第十一部 振り返る錬金術師と冬の大地
393.三度目の冬が始まる
「ほう」
コンソールにも冬が訪れ始めた、そんな日。
窓の外を眺めながらアリアが溜息をこぼしていました。
「どうしたのですか、アリア。溜息などついて」
「ああ、いえ。もう三度目の冬なのだな、と」
「そうですね。三度目の冬です」
「もう三度目ですか。スヴェイン様とふたりきりで過ごした濃密な日々と同じ時間。それと同じくらいの時が流れているのですよね」
「……最近研究ができなくて寂しいですか?」
「……いえ、それがまったく。むしろ、ニーベちゃんとエリナちゃんから目を離すことになる方が寂しくなりそうです」
「毒されてしまいましたね、アリア。あんなに古代魔法の研究に余念がなかったのに」
「まったくです。……そして、いずれ彼女たちが巣立つ前には餞別として古代魔法の一部を渡すつもりです」
「セティ師匠にさえ隠しているんですよね?」
「セティ様に話したら喜々として私を追い抜かしそうで」
「今なら大丈夫でしょう。いまだに僕のところから引き抜いたギルド員を返してくれませんし」
「どちらにせよセティ様はダメです。私たちの子供にも教えますし弟子にも伝えます。師匠には遺跡の場所くらいは教えてもいいですが、私の研究成果は絶対に見せません」
アリアも頑固です。
あれ、ひょっとすると。
「アリア、僕がエンチャント全集を渡したこと、遠回しに責めてます?」
「正直に申します。責めてます。ヒントだけならまだしも答えまで渡すのはやり過ぎです。ユイに渡すのは……育てすぎたお詫びとして認めますが」
「……僕もセティ師匠のこと、甘やかしてしまいましたかね」
「セティ様のことです。きっとあの全集に載っていないエンチャントを探しだし復元を行いますよ。そして、返礼としてその結果をスヴェイン様に渡し……いえ、押しつけてくるはずです」
「やり過ぎました。反省します」
「はい、反省してくださいませ。それにしても、弟子の育成がこんなに難しく、厳しく、楽しく、嬉しいものだなんて夢にも考えていませんでした」
「僕もです。あの子たちが頑張りすぎなのは……師匠である僕たちに似過ぎてしまったとして、あの成長を見守り結果を見届けるためなら不老不死になることなどあまりにも安い代償に思えていましたよ」
「……アムリタの用意は?」
「今度休暇を取って作っちゃいましょうか?」
「悪くはないでしょう。竜帝玉のおかげで実質的な不老不死とは言えど万が一の事故はありえます。アムリタも飲んでおけばそれすらもなくなりますわ」
「竜帝玉のせいで僕たち十二歳の頃から成長が止まってるんですけどね」
「……ひょっとしてリリスから教わった月のもの。いまだに来ていない理由もそれでしょうか」
「……可能性があります。そしてそういうことは」
「スヴェイン様と私の間には授かり物ができないことに……」
「そうなってしまいますね」
「……ミライさんとユイを招き入れて正解でした。自分のお腹を痛めて産んだ子でないとしても、スヴェイン様のお子様を抱けるのですから」
「考えもしていませんでした。『竜の帝』になる、それも子供がなるなどありえませんからね」
「カイザーには今度文句という名の合成魔法をお見舞いしてきます。弟子たちにも合成魔法の危険性を教えるいい材料でしょう」
「……あまり深すぎる傷は負わせないでくださいね? カイザーはこの国の守りの要、その一匹なんですから」
「聖獣の泉に一時間もつかれば治る程度で勘弁してあげます」
……エンシェントホーリードラゴンにそれだけの深手を負わせられるんですからアリアも怖い。
使うのは復元した古代魔法同士の合成魔法でしょうね。
「スヴェイン! アリア様! 窓のそばで内緒話ですか? 私も混ぜてください!」
僕たちを抱きかかえるようにして飛び込んできたのはユイです。
この子も仮弟子の育成が進み始めてからというもの、また明るくなってくれました。
「内緒話と言うほどではありませんよ。ただ、三度目の冬を迎えた。そう話していただけです」
「そうですよ、ユイ。あなたをのけ者にするつもりなどありえませんわ。……ミライ様にはもっと頑張っていただかねばなりませんが」
「私は頑張らなくてもいいんですか?」
「はい。輝きを曇らせないように磨いていれば十分です」
