現れました。
『あら、あなたが私の新しい主様?』
「え、あの?」
『そっちの男の子だと思っていたわ。私をじっと見つめていたんだもの』
「宝飾品店で輝いていたのはそのためですか」
『ええ、でもこっちの女の子もきれいな心をしているし主様には悪くないわ。ねえ、名前をくださる? 私はスプライト。風の妖精よ』
「……スヴェイン様、大丈夫でしょうか」
「大丈夫だと思います。邪悪な気配は感じませんし」
「では……リットでどうでしょう?」
『リットね。悪くないわ。私はリット。これからよろしくね、主様』
「はい、よろしくお願いいたします、リット」
『じゃあ、用事ができたら呼んでね。お話相手がほしいとかでもいいわよ。またねー』
話したいことを話し終えると、スプライトのリットは指輪の中に消えていきました。
それと同時に、動きを止めていたお父様たちも動き始めます。
「スヴェイン、あれが妖精の宿った宝石だと気がついていたのか?」
「いいえ。キラキラ光ってなにかを訴えかけているなとは思いましたが」
「それだけの理由で、妖精付きの指輪を買ってくるんだからすごいわ」
「あの、ジュエル様。ひょっとして妖精付きの指輪ってものすごく価値が高いのでしょうか?」
「高いわね。だから、妖精付きなことは外で話しちゃだめよ? あなたならユニが守ってくれるでしょうけど」
「わ、わかりました。スヴェイン様からもらった大切な指輪です。大事にします」
「よかったわね、スヴェイン。あなたの想いは大切にしてもらえそうよ?」
「そうですね。……となると、もうひとつの指輪も気をつけないといけないのかな?」
「もうひとつの指輪?」
「アリア、僕たちは魔法を使うじゃないですか。なので魔法触媒になる指輪を買ってきたんです。……ただ、なにかが宿っているみたいでして」
「大丈夫なのでしょうか」
「先にウィングとユニに確認しましょう」
「そうだな、それがよかろう。アーロニー伯爵夫妻も聖獣様たちに会って行かれるか?」
「お目にかかれるのでしたら是非に」
「わかった。ウィングたちは今どこに?」
「中庭にいるみたいです。行きましょう」
本当は呼べば来るのですが、室内なのではばかられます。
申し訳ないのですが、アーロニー伯爵夫妻にも移動していただきました。
そして、ウィングとユニに灼眼の指輪と呼ばれているふたつの指輪をみせた結果ですが……。
『それ、いい買い物をしたね』
『あなた方なら使いこなせる、というか今すぐこの場でつけなさい』
と、急かされる結果になります。
これは婚約指輪というわけでもないので交換などもせず、お互いそのまま指にはめました。
すると、赤かった宝石が光を帯び始め、そこに魔力が吸われていっているのがわかります。
これは……聖獣契約!?
「スヴェイン様! これは!?」
「落ち着いてください、アリア! これは聖獣契約の輝きです!」
「聖獣契約ですか!?」
『うん、そうだよ。その指輪についていたカーバンクルの卵が目覚めたんだ。ふたりの魔力でね』
『あなたたちの魔力量ならカーバンクルとの契約なんて失敗しないわ。アリア、落ち着いて魔力操作で制御をしなさい』
「はい! ……あ、かなり楽になりました」
『ふたりともしっかり魔力を注げているね』
『そうね。そろそろ、新しいカーバンクルが生まれてくるんじゃないかしら?』
ユニのいうとおり、赤い宝石から光が分離して一匹のリスのような生物が生まれました。
リスと決定的に違うのは、額に赤い宝石がはまっていることです。
「キュ?」
「かわいい……」
「キュ~」
アリアの方も無事にカーバンクルが生まれてきており、すでにアリアの手の中で可愛がられていました。
「アリア、可愛がるのもいいですが先に名付けですよ」
「え、そうなのですか」
『そうね。早く相応しい名前をつけてあげなさいな』
「わかりました。……ええと、湖のような青色だからレイクはどう?」
「キュ!」
アリアのカーバンクルはその名前を受け入れたようです。
一回り成長してアリアの肩の上へと駆け上がって行きました。
「キューキュー」
「ああ、君にも名前をあげなくちゃいけませんね。……草原のような毛並みですからプレーリーはどうでしょう?」
「キュキュー」
僕のカーバンクルも受け入れてくれたようですね。
嬉しそうに駆け上がってきましたよ。
『私たちがそばにいられないときでも、護衛ができる子が生まれて助かるわ』
『そうだね。カーバンクルはこう見えて防御だけなら僕たちより強いから頼りになるよ』
そうなのですね、これから頼りにしましょう。
いろいろ驚いていた僕の家族とアーロニー伯爵夫妻にも、なんとか事情を説明しておきました。
ちょっと説明を聞いてもらえていたかが怪しいですけどね。
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