134.錬金術師ギルドマスター 十日目

「ふむ、驚いた。本当に錬金術師ギルドの空気が一変している」


「まったくだ。あの陰鬱とした空気が全然ねえぞ?」


「確かにそうですな。たった十日間でこれほど変わるとは……」


 錬金術師ギルドマスターに就任してから十日目、つまり最終日。


 ギルド評議会からの視察ということで、ジェラルドさん、ティショウさん、それから商業ギルドマスターが錬金術師ギルドを尋ねてきました。


「うーん、そこまで変わりましたかね? 職員にも清掃係を雇わせて常に清潔な空間を保たせるようにしていますが」


「そこまでしていたのか。錬金術師ギルドの収支は大丈夫なのかね?」


「考えていた以上に蓄えがあったのでしばらくは大丈夫です。もっとも、それも三カ月ほどですが」


「だろうよ。ポーションを作るにも俺たちから薬草を買わなくちゃいけない。そして、それを販売する先がないんじゃ商売になりやしねえ」


「はい。とりあえず、ポーション作製の最前線となってしまった見習い錬金術師がいる部屋にご案内いたしますね」


「……まて、いまと言わなかったか?」


「はい、です。ただ、僕が指導する期間が一番長くなってしまって……一般錬金術師よりも腕が良くなってしまったんですよね」


「……それはまた」


「言ってるだろ、こいつの知識と技術はこの国の常識を根底から覆すってよ」


「ともかく案内していただこう」


「はい。こちらになります」


 僕は三人を連れて見習い錬金術師組のアトリエへとやってきました。


 そこは、とても活気に満ちあふれていますね。


「おい! 高品質ポーションはどれだけできた!?」


「今日の分か? 今までの累積か?」


「今日の分だよ!」


「うっせえ! 最初からそう言え! 今、三百本を超えたあたりだよ! なんで、見習いだったはずの俺たちがこんなに頑張ってるんだろうな!?」


「文句はギルドマスターに……ってギルドマスター!?」


「はい。申し訳ありません。本来なら、もっと時間を使って育ててあげたかったのですが」


「い、いや、その……今のは言葉の綾と言いますか……」


「それよりも高品質ポーションと言っていたな。君たちは本当にそれを作れるようになっているのか?」


「は、はい。安定と言うにはほど遠いですが、六割から七割程度の確率で高品質ポーションが作製できます」


「は? 六割以上の確率で安定していない?」


「ギルドマスターからはできれば十割確実に、それでなくとも九割は作れるようになって初めて安定だと教え込まれました」


「ほほう。それで、安定していない原因はわかっているのかね?」


「はい。錬金台の機能が足りていないのと、自分たちの魔力操作スキルがレベル不足だからです。錬金台は新しいものを用意していただけるように経理部と折衝しています」


「へぇ、やるじゃねぇか、若いの。それで、ディスポイズンやマジックポーションはどうなんだ?」


「はい。ディスポイズンは一般品質しか作れません。マジックポーションも同様です。ギルドマスターからは魔力操作スキルをマスターしてからでないと早すぎると指示を受けています」


「……本当に空気を変えおったな」


「それよりもそのポーション。一般品質でいい。味見をさせていただけるか?」


「はい。失敗品で申し訳ありませんが、どうぞ」


「うむ。……これは、今までと違い爽やかだ! ポーション作りの秘訣も学んだのだな!」


「はい。まず最初にポーションの味を変えることからたたき込まれました。あんな味のポーションは認められないと」


「よろしい。これを商業ギルドに卸してもらうことは可能かな?」


「え、これをですか!?」


「もちろん、一般品質のものも買い取ろう。今までよりも高値をつける。どうかな?」


「いや、自分たちではなんとも……」


「商業ギルドマスター。そういうことは、あとで事務職員たちに聞くべきだ」


「おっとそうでしたな、医療ギルドマスター。つい、このポーションを独占したくなってしまい」


「商業ギルドマスター!? それに医療ギルドマスター!?」


「ええ。今日は僕が錬金術師ギルドのギルドマスターを務める最終日ということなので視察に訪れてくれたのです」


「ああ、そういえば今日が十日目……医療ギルドマスターに商業ギルドマスター、それにそちらの方は冒険者ギルドマスターですよね!?」


「おう、そうだぜ。なにかいいたいことでもあるのか?」


「はい! 現在のギルドマスターをこのままギルドマスターとして留任させていただくことはできませんでしょうか!」


「ふむ……なぜだね? 彼は旅の錬金術師。それに錬金術師ギルドとは関係なく弟子も抱えている。それを踏まえた上で無理を通して十日間だけのギルドマスターに就任してもらったのだ。彼をギルドマスターに留任させても、この街に来ること自体が数カ月に一度、そして弟子の指導の合間を見計らってのギルド運営となる。今までのようにつきっきりで指導などできないぞ?」