「あなた、私たちが無理矢理囲ったことももう知っていますよね」
「……はい。いまだに信じられませんが」
「ふむ」
僕は部屋の一角を結界で隔離、それにあわせてアリアも結界を展開しました。
少しだけ慌てたのはユイです。
「な、なんで結界?」
「夫婦の内緒話をしたいためです。万が一にでも内弟子……子供たちに聞かれたくはない」
「はい。ユイ、あなた添い寝当番の頻度を上げたままなのをいいことに抜け駆けの回数も増やしていますね?」
「え、それは……」
「咎めませんよ。ただ、スヴェイン様がはっきりと『殿方』になりつつあることなど、私の目から見ても丸わかりです」
「あう……はい。私も若い小娘でした。添い寝だけでは満足できずおねだりをするようになってしまい、段々その頻度も……」
「もう一度言います。咎めません。ミライ様でしたらまだ早いですが、あなたならば許します。スヴェイン様だって年頃の男性。愛する女性、『竜の至宝』がそばに居続けてお預けだなんてつらいでしょうし」
「本当に子供には聞かせられない生々しい会話……」
「だから結界で隔離したんです」
「ええ。スヴェイン様を『殿方』にした責任はきちんと果たしなさい。いいですね?」
「はい。……それにしても私にとってですら二度目のコンソールの冬です。あっという間でした」
「あなたも大変でしたか?」
「もちろん。最初はろくな指導もさせてもらえず、きちんとした指導ができるようになってもひよっこ未満の集合体。……スヴェインの前では恥ずかしいけど、何度物理的に尻を蹴飛ばしたか」
「ユイ、可愛い顔をして結構気性が荒いですからね」
「結婚して丸くなった自覚はあります。あの頃は本当にとげとげしかった」
「……そこまで酷かったんですの?」
「はっきり言って。『コンソールブランド』を名乗れるようになるまで必死にもがかせました」
「ユイも頑張っていたんですね。僕たちの知らないところで」
「頑張っていました。遠目にでもウィング様やユニ様に乗ったスヴェインやアリア様を見かけることができたら、それから一週間は幸せな日々でした」
「そうだったのですか。ところでユイ。そろそろ、アリア『様』という他人行儀はやめにしませんか?」
「へ?」
「今後はアリアと。あなたは私にとっても『竜の至宝』です。スヴェイン様だけ呼び捨てなのは……正直、嫉妬します」
「でも、対外的には第一夫人と第三夫人の間柄で……」
「そんなの関係ありません。第一夫人が認めたのです。異論、ありますか?」
「……間違えて様をつけて呼ぶかも知れません。しばらくはご容赦を」
「あと口調も。スヴェインと同じように親しみ深く」
「……本当にいいのですか? じゃない、本当にいいの?」
「構いません。先ほども言いましたがスヴェイン様に嫉妬します。私が嫉妬深いのは……エレオノーラさんが来たときの一件でご存じでしょう?」
「その、口調も少しずつ慣らしていくよ、アリア」
「はい、その調子で頑張ってくださいな。頑張るのは大の得意分野でしょう?」
「うん。頑張る」
「ええ、頑張ってください。ついでにリリスも……」
「そっちはまだまだ厳しい……」
「あらあら。今度は私がリリスに嫉妬されそうです」
こうした穏やかな時間もいいものです。
そして気が付いたら何度も結界が揺れており……ミライがいました。
結界、解きますか。
「ずるいです! 三人だけで内緒の会話だなんて! 私にも聞かせてください!」
「ミライ様にはまだ早いです。加わりたければもっと自分磨きを」
「うう、言い返せない……」
「そうだ、スヴェイン、アリア。私がいなかった頃のコンソールのお話をして?」
「はっ!? ユイさんが遂にアリア様まで呼び捨てに!?」
「私が許可しました。あまり見苦しいと本当に第二夫人の座を奪いますよ?」
「それだけはお許しください! そして、私が知らないおふたりの話、私も聞きたいです!」
「まあ、いいでしょう。面白いかどうかはわかりませんが語ってあげましょう」
「ええ。存分に。今語り尽くせなかったら、今晩、夫婦四人だけの時間を作ってでも語り合いましょう」
こうして始まったコンソール三度目の冬。
僕の周りも本当に賑やかになったものです。
そしてそれもまた心地いい。
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