539.各ギルドの事情

聖獣とともに歩む隠者書籍版第2巻の発売を記念して一日二話更新をしばらくの間行います!

これは一話目です。

二話目は夜19時ごろ公開予定。

お楽しみに!


――――――――――――――――――――


 ジェラルドさんと商業ギルドマスターとの打ち合わせの翌日、またジェラルドさんがやってきました。


 今度は鍛冶、服飾、宝飾、調理、製菓の各ギルドマスターとともにです。


「済まぬな。昨日の今日でまた押しかけてしまい」


「いえ、のっぴきならない状況なのは理解できますから。それで、各ギルドの状況は?」


「鍛冶は八十人ほど受け入れることにしました。今の体制でしたら二百人程度はいけるのですが……ほかとの兼ね合いもあり」


「服飾は六十人。応募総数を考えると非常に狭き門です」


「宝飾は鍛冶と同じく八十人を招き入れます。幸い、といってはなんですがインゴットはご用意いただけますので」


「調理は四十人だよ。貴重な食料を扱う以上、これ以上は難しいね」


「製菓も四十人です。やはり食材を消費するのが厳しい」


 ふむ、各ギルドともにかなり狭き門になってしまっているようですね。


 さて、僕のところに足を運んだ用件はなんでしょうか?


「今日、錬金術師ギルドマスターの元を訪れた理由だが……受け入れ人数を増やすための施策を用意できないかね?」


「無理です。諦めてください」


「早いですね」


「いや、僕にも服飾素材や食材は無理なんですよ。この際ですから話してしまいますが、僕の拠点には家精霊がいます。彼女に魔力を渡せば食材も布も作れましたし、彼女自身がそれで料理や服作りをしてくれました。なので、拠点にてアリアとふたり暮らしする分にはなんの不自由もなかったんです」


「なるほど。そういうことではどうしようもないですね」


「どうしようもありません。ときどき魔物素材を集めるために森や草原などを散策していますが、そこで手に入った素材を分けたとしてもごく微量。受け入れ人数を増やせるような状況は作れません」


「アンタに頼ってちゃいけないのはわかるが……さすがに無理があるか」


「ですな。今までとておこなっていただけた施策は魔法によるものがほとんど。素材を、それも普通の素材を用意するのは不可能でしょう」


「申し訳ありませんがそうなります。せいぜいできることは飛行系聖獣を使った遠隔地への買い付け程度ですね」


「なるほど。お主ならいくらでも頼めそうだが……買い付けに行った先の相場を荒らすな」


「間違いなく。必要なのは布と食料品でしょう? どちらも致命的な損害を買い付け先に与えますよ。特にこの季節で布や食料品は貴重品ですから」


「本当に難しいですね。せっかく入門希望者が殺到しているというのに取り込めないというのは」


「まったくです。下手に人員を増やせば今の人材育成に影響が出てしまう。まことに問題が大きい」


「ジェラルドさん、ちなみにシュベルトマン侯爵のお膝元ってどうしているんでしょう?」


「あちらも似たような問題に直面しているとのことだ。なので、少しずつ受け入れて行っているとか。少なくとも、食糧事情は我が国よりも余裕があるので調理や製菓の分野では取りこぼしが少ないようだがな」


「まあ、もともと侯爵領ですからね」


 こうなってくると本当に前からあった体制の影響力が強い。


 慌てて国の体制を整えなければいけないコンソールとは真逆です。


「問題があるとすればあちらも住民が増えすぎている、特に下位職の住民が増えすぎていることらしいぞ。各地方領主の治める地域ではいまだに『職業優位論』が健在らしいからな」


「その話は聞いています。むしろ『職業優位論』による締め付けが更に厳しくなった地域もあるそうですよ」


「まことに度しがたいな」


「ええ、まったく。コンソールやシュベルトマンから怠慢を起こしていた上位職がはじき飛ばされた結果、各街に上位職が増えたのでしょう。結果として下位職の立場が更に弱まったとも推測できます」


