295.聖獣樹:伐採道具編

 ギルド評議会が終了となり、すべてのギルドが揃ってシャルの持って来たという道具を見に行くことに。


 そこに並べられていたのはオリハルコンをふんだんに使った伐採用の斧や枝払い用の鉈、カンナその他もろもろの豪華な道具です。


 ただ、これだけじゃ足りないのが聖獣樹とまで呼ばれるようになってしまった代物なんですよね。


「おい、公太女様。これっていくらだよ? とてもじゃないが払えそうな額じゃないぞ?」


「素材はすべてお兄様からの持ち込みなのでお気になさらず。技術料はこれを作れた経験で十分です」


「スヴェイン、お前、なんてものを作らせてるんだ?」


「いや、これでも。聖獣樹を木材として扱うには」


「「「は?」」」


 さすがに老獪さが売りのギルドマスターたちでも意表を突かれますか。


 でも仕方がないでしょう、あの樹は切り方を知らないとんですから。


「お兄様、まとめてのエンチャントは可能ですか?」


「この程度の数でしたら。かけるエンチャントは【鋭化】【硬化】【斬撃強化】【自己修復】【エンチャント強化】の五重であってますよね?」


「おそらく。それくらいかけないと、この街の方々ではかと」


「本当は少しずつ慣れてもらいたいんですがね」


「先ほどのご様子では無理でしょう?」


「まったくです。ままならないものですね」


 本当なら聖獣樹を一本切り出してもらって、それをあれこれ試していただいて……と段階を踏んでほしかったのですが街の様子からするとそうもいかない模様。


 まったくもってままなりません。


「ちょ、おま、五重エンチャントって国宝級、しかもこの数同時に?」


「しかも、かける対象は加工道具。すぐに壊れはしないと言えですぞ?」


「このレベルの製品を鍛冶で作れるようになるまで何年かかります? エンチャントをかけるのです」


「消耗品を消耗しないためにって……」


「このレベルの加工道具ですら。その都度シュミットに依頼して取り寄せていては経費だけでも馬鹿にならない……いえ、道具待ちの時間が長くなりすぎます」


「ですが、さすがに街中で五重エンチャントは目立ちますね。第二街壁の外まで移動しましょう」


「そうしましょうか。その上で結界を使い隠れれば気がつかれないでしょう」


「ですね。……本当ならばシュミットでエンチャントまで仕上げたかったのですが」


「すべてはじかれたのでしょう?」


「はい、すべて。まったく、気難しい道具が完成したものです」


「僕が依頼したのです。そう簡単な訳がない」


「私もそう感じました。まったく、もう少しシュミットの技術発展に寄与してください」


「それは頑張り次第です。そろそろ行きましょうか」


「そうですね。出発です」


「あ、建築ギルドは木材切り出しの準備を進めてください。あと運搬も」


「お、おう。戻ってすぐに人を集めてこい」


 荷馬車の進行にあわせて僕たちもゆっくりと進んで行きます。


 途中、建築ギルドの作業員たちも合流し、目的の第二街壁外へ。


 結界も張りましたし早速作業を始めましょう。


「お、おい。馬車の周りになにを置いてるんだ?」


「魔力を逃がさないための結界石です。この数を同時にエンチャントするとなると魔力があふれ出す恐れがあるため」


「よくわからんがすごいことだけはわかった」


「はい。それでは始めます」


 それではまずひとつ目、【鋭化】から。


 ……本当に反発がすごい。


 気難しい道具に仕上がりました。


「おい、鍛冶ギルドマスター。エンチャントって成功しているのか?」


「間違いなく、すべての道具に成功しています。このような技術があるとは」


「このような力技ができるのはシュミットといえどセティ様とお兄様くらいです。昔はできなかったはずですが、ダメ元で声をかけてみて正解ですね」


 兄の力を信じない妹です。


 いや、確かに昔はできなかったので言い返せませんが。


「【硬化】、【斬撃強化】、【自己修復】、【エンチャント強化】っと」


 さすがに疲れましたがエンチャント完了です。


 問題はこれを使って聖獣樹を切れるかどうかなんですが。


「エンチャントは終わりました。このまま森まで進みましょう」


「お、おう」


 さすがに皆さん引いてます。


 平気そうなのはもっと酷いエンチャントを知っているティショウさんと諦めているミライさん、平然としているシャルですね。


 聖獣の森も侵食が進み街から徒歩一時間強まで近づいてしまいました。


 さすがにこれ以上は節度をわきまえると思いますが……信じていいのでしょうか?


「ずいぶんと近づいたな、聖獣の森」


「だから、言っても聞かないんですよ……」


「木材を切り出す側としては助かるが」


「切れるんですかね」


「さっきから気になっているんだが、この道具でもダメなのか?」


「道具はそれで大丈夫です。ただ切り方ができるかどうか」


「スヴェインにしてははっきりしないな」


「まあ、とりあえず管理している聖獣にどこまで切り出していいか話を……」


『話ならもう聞かせてもらったわ』


 森の中からすっと現れてくる緑色の髪、体、服の女性。


 これはまた……。


「ドライアドが住み着く森になっていましたか」


『ええ。仲間に誘われてきたんだけど……ごめんなさいね。ここまで森を近づけてはいけないなんてルールを知らなかったものだから』


「知らなかったのであれば仕方がありません。それで、交渉なんですが」


『とりあえずこの辺り一帯は切り倒してもらえるかしら? あまり森が侵食するのもまずいのでしょう?』


「まあ、そうですね」


『切り株になったら私が地面に埋めてあげる。このあたり一体を切り出し終わったら再交渉しましょう?』


「お手数をおかけします」


『今回は私の責任だもの。謝るのはこちらよ。……でも、切れるの? まだ若いとは言え聖獣樹よ?』


「道具は用意しました。あとは人間が創意工夫する番です」


『努力する姿は好きよ。それではまた』


 うっすらと輪郭が消えていき、姿を消すドライアドさん。


 そうですか、この異常繁殖は彼女の『うっかり』ですか。


「おう、スヴェイン。代表して俺から質問がある」


「なんでしょうか、ティショウさん」


「いまのって『森の魔女』ドライアドか?」


「『森の魔女』だなんて。『森の精霊』ドライアドですよ。彼女が恐ろしい存在として描かれているのは上位竜と一緒で縄張り荒らしをする人間がいるからです」


「そっか。で、伐採の許可は出たんだよな?」


「この辺一帯は。彼女の『うっかり』で聖獣の森を広げてしまったそうですので」


「……聖獣も精霊もよくわからん」


「人間の常識なんて通じませんよ。さて、伐採作業に移りましょうか。


 ここからが大変なんですよね……。


 一応、彼女も呼んでありますけど、一晩抱き枕コースかなあ……。

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