45.ニーベという少女

「治療薬ですか? なにか特殊な毒でも?」


 わざわざ治療薬を必要とするなんて、厄介な毒にでも冒されているのでしょうか?


「……いえ、毒などではありません。純粋に体力が弱く、病気がちなのです。身勝手な話なのですが、『快癒薬』があれば病状もかなり回復してあとは体力作りでなんとかなると医者に言われているのです」


「『快癒薬』ですか」


「はい。もしあれば1本で構いませんのでお売りいただけますか?」


「うーん、快癒薬は1本じゃあまり意味がないですよ? 風治薬と同じく病気の治療薬なので、体力作りが間に合わなければまた必要になります。『医癒薬』などではだめですか?」


「『医癒薬』は何度も飲ませているのですが、効き目が薄いのです。なので『快癒薬』を探しているのです」


 うーん、これは困りました。


 薬を渡すだけなら簡単なのですが、そういうわけにもいかないですね。


「あの、ハヅキ様。私は回復魔法も修めております。一度症状を診せていただけますか?」


「それは構いませんが……私も『治癒士』なのです。私だけでなく『治癒術師』の方にも診ていただいて原因が……」


「せめて診るだけでも。これでも私の回復魔法スキルのレベルは30後半です」


「30後半!? ……その若さでですか?」


「はい。星霊の石板でご確認いただいても構いません」


「……いえ、信じましょう。娘の部屋はこちらになります。どうか、お願いします」


 ハヅキさんに案内されたのは、2階プライベートエリアにある一室。


 ここが問題のニーベという少女がいる部屋らしいです。


 ハヅキさんが中にいる侍女に声をかけて部屋を開けてもらうと……少し蒸していますね?


「ベッドで寝ている子がニーベになりますわ」


「起こしていただいても大丈夫ですか?」


「わかりました。……ニーベ、少し起きられるかしら?」


「あ、お母様。はい、大丈夫です」


 ニーベちゃんは黒い髪を一房にまとめたかわいらしい少女です。


 白い肌も相まって、お人形さんみたいですね。


「こちらの方があなたの症状を診てくださるというの。大丈夫?」


「はい。よろしくお願いします」


 アリアはニーベの額に手を当て、軽い回復魔法を使っているようです。


 それで診察を終えると、ハヅキさんに容態を告げました。


「ハヅキ様。ニーベちゃんの容態ですが、肺の調子が特に悪いみたいです。肺の機能がかなり低下しており、呼吸困難になっているようですね」


「やはりそうですか。治療は可能ですか?」


「回復魔法では体力を回復するだけです。これにはやはり『快癒薬』を一度使う必要があります」


「……体力は回復していたのですか?」


「グロウヒール系でしたら体力の回復ができます。通常の回復魔法では意味がありません」


「……私にはグロウヒールは使えません。いままでの治癒術師でも、グロウヒールを使ってくださった方はいませんでした」


「それでこれほど体力が落ちているのですね。通常の回復魔法は体力を消費して怪我などを回復するため、体力を余計消費します。グロウヒールは、体力を回復させながら怪我などを治療をする魔法なのです」


