612.最終的に役立つ職業

 本日は春最後のギルド評議会です。


 ギルド運営は概ね順調、どのギルドも問題なく推移していました。


 この季節、と言うか毎年夏の初めには破門者を出す錬金術師ギルドも今年は……わりと少なめに終わりそうで。


 なにせ、破門対象者はほとんど各地の新規ギルドに散ってしまいましたからね。


「なるほど。今年は錬金術師ギルドも破門者はほぼ出ない予定か」


「その予定だと支部長からも錬金術講師統括のウエルナさんからも上がっています。破門者は……コンソール在住でコンソールから離れることができなかった方々らしいですね」


「そりゃあ無理もねえか。錬金術師ギルドとしてはそいつらの再入門を受け付けるのか?」


「基本的に一度破門にした方々を受け入れる予定はありません。破門者リストも作成済みなので再入門もできないでしょう」


「なるほど。しかし、それだけの新陳代謝ができるギルドというのもうらやましいですね」


「まったく。私のギルドなどいまだに雇用待ちが多く、破門者を出している余裕も破門にできるような怠慢を起こす者もいないのに」


「ギルドマスターとしては情けない限りです。採用時点では熱意を買って入門していただいているのに次々落ちこぼれていくのですから」


「『新生コンソール錬金術師ギルド』はそれだけ憧れのギルドとなってしまいましたからな。実体は非常に厳しいのでしょうが」


「コンソールでも錬金術師ギルドは高給取りだ。それこそ結果を出し続ければ毎月金貨を十枚以上稼げるほどな。だが、実体はそんなに甘くねえ。そこに至るまでは本気の覚悟を決めなくちゃいけねえってことよ。なあ、スヴェイン?」


「そうですね。本部にいる皆はその〝覚悟〟が決まった者たちばかりです。支部の皆さんは……ウエルナさんたちが必死に指導してもなかなか覚悟が足りないようでして」


 本当に支部で下火になっている方々って〝覚悟〟も〝誇り〟もないんですよね……。


 ウエルナさんたちに言わせれば『シュミットだって一定数はいるからどうしようもない。むしろ、ギルド本部全員が誰も落ちこぼれることなくそれを持っていることが奇跡』らしいですし……。


 難しいです。


「〝覚悟〟か。俺たち農家だって毎日目の前の土と精一杯向き合って生きている。錬金術師ギルドでも同じことはできないのか?」


「できないこともないんですよ。錬金術師ギルドが抱えている問題に『薬草栽培』がありますから。そちらを進めようとすれば否応なしに皆さんポーション作り以外の結果を出し続けなければいけなくなります」


「ギルドマスターの強権で進めては?」


「ギルド支部のウエルナさんからまだ早いと。一から魔力水を鍛え直している最中なので本格栽培開始には秋まで待ってもらいたいと連絡がきています。そしてその連絡を無視して始めた場合、散々な結果になるのが目に見えているので無視できません」


「薬草栽培というのも大変なんだな……」


「普通の農業に比べればそんな大変でもないんですけどね? 僕だって五歳から始めましたし、僕の弟子も僕が最初に教えたとは言え十一歳から教えてすぐに始めました。最初は家庭菜園クラスからですが」


「だが、錬金術師ギルドとしても『薬草栽培』と『薬草園』の設立は急ぎたかろう。学園国家の始まりが見えてきている以上、お主が供給できる薬草の期限も見え始めたのだ」


「そうなります。今後は徹底的に仕込んで新規入門の時点からでも薬草栽培に関与させないといけなくなる時期も近いでしょう」


「そうなってしまいますな。シュベルトマン領内ではポーションと高品質ポーションの売れ行きは伸び悩むでしょう。ですが、最高品質ポーション以上はまだまだ売れます。そこを維持していただかなくてはいけません」