「スヴェイン殿の野望、先に進めるべきでは?」


「うーん。進めて大丈夫ですか? コンソールですらモノが足りないんですよね? 僕の街でも相応にモノを消費しますよ」


「それでは難しいですな」


「ああ。残念ながらそういうこったね」


「『職業優位論』を根こそぎ吹き飛ばせる野望なのですが……口惜しい」


「コンソールがこの状態なのです。箱を作って住民を呼び込んでもモノがない。正常に機能しないのが見え見えな以上、作れても外枠だけですよ」


「外枠だけでも作るというのはどうでございましょう?」


「外枠を作って門を閉じ、結界を張っておけば人もモンスターも侵入できません。でも、聖獣たちはお構いなしに侵入できます。人が住むより先に聖獣の遊び場にされるのはちょっと……」


「聖獣様方も自由ですからな……」


「というわけでして『職業優位論』を根こそぎ消し飛ばせる僕の野望も、コンソールが落ち着くまで待ちです。野望を計画したときと現状、あまりにも状況が違いすぎますからね」


「難しい。受け入れ体制が整えば……各ギルド何人程度受け入れられる?」


「鍛冶は……三百から四百です」


「服飾は二百が限度でしょう」


「宝飾も三百程度でしょうね」


「調理は五百人いけるよ」


「製菓は六百人同時に鍛えて見せましょう」


「……やはり物不足か」


「物不足です」


「指導員はなんとかできますが……致命的にモノがないです」


 物不足も深刻ですね。


 あれ、そういえば……。


「ジェラルドさん。第一街壁外で偽物の『コンソールブランド』を売る店って出ていませんか?」


「出始めているようだ。コンソールに住んでいる住人から見れば一瞬で判断できるような安物だが、外部から買い付けに来ている商人は飛びつこうとする者もいるらしい。衛兵に厳しく見回りをさせているためにほぼ被害は出ていないが……そちらも早めに手を打たねば」


 ユイの言っていたとおり価格破壊はブランドの失墜を招きますか。


 難しいものです。


「本物の『コンソールブランド』の鍛冶や服飾、宝飾製品には必ず何らかのエンチャントが施されている。それを知らずに買いに来る者もいるようだからな。手に負えぬよ」


「かと言って『コンソールブランド』を商業ギルドのみで一括販売もできません。本当に悩ましい」


「私どもの『コンソールブランド』出店許可証なども不正な代物が出回っているようです。摘発件数も増加の一途をたどっているようで……」


「調理や製菓なんてブランド出店許可証すらいらないからね。コンソールにあるから『コンソールブランド』だって思い込みで来る客も多いんだよ」


「このままでは新市街が本当に第二のスラム……いえ、それ以上に制御不能な地域になってしまいます。かと言って、新市街から代表者を招き入れるにも、そんなまとまりは新市街にもありません。本当にどうしたものか」


「新市街を東西南北四つの街区に区切ってそれぞれの街区長を選出してもらう……と言うのも今では時期尚早でしょうね」


「うむ、新市街はまだまとまりがない。スラム街はナギウルヌがいてその下に各街区長がいてと階層構造が成り立っておりひとつの街になっている。新市街は各地からバラバラに集まって来た者たちの集合体でしかない以上、まとまりに欠ける。今はまだギルド評議会などに参加させられるだけの代表者はいないのだよ」


「代表者が現れても各街区の要望だけを無理矢理押し通すことしか考えないでしょうな」


「コンソールにおけるギルド評議会は最高意思決定機関であるとともに調整機関です。それを理解していただかない事にはどうにも……」


「〝ギルド評議会〟のシステムが古くさいものになりつつあるのかも知れぬが……これを解体することも今はまだできぬ。そう考えると奥の手は……」


「新市街に新しいギルドを作っていただく事ですか?」


「そうなる。そうなるのだが……可能だろうか?」


「おそらく現時点では難しいかと」


「服飾も同意見です。資金援助や技術指導はできても結局モノの問題が解決できません」


「宝飾もです。援助は惜しみません。ただモノだけは……」


「調理もだね。製菓もだろう? 食料品を教材に扱う私らが新人育成でモノを大量消費すると市民生活を直撃だ。どうにもなんないよ」


「調理と同意見です。こればかりはどうにもなりません」


 結局この日もモノの問題をどうするかの結論が出ないまま終了。


 自給率がほとんどないコンソールの弱さが露呈している形ですね。

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