「……博識なのですね、アリア様は」


「師に恵まれましたので……それで治療の方針ですが、まずは『快癒薬』で治療をします」


「『快癒薬』があるんですか!」


「はい、スヴェイン様がいくつか持っています。薬で回復したあとはグロウヒールである程度体力を戻します。そのあとはこのお部屋をお掃除させていただきます」


「部屋の掃除……ですか?」


「肺の病気に罹っている患者の場合、お部屋の環境が悪いことが多いと師匠に教わりました。なので、家事が得意な精霊に頼んでお部屋を掃除してもらいます」


「精霊……アリア様は回復術師ではなく召喚術師ですの?」


「ええと、いろいろ兼ねた職業です。治療方針は納得いただけましたか?」


「え、ええ。それでニーベの調子がよくなるのでしたら」


「わかりました。スヴェイン様」


「ええ、これが『快癒薬』です。果汁を混ぜて調整しているので飲みやすいと思いますよ」


「ありがとうございます。ニーベ、飲んでみてください」


「はい。……お母様、息苦しさが段々なくなってきました」


「お薬は効いてきたようですね。では、グロウハイヒール」


「ふわぁ。なんだか温かいです」


「ニーベ、大丈夫ですか?」


「はい。いまなら少しくらい歩けるような気もします」


「では、精霊を呼びますね。来てください、ラベンダー」


「はーい! ……あれ、食材はないの?」


「ええ、このお部屋のお掃除をお願いできますか?」


「お部屋の掃除? ……あー、このお部屋だと肺炎を起こしちゃうかも」


「肺炎?」


「息苦しくなる病気だよ。肺がうまく機能しなくなって呼吸困難になるの」


「……ラベンダーちゃんは、ときどき難しい言葉を知っていますね?」


「んー、アリアお姉ちゃんの前のご主人様の受け売りだけどね。お部屋の掃除に1時間くらいかかるかな? 危ないからそれまでお部屋から出て行っててね」


「……ラベンダーちゃん、ものは壊さないでくださいね?」


「壊さないよー? ただ、強力な洗浄魔法で徹底的に洗うから人にも危ないの。だから、近づかないでね」


「わかりました。……そういうことらしいので、しばらく別のお部屋に移動しましょう」


「はい。……その前に娘を部屋着に着替えさせたいのですが」


「あ、それもそうですね。私たちは外でお待ちしておりますので、終わったら声をかけてください」


 ハヅキさんが侍女に命じてニーベちゃんを着替えさせます。

 その間、僕らは明日の朝もラベンダーを召喚して食材を見てもらうことを告げておきました。


「お待たせいたしました。準備できましたわ」


「はーい、それじゃあお部屋の洗浄行ってきます!」


 入れ替わるようにラベンダーが部屋に入っていき、チラッと見ると泡のようなものを出し、どこかからか取り出したモップでゴシゴシこすり出しました。


 少し不安ですが、まあ大丈夫でしょう。


 そして、ニーベちゃんを連れて応接間に戻ると、自分の足で歩いてきた彼女にマオさんとコウさんがとても驚いてました。


 最後は泣き出して抱きしめるあたり、本当に愛されているんですね。


「スヴェイン殿、アリア嬢。今日は本当に助かった」


「まさかニーベの治療までできるとは思っていませんでしたわ」


「はい。本来はポーションの買い付けだけのつもりでした」


「? おふたりはお医者様ではなかったのですか?」


 そんな談笑の間にもニーベちゃんには1本薬を飲んでもらっています。


 体力を回復させるための滋養剤ですね。


「さて、ニーベの部屋も掃除中ということだし、そろそろ食事としようか」


「おふたりの食事もご用意させていただいていますわ。ご一緒にいかがですか?」


「スヴェイン様、断るのも失礼ですよね?」


「そうなりますね。ご相伴にあずかりましょう」


 そのあと食事もごちそうになり、ラベンダーが掃除が終わったと告げに来たためニーベちゃんの部屋に戻ると部屋がものすごくきれいになっていて空気も澄んでいたり、ラベンダーからこれからは換気をこまめにするようにと注意を受けたりしていました。


 そして、夜遅くなって睡眠時間となり、僕たちは休むこととなります。


 明日は問題なく過ごせるといいのですがね。


**********


「あなた、あのふたりのことどう思います?」


「食事のマナーも完璧だった。身なりも旅装ではあるが整っているし、どこかの貴族の子供たちかもしれないな」


「やはり、そう思いますか。どうしましょう?」


「いや、手配がかかっているという話もない。あちらから話さない限り黙っておこう。藪をつついて蛇をだす必要もあるまい」


「わかりました。私としてもニーベの恩人に嫌な思いをしてもらいたくありません」


「わかった。その方針でいくぞ」

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