318.ニーベという風、エリナという風
「はあ、ようやくできたのです」
「申し訳ありません、長々とお持たせしてしまい」
「気にしていません。むしろ三十回以内で高品質ミドルマジックポーションができるのです。誇るべきですよ」
私、ユキエはスヴェイン様からウエルナさんの承諾が出たと聞かされ本格的な指導を本部の錬金術師に……と意気込んだのですが。
『ユキエさん。指導はもうしばらく待ってもらえますか? 一般……じゃなかった、第一位錬金術師たちは昨日教えられたことを吸収するのに必死なんで』
『ユキエさん。指導は一週間以上先でいいです。ミドルポーションの手順は穴が開くほど見ましたし、これ以上だと甘えになってしまうので』
『ユキエ様。今のところご教授は不要。私も門下生一同も今は自分で腕を磨くとき。昔のような甘えは許されません』
といった感じですべてのアトリエにおいて指導を拒否されてきました。
スヴェイン様、今ならあなたのお気持ちが理解できます。
私のアトリエも改修工事の計画が始まるのは明日からのため完全に手持ち無沙汰になっていたところ、『カーバンクル』のおふたりに捕まりました。
支部にいた頃には披露していなった高品質ミドルマジックポーションの技術、それを確認してほしいそうです。
「どうでしたでしょう。私たちの作り方は?」
「なにかおかしな点はありませんでしたか?」
この子たちに質問をされますが……どのように答えるべきか。
「ええと、なんの問題もないと感じました。まだまだ試行回数が足りていないので安定していませんが、それさえクリアできれば問題なく安定するはずです」
「うーん、やっぱりですか」
「ウエルナさんと同じ意見だね」
「ウエルナと?」
「はい。最適化されているって」
「ボクたち、あとは練習だけだって」
「まあ」
彼と同じ意見ですか。
では、間違いないでしょう。
「ユキエさんの作り方も見せてもらっていいですか?」
「ボクも気になります。やり方が最適化されているって言われても、ほかの方の手順が気になって」
ああ、このふたりもですか。
純粋な目をしていますが、その中に宿っているのは情熱の炎。
少しでも技を盗もうという決意のみです。
「わかりました。どれくらいご覧になります?」
「一回でいいのです」
「はい。何回もお手間をかけさせるのは心苦しいので」
つまり、一回見れば十分と。
よろしいでしょう。
私の技、どんどん盗みなさい!
「では、錬金台を準備しますね」
私は自分用に最適化された錬金台を設置します。
ふたりはこれにすら強い興味を示していました。
「……こことここ。属性配置がほんの少しずれているのです」
「一般的な属性配置とも少し回転しているね。ユキエさんはいつもこれを?」
……本当にこのギルドでスヴェイン様を除くと一番の錬金術師なんだ。
アトモさんも指摘しなかった錬金台のことまでしっかり見ている。
「はい。何十台と試行錯誤を繰り返した結果、この配置が私には一番あいました」
「なるほどです」
「ボクたちも自作できるようになったらいろいろ試してみよう?」
「ですね。属性配置をずらしたり回転させるなんて発想はなかったのです。ありがとうございます、ユキエさん」
ああ、台ひとつ見せただけでも技を盗まれる。
この子たちには盗んでいる意識なんてないのだろうけれど、私がこのことを師匠の錬金台から盗み出すまで何年かかったか。
「錬金台の質問は大丈夫ですか?」
「はいです!」
「もう大丈夫です」
「では、高品質ミドルマジックポーションを作製します」
この子たちに私の錬金術はどこまで通用するのだろう。
スヴェイン様のお弟子様だから、というわけではないけれど楽しみになってしまった。
「できました。なにか質問は?」
「魔力収束がかなり早かったのです。その理由は?」
「その割に魔力の流し方がゆっくりでした。そちらの理由も気になります」
本当に、本当に私の技を見抜いている。
その上で的確な質問、本当に素晴らしい!
