392.挿話-28 竜宝国家コンソールへの表敬訪問 3

 お父様がコンソールに到着した翌日以降、各ギルドを訪れる傍らで子供たちへの講習会なども視察して回りました。


 その中で目をつけたのはやはり『ウサギのお姉ちゃん』ことノーラで、国に連れ帰れないか、と言い出す始末。


 彼女もまた今はお兄様の内弟子だと告げると絶望したような表情を浮かべていましたが。


 あと、毎日毎日何かにつけてお兄様の家を訪れニーベちゃんとエリナちゃんの修行風景を眺めています。


 本気でシュミット本国に連れ帰る手段はないか模索している様子なので、大使館に帰ったあと彼女たちも『竜の至宝』であり無理矢理連れ去るような真似をしたら聖竜族と聖獣たちの全面戦争になると諭しました。


 さすがにそんな事になればシュミット全土が消え去るので諦めた様子ですが……今度はお兄様たちごと連れ帰ることができないか考えていますね。


 諦めの悪い……。


 さて、そんな慌ただしいのか暇なのかわからない日程も残り一日となり今日は家族揃ってのお茶会です。


 はい、『』のお茶会ですよ?


 つまり、お父様に私はもちろんお兄様にアリアお姉様、ミライさんにユイも呼んでのお茶会です。


 お茶会のマナーを知らないミライさんとユイはなにをどうすればいいのかもわからず、震えて縮こまるだけですが。


「ふむ。家族しかいないお茶会だ。マナーなど気にしなくともいいのだがな?」


「い、いえ! そんな大それた真似できません!!」


「そうです! ましてや公王様相手など!!」


「ミライもユイもスヴェインの妻になったのだろう? ならば、私の娘だ。そう縮こまることは……」


「無理です! 一国の主相手にそんな真似!?」


「そうです! それに、私はスヴェイン様との結婚で正式に国籍を抜けたとは言え元シュミットの人間です!! 殿上人の公王様と同じテーブルに着くだけでも恐れ多いのに!?」


「……スヴェイン、なんとかならぬか?」


「諦めてください、お父様。アリアだって父上になれるまで相応の時間を要したでしょう?」


「む……」


「ましてや、ミライは今でこそ『新生コンソール錬金術師ギルド』でサブマスターをしていますが、元を正せばただの一般事務員。本当に普通の平民です。そして、ユイは彼女の言うとおりシュミットの平民生まれでシュミット育ち。僕とアリアでさえ憧れの存在で近づくのがやっとだったらしいのに、お父様と気軽に話せ、など無理にも程があります」


 お兄様の説明に壊れた人形のごとく首を縦に何度も振るおふたり。


 覚悟が足りませんね。


「ですが、ふたりには慣れていただく必要があります。スヴェイン様は国を出た身です。それでもシュミットの……今は公王家の第一子。公の場では立場をわきまえなければなりませんが、家族の場でお義父様とお義母様とは気軽に話せるようにならないと」


「アリア様……ハードルがいきなり高いです……」


「そうですよ……公王様だけでなく、その奥方様ともだなんて」


「指輪、奪われたいですか?」


「「頑張ります!」」


「大変結構」


「アリア、お前強くなったな?」


「スヴェイン様……いえ、家族の場です。スヴェインとだけ過ごした三年間もありましたし、どこかの誰かさんが悪魔の言葉で誘惑してくれたおかげで、まだ先の予定だった結婚まで済ませたのです。第一夫人として強くあらねば」


 アリアお姉様、本当に強くなりました。


 愛ってここまで人を変えるんですね。


「まあ、娘たちが慣れてくれるのはもうしばらく待とう。なるべく早く義父と呼んでもらいたいのだが」


「……頑張ります」


「……エルフ基準ではなく人間基準で頑張ります」


 本当にミライさんとユイには頑張ってもらわねば。


 慣れてもらうためにも、私が頻繁にお茶会に誘うべき?


