69.卸売での一幕

「ふむ、この地域の珊瑚は桃色珊瑚なんですね?」


 エルドゥアンさんたちと冒険者ギルドに行った翌日、今度はマオさんたちと宝石の買い付けです。


 今回は珊瑚と真珠がメインのようですね。


「ええ。それで、どれを購入するのかしら?」


「ふむ……マオさん、珊瑚はどのようなイメージでお使いになりますか?」


「えっ、ええと、まずは指輪の石で試そうかと。それで反響を見て、ほかのアクセサリーに……」


 その反応を見て卸商の方の目が少し細くなります。


 マオさん、それじゃあだめですよ?


「その使い方は避けるべきかと。そんなな方法では差別化できません。マオさんのお店で扱うには、指輪にしただけでは面白みに欠けます」


「……ほう、坊やの方がわかってるわね。じゃあ、坊やはどういう風に使うのかしら?」


「そうですね。珊瑚の自然な形を生かしたペンダントトップ、あるいは丸形や涙型に削り出したペンダント。それから、丸く削り出した玉をつなげてブレスレット。ああ、見栄えのいい形をしている珊瑚は無理に手を加えずにそれそのものを置物にするとかもいいでしょう」


「置物になりますの?」


「なると思いますよ? あの珊瑚が置物にはいいでしょう」


 僕が指さした場所にあるのは立派な珊瑚の原木です。


 傷や虫食いなども少ないですし、かなり慎重に育てられたのがわかりますね。


 滅多なことではお目にかかれない品だと思いますよ。


「……くはは! これはたまげた! そっちの坊やの方が本当に優秀な買い付け人じゃないか! 正解だよ、珊瑚はその色や形を楽しむものだ。その原木をカットして宝石にするとか言い出したら蹴りだそう思っていたところだよ!」


「よかったです。僕も宝石にはあまり詳しくないので」


「そうかい? それにしては詳しいじゃないか?」


「宝石を扱った付与術を習う上で、宝石の良し悪しを見極める方法も習いました。良質な宝石の方がよりたくさんの魔法文字を刻み込めるので」


「ふむ、宝石を使った付与術……聞いたことのない技術だね。披露してもらうことは可能かい?」


「構いませんが……珊瑚や真珠のような物質に書き込むと、1回使用しただけで素材が崩れてしまいます。それでも構いませんか?」


「構わないよ。宝石はどの程度の価値があるものがいい?」


「技術を披露するだけなら……そこの珊瑚の欠片をいただけますか?」


「構わないが……本当にクズだよ?」


「実効性のある効果はかけられないので。では、『エンチャント:ライトリジェネレート』」


 僕は桃色珊瑚の欠片にライトリジェネレートの魔法を刻み込みます。


 さすがに、人差し指の爪ほどの大きさでは保護の魔術式も併用してギリギリでしたが。


「ライトリジェネレート……回復魔法としては初級を抜けたあたりだね?」


「ええ。では、この欠片に魔力を流しながらキーワードを唱えていただければ魔法が発動します。キーワードは魔法名と同じです」


「わかったよ。『ライトリジェネレート』……おお?」


 卸商の方の手の中で一瞬淡い光を放ってから珊瑚の欠片は崩れ落ち、砂のようになります。


 ただ、魔法は発動しているので効果は出ているはずですね。


「うん、確かにリジェネレートの魔法が発動しているね。この技術、簡単に学べるのかい?」


「簡単ではないですね。上位属性の回復魔法を、それも珊瑚のような壊れやすいものにとなると数年の研鑽が必要です」


「貴族向けに、万一の備えとして売り出そうとしたがだめか。ちなみに、この技術を覚える条件は?」


「珊瑚に使うのでしたら付与魔術は必須、あと籠めたい回復魔法も覚えていることが条件です」


「うん、そいつは無理な相談だね。だが、面白いものを見せてもらった。そこの尻の青い嬢ちゃんへのレクチャーは任せな。アンタも好きな珊瑚と真珠を選んで買っていっておくれ」


「助かります。珊瑚は回復魔法と、真珠は聖魔法と相性がいいのですが、どうしても使い捨てになってしまうので数が必要なんですよ」


「今のを見せてもらったらわかるよ。あふれ出す魔力に珊瑚が耐えられなかったみたいだからね。でも、高い珊瑚を使い捨てにはされたくないのが本音だよ?」


「高いものは必要ありません。魔法を書き込める量は、価値と比例しないこともありますから」


「そうかい。ともかく、ゆっくり選んでおくれよ。この嬢ちゃんにイロハをたたき込むのは時間がかかりそうだ」


「ははは……では、お言葉に甘えさせていただきます」


 僕は卸商の方に頭を下げ、アリアを連れて従業員の方と一緒に店内を見て歩きます。


 ここの卸業者ですが、コウさんの紹介だけあって品揃えが豊富ですね。


 それはつまり、質のいい品からいまいちな品まで揃っているわけですので、マオさんを鍛えるつもりだったのでしょう。


「珊瑚は……これとこれ、あとこれももらえますか?」


「は、ええと、よろしいのですか? 私どもが言うのもおかしいのですが、宝石としては使用できる範囲の少ない原木になりますが……」


「だからこそ都合がいいのです。僕の目的だと虫食いは問題です。でも、多少のヒビは問題ないのです。それに、いつまでも飾っておくわけにはいかないでしょう?」


「ありがとうございます。それでは、オーナーに確認を取り値段を決めさせていただきます」


「ああ、無理に値下げはしなくても大丈夫ですよ。その代わり、マオさんがいないときもときどき買いに来させてください。普段はマオさんと一緒にいるわけではありませんので」


