628.見習い錬金術師 トモ 7
「ふむ……問題児三人組は二日目で傷薬もポーションも安定か……」
「失敗しなくなっちゃいましたね」
「……問題なくなりました」
「……まずいですわよね?」
「まずくはない。まずくはないんだが……進みすぎだ」
傷薬とポーションを教えてもらってから二日目。
昨日、基本を教えてもらった私たちは本気で……魔力枯渇を何度も起こしながら練習した結果、二日目には失敗しなくなっちゃった。
それを見てユルゲン先輩も頭をひねっていて……どうすればいいのかな?
「お前らともうひとつのアトリエにいる三人。そいつらだけ進行速度がやたらと速いんだよなあ……昨日はあっちのアトリエでも魔力枯渇を複数回起こしてたらしいしよ」
「そうなんですか? 私一度も会ってませんが」
「私もです」
「私もですわ」
「お前ら、その発言ができるだけ仮眠室に行っているって自覚を持てよ? あっちは男の三人組だ。お前らもその指輪をもらったときに顔を見ているはずだぞ?」
「ああ、あの人たち」
「そう、あの人たちだ。ちなみに全員お前らと同じ十三歳。お前らとアトリエを分けられているのは同性同士の方がやりやすいだろうって言う俺たちの配慮だ。全員を同じアトリエにして、やたら進み方が速くなりすぎても困るからな」
「そうだったんですね。ありがとうございます、ユルゲン先輩」
「気にすんな。さて、お前らに新しく教えることはまたしばらくないんだよな。お前らに任せていると、また何度も魔力枯渇を起こし続けるだろうし。給金は上がるからひたすら作製するか?」
「それもいいですけど……どうしよっか、ふたりとも」
「うーん、私はお給金がほしいかな。『サリナのお店』で妹用に新しい秋物の服がほしいの。お金が貯まれば冬用のコートも買いたいし」
「ああ、去年の冬にできた噂のエンチャントオーダーメイド店ですわね。私も行ってみたいですし、お給金と自己研鑽目的で傷薬とポーションを量産するのもよいかもしれません」
「そうしようか。あ、その前にユルゲン先輩に質問があります」
「なんだ、答えられることなら教えるぞ」
「私たちの訓練で薬草の葉が大量に使われてますけれど……これってどこで手に入れているんですか? 昔は薬草の葉一枚買うのも高かったはずなんですけど」
「そういえば……コンソール錬金術師ギルドって不思議だよね。魔力水の原料はお水だからわかるけど傷薬とポーションは薬草を使うもの」
「昔は冒険者のお仕事だったはずですわ。お父様の商会でも取り扱っていましたもの。ですが、コンソール錬金術師ギルドが改革されて以降、取り扱っている様子を見ていません。どこから仕入れているのでしょう?」
「それか。今のところはギルドマスターの聖獣様たちが育ててくれているらしい薬草を提供していただいている。ただ、ギルドマスターの引退はもう決まっているから今後も続けることはできない。そのための薬草栽培も本格化したいんだが……支部が頼りなくてなあ……」
「「「薬草栽培?」」」
薬草栽培ってなんだろう?
と言うか、薬草が栽培できたなら昔から買い取る必要がなかったんじゃ?
「いまの錬金術師ギルドでは秘密じゃないし、シュベルトマン領内では一般公開されている内容だから話す。薬草栽培は錬金術師と土魔法、薬草の種が揃えばいくらでも可能だ。ただ、育てるときや採取する時にはいろいろ注意することがあるから気をつけなくちゃいけない」
「お花やお野菜を育てる感じでしょうか?」
「トモは育てたことがあるのか?」
「はい。家のプランターで少しだけですが」
「じゃあ、感覚がわかるだろうがそんな感じだろう。マニュアルは整備されたが繊細な作業だ。本当は最初期指導にも組み込みたいんだが……まだ実験栽培しかできてなくてそう言うわけにもいかないんだよ」
「そうなんですか、残念です」
「はい。私たちも早く加わりたいです」
「そうですわね。栽培と言うことは野良仕事でしょうけど、そもそも薬草自体が土から生えているもの。その程度の手間を惜しめません」
「いいなあ、お前らの考え方。魔力枯渇の回数にだけ気をつけてくれれば問題ないんだがなあ」
「あはは……こればかりは譲れません。ただ、毎日少しずつだけど魔力枯渇を起こしにくくなっているような?」
「あ、トモちゃんも? 私もそんな気がして」
「私もですわ。ユルゲン先輩、なにか知りませんか?」
「ん? 知らん。あまり深く考えるな。ほかに質問は?」
「ほかの質問……じゃあ、なんで魔力操作の次が『蒸留水』なんでしょうか? おそらく『魔力水』の原料だとは考えていますが」
「その質問か。実際に試した方がわかりやすいだろう。いまのお前たちなら違いもわかるはずだしな」
「「「違い?」」」
「まあ、試させてやる。まずはいつも通り『蒸留水』から『魔力水』を作ってみろ」
「はい? 作りました」
「私も」
「私もですわ」
「感覚はわかるよな?」
「いつも通りですから」
「じゃあ次、『濾過水』から『魔力水』だ」
「『濾過水』……あれ?」
なんだろう、なんというか……水が重い?
