150.王家直轄軍の旗

「おぉ、スヴェイン、そちらはアリアか。よくぞ無事でいてくれた」


 本当に覇気がなくなってしまわれています。


 昔はもっと力強かったのに。


「聖獣たちが助けてくれますからね。さほど苦ではありませんわ」


「そうですね。それよりもギゥナ王の方がお体の調子がよろしくないようにお見受けいたしますが」


「私か。私は……どうにもならないな。王太子に王位を譲ると決めた途端、弟が反旗を翻し、それに貴族派どもが追随しおった。おかげで国はこの有様だ。私にはもうどうしようもできぬ」


 ふむ、困りました。


 ここまで弱気になられているとは。


 もう少しお元気だと考えていたのですが。


「ギゥナ王、兵の報告は聞いているか?」


「ああ、お主たちがエンシェントドラゴンで乗り付けたことか? もちろん聞いておるよ。あれは『聖霊郷』の聖獣様か?」


「いや、違う。スヴェイン個人が契約している聖獣様だ」


「なんと。この三年間あまりでそこまでの力をつけていたか」


「ええ、まあ。いろいろと縁がありまして」


「シシンは今回きていない。なんでもスヴェインの拠点を守らねばならないそうだ。だが、代わりにエンシェントホーリードラゴンを始めとした多数の聖獣様たちが駆けつけたぞ」


「個人でそこまで……やはり、国で留め置くような人材ではなかったか」


「そうだな。それで相談だ。我々に王家直轄軍の旗を預けよ。そうすれば各地で起こっている紛争に大手を振って割り込むことができる」


「今更な話だ。私の直轄軍である必要がどこにある? シュミット辺境伯軍として紛争解決にあたればよかろう?」


「そんな甘えはこの国に許される話ではない。この国の問題はこの国で解決すべきだ」


「その話しぶり……そうか、シュミット辺境伯、お前はそう決断したか」


「ああ。この紛争が終わり次第、シュミット辺境伯一派はグッドリッジ王国から独立する」


「わかった。そういうことならば我が旗を託そう。そして、それを持ち紛争解決にあたってほしい。褒美はグッドリッジ王国からの独立承認だ」


「その任、確かに引き受ける。軍務卿、直轄軍の旗はどこに、どれだけある?」


「それならば直轄軍倉庫に。数は三百程だな」


「三百か。スヴェイン、足りるか?」


「まあ、足りるでしょう。それで、のですよね?」


「もちろんだとも。国を割った戦争とは言えど、元は同じ国の国民だ。なるべく死人は出すべきではない。それに、死者は捨て置いて構わぬ。だが、生きているとなれば助けぬことには軍の士気に関わることだからな」


「わかりました。あまり使いたくなかった手段ですが、『聖獣郷』から可能な限りの戦力を集め、紛争解決にあたりましょう。さすがに時間がありません」


「そうしてもらいたい。本来であれば私たちも動くべきなのだろうが……」


「お言葉ですが、聖獣を扱えないお父様がいらっしゃっても正直邪魔です。迅速に事を進めるためには聖獣たちだけに任せる方が早いでしょう。それに、僕の契約してる聖獣とシュミット辺境伯領にいる聖獣、他人には見分けがつきませんからね」