「すみません。どちらも私の流儀です。魔力収束を遅くしても魔力の流れを速くしても安定しなくなります」
「わかったのです。エリナちゃん」
「お手本とご回答ありがとうございます。早速試そうか、ニーベちゃん」
ふたりはお互いに確認をすると、また錬金台に向かい高品質ミドルマジックポーションの練習を始めました。
今度は私の流儀を取り入れながら。
「うーん、やっぱりうまくいかなくなります」
「そうだね。いろいろ試すのは勉強になるけど、個人差って大きいね」
「はい。とっても面白いのです」
「うん。やめられないよね」
私がその境地に達せたのはここ数年、この子たちはもうそこまで。
ふたりを見ていると、たったあれっぽっちのことで熱量を失っていた自分が恥ずかしくなります。
「ユキエさん?」
「どうかしましたか? 顔色が悪いです」
「え、ああ。少し自己嫌悪に陥っただけです。年下に気を遣ってもらうほどでは……」
私の言葉を聞いたふたりはうなずき合うとアトリエの扉に鍵をかけました。
カーバンクル様にまでお願いして結界を張る程です。
「ユキエさん、つらいことがあるなら話しちゃうのです!」
「ボクたちみたいな子供ではなにもできませんが、話を聞くだけでしたら」
ふたりの言葉を聞いた途端、先輩錬金術師であることも忘れてこの街に来てから、いえ、この街に来る直前からの出来事を話していました。
スヴェイン様から遂にお呼びがかかったこと、錬金術師が殴り合いまでしてその権利を奪い合ったこと、スヴェイン様が熱意を吹き込んだという街に希望を抱いてやってきたこと、お試しで呼び集められたひよっこたちの熱意が素晴らしかったこと、そして……。
「一般受験で合格したという錬金術師たちは熱意が冷めていました。私はその者たちを教える機会が多かったのですが、なかなか思いが伝わらず空回りばかりして……。次第に私まで熱量を失ってしまい、途方に暮れる不始末。ウエルナがここに私を送り込んだのは最終判断のためでしょう」
「最終判断です?」
「なんの判断ですか?」
「強制送還の判断です。私がここに来ても腑抜けたままだったら、すぐにでも私はシュミット本国へ送り返されたでしょう。熱量を失い足手まといにしかならなくなった講師は不要、それはシュミット講師陣の不文律です」
「シュミットって厳しいのです……」
「うん。先生たちは優しいのに……」
「スヴェイン様たちがあなた方に優しいのはあなた方の努力が素晴らしいからです。あなた方が努力をしないような生徒でしたら、スヴェイン様も容赦なく切り離していたでしょう」
「努力?」
「ボクたちが?」
「え?」
なんでしょう、この話がかみ合っていない感じは。
まさか、この子たちにとって今やっていることは努力ですらないと?
「あなた方、今までがんばってきたのではないのですか?」
「がんばってきました!」
「先生方には褒めていただきたいですし、成長した姿を一刻でも早く見せたいですから」
「それを『努力』というのですよ?」
「そうなんです?」
「当たり前になりすぎていて気がつきませんでした」
なんでしょう、この子たちは。
これが『努力の鬼才』の弟子……。
「それに私たちは先生がいなかったらどうなっていたかわからないのです」
「はい。今、生きているかも怪しい状況だと思います」
「え? あなた方はこの街でもかなり大規模な商会の娘とそこのご世話になっている方では」
「そうなのですが、私はおととしの秋まで病でずっと寝込んでいました。病気を治してくれたのは先生方なのです」
「ボクはこの街の生まれではありません。『錬金術師』ではあり、彼の国の古い体制だったとは言え魔力水すら満足に作れない落ちこぼれでした」
「それを言い出したら私は『魔術士』なのです。生産系職業ですらありません」
「先生方やマオさんに拾っていただかなかったら、ボクはお爺ちゃんの宿で下働きをして一生を終えるか、やけを起こし冒険者にでもなって死んでいたでしょう」
「私たちからすれば今やっていることは生きることの延長なのです」
「はい。努力するのはこれからもっと先、先生方の下を巣立つときがスタートだと考えています」
……甘かった。
これが『努力の鬼才の弟子』なんだ。
ノービスという非常に不利な職業でありながら、可能な限り様々な道を極めていったスヴェイン様。
その話はシュミット皆の憧れであり目標なのに……この子たちはそれを平然とただ息をするように散歩をするように歩いているだけなんだ。
私、なんてちっぽけなことで悩んでいたんだろう。
そして、なんて不甲斐ない大人なんだろう。
こんな姿、もう子供には見せられない。
見せてやれない。
見せてたまるもんか!
「ユキエさんが元気になったのです!」
「顔色がよくなりました!」
「ニーベ様、エリナ様。ご心配をおかけしました」
「様付けなんていらないのです!」
「困ったときはお互い様ですよ」
「ではそのように。ですが、あなた方はもう子供扱いいたしません。よろしくお願いいたします」
「えーと?」
「よろしくお願いします?」
困惑されてしまいましたが、構わないでしょう。
私もあなた方の技、盗ませていただきます!
「ユキエさんも元気になりましたし、久しぶりにお出かけしましょう。エリナちゃん」
「いいね、久しぶりに行けば見つかるかも。ニーベちゃん」
「あの、お出かけとは?」
「「掘り出し物探しです!」」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます