368.リノ

「村が見えてきました! きっとあの村なのです!」


「そうだね。この近辺にほかには村がないし間違いないよ」


 タイガさんから先生たちが治療薬の作り方を教えたという〝リノ〟という方の情報をもらい、すぐさま街を飛び出したボクたち。


 もらった地図を頼りにルビーとクリスタルで少し飛べば目的地であろう村がすぐに見つかりました。


 ただ……。


「どうして聖竜さんが寝ているのです?」


「わからない。話を聞いてみようか」


 村の前、道を邪魔しない位置に寝転んでいるのは間違いなく先生の眷属である聖竜。


 上位竜みたいですが、どうしてこんな場所に?


『……む、『竜の至宝』か』


「先生のところの聖竜さんですよね?」


「なぜこのような場所に?」


『私は帝の眷属で間違いない。ここを守護しているのは、私が見守るに値する輝きを放つ娘がいるからこそ。帝の命があれば去るが、そうでなければしばらく滞在するつもりだ』


「竜さんのしばらくって長いのです……」


「多分、その娘っていう人が生きている限り居座るんじゃないかな……」


『そんなことより、『竜の至宝』よ。このような場所まで何故やってきた?』


「リノさんを探しに来たのです」


「先生が会ったことがあるそうなので、私たちもお会いしてみたいと」


『そうか……村の門衛よ。この者たちは『竜の至宝』。我が主の宝である。通してはもらえないか?』


「いや、構わないんだが……」


「リノになんのようだ?」


「話を伺いたいだけです」


「それだけなのです」


「まあ、そういうことなら。案内するからついてこい」


「ありがとうございます」


「ありがとうです!」


「お、おう」


 村の入り口で見張り役をしていた方に案内されてやってきたのは一軒の民家。


 ここがリノさんの自宅兼診療所となっているそうです。


「おーい、リノ。お客さんだぞ」


「はーい。……ええと、どなたでしょう?」


「初めまして、エリナと申します」


「ニーベなのです」


「あ、はい。リノです。よろしく」


「それで、私たち、リノさんがスヴェイン先生から治療薬の作り方を聞いたと知って話を伺ってみたいと」


「スヴェイン先生? スヴェインさんとお知り合いなんですか?」


「私たちの師匠なのです!」


「不出来な弟子ですが、私たちはスヴェイン先生とアリア先生の弟子です」


「わあ! そうなんですね! スヴェインさんたちって今どうしてるんですか? 相変わらず放浪の旅を?」


「リノ、話をするなら家に入ってもらったらどうだ?」


「あ、それもそうね。ありがとう。あとは私の方で」


「ああ。それじゃあ、俺はこれで」


「案内していただきありがとうございました」


「助かったのです!」


「気にするな。じゃあな」


「それでは上がっていってください。見てのとおり小規模な村なのでたいしたおもてなしもできませんが」


「いえ、お気になさらずに」


「お茶とかお菓子なら私たちのマジックバッグにたくさん詰めてあります!」


「あら。ご相伴にあずかっても?」


「構わないのです! たくさんお話をしましょう!」


「ボクたちも知らない先生のお話を伺える機会なんて滅多にありませんから」


「お弟子さんが知らないといっても私が一緒にいたのも一週間程度ですから……それでもよろしければいくらでも。とりあえず中へ上がってください」


「失礼します」


「失礼するのです……あれ?」


 家の中に入ってすぐニーベちゃんがなにかを見つけました。


 視線を追えばその先にあったのは一本の杖。


 あれは……。


「リノさん、その杖って」


「ああ、ええと……スヴェインさんからの贈り物です。たいしたものじゃ……」


「先生らしいです。うまく偽装がかかっているのです」


「本当だね。あれじゃあ、普通の杖にしか見えないよ」


「ええっ!?」


「素材は……マジックトレントですかね?」


「うーん、エンシェントトレントじゃないと思うけど……魔物素材じゃなくて魔霊樹の枝を加工したのかも」


「ああ、あの色ならその可能性もあるのです。かけられているエンチャントは……回復魔法強化に回復魔法消費減少でしょうか?」


「ほかにも微弱な強化系エンチャントの力を感じるよ。この感覚は……水と土、それから聖属性かな?」


「え、あの、見ただけでわかるんですか?」


「弟子なので先生の癖は大体わかってきました」


「はいなのです。先生にしてはに見えるのですが……短い付き合いだと仕方がないのですかね?」


「ええっ! あれで手抜き!? この村まで送り届けてくれた冒険者の方々には、回復魔法強化だけでも金貨数十枚だって言われたんですが!?」


「先生の作品基準だと片手間に作っただけの代物なのです」


「例えばボクたちが今着ているローブ。素材は明かせませんが古代竜エンシェントドラゴンでもない限り傷つけることはできないと言われています」


「そ、そんなに」


「あと……多分ですが個人認証もかけられてますよ?」


「はいです。リノさん以外にとっては頑丈なだけの木の棒です」


「私……そんなにすごいものを、餞別としてもらっちゃってたの?」


「気にしないでください。先生は気に入った相手にはですから」


「はい。努力する人は先生たちの一番好きなタイプなのです。リノさんの頑張りが認められている証拠なのです」


「頑張りや努力だなんて……私はただの家出娘で、スヴェインさんと依頼でたまたま知り合い、数日間一緒に森歩きをして依頼をこなし、途中途中の休憩では薬草を使った簡単な治療薬の作り方を教えてもらっただけなのに……」


「多分それをと先生たちは認めたんですよ」


「はいです。自信を持ってください」


「そっか。私、認てもらえてたんだ。嬉しいなあ、ただの家出娘だった私があんなすごい人に認められていただなんて」


「そうじゃなかったら餞別なんて贈らない人ですよ、先生方は」


「のほほんとしているようで結構シビアなのです」


「そうだったんですね。……そうだ! 見てもらいたい本があるんです!」


 リノさんは慌てて部屋の中に駆け込み、二冊の本を手にして戻ってきました。


 一冊目のタイトルは【応急治療と適切な回復魔法の判別】、二冊目は【錬金術を用いた治療法と回復薬の作成方法】です。


「この本も一緒にいただいてしまったのですが……よかったのでしょうか?」


「先生が渡したのならいいんだと思います」


「それにどっちの本もしっかり読み込んだあとがあるのです。先生の目が間違っていなかった証拠です」


「よかった……あの、ちなみに二冊目の本、なにが書いてあるか確かめてみていただけますか?」


「はい? わかりました」


「先生のことです。意地悪してあるのです」


「いえ、意地悪はされていなかったのですが……」


 二冊目の本ですが、最初の方のページには基本的な下級錬金術で作れるポーション類の紹介と治療方法が。


 その先には魔力水の品質を上げる方法、そして……。


「先生……」


「これ、教えてよかったのです?」


「やっぱりまずかったのでしょうか」


 いくつかのページをめくった先、そこに書かれているのは間違いなくでした。


 二年前にこれを教えているということは、ボクたちとそれほど変わらない時期に知っている可能性もあるわけで……。


「リノさん。このページ、っていつですか?」


「あ、やっぱり封印がしてあるってわかるんですね」


「魔力を感じる本なのです。多分、なにかの条件を満たさないと先が読めないはずなのです」


「ええと、【錬金術】スキルのレベルが条件です。そのページが読めるようになったのは一年ほど前でした」


「薬草の種は?」


「スヴェインさんからお別れするときに渡されたものの中に入っていました。そのページを読めるようになったら袋も開けるようになって……」


「薬草栽培、してるのです?」


「誰にも気が付かれないように、家の中庭でこっそりと少しだけ。やっぱりまずいでしょうか?」


「いえ、先生が問題ないと判断しているのですから弟子のボクたちは口を挟めません」


「薬草栽培も気が付かれない範囲でなら大丈夫なのです。気付かれると問題になるかもしれないのですが」


「ですよね。そう考えて今のところ家族にも内緒にしてあります」


「賢明な判断だと思います。それで、この本って?」


「中程、高品質なポーションの作り方までしかまだ読めません。それ以降の内容って伺っても大丈夫なのでしょうか?」


「問題ないのです。そのあとは最高品質ポーションの作り方。更にそのあとはマジックポーションの作り方なのです」


「普通は高品質ポーションの前にマジックポーションなのですが、リノさんが田舎の村で暮らすことを考えてなのでしょう。マジックポーションは後回しにされています」


「よかった。マジックポーションなんて素材も作り方も知りません。村で必要とされることもありませんし」


「先生たちも考えているのです。ところで蒸留水は作れるのですか?」


「その本を見ながら練習し続けて半年前にようやく。おかげで高品質ポーションも作れるようになれましたし、村の皆のお役にも立てています」


「それはよかった。……ところで不躾な質問ですが、リノさん。もう少しだけ錬金術を習ってみるつもりはありませんか?」