「それは承知の上です! 私たち見習いを十年以上先のレベルまで引き上げてくれたご恩は変わりません! どうかギルド評議会からもお願いできませんでしょうか!?」


「ふむ。君たちの熱意は受け取った。考えさせてもらうとする」


「ありがとうございます!!」


 やれやれ、困りましたね。


 この十日間はアリアによる魔法修行をぎっしりと組み込んでもらったわけですが、そろそろ錬金術指導にも戻らなければなりません。


 正直、錬金術師ギルドまで面倒を見るのは手に余るのですが。


「……さて、次の場所を視察させてもらおう。どこを案内してもらえるのかね?」


「では、一般錬金術師たちのアトリエを。彼らほどの熱意はありませんが、一般品質のマジックポーション程度までならなんとか仕込めましたので」


「やはり、頭の固い連中に教えるのは難しいか」


「ですね。熱意がまったく足りません」


「それも含めて視察させてもらおうか。冒険者ギルドマスターと商業ギルドマスターもそれで構わないな」


「もちろんだ。あいつらの熱意を見たあとじゃ興ざめかも知れないがな」


「同感ですな。まあ、新人たちだけでも火が付いているならよしとしましょう」


 散々な言われようですが事実なので反論いたしません。


 実際に一般錬金術師たちのアトリエを尋ねてみても、三人の表情はあまりよろしくはありませんでした。


「貴様たち、新人たちが高品質ポーションを量産していると言うのにマジックポーションすら安定していないとはなんたることか!」


「いや、ですね、医療ギルドマスター。我々はギルドマスターから指導を受けるのが遅かったので……」


「はい、言っても聞かないでしょうから後回しにしました。ですが、五日目からはきちんと指導しましたよ? そして、見習いの皆さんは四日でマジックポーションは安定させていました。おかげで五日目から高品質ポーションの指導に取りかかれて大変有意義でしたよ」


「そんな……新人どもが高品質ポーション?」


「我々はこの目で確かめてきた! この国では難しいとされている高品質ポーションを六割以上の確率で生産できるようになっているそうだぞ! 実際、今日だけで既に三百本完成しているそうだ!」


「嘘でしょう……?」


「嘘なんかじゃありませんよ。僕たち四人で確認してきたことです」


「まさか……俺たちが新人に劣る……?」


「これからの錬金術師たちに対する給与の支払いは歩合制とします。頑張ってくださいね」


「ま、待ってくれ! いや、待ってください!」


「僕もそこまで暇じゃありません。高品質ポーションなどの作製方法を記した資料は資料室に置いてあります。独学で身につけてください。簡単なことでしょう?」


「ふむ、ここはこれで十分だろう。ほかの場所を見させてもらう」


「次はどこになさいますか?」


「事務所を確認させてもらえるか? そこで、高品質ポーションの独占契約を結びたい」


「商業ギルドマスターはがっつくねぇ。ま、悪い話じゃねえ」


「はい。これで錬金術師ギルドに収入源が戻ってきます」


「いや、スヴェインよぉ。収入源が戻る、どころかお前が来る前の収入以上の契約になるからな?」


「そうですか? ……そういえば、この国では高品質ポーションは貴重品でしたか」


「お前やお前の弟子たちと接していると感覚が狂うがその通りだよ。まったく、なんてことを十日間でしてくれたんだか」


「ふむ。僕としては普通のことをやったつもりなんですが」


「やっぱり、お前の普通はこの国の常識を根本から覆すな」


「私もそれを感じた。そろそろ事務員たちの事務所だな」


「はい。……そういえば、事務員をひとり秘書代わりに引き抜いているのですが問題ないでしょうか?」


「それもまたギルドマスターに与えられた権限のひとつだ。問題なかろう」


「よかったです。では、こちらが事務所になります」


 事務所では僕も含めたギルドマスター四人がいきなり現れたことで軽いパニックが起こりました。


 ギルド評議会からの視察があることは伝えてあったのですが、まさか事務所まで来るとは考えていなかったのでしょうね。


 医療ギルドマスターや冒険者ギルドマスターからは事務所の雰囲気もよくなったと太鼓判を押され、商業ギルドマスターは早速販売部門の責任者と面談して見習いたちが作っているポーション類の独占契約を結んでいました。


 こちらの責任者も商業ギルドマスター直々の参上だったため買いたたかれることを覚悟していたようです。


 むしろ今までの買い取り価格より遙かに高値をつけていただけたらしく小躍りをしていましたね。


 商業ギルドマスターも満足げでしたしよかったですよ。


 その次に案内したのは資料室。


 資料室を占領していたカビの生えた資料は全部奥にある蔵書保管庫に放り込み、代わりに僕お手製の一般品質ポーションから高品質マジックポーションまでの作り方を記した本をびっしりと並べて置きました。