「わかりました。オーナーにその確認もして参ります」


 従業員の方はすぐさまオーナーである卸商の方の元へと行き、値段を確認してきてくださいました。


 結果、表示している値段よりも3割も安くしていただけた上に『珊瑚や真珠が欲しくなったらいつでも来ていい』と店の会員証まで渡してくれましたね。


 どうやら、かなり気に入られてしまったみたいです。


「ほかに気になる珊瑚はありますでしょうか?」


「うーん、僕の扱う範囲ではありませんね。アリアは気になるものがありますか?」


「はい、あちらの桃色珊瑚がかわいらしくて気に入りました」


 アリアの指さす先にある原木は不揃いな形ではあります。


 ですがアリアの言うとおり、置き方によってはかわいらしくなるでしょう。


 うん、あれも購入いたしましょうか。


「たびたびすみません、あれも追加で購入してもいいですか? 原木として置物に使いたいのです」


「あれを……ですか? 確かに虫食いはない原木ですが、大きさも形もいまいちですよ?」


「では、実際に作品として作ってみせましょう。先にお会計を済ませていただけますか?」


「わかりました。少々お待ちを」


 従業員さんをまた卸商のところに向かわせてしまいました。


 それは申し訳ないですが……うん、仕方がありませんね。


 従業員の方が戻ってきましたが、卸商とマオさんたちも一緒に来ています。


 マオさんとリーンさんは少し疲れた顔をしていますが。


「スヴェインって言ったかい。あの原木で置物を作るんだって?」


「はい。置き方と飾り方を工夫すれば立派な置物になるかと」


「それって今ここで作れるかい?」


「作業スペースを貸していただければ。必要になりそうな素材は持ち歩いていますから」


「わかった。奥に作業スペースがある、そこを使わせるから実物を見せておくれ」


「はい。30分ほどでできると思います」


「つまり、明確なイメージはあるんだね?」


「ええ、まあ。1時間経っても完成していなければイメージが合わなかったんだなと思ってください」


「じゃあ楽しみにしているよ。作業部屋に案内してあげな」


 僕とアリアは従業員さんに連れられて作業スペースへと向かいました。


 そこはよく整頓されており、おそらくは珊瑚や真珠をアクセサリーに加工するための部屋なのでしょう。


 さて、それでは始めましょうか。


「まずは水晶を取り出して……」


**********


 約30分後、完成した作品を持って卸商さんの部屋を訪れました。


 マオさんたちへの講義は終了したのですかね?


「作品は完成したのかい?」


「はい。渾身の作品ができました。自分でも知っていただけで初挑戦の技術を使ったので、結構ドキドキしましたね」


「ほう。それじゃあ、そいつを見せてもらおうか」


「ええ。このテーブルの上に置かせていただきます」


「ああ。……って、なんだい、それは!」


「海にある珊瑚はこのような形だと習いました。それを再現してみたのです」


「……素敵ですわ、スヴェイン様!」


「本当ですね。というか、その入れ物ってガラスじゃないですよね?」


「はい。水晶……クリスタルを変形させたものです。魔力処理も施してあるのでハンマーで叩いても壊れませんよ」


「それもすごいが、その水の色! どうやってその青色を!」


「ああ、これですか。実は普通の水ではなく、錬金術で作った魔力水なんです。珊瑚をちょうどいい塩梅に映す色合いにするのに手間取りましたね」


「魔力水……あんた、錬金術師?」


「はい。本職はそのようなものです」


「……ふむ、魔力水だと痛まないのかね? 普通、水につけておくと珊瑚は痛むんだが」


「どうなんでしょう? 水を張る前に魔力保護で珊瑚も覆いましたからなんとも……」


「この際だ、それはどちらでもいいか。いや、たまげたよ。あの反り返った原木を、逆に岩からせり出した珊瑚に見せるなんてね」


「お気に召しましたか?」


「ああ。それに青い水の中ってのもいい。まさに海の中にある珊瑚はこんな感じなんだよ」


「実物を見たことがあるんですか?」


「何度もある。うらやましいね、大切にしなよ」


「はい!」


「……ちなみに、相談なんだが、同じようなものを作っちゃもらえないかい?」


「アリア、どうしましょう?」


「私は構いませんよ。私だけの宝物はもうありますから」


「では、お作りします。原木を選んでいただけますか? あと、どのような形にするかのイメージも教えてください」


「ああ、楽しみだねぇ!」


 そのあとは、童心に返ったかのような卸売さんと一緒に置物作りをしました。


 その間、アリアは真珠をいくつか買い付けていたようです。


 また、マオさんたちも僕たちが置物作りをしている間に買い付けをすませたようですね。




 こうして完成した珊瑚の置物は、この卸売さんの代名詞となって一躍有名となりました。


 この先、僕が珊瑚などの買い付けに来るたびに作ってほしいとせがまれますが……作り方だけ教えてお断りしましたよ。

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