「え?」


「今のリノさんなら一般品質のマジックポーションは間違いなく作れるんです。マジックポーションに必要な素材の種もボクたちは持っています。ボクたちは日が暮れる前にヴィンドに戻らねばなりませんが、リノさんがついてきてくれるなら先生に代わってコンソールでボクたちが指導してあげます。リノさん次第にはなりますが、頑張れば半年以内に最高品質のマジックポーションまでは確実に作れるようになります。そうすれば、村の財源にもプラスになるはずです。いかがでしょう」


 ボクはリノさんを誘ってみましたが、彼女は何のためらいもなく首を横に振りました。


「いえ、私はそれを望みません。一度は村を飛び出して親に心配をかけてしまいました。それに、今は村の治癒士として立派な仕事を持っています。せっかくのお誘いですが、お断りいたします」


「……さすがは先生が認めた人なのです」


「……はい。ごめんなさい、リノさん。あなたのことを少し試させていただきました。お詫びいたします」


「そんな。私はただ、本心を述べたまでで……」


「いえ、試したことに変わりはありません。お詫びとしてこれを受け取ってください」


 ボクは小さな袋に入った種をリノさんに差し出しました。


 ですが、リノさんは受け取ろうとはせずに不思議そうにするばかり。


 少し警戒させすぎたでしょうか?


「あの、その袋は?」


が入っています。マジックポーションの素材となる薬草です。育て方も薬草とまったく一緒。生育期間が薬草よりも少し延びるくらいです。マジックポーションを作る方法も素材を薬草から魔草へと置き換えるだけです」


「それは……」


「私たちからのお詫びなのです。受け取ってください」


「ごめんなさい。受け取れません」


「それは、なぜ?」


「確かにマジックポーションを作れるようになり、それを行商人に買ってもらえれば村の収入は増えます。でも、余計な争いを起こす可能性もある以上、分不相応なことまで望みません。せっかくのご厚意申し訳ありませんがそれもお気持ちだけ受け取らせてください」


 参りました……。


 本当に善意のつもりだったのに、ボクたちもまだまだ浅はかです。


「申し訳ありません。本当に差し出がましい真似をしてしまいました」


「ごめんなさいです」


「いえ。……それよりもおふたりはお幾つなんですか?」


「十三歳です」


「十一歳の時に弟子入りさせてもらってまだ二年なのです」


「そうだったんですね。もっと年上だとばかり……」


「そうですか? リノさんもかなり落ち着いていらっしゃいますが……」


「いえ、私も村に帰ってからいろいろ苦労してようやく落ち着いただけです。家出してヴィンドの街で日銭を稼いでいたときはもっと子供でした」


「先生の話も聞きたいですが、その話も聞かせてもらいたいのです」


「いいですよ。私の失敗談でよければいくらでも」


「ありがとうございます。代わりにボクたちも先生たちの様子をお話しますね」


「それは嬉しいです。スヴェインさんたちがどうしているのかはずっと気になっていたので」


 こうしてボクたちとリノさんはうち解け、時間の許す限り話をすることになりました。


 できれば文通などもしたかったのですが……この村では手紙を受け取ることも難しいらしく断念する事に。


 その代わり、また時間ができたら会いにくることは約束させていただきお別れします。


 ボクたちの知らない先生たちの絆、まだ探せばあるのかな……。

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