163.残酷な現実

 ギルド職員への説明で少し予定より時間が遅くなってしまいました。


 とりあえず、教えていただいていた夕食の時間には余裕で間に合うので大丈夫でしょう。


 そう考えてコウさんのお屋敷前まで戻ってみたのですが……。


「なんですか!? この人だかりは!」


「すごいですわね」


「すごいですね。一体なにがあったのでしょう」


 これではコウさんのお屋敷に入れません。


 どうしたものかと考えていたところ、人だかりの中からウィングとユニが飛び出してきました。


 人だかりの原因はあなたたちですか!


『やあ、スヴェインお帰り。予定よりも遅いんじゃない?』


「ええ、錬金術師ギルドでやることが増えてしまい。それで、この人だかりの原因はあなたたちですか?」


『うーん、一概に僕たちとは言い難いんだけど』


『私たちではあるわね。一番愛想が良かったのはメンだけど』


「メン? 師匠の九尾の狐ですか?」


『うん。そもそもがこの人だかりを作ったのはセティだよ?』


 ああ、もう!


 師匠はなにをやっているのでしょうね!?


 とりあえず、僕たちはウィングとユニの背に乗り屋敷の敷地内へと降り立ちます。


 そして入り口の方を見やれば、確かに師匠とメンが子供たちを相手に遊んでいますね。


 少しお話しなければなりません。


「師匠、少しお話が」


「うん? 人だかりの件かな? これは僕が始める前からできつつあったものだよ?」


「どういう意味でしょう?」


「この街では珍しい聖獣が集まっているんだ。一目見ようといろいろな人がやってきていてね。このままでは屋敷の方々にも迷惑がかかりそうだったから、コウ殿に許可を取って聖獣たちを連れだし一緒に遊んでいたんだよ」


 師匠の説明を受けている間にも九尾の狐であるメンの尻尾にはたくさんの子供がじゃれついています。


 フェニックスのニクスはいないようですが、ウィングとユニは子供たちの輪に戻っていっていますね。


 しかし、これは……。


「師匠、これはこれでお屋敷の方々に迷惑をかけるのでは?」


「ああ、そうかも知れなかった。うっかりしていたよ」


「こういうことを催すのであれば近くに大きな公園があります。そちらで行ってください」


「わかった。明日からはそうしよう」


「……明日以降もやるんですね」


「うん。僕はやることがなくて暇だからね。スヴェインの弟子たちも見せてもらったが素晴らしかったよ。緊張していたがそれを除けば満点だ。シャルはシャルでいろいろ動き回るだろうし、僕だけやることがないのはね」


「それでしたらシャルの護衛についてもらいたいのですが」


「その必要はないんじゃないかな。シャルも常時サンクチュアリで体をガードしている。気体系の毒物にも対応しているから万が一もない。剣術も人並み以上に修めているし、ひとりで歩かせても問題ないよ」


「でもですね……」


「それに、今後のことを考えると?」


 ……確かにそうですが。


 それは今から始めなくても良いでしょうに。


 まったく食えない人です。


「さて、そろそろお開きの時間かな。また明日、近くの公園とやらで遊んであげるからそちらにおいで」


『またな、人の子らよ』


『またね』


『それじゃあね』


 師匠と聖獣たちが屋敷の中に戻れば人だかりも三々五々帰っていきます。


 はあ、仕方がありませんね。


 とりあえず、夕食後にはこの件を謝らなくては。



********************



「と言うわけでして、師匠たちがご迷惑をおかけいたしました」


 夕食後、コウさんたち一家が揃っているところでお詫びを述べます。


 まったく、師匠は本当に……。


「いやいや、私も屋敷の前に人だかりができていて気になっていたところだから構わぬよ」


「そうですわ。セティ様が対応してくださらねばもっと増えていたかも知れませんもの」


「私は見ていませんがそれほどでしたの?」


「マオは見ていないだろうな。それほどの人だかりだったのだよ」


「それは……見てみたかったような、見たくないような」


「聖獣さんたちは大人気でした!」


「そうだね。それにしてもスヴェイン先生、なぜ今まで聖獣たちのことを黙っていたんです?」


「あれ? エリナちゃんはワイズ先生を知りませんか?」


「うん。名前しか知らないよ」


「前回は長い間逗留させていただきました。ですが、ワイズを呼ぶ機会がありませんでしたからね」


「今度紹介してあげてくださいね、スヴェイン先生」


「はい。それから聖獣たちのことを黙っていた理由ですが、聖獣の存在そのものが危険視される可能性があるからですよ」


「そうなんですか? あんなに可愛いのに。アメシストだって大人しいですよ?」


「それは主に危害が及ばないからです。聖獣たちは自分の身を守るためや主人を守るためならば非常に強力な力を発揮します。カーバンクルだって攻撃されれば、なかなか強力な反撃が来ますよ」


「そうなんです? ガーネットには余計な事はさせません!」


「それくらい慎重であれば結構です。……さて、場も落ち着いたところで今後のことを話しましょう」


「今後のこと! 先生の指導ですか!?」


「それはボクも早く受けたいです!」


「まあまあ、順を追って説明します。とりあえず明日は僕とアリアでふたりの進捗状況を確認します。午前中が僕で午後がアリアですね」


「ふたりともきちんとできているか確認させていただきますよ?」


「わかりました!」


「楽しみです」


「それから、僕は午後からもう一度錬金術師ギルドに向かいます。山のように貯まっている書類を少しでも片付けねばいけませんし、ギルド評議会の開催も手配していただかねばなりません」