「さて、スヴェイン。お前とアリアは国を脱出してからどうしていたのだ?」


「はい。今の僕が使っている正式な拠点、聖獣たちには『聖獣郷』などと呼ばれている場所にたどり着きました。そこで精霊付きの家を発見し一カ月ほどおとなしくしていたのですが、それを過ぎた頃から聖獣たちや精霊たち、妖精たちがどんどん集まるようになり、それらと契約したり訓練をしながら半年を過ごしました」


「……濃密な半年間だな」


序の口です。十分な力を身につけたと判断された僕とアリアは、ワイズを始めとする聖獣たちに導かれるまま各地の秘境に潜り古代遺跡や先史文明の研究に勤しむようになります。ここまでで一年が経過です」


「まだ一年か」


「そのあとはひたすら修行と調査、研究、採取の日々でしたね。おかげでアリアと一緒なら魔境も日帰りできる場所までは潜れます」


「人をやめてないか?」


「ワイズに言わせると『隠者』とはそういう職業らしいです。また同時に『エレメンタルマスター』も。ちなみにアリアは神聖の精霊と命の精霊とも契約を果たしています。この冬にコウさんたちに頼んで『神霊の儀式』を試してもらい、『エレメンタルロード』になれるか挑戦です」


「息子たちには人外になってほしくなかったのだが……」


「ちなみにカイザーと出会ったのも魔境帰りです。『竜の帝』などと言う大それた役職もそのとき手に入れました。アリアにも『竜の帝』の力が一部宿ってますし、その力を使えば三日程度は魔境探索ができるかもしれません」


 お兄様、加減を知りましょう。


 魔境探索などお父様やディーンお兄様でも入り口で引き返すレベルです。


「そして、今から二年前。アリアの『新しい果物がほしい』というかわいらしい我が儘によって三年ぶりに人里に下り、縁あってコンソールでニーベちゃんを、ヴィンドでエリナちゃんを弟子にしました。あとは弟子ふたりの教育をしながらギルド運営や街の改革などをしてきたくらいです」


「……果物くらい聖獣の森でいくらでも手に入るのでは?」


「ダメですよ、お義父様。あそこの恵みに慣れてしまっては他のものが食べられなくなります。なので、街まで果物を買いに行くつもりだったんですの」


「立派なのかくだらないのかわからない理由だな。おかげでお前の居場所を発見できたのは幸いだったが」


「僕もまさかセティ師匠の本を発注したところから居場所を探られるとは想像していませんでした」


「私はなんとなくそんな気はしていました。ただ、シャルが魔の森を馬で駆け抜けたと知ったときは驚きましたが」


「私としても、シュミットとしても賭けでしたので。外れたら……本当に危険でしたね」


「まったくだな。聖獣様たちは気難しい」


「人だって気難しいんです。大差ないですよ」


「違いない」


 本当に数年ぶりの和やかな家族の時間です。


 本来ならミライさんとユイにも参加してもらいたいのですが。


「ところで弟子の育成は散々見せてもらったのだが、ギルド運営は順調なのか?」


「……ここ最近はギルドマスター決裁が終わったあとは秘伝書や解説書を書くだけの毎日です。エレオノーラさんやニーベちゃん、エリナちゃんの指導を行うこともありますが、それも全員内弟子になってしまったことで回数が減りました」


「……大丈夫なのか?」


「僕は研究部門の統括だけなので。事務方はサブマスターのミライがすべて取り仕切っています」


「そうなのか? なにか問題点は?」


「そうですね……子供向けの講習会に応募が殺到しすぎていることが今一番の課題でしょうか。エレオノーラさんにはフル稼働していただいていますが、それでも週に二百人しか消化できません。彼女としては講習会の開催日を増やしたいそうですが、健康面を考えると絶対に許可できませんね」