「それもそうだ。軍務卿、それでは直轄軍の旗の下に案内していただこう。そして、今後のことも打ち合わせしたい」


「今後のこと?」




********************



「進め! 王太子派に負けるな!」


「皆のもの後れを取るな! 逆賊、王弟派閥を討ち取るのだ!」


 ふむふむ。


 ここの戦場も大混戦ですね。


 この際ですし、どうとでもなるのですが。


「中央に穴を空けます。行きますよ、ウィング、ユニ、ライウ、ホウオウ!」


『任せて』


『いいわ!』


『一番槍に僕は不向きだなぁ』


『私が先陣を切りましょう。そうすれば、直下の軍勢を吹き飛ばせます』


「お願いしました、ホウオウ!」


『お任せあれ』


「うん、なんだ。空から赤い影?」


「おい、なにか突っ込んでくるぞ!?」


「下がれ下がれ!」


「下がるってどこに下がるんだよ!?」


 ホウオウは高空からの急降下であたりを吹き飛ばし……ちょうどいい感じの空間を空けてくれました。


 怪我人は出ているでしょうが、死人を出さないようにとは事前に伝えてありますので大丈夫でしょう。


 多分、きっと。


「さて、ホウオウが空けてくれた隙間に僕たちも降り立ちましょうか」


『ホウオウにおいしいところを持っていかれたけどね』


『仕方がないでしょう。ああいうことは、ホウオウが一番得意なんですもの』


『得手不得手は誰にでもあるってね』


 少し騒々しくですが僕たちもホウオウの横へと降り立ちました。


 両軍、突然の乱入者に混乱しているようです。


 話が早くてとてもとてもよろしい。


「何者だ!」


「まあ、名乗りを上げるのは得意ではありませんがなるべく応じろという指示ですので。僕はスヴェイン = シュミット。シュミット辺境伯家長子。王家直轄軍の名の下にこの紛争を止めに参上いたしました」


「王家直轄軍だと?」


「そのような印がどこに……」


「この旗が印ですよ。よっと」


 僕は飛ぶときに邪魔だった旗を広げて両軍の……大将でしょうか、彼らに振りかざしてみせます。


 それを見たときの反応はふたつに分かれましたね。


「あれは確かに王家直轄軍の……それにシュミット辺境伯の長子と言うことはシュミット辺境伯領が遂に動いたのか?」


「ええい、今更威信を失った王家の旗などなんの役に立つものか! 王太子派もろとも討ち取れ!」


 ふむ、やはりこちらが貴族派ですか。


 とりあえず、線引きはしておきましょう。


「な、なんだ!?」


「白い炎の線だと!?」


「両軍、この線を越えたら僕が攻撃いたします。攻撃と言っても非殺傷系の聖属性魔法で魔力枯渇を起こすだけですが、攻めてきたいのでしたらどうぞご自由に。一切遠慮はいたしませんのでご容赦を」


「……我が軍はいったん様子を見るぞ。本当に王家直轄軍としてシュミット辺境伯領が動いているのであれば、下手に逆らうのはまずい」


「ふん! 王太子派の腰抜けどもが! 気にせず進め!」


 ふむ、王権派はいったん進軍停止、貴族派は構わず進軍と。


 慎重さにも性質が表れるものです。


「さて、白炎を越えましたね。ウィング、ユニ、ライウ、ホウオウ。始めますよ」


『喜んで!』


『身の程を知ってもらいましょう』


『やっと出番だね!』


『人間というのはここまで愚かになるのですね……』


 白炎の線を越えた部隊に対し、僕とウィング、ユニ、ライウ、ホウオウの攻撃が降り注ぎます。


 全員聖属性の攻撃なので直接的な殺傷力はありません。


 ですが、線を越えたあたりで幾重にも折り重なって倒れていくので……下の方で潰されている方々は死んでしまったかもしれません。


 そこまでの責任は取れませんが。


「な、なんだ……この現象は……」


『人間が聖獣に正面から挑もうなど……身の程をわきまえるべきでしょう?』


「聖獣? こいつら、本当に『聖霊郷』の……」


「どちらでも構いませんよ。進軍が止まっていますがよろしいのですか?」


「……く! 全軍、退却だ!」


「お待ちください、倒れているものたちも息があります!」


「そんな下賤の者どもなど知るか! 貴族である私が生き残ればなんとでもなる! すぐに撤退だ!」


「しかし……」


「撤退しない者どもは置いていく! 撤退せよ!」


 おやおや、貴族派らしいお考えで。


 ともかく、この戦場はこれで終わりでしょう。


 さあ、セティ師匠の作ってくれた地図に従いサクサクと戦場を駆け巡りましょうか。

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