「どうだった?」
「水が重いです」
「はい。普段に比べてやりにくかったです」
「私も。なぜここまで違いが?」
「品質はどうなっている?」
「ええと、一般品です」
「ここまでは大丈夫か。じゃあ最後、『湯冷まし』から『魔力水』を試せ」
「はい……あれ? すごく重い!」
「それだけじゃなくて魔力も馴染まない!?」
「なんですかこれ!?」
「……ふむ、それでも『魔力水』成功。品質も『一般品』か。やるじゃねえか」
「ありがとうございます。でも、この違いは?」
「そうだな……お前はなんだと考える?」
「私ですか、私は……」
いま使ったのは、『蒸留水』に『濾過水』、『湯冷まし』だよね。
そして、水が重たかったのは『湯冷まし』、『濾過水』、『蒸留水』の順。
と言うことは……。
「……不純物の量?」
「俺たちの研究ではそうなっている。実際、砂やゴミを混ぜると更に魔力水を作りにくくなったからな」
「アトリエを毎朝掃除しているのって……」
「ゴミの混入を少しでも減らすためだ。毎日お前らが帰ったあと清掃員が清掃をしてくれている。それだって完璧とは言えないからな。俺たちのアトリエでは毎日就業時間前と後の二回手分けして清掃しているしよ」
「そうだったんだ……」
「全然知らなかった……」
「私もですわ……」
「まだ教えてなかったからな。さて、ついでだからもうひとつ教えるか。それぞれの『魔力水』で『ポーション』を作ってみろ」
「はい。……あ、やっぱり『湯冷まし』や『濾過水』の『ポーション』は難しい」
「本当だ。でもなんとか一般品質にはできたよ」
「私もです。『湯冷まし』のポーションはかなり難しかったのですが……」
「いや、十分すごいからなお前ら。さて、最後の授業だ。ポーションを飲んだことはあるか?」
「私はないです。大きな怪我をしたことはないですしポーションって結構高いので」
「私もです」
「……私は幼い頃に一度だけ。とてもまずくて吐きそうだった思い出が」
「……そうか、それはすまなかった。とりあえず、『蒸留水のポーション』から飲んでみろ」
「はい。んー、多少苦みはありますがお薬だしこんなものですよね?」
「だよね? 苦みもなかったらただの緑色のお水だし」
「……これがポーション?」
「メアリーは不思議だろうな。最近の、改革後のポーションを飲んだことがなければ」
「はい。『味がよくなった』とは聞いていましたが」
「どうよくなったか、なぜよくなったかはこれからわかる。次、『濾過水のポーション』だ」
「わかりました。……さっきのよりも苦いですがお薬なら我慢できます」
「うん。苦いお野菜の汁を水に溶かして飲んでいる感じです」
「……まあ、飲めますわね」
「最後、『湯冷ましのポーション』を少しだけ飲め。少しだけ、数滴だけでいいぞ? いままでみたいに全部飲むなよ? お前ら勢いありすぎだからな?」
ユルゲン先輩がものすごい勢いで止めてきますが……そんなに危険なのかな。
確かに鼻を近づけただけで異臭がするけれど……。
そう考えながら口をつけた瞬間。
ものすごい味が口の中に広がった!?
「~ッ!?」
「ゲホッ!? ゲホッ!?」
「……子供の頃に飲んだポーションを思い出しましたわ」
「メアリーが子供の頃に飲んだポーションの正体がそれだ。ポーションの効果は品質が同じならなんでも変わらねえ、らしい。だが、ポーションの味は原料になった水の種類、つまり不純物の量でまったく違うんだよ。それが『蒸留水』を絶対に教える理由。コンソール錬金術師ギルドで『蒸留水』以外からポーションを作製させないわけ。よくわかっただろう?」
「よくわかりまひた……」
「わかったのでお口をゆすいできてもいいですか? まだ味と臭いが……」
「私も口を……」
「構わんから行ってこい。このポーションも俺が廃棄しておいてやるから」
「ありがとうございまふ」
「失礼します」
「よろしくお願いしますわ……」
なにをするにも理由ってあるんだね……。
昔はあんなにまずくて吐きそうになるポーションを冒険者さんたちが飲んでいたんだ……。
私たちは絶対にあんなまずいポーションを作らないようにしよう……。
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