「……急に流暢なしゃべりになったな。経理などは?」


「極めて順調ます。『コンソールブランド』のポーションは売れすぎていて、利益が多すぎます。薬草をすべてギルドマスターが負担しているためですが、それを止めれば供給不足になりそれはそれでブランドとして破綻します。商業ギルドに対しては販売価格を下げてもらうための交渉を行っていますが、あちらも商売人のプライドがあるためなかなか首を縦に振ってくれず困っています」


「利益の上がりすぎか……街への還元は?」


「いろいろと裏でギルド評議会に根回しをしましたがすべて没交渉でした。一ギルドが行ってしまうと、影響力がおおきくなりすぎると。本来的には錬金術師ギルドの席は末席に近いんです」


「それは頭が痛いな。今後の施策は?」


「はい。まずはスヴェイン様個人が行っていたユニコーンブランド……冒険者向けの一般品質ポーション販売を止めていただきました。代わりに街へと集まっていた錬金術師志望者にそれらを作っていただき、冒険者ギルドへ格安で提供。いずれはペガサスブランド、一般品質のマジックポーションの入れ替えも視野に入れています」


「スヴェイン、そんなことまでしていたのか……」


「改革前の錬金術師ギルドがあまりにも酷かったので仕方なく」


「とりあえず錬金術師ギルドは安泰のようだ。あとは……ユキエの進退だな」


「彼女も彼女なりにもがいていますよ? ギルド員たちがなんでも自力でやろうとするため、『自分の成果』を見せる方法がなく苦労していますが」


「本来ならば講師資格を抹消し、ローブも剥奪しているのだ。その程度はやってもらわねば困る」


 本当に困るんですよね。


 お兄様の優しい判断で五年間、毎年の成果という温情判決を下しましたが本来ならば国元へ強制送還の上、錬金術師ギルドからも追放処分を受けるべきだったのです。


 ローブを剥奪されシュミットを名乗れなくしている以上、彼女も理解しているはずですが。


「あのような不心得者の話はこれまでにしておこう。……ところでユイよ。今着ている服、やけに着心地がいいのだが素材はなんなのだ?」


「ホーリーアラクネシルクです。普段使いの服しか間に合わなかったのが心苦しいのですが……」


「……お前も仕事の話では流暢だな。しかし、神話素材などどこで手に入れた?」


「スヴェインの契約聖獣様の一匹が作れました。今は蜘蛛糸から糸を作り、更に布を織るための機材も揃っておりますので、時間さえあればより強固なエンチャントを施せます」


「……お前この服、セティ殿でも鑑定できないと聞くぞ?」


「神話素材にスヴェインが古代遺跡などから復元した最上級エンチャントを限界まで施した服です。カイザー様ですら傷つけるのに悩むほどの逸品となっております」


「鎧より遙かに頑丈な服か……スヴェインたちが着ている服もか?」


「はい。すべて私が作った神話服です。普通の服に見えるよう偽装を施してありますが」


「そういえばシャルの謁見用ドレスもホーリーアラクネシルクだったな。私にも作ってもらえるのか?」


「もちろんです。お時間は頂戴いたしますが必ず」


「できればディーンやオルドにも着せたいが……汎用製のあるサイズでは作れないか?」


「作れないこともありませんが……強度は下がります。それから私の職人としてのプライドも」


「シュミットの講師になれる逸材は本当に頑固だ。折を見てディーンとオルドもこの国を訪れさせよう」


「そうしていただけると助かります」


「うむ。……その調子で世間話もできないか?」


「無理です! そんな恐れ多い!?」


「ミライは……無理か」


 ミライさん、話を振る前から真っ青です。


 お兄様とアリアお姉様も頭が痛そうですし、おふたりとも仕事モードでは優秀なのですが……。


 お父様は新しくできた娘と会話を楽しめなかったことを気にしたようで、『次は妻も連れてきて話をしてみせる』、などと意気込んでいました。


 余計緊張するからやめてあげてください。


 ともかくお父様の全日程は無事終了、シュミット本国へと帰還されました。


 ノーラのことは諦めてくださいね?

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