「ふむ、ギルド評議会か。議題はここで話してしまっても構わないものなのか?」


「隠し立てするほどの内容では。まずはシャルがこの街を訪れている理由、シュミット公国とこの街で友好関係樹立をお願いすることです。これは僕も錬金術師ギルドマスターとして賛成ですね」


「その理由は?」


「この街……と言うか、この国の教育状況を考えると新しい風を取り入れないとダメです。僕は錬金術師ギルドだけで手一杯。ほかのギルドやはシュミット公国に洗い流していただきましょう」


「……そこまで酷いのかね? この街は」


「錬金術師ギルドひとつでも酷かったです。ほかのギルドも考えればもっともっと汚れが出てくるでしょう」


「ううむ……商業ギルドもそのひとつか?」


「先ほども述べましたが僕は錬金術師ギルドだけで手一杯。そのほかのギルドはシュミット公国の力を借りるか、自浄能力でなんとかするかしていただかないとなりません」


「そうか……私の方からも商業ギルドマスターに」


「その必要はありません。僕が提案するふたつ目の議題を聞けば皆さんの意識は嫌でも変わるでしょう」


「ふたつ目の議題?」


「はい。『すべての錬金術師系職業を持った人々へ公平な教育の実施』です」


「なに? それが何の役に立つ?」


「そう言っている時点でに染まっているのですよ。そもそも錬金術師ギルドに所属できるのが職業『錬金術師』だけというのがナンセンスな話です。努力の必要はありますが、錬金術師系統の職業を持っているのであれば等しくチャンスは与えるべきなのです」


「む……だが、この国では」


「お話に割り込みます。失礼ながら私の意見もお兄様と一緒です。『錬金術師』になれたかどうかで将来が決まるなど馬鹿げているというもの」


「その通りですね。僕の目から見てもこの国は遅れすぎております。シュミット公国であれば交霊の儀式で最下級職を授かったとしても星霊の儀式までに最上級職まで上げるだけのカリキュラムを組めますよ? もちろん、かなり過酷なために半数以上が心折れて投げ出してしまいますが」


「な……それは真か!?」


「このようなわかりやすい嘘はつきません。それに交霊の儀式で授かった職業系統以外に変更するためのカリキュラムも組めます。こちらも険しい道のりですけどね」


「待て、それではこの国、そしてこの街が百年以上遅れた風習に染まっているのでは……」


「その可能性もありますよ? だからこそのシュミット公国との友好関係樹立なんですが」


「そんなバカな……」


「そうですか、お父様? スヴェイン先生の指導を受けていればそうおかしくないですよ?」


「ニーベ?」


「失礼ですが、コウさん。ボクも同意見です。そうじゃないとのに、スヴェイン先生は理由の説明がつきません」


「エリナ……いや、スヴェイン殿の実績を考えればもっともな話だった。スヴェイン殿とアリア嬢が特別優れていると思い込んでいたのがそもそもの間違いか」


「スヴェインとアリアが優秀な教え子だったことに代わりはありません。ですが、その妹であるシャルも『賢者』になれています。それが現実ですよ」


「……とまあ、こんな具合です。外部の人間、特にシュミット公国からしてみるとこの国の体制はとても古くさい。職業補正はバカにできません。ですが、それにあぐらをかいていると簡単に下位職から追い抜かれますからね」


「……聞くが、スヴェイン殿。あなたから見てニーベとエリナは?」


「本人たちを目の前にして言うのはなんですが……決して特別優れているわけではありませんね。この国以外の優れた指導環境と本人たちのやる気が今の結果をもたらしています」


「そうか。……私も頭が柔らかいと考えていたが、想像以上に頭が固かったようだ」


「コウさんが特別というわけではありませんよ。この国ではになっていることが問題なのですから」


「そう言っていただけるとありがたいな。ちなみに聞いてもよろしいか? 錬金術師系統のスキル補正というのはどの程度の差なのだ?」


「うーん、僕が答えても良いのでしょうか?」


「シュミット公国、公太女である私の口からお答えします。交霊の儀式前、なんの職業も授かっていない状態を1として、上級職の『錬金術師』で1.3倍、『錬金士』で1.25倍、『錬術士』で1.2倍です。ちなみに、職業『魔術士』のスキル【錬金術】に対するスキル補正は1.1倍ですよ」


「……それだけ聞ければ十分だ。この話、商業ギルドマスターに伝えても?」


「はい。賛成してくれるギルドマスターが増えると心強いですからね」


「そうさせてもらう。有意義な話をありがとう。……すまないがこれで失礼する」


 うーん、自分たちが住んでいる街をここまで言われるのは厳しかったでしょうか?


 ですが、シュミット公国と友好関係を結べば否応なしにわかる事実ですしねぇ。


 ちなみにそのあとはニーベちゃんとエリナちゃんからどうすれば才能が優れた弟子になれるのかと質問攻めにあいました。


 師匠、笑ってないで助けてください!

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