231.街の気のいいお兄さん
「うーん。いきなり街に出てこい、なんて言われてもいくあてなんてありませんよ」
秋の色も深まってきたとある日の午後。
ギルドマスター業務もなくなり部屋で暇をしていたら、ミライさんによってギルドから追い出されました。
……端的に言ってしまうとこの通りなんですが、本当に僕はギルドマスターなんでしょうか?
弟子ふたりは錬金術師ギルドに残って研究しているというのに。
とはいえ、僕の研究課題もそろそろ危険なものが多くなり弟子の前では見せられないものばかり。
錬金術師ギルドマスターとしてどうなんだ、と言われてしまうかもしれませんがなにもやることがないんですよねぇ。
あてどなくさまよい、たどり着いたのは錬金術師ギルド近くの公園です。
そこでは聖獣たちが思い思いに昼寝をしていました。
僕もこのままふて寝を……おや?
「そこの少年少女。どうしましたか?」
「お兄さん、誰?」
「ああ、失礼。錬金術師ギルドでギルドマスターをしているスヴェインと言います。それで、子供たちふたりだけでどうしましたか?」
「んーとね。お母さんの帰りを待ってるの」
「お母さんの帰り?」
「うん」
「お母さんね。いま錬金術師ギルドで働くための勉強をしているんだって。すごいでしょ」
ああ、なるほど。
この子たちはギルド支部の事務員に受かった方の子供たちふたりですか。
ですが、子供たちふたりきりなのはどうしてでしょうか?
「ほかの子供たちとは遊ばないんですか?」
「今日はみんな家のお手伝いとかするんだって。だから、わたしたちふたりなの」
「でも、ここなら聖獣さんたちがたくさんいるから悪い人は近づけないし安全なの」
確かにその通りですね。
聖獣は昼寝をしていようとも聖獣。
子供たちに悪しき心を持って近づこうとするものがいれば追い返すでしょう。
ですが……。
「退屈ではありませんか?」
「ひまー」
「たいくつー」
「……やっぱり」
聖獣たちもこの子たちと遊んであげればいいのに。
「困りましたね。僕も子供の遊びというのには詳しくないのです」
「そうなの?」
「はい。あなたたちくらいの頃は勉強ばかりしてましたから」
「どんなお勉強?」
「そうですねえ。剣術、魔法、錬金術、鍛冶、あとは……」
「れんきんじゅつ! れんきんじゅつができるの!?」
「ええ、一番得意ですよ」
「すごい! やってみせて!」
「わかりました。では、わかりやすい魔力水の作製を見せてあげますね」
僕はマジックバッグから錬金台を取り出して地面に置き、続けて水を錬金台の上へ。
こっそりと水を蒸留水に錬金術での変換してからゆっくりと、僕が可能な範囲で一番ゆっくりと魔力水へと変化させていきます。
「うわー。水の色がかわった!」
「すごい、すごい!」
「このお水は飲んじゃダメですよ? 体に悪いですからね?」
「そうなんだ」
「おぼえたー」
よかったです。
子供というのは好奇心旺盛なもの。
魔力水を飲んだらお腹を壊してしまいますからね。
「そういえば、あなたたちの歳はいくつですか?」
「ぼく七歳」
「私ろくさいー」
「では、『交霊の儀式』は済んでいますね。『職業』はなにに?」
「れんきんしー」
「錬術師ー」
「おやまあ」
ふたりとも錬金術師の卵ですか。
それであんなに錬金術に反応したと。
「ふたりは兄妹ですか?」
「そうだよ」
「そうそう」
「兄妹で同じ系統の職業を授かるなんてすごいですね」
「お母さんもれんきんしだっていってたー」
「でもお母さんの頃は錬金術師ギルドに入れなかったから、せめて事務員になりたかったんだって」
「それはそれは、もったいない」
「お母さん二十四歳だから評議会の特別講義? にも参加できないんだって」
「だから事務員のぼしゅうはがんばってたの」
「それは申し訳ない」
そういえば、線引きは二十歳でした。
それ以上の年齢は頭が固そう、と決めてかかっていましたがそうとも限らなかったようです。
「なんでお兄ちゃんがあやまるのー?」
「いえ、それを主催していたのが僕ですので」
「じゃあ錬金術師ギルドの偉い人?」
「はい。一番偉い人……のはずです」
最近、自信がなくなってきました。
「じゃあ、錬金術を教えてください!」
「おしえてください!」
「ええと……どうしましょう?」
困りましたね。
真面目に教えようとするとここでは教えられません。
ですが、連れ出しては誘拐犯と間違われそうですし……。
かと言って、子供の純粋な気持ちを無碍にするのは……。
『私が親御さんに伝えてあげましょう』
「おや、いいのですか?」
僕に告げてきたのは真っ白な虎の姿をした聖獣です。
でも、言葉に甘えてしまってもいいのでしょうか?
