245.社会見学実施

「……うむ。これほどの要望が集まるとは」


「医療ギルドはまだ少ないでしょう? 服飾や宝飾はもっと多いですよ?」


「それを言い出したら俺んところは山だ。錬金術師ギルドには負けるが」


 ……本当にどうしたものでしょうかね、これ。


 僕の前に積まれた要望書が一番多いですよ?


 最初に社会見学についての提案をしたのが二週間前。


 その一週間後に各ギルドが募集要項を決めてお互いに無理がないか確認。


 そして今日、募集結果を確認しているわけです。


「錬金術師ギルドは六歳から十二歳までと幅広かったからな」


「それに定期的に開いている講習会。あれの反響も大きいのでしょう」


「大人気でよかったな、錬金術師ギルドマスター殿?」


「……一回の受け入れ可能人数は頑張っても五十人ほどですよ?」


「仕方があるまい。各ギルド、抽選で順番を決めるように」


「「「はい」」」



********************


*錬金術師ギルドマスター


「うわぁ! ここが錬金術師ギルドのアトリエなんだ!」


「きれいに片付いてる!」


 ギルド評議会の数日後、早速第一陣の子供たちを受け入れましたが……。


 想像以上にパワフルですね。


「そうだろうそうだろう! 毎日きちんと掃除しているからな!」


「ゴミが入ると完成する薬に影響が出ちまうからよ。いつも清潔にしておかなくちゃいけないんだ」


「そうなんだ。俺知らなかった!」


「だよな。俺も去年まで知らなかったよ」


「兄ちゃんたちも?」


「おうよ。全部ギルドマスターから習ったからな」


「やっぱりスヴェイン兄ちゃんってすごいんだな!」


「でも錬金術師ギルドマスターって俺たちと大して変わらないんじゃないか?」


「そんなことないぞ! 剣だって魔法だって大人より強いんだから!」


「本当か? とても強そうには見えないぞ?」


 それが正直な感想でしょうね。


 僕の強さが見ただけでわかる人なんてほぼいませんから。


「はいはい。僕が強いかは置いておきましょう。今日は錬金術師ギルドの見学ですよ」


「あ、そうだった。ごめんなさい、スヴェイン兄ちゃん」


「いえいえ。では、第二位錬金術師の皆さん。簡単な錬金術を見せてあげてください」


「はい。じゃあお前ら。いまからポーションを作ってみせてやるからよく見てろよ?」


「ゆっくりやるから慌てなくてもいいぞ」


「それから、後ろの方にいる連中はまたあとで見せてやる。前の連中は見たら交代な」


「「「うん!」」」


「よし、始めるとするか」


「お前、子供たちが見ているからって失敗するなよ?」


「お前こそ」


 この調子なら任せておいても大丈夫でしょう。


 ほかのギルドはうまく回ってますかね。



********************


*冒険者ギルドマスター


「すげえ! 本物の冒険者だ!」


「街ではよく見かけるけど戦っているところなんて初めて見た!」


「かっこいいけど……なんだか一方的に負けてないか?」


「うん……冒険者って弱いのかな?」


 ああ、そうだった!?


 シュミットの講師どもを休ませるのを忘れちまった!!


 あいつらがいたら一方的に負け続けるに決まってるじゃねぇか!!


「いや、あれはだな、冒険者を鍛えている講師が強すぎるんであって、冒険者が弱いわけじゃ……」


「どうしたのだ、ギルドマスター殿」


「ん? おお、エリシャか! こいつらを説得するのを手伝ってくれ!!」


「説得? 子供たちをか?」


「ああ。今日は子供たちを社会見学に連れてきたんだが……」


「……話は理解した。我々が強すぎて冒険者のすごさが伝わらないのだな」


「そうそう! だからお前たちの訓練を一時中断してだな……」


「リンジー! ユージン! こちらに来い!」


 なんだ?


 エリシャのやつ、ふたりを呼んでなにを始める気だ?


