117.薬草畑の管理者誕生

 やがて、それぞれ二十枚ほど薬草畑の葉を食べ終わり、満足したように戻ってきました。


「いやはや、本当に助かりましたにゃ。吾輩たち、かなりの間魔力の摂取が十分ではなく飢えていましたにゃ。こんなごちそう、初めてでしたにゃ」


「ウォウ」


「喜んでいただけたのなら良かったです!」


「本当に。でも、どうして飢えるほどの旅をしていたのですか?」


「ああ、それは……吾輩たちが妖精郷のはぐれものだからですにゃ」


「妖精郷のはぐれもの、ですか?」


 そんなものがいるとは聞いたことがありません。


 ですが、嘘をついているわけではないみたいですし、詳しく話を聞いてみましょう。


「吾輩はケット・シー族で言えば少し強いくらいのケット・シーでしたにゃ。ですが、クー・シーはかなり力が弱く、厄介者扱いでしたにゃ」


「そんな、酷いです! 力が弱いだけで厄介者だなんて!」


「仕方がありませんにゃ。妖精郷も無尽蔵に妖精を住まわせることはできませんからにゃ。そして、月日は……二百年ほど流れ、ついにクー・シーが妖精郷を追い出されることとなってしまいましたにゃ」


「二百年……人とは大分スケールが違うね」


「妖精とはそう言うものですにゃ。吾輩はその処分に納得が出来ず、このクー・シーと一緒に旅に出ることにしましたにゃ。ですが、旅は順調とは言えず、魔物もいれば人間族もいますにゃ。それに、吾輩たちを受け入れてくれる妖精郷もありませんでしたにゃ」


「ふむ、ここまでの話に嘘はありませんね。続けてください」


「にゃ、神眼持ちの方でしたかにゃ。その後は……何百年でしょうかにゃあ、ずっと二匹で旅を続け、この近辺で濃密な魔力の匂いを感じ取りやってきたのがこの畑だったのですにゃ」


「よろしい。嘘はありませんでした。多少誇張があったとしても仕方がないでしょう。今の時代、妖精族は生きにくいものですから」


「そうなんですか、先生」


「妖精族は比較的弱い力しか持たない種族が多いのです。ケット・シーやクー・シーはかなり強い分類ですが、フェアリーなどはかなり弱い分類になりますね」


「そうだったのですか、知りませんでした」


「はい。ですが、妖精も進化できるほどの魔力を得れば精霊化出来ます。そうなれば安泰なのですがね」


「その話は聞いたことがありますにゃ。ですが、おとぎ話の存在ですにゃ」


「実例があったとしても妖精族に伝わるかどうかは疑問ですからね。それで、二匹ともこれからどうするのですか?」


「どうするとはどういう意味でしょうかにゃ?」


「ああ、聞き方が悪かったようです。また旅の生活に戻るのか、ここに居着くのかです」


「にゃ! ここに居着いてもいいのですかにゃ!?」


「ウォフ!」


「もちろん、畑の主には許可を取ってくださいね」


「もちろんですにゃ。お嬢様方、お名前はなんと申しますかにゃ?」


「私はニーベです!」


「ボクはエリナです」


「では、ニーベお嬢様、エリナお嬢様。吾輩たちに出来ることはお手伝いいたしますにゃ。吾輩たちをこの畑に住まわせていただけないでしょうかにゃ」


「ウォゥ」


「いいんじゃないかな、ニーベちゃん」


「はい、構いません! 薬草も毎日あんなに食べられると困りますが、毎日少しずつなら問題ありません。一緒に暮らしましょう!」


「ああ、ありがたいことですにゃ……吾輩たちを受け入れてくれる場所があるなんて……」


「ウォゥフ」


「それでですね、この子たちに名前をつけてあげたいのです。構いませんか、先生!」


「にゃ! 名前ですか!」


「ウォフ!?」


ダメです」


「そんな、名前がないなんてかわいそうです!」


「妖精に名付けをするということは、聖獣に名付けをするのと同じように契約を結ぶという事になります。今はまだ許可できません」


「ですよにゃぁ。素性のわからないケット・シーやクー・シーに名前なんて……」


「勘違いしているようですが、名前を与えさせない理由はこの子たちがあなた方に名前を与えるだけの魔力を持っていないからですよ? 魔力が足りているなら許可します」


「なんと! 魔力が足りていれば許可してくれると!?」


「悪意があればカーバンクルがはじき返しますからね。そこは心配してません」


「なんと、聖獣カーバンクルの主様でしたかにゃ。これは大変失礼を」


「勘違いしているようですが、ニーベちゃんとエリナちゃんもカーバンクルの主ですよ。なので、安心しているのです」


「なんと! ここは驚きに満ちていますにゃ」


「ふたりの魔力があなた方の名付けに耐えられそうになったら許可を出します。ところで、ケット・シーは薬草を、クー・シーは魔草を好んで食べていたようですが、やっぱり好みは違うのですか?」


「そうですにゃ。吾輩たちケット・シーは薬草系が好み、クー・シーは魔草系が好みですにゃ。風治草や毒消し草は……すみませんが口直しでしたにゃ」


「そうだったんですね。ちなみに、薬草や魔草の魔力を凝縮させたポーションだとどうなんでしょう?」


「はて、ポーションを口にしたことがないのでわかりませんにゃ」


「そうなんですか? では、私の作ったポーションあげます!」


「クー・シーにはボクの作ったマジックポーションをあげるね。……ああ、でも飲みにくいか」


「そこは吾輩が飲ませてあげますので問題なく。ではいただきますにゃ……と、これは!」


 ポーションを飲むなり驚きの声をあげるケット・シー。


 なにがあったのだろう。


「失礼、取り乱しましたにゃ。薬草を食べたときよりも力がわいてきましたにゃ。クー・シーもこのポーションを飲んでみるにゃ」


「ウォウ……ウォフ!」


「クー・シーも元気いっぱいになったと言ってますにゃ」


「良かったです! ポーションもほしくなったらかまわず言ってください! 私もエリナちゃんもポーション作りを研究していますので!」


「うん。遠慮せずに声をかけてね」


「わかりましたにゃ。それで、吾輩たちはなにをすればいいのでしょうかにゃ?」


「うーん、どうしましょう、先生」


「そうですね……クー・シーは畑の番犬をしてもらうとして、ケットシーは畑の管理を手伝うのはどうでしょう?」


「かしこまりましたにゃ。それなら、もう少し植え付け量を増やしても問題ありませんにゃ。吾輩とクー・シーがしっかりと育てます故」


「頼もしいです! お名前、待っていてくださいね!」


「いくらでも待ちますにゃ。では、お嬢様方、今日の分の収穫をいたしますかにゃ?」


「そうでした。早く採取しないと!」


「ですね。ケット・シーさんも手伝ってください」


「当然ですにゃ。クー・シーも見張り頼みましたにゃ」


「ウォゥ!」


 こうして、薬草畑に新たな住人が増えました。


 コウさんたちには朝食後にあいさつをさせていましたが、妖精が自分たちの家に棲み着いたことを驚いていますね。


 ……もうすでに別の妖精たちが棲み着いていたのですが、害を与える妖精ではないので黙っておきましょう。

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