 同じ本が何冊も並べられているのであまりよろしくないかなと考えていましたが、各ギルドマスターは大はしゃぎでそれらの本を読み込んでいましたね。


 最後はギルドマスタールームにご案内です。


 その前にサブマスタールームに声をかけておきますが。


「……あの目が痛かったギルドマスタールームがここまで様変わりするとは」


「スヴェインの象徴であるユニコーンとペガサスの彫像、奥にあるのは弟子の象徴のカーバンクルか。一番上にあるやつは?」


「ワイズマンズ・フォレストです。知識の象徴として飾ってみました」


「素晴らしいな。これならば客人を招き入れても恥ずかしくない」


「ところで、その書架に並べられている本は? あまり見かけない本ですが……」


「ああ、それは僕の師匠の本です。錬金術以外の本がほとんどですが、弟子たちに渡したものを頼んで写本魔法で複製したものをここに置かせていただきました」


「スヴェインの師匠と言えばフォル = ウィンドか。その価値を知っているものからすれば垂涎の書架だな」


「ええ。ただ、あまりにもガラガラで見た目が悪いのですが……」


「これだけの彫像が揃っているのだ。書架の本に目が向くものなど一握りであろう」


「だといいのですが」


 そのとき、部屋のドアが控えめにノックされて、ひとりの女性が入ってきました。


 初日に僕を案内してくれていたミライさんですね。


「スヴェイン、この女は?」


「僕のことを初日に案内してくれた事務員の方です。事務員としてそれなりの経験を積んでいるようですので、そのまま僕の秘書代わりとして作業をしていただいていました」


「……確かに、スヴェインには事務処理能力はなさそうだな」


「それなりにはあると自負しています。ですが、錬金術師たちの指導を考えるとそんな時間は一切ありませんでした」


「ふむ。それで、スヴェイン殿。この女性をこの場に呼んだのはなぜだね?」


「はい。問題が無いのでしたら彼女の事をサブマスターに任命し、僕が不在の間に発生する業務を請け負ってもらおうかと」


「ちょ、ちょっと待ってください! 私、そんな経験ありません!」


「誰だって最初は未経験なものですよ。あなたが引き受けてくれるのであれば、事務員の皆さんへサポートもお願いしてきます。仕事量が今までに比べて半端ではないレベルで上がると考えていますので、それに見合った待遇もするように手配いたします」


「いえ、待遇とかそういったことに不満があるわけじゃ……」


「ふむ、悪くはないのではないか?」


「医療ギルドマスター様!」


「私のギルドでもサブマスターは自分の研究もしつつ、事務処理をほとんどこなしてくれている。事務処理専門のサブマスターがいても問題なかろう」


「それを言い出したら商業ギルドなど事務処理適正だけでサブマスターを決めていますぞ。私がなるべくフリーで商談や会議に臨めるよう、実務経験より適切な判断能力と事務処理能力で選んでいますな」


「さすがに冒険者ギルドは力尽くでねじ伏せなきゃいけねぇときもあるからそんな真似できないが、いいんじゃないのか?」


「ギルド評議会の皆様まで……私、本当に事務処理しかできませんよ!?」


「むしろ、今後の錬金術師ギルドではそれが求められることになるだろう。そういう意味でも適任ではないか?」


「はい。それから、僕が不在の間に新人たちが使う高品質な薬草や毒消し草、魔草を預かっていただく役目を請け負っていただきたいのです。そのために護衛を雇うこともします。どうか引き受けてもらえませんか?」


「ああ、私の日常がどんどん変わっていく……」


「諦めな。スヴェインに目をつけられた時点で常識なんて覆されるからよ」


「それで、スヴェイン殿。高品質な薬草と軽々しく申したが、具体的にはどれくらいの数を置いていくのだ? 千か二千か?」


「その程度の数でしたら数日で消費し尽くしてしまいますよ。数万枚以上とだけ話しておきましょう」


「……そんな高価なもの、私が預かる」


「もちろん、マジックバッグも渡します。個人認証をかけますので、あなたにしか中身を取り出せません。あとは……危険手当としてボクが作ったローブも支給しましょう。魔鋼の武器程度では一切衝撃も通さない程度の防具になります」


「それが、?」


「スヴェインが本気を出したらドラゴンブレスを無傷で耐えられるローブができるから諦めろ」


「……私、どうなっちゃうんだろう」


「ふむ、護衛だが錬金術師ギルドから選出するのでは危ういな。ギルド評議会から出そう」


「いいのですか?」


「あの熱意を目にすればサブマスターひとりの護衛……そうだな、念のため六人くらい女性の護衛をつけるとしても安いものだ。それほどの価値が今の錬金術師ギルドにはある」


「……ゴミクズくらいにしか思われていなかった錬金術師ギルドがそんな風に感じていただけるなんて」


「そういうわけです、ミライさん。サブマスターに就任していただけますね?」


「はい! やってみせます!」


「うむ、頼んだぞ」


 こうして、ギルドマスター不在の間も事務処理が滞ることがなくなりました。


 そして、僕のギルドマスター留任も決定してしまいました……。


 これ、弟子たちになんと報告すればいいのでしょう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る