「どうしましたか、エリシャさん」


「なにかあったか?」


「今日は子供たちが社会見学に来ているそうだ」


「社会見学……懐かしいなぁ」


「私はシュミット出身ではないのでわからないのだが……そんなに懐かしいのか?」


「私が騎士じゃなくて冒険者を目指すことにしたきっかけだからね」


「それでふたりには打ち合い稽古を頼みたい。この国の冒険者だけで冒険者のすごさはまだ伝わりきらないだろう」


「なるほど。理解しました」


「エリシャ様の命令でしたら」


「ああ。〝シュミット流〟は使うな。それとこの国の訓練用武器では打ち合っている間に折れるだろう。だから……」


「大使館から支給された魔鋼の武器を使って、ですよね?」


「相当激しい稽古になりますがよろしいのですか?」


「その方がいい刺激になるだろう。存分にやってこい」


 いや、存分にやってこいって……。


 お前ら基準の『存分』って次元が違うぞ!?


「じゃあエリシャさんの許可も出たし、行こうか、ユージン」


「望むところだリンジー。今日こそ一本取ってみせる」


「負けないよ!」


 そっから先はシュミットの講師どもが実際に訓練を始めやがった。


 いつもの〝シュミット流〟じゃなく、蹴りや拳も含めたある意味分かりやすい戦いではあったが……。


 最後はお互いに手が痺れたのか剣を吹き飛ばしちまって引き分けだそうだ。


 子供たちは大興奮だったからよかったものの……普通の冒険者にこれは無理だぞ?



********************


*鍛冶ギルドマスター


 遂に子供たちの社会見学の日がやってきた。


 シュミットの講師たちは『アタシらに任せろ』と言っていたが、さすがに気が気でない。


 子供たちに怪我をさせたらと思うと……。


「なんだい、ギルドマスター。アンタ、まだ落ち着かないのかい?」


「そう言うあなたは落ち着いていますな」


「アタシらも通った道だからね。シュミットなら多少の怪我は大目に見られるんだが……」


「多少でも怪我をされては信用問題です!」


「わかってるって。ほれ、子供たちが来たよ」


「……そのようですな。うう、胃が痛い」


 鍛冶ギルドで受け入れたのは十五名のみ。


 これだけでも心配なのに……。


「おお! 鉄があんなに赤く燃えてる!」


「それに赤い鉄を叩いている人もいる! 熱くないの?」


「そりゃ熱いさ。でも、それができなくちゃ鍛冶はできないんだよ」


「「「へー」」」


 シュミットの講師、そのまとめ役は早速とばかりに鍛冶場へと子供たちを案内した。


 十分に安全な距離を保っているが子供たちが走り出さないか……。


「ああ、間違っても近くに行っちゃいけないよ。痕が残るくらいの大やけどをするからね」


「「「はーい」」」


「さて、ここは十分に見たかい? お次はどんなものができるのか見せてあげるよ」


「やったー!」


「武器屋とか危ないから近寄るなっていつも父ちゃんに言われてたんだ!」


「あっはっは! それは父ちゃんが正解だ! 子供たちだけで行っちゃダメだからね!」


「「「はーい!」」」


 そのあとは真剣ではなく訓練用武器が収めてある倉庫に子供たちを案内し、武器を直接触らせる。


 触らせるときに注意事項を伝えることもきちんと忘れていない。


 最後には……。


「そうそう。そうやって金属をハンマーで叩くんだよ」


「そうなんだ。ちょっとずつ形が変わってきた!」


「ああ。そうやって剣なんかを鍛えて作るのさ」


「これも剣になるの?」


「いや、その金属は柔らかすぎて剣にできない。あくまで今日のお試し用に作ったものさ」


「そうなんだ」


「そうさ。それで、興味があるなら大人になってから鍛冶ギルドの門を叩きな。アタシらがまだいるかはわからないが、ほかにも先輩職人はいる。優しくはないだろうが鍛冶の仕方を教えてくれるよ」


「本当!?」


「もちろん。だよね、鍛冶ギルドマスター?」


「あ、ああ。もちろんだ」


「やったー!」


「それじゃあ、今日の見学はそろそろ終わりだ。親御さんも迎えに来る頃だし気をつけてお帰りよ」


「うん、ありがとうお姉ちゃん!」


「おう!」


 ……おわった、のか?


「終わったよ。いつまで呆けてるんだい?」


「え、ああ。その……」


「一度で終わりじゃないんだろう? その調子だと頭がハゲちまうよ」


 ……本当にシュミットの講師任せで終わってしまった。


 それもなんの危険もなく。


 シュミットというのは子供の教育も進んでいるのか……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る