『その子たち、私たちとの遊びに飽きてしまっているの』
「ああ、それで聖獣たちと遊んでいなかったのですね」
『そうなるわ。その子たちの親御さんが帰ってきたら私が居場所まで案内してあげる』
「それではお言葉に甘えてもいいですか?」
『ええ、しっかりその子たちの面倒を見てあげてね』
「それはしかと。あなた方、錬金術を教えてあげますから付いてきてください」
「でも、お母さん、この公園から出るなって」
「うん。この公園のそとにはせいじゅうさん少ないからって」
『それでは私にお乗りなさい。このお兄さんと一緒に目的地まで連れて行ってあげる』
「ほんとう!?」
「いいの!?」
『ええ。お母さんが帰って来たらお母さんも案内するわ。それでどう?』
「じゃあ、ついていく!」
「いくいく!!」
『ではお乗りなさいな。あなたたち、私が戻らない間にこの子たちのお母さんが戻ってきてしまったら案内よろしくね』
『プイ』
『ピッピ』
『では行きましょうか』
「はい。行きましょう」
僕はこの子供たちを連れて錬金術師ギルドへと戻っていきます。
門をくぐり抜け、受付では。
「ギルドマスター。誘拐は重犯罪ですよ?」
「聖獣が一緒なのに誘拐なはずがないでしょう」
階段を三階まで上がりサブマスタールームの前を通りかかると。
「あ、ギルドマスター。お帰りに……って、誘拐は重犯罪です」
「聖獣が一緒なんだから誘拐なはずないですって」
ギルドマスター用のアトリエでは。
「あ、先生なのです」
「先生。誘拐はいくらなんでも……」
「だから誘拐じゃないですよ!?」
行く先々で勘違いされながらもアトリエへとたどり着き、子供たちにゆっくりと錬金術の基礎を教えていきます。
途中からは面白がって弟子たちも参加するようになり、魔力水だけのはずが傷薬、果てはポーションまで作ってしまいました。
やっぱり子供は飲み込みが早い。
そんな折、アトリエのドアがノックされミライさんが入ってきました。
「ギルドマスター。その子たちの親御さんが子供を引き取りに来ました」
『思っていたよりも早かったけど、面白かった?』
「あ、お母さん!」
「おもしろかった!」
「へ、本当にギルドマスター?」
「はい、ギルドマスターです。すみません、子供たちが錬金術を教わりたいというものですから勝手に連れてきてしまいました」
「あ、ああ、いえ。聖獣様がお許しだったのであればいいのですが? え、子供たちが錬金術?」
「はい。あなたたち、今日作ったものを見せてあげてるといいですよ?」
「わたし、きずぐすり作ったの!」
「僕はポーション!」
「傷薬にポーション?」
「さすがに蒸留水は子供に用意させることができませんので僕たちで用意しました。ですが、低級品とはいえ『コンソールブランド』のやり方で作った傷薬とポーションです」
「は、え?」
「すごいでしょ! お母さん!」
「お兄さんが僕たちでも頑張れば錬金術師になれるって!」
「は!? 申し訳ありません!! 子供たちが面倒をかけてしまいまして!!」
「いえいえ、僕も暇をしていたので。それよりもその子たちの作品、本当は持ち出し厳禁なのですが、家庭内で使う分にはこっそり許可いたします」
「え?」
「せっかく頑張って作ったんです。自分たちの作った宝物を置いていけ、というのは酷でしょう」
「あの、でも……」
「ああ、あと。子供たちが遊べるように超初心者向けの錬金台もプレゼントします。少々重いので重量無視のリュックサックも差し上げますね」
「え!?」
「ちょっと待ってください……はい、これで大丈夫です。少ないですが薬草も入れておきました。傷薬程度でしたら濾過水から作れるはずですので親御さんの見ている範囲で遊ばせてあげてください」
「あ、あの。錬金術が遊び?」
「子供たちにとっては大抵の事は遊びですよ。遊びながら学んでいくものです」
「は、はぁ」
「というわけでして、これは僕から罪滅ぼしも兼ねたプレゼントです。君たちもお母さんたちの言うことをちゃんと聞いてくださいね?」
「はい!」
「わかった!」
「よろしい。それでは、あまり遅くなってもいけません。お気をつけてお帰りください」
「はい。その……ありがとうございます」
「いえ。事務員のお勉強、頑張ってください」
僕からのプレゼントを受け取った親御さんは兄妹を連れて帰っていきました。
やっぱり親子っていいですね。
「それで、ギルドマスター。今度は子供の教育にも手をつけ始める気ですか?」
「本当はそうしたいのですが……いまはまだ許してもらえないでしょう。今回が特別だっただけだと考えます」
「本当ですか? 怪しい……」
********************
「お兄さん、遊ぼー!」
「お兄ちゃん!」
窓の外から僕を呼ぶ元気な声が聞こえてきました。
あの兄妹はときどき僕のところへ遊びに来るようになってしまったんですよね。
友達も連れて。
「すみません、シャル。僕はこれで」
「構いませんよ、お兄様。子供たちが待っているみたいですし、早く行ってあげなさい」
「それではまた」
「……いいんですか、公太女様?」
「まったくもってうらやましい」
「は?」
「素で子供の教育ができることです。子供たちは飽きっぽいもの。興味を引き続けるにはそれなりのお題を出し続けねばなりません」
「はぁ」
「それもいまでは、近所の子供たちを巻き込んで様々な事を教え込んでいると聞きます。お兄様は専門分野以外でも幅広い知識を有しているからこそできる技ですが……シュミットでもあれをできる講師は数名です」
「そうなんですね」
「はい。それでも、子供たちの興味を引き続けられるとは限りません。まったくもってうらやましい」
「ギルドマスターですからねぇ」
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