「最高品質以上ですか。あえて言えばヴィンドが対抗馬になりつつありますが……ほかはどうなるかわかりませんね」


「左様。ポーションの『コンソールブランド』もまだまだ負けていただいては困ります。ああいや、既にミドルポーションを作れている時点で負けはないのでしょうが」


「ミドルポーションくらい、どの街でも量産化……は難しいでしょうね」


 少なくともシュミットが本気で力を貸さないと無理でしょう。


 僕の学園国家だってミドルポーション以上のポーション作りは、ヒントを与えても研究としてやらせる予定ですし。


「ミドルポーションも製法を公開すればコンソール内で量産化が進むでしょうが……いまの第二位たちがそれをよしとするか」


「彼らでは無理でしょうな」


「他人に教えられることしか待たねえような連中にヒント以上は教えねえだろうよ」


「それも含めて『自己研鑽』であり『研究』だ。それを理解しないような連中、この際だから錬金術師ギルドから追い出してはいかがかな?」


「医療ギルドマスターもお厳しい。ですが、いつまでも甘えさせるわけにもいきません。まあ、猶予は長めに与えますが結果が出ないなら破門も考えましょう」


「お前の城、二階は見習いと一般、第一位の予定なんだよな? この先、新人受け入れがうまくいってもどんどん三階に上がっていってがらがらな状態が続くんじゃねえの?」


「ティショウさん、それ、少し前にシャルからも同じことを言われました……」


「ふむ、『新生コンソール錬金術師ギルド』本部は基準が厳しすぎるが……その基準をクリアした者にとって、見習いなどすぐに乗り越えてしまう壁か。そして、それだけの熱意があればそのまま第一位になってしまうと」


「……そうなります」


 会場全体が笑いに包まれますが……錬金術師ギルドとしては笑い事ではないんですよ?


 そんな単純な話でもないんですから。


「そういや、錬金術って化粧品も作れるんだよな? ミストとフラビアが肌のつやがよくなったって大喜びしてた」


「肥料も錬金術師ギルドマスターお世話になってるな。あれも錬金術か?」


「どちらも錬金術ですね。本家の流れからは離れているのでギルドでは教えていません。ただ、自然素材をいろいろと使えば様々なものが出来上がります」


「ほう。話だけ聞いていると〝錬金術師〟というのは相当万能な職業に聞こえるな?」


「そうでもないですよ? 錬金術の行使には錬金台が必要です。錬金台を作るには相応の技術と知識がいりますし、その素材はどうあがいても錬金術だけではどうにもなりません。金属類は〝鍛冶師〟などにお願いしなくては。それに錬金素材を集めることだって家庭菜園でなんとかなる範囲を超えればそれぞれの職業が必要になります。錬金触媒などは魔石が原材料ですから〝冒険者〟の分類です」


「鍛冶師ですか。鍛冶師も鉱石がなければなにもできません。鉱山などで採掘作業をしていただかなくては仕事にならない。それに作った製品だってインゴットなどは〝宝飾師〟でも扱うでしょう。ですが、家庭用品を除いた主な生産品目である剣や鎧などは〝衛兵〟や〝冒険者〟に売るものです」


「宝飾ギルドもですね。鍛冶ギルドからお売りいただくインゴットがなければ宝飾品は作れません。あと、宝石も鉱山から掘り出していただかねば。製品は……街の幅広い方々に売れますので〝商人〟の領域でしょうか?」


「私ども商人はほぼすべてのギルドから商品を買い取らねば成り立ちません。そして、街中で売るのはともかく街から街へ移動する際には〝冒険者〟の護衛なしでは厳しいでしょう」


「冒険者だって似たようなもんだ。〝鍛冶師〟から武器なんかの装備を、〝服飾師〟から服を、可能なら〝宝飾師〟からエンチャント付きの装飾品を買って強化したい。それに食料なんかは〝調理師〟と〝製菓師〟だ。旅を快適にするには魔導具の助けを借りることもあるから魔術師ギルドもだな」


「〝調理師〟は素材がなければどうにもなんないよ。〝農家〟の助けは必須だね」


「〝製菓師〟もですね。素材となる食材がなければ始まりません」


「〝服飾師〟もです。布素材の多くは自然環境で採取するよりも〝農家〟に栽培していただくもの。それがなければどうにも」


「〝農家〟だって、〝鍛冶師〟が作る農耕具が必要になる。いまは〝錬金術師〟に肥料も世話になってるしな。それに全員とも家は〝建築師〟、馬車は〝木工師〟だろう? 病気になれば〝医術師〟だ。結局、すべての職業がなければ回らないんだよ」


「確かに。大きな家になれば家政ギルドの力を借りねばならぬし、宿屋経営は宿屋ギルドがもっとも詳しい。少なくともいまのコンソールにおいてギルド評議会は調整機関として必須か」


「そうなっちまうな」


「そうでございますな」


「悪いことじゃない」


「職業に貴賎はありませんよ」


「まったくだ。〝農家〟が足りないだけで大騒ぎだったのだからな。これからも仲良く意見を交わし合い、議論を深めあおうではないか」


 どれかの職種が足りないだけで共倒れする。


 それに気付けばあとは簡単なんですが……。


 旧国家群ではそれにすら気付いていないのでは?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る