296.聖獣樹:伐採編

「おい、なんだこりゃ!? こんだけの斧でつかねぇぞ!?」


 ああ、やっぱりこうなりましたか。


 そんな気はしてたんですよねー。


「スヴェインの小僧! 説明しやがれ!!」


「はいはい、説明しますよー。その前に刃が欠けたり罅が入った方がいれば数分休憩を。エンチャントの効果ですぐに直りますから」


「スヴェイン、投げやりだな」


「だってこうなるってわかってたのに、皆さん注意事項も気にせずかっ飛んでいくんですもん」


 さすがに説明を聞かない連中のことまで知りません。


 よほど乱暴に扱わないと壊れない斧ですから大丈夫でしょうが。


「はい。まず聖獣樹ですが、『物理衝撃』はすべて受け止めます」


「は?」


「素材がどれほど優れていようと、単なる物理攻撃なら傷ひとつつきません」


「おい、そんなのどうやって切り倒せば……」


「お手本をご覧に入れますね。僕の力じゃすごい時間がかかりますけれどー」


 投げやりな理由その二、力仕事を実演しなくちゃいけない。


 久しぶりにアリアと一緒にお風呂入ろうかなー。


 第二夫人は知りません。


「こうやります。よっと」


 僕は樹をたたきます。


 これで聖獣樹にわずかながら傷がつきました。


「ほっ、はっ」


 その傷めがけて何度も何度も斧を振り下ろし、二時間半ほどしたあと。


「倒れますよー」


 ようやく聖獣樹の中で一本が切り倒せました。


 まあこれでも建材にはなるでしょう。


「とまあ、こんな感じです。、聖獣樹は傷ひとつつかず切り倒せません。


「お前、それ高等技術だからな?」


「そうですか? 魔力操作をマスターしていればこの程度は造作もないことです。僕は力仕事が苦手なのでやりたくなかったのですが」


「ここでも【魔力操作】かよ!」


「今のシュミットにおいて生産系の仕事で働くには魔力操作が必須だとか。シャルもぼやいていました。非常に良質な木材が取れるのはいいが職人が少なすぎて困る、と」


「シュミット本国でも苦労してんのかよ」


「ああ、あっちで苦労しているのはどちらかと言えば、少ないオリハルコン含有量の魔鋼で聖獣樹を加工できる人材ですね」


「人材不足はどこでも一緒か」


「はい。それでは、伐採がんばってください」


「……いや、とてもじゃないが今日は切り出せない」


「だと考えていました。なので特別ゲストです。アリア」


 僕が呼ぶとこっそり透明化してついてきていたアリアが姿を見せました。


 皆さんは驚いていますが、元より知っていた僕と不自然な魔力の動きで察知していたシャルは気にしていませんね。


「スヴェイン様。私、林業を、行うための、魔術師じゃ、ないんですよ?」


「そんな強調しなくてもわかっていますから。今日だけ、一回限りです。アリアクラスの魔術師でなければ聖獣樹なんて切り倒せないんですから」


「……お風呂と抱き枕」


「はい。わかりました」


「スヴェイン様、お風呂と抱き枕ってなんですか?」


「今晩は一緒にお風呂に入って、夜は抱き枕になれって意味です」


「ぬ、抜け駆けはずるいですアリア様! 第二夫人! 第二夫人の席は!?」


「ええい! 婚約者どもの家庭事情は帰ってからやりやがれ!」


 あ、建築ギルドマスターがキレました。


 まあ、さっさとアリアに頼んで聖獣樹を数本切り倒してもらいましょう。


「アリア、それではよろしくお願いします」


「はい。ミライ様は帰ってからお話です。それで、何本くらい切り倒しましょうか?」


。それでも手に余るでしょう」


「わかりました。皆さん下がっていてください。聖獣樹ごと体が真っ二つになっても責任は持てません」


「わ、わかった。お前らも下がれ!」


 前方の安全確認が終わったあと、アリアが魔力を練り始めます。アリアですらこのレベルなんですから、聖獣樹は本当に固い。


「なあ、アリアの嬢ちゃん。どんな魔法を放つ気だ?」


「『タービュランスエッジ』です。それで一本切れます。それを五回ですね」


「……それ、最上位魔法だからな?」


「知ったことじゃありません。それくらいじゃないと聖獣樹にはじかれます」


「どんな化け物だよ、聖獣樹……」


「まあ、普通の方法で切り倒そうとすればそういう代物です」


「普通じゃない方法は?」


「マサムネとか、切断系能力を持った聖獣を頼ることですが……あまりよろしくないでしょう?」


「そりゃよくねえな。アリアの嬢ちゃんの準備も終わったようだぜ」


「『タービュランスエッジ』五重発動!」


 タービュランスエッジ、その名前の通り、嵐の刃が五枚同時に聖獣樹に向かい飛んでいきました。


 そして見事に根元からさっくりと切り落とします。


 まあ、全部ぎりぎりなんですけどね。


 魔法の発動が終わったアリアは……エリクシールを飲んでいますね。


 お疲れ様でした。


「……終わった、のか?」


「はい、終わりました」


「伐採は?」


「枝払いがあるでしょう? 聖獣樹も大地から切り離されれば恐ろしく頑丈なだけの樹になります。さあ、日暮れ前に枝払いを」


 アリアばかりに働かせられませんよ?


 がんばってくださいね、建築ギルドの皆さん。

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