624.シュミット講師への処分と後始末
「さすがに今回の事例、シュミットとして見逃せません」
昨日起きたコンソール錬金術師ギルドでの大事件。
その顛末をお兄様の聖獣から聞き、私は錬金術師ギルド支部よりウエルナを呼び寄せました。
お兄様が直接乗り込んできたわけではない、聖獣を使っての連絡など一度もありません。
つまり、今回の件はお兄様としても相当腹に据えかねる一件だったのでしょう。
「はい。大失態です。シャルロット様」
「ウエルナがついていながらの不始末、お兄様がいなければまた根腐れを起こしていたかもしれないんですよ?」
「その通りです」
「それで、あなたの考える処分は?」
「自分も含めた錬金術講師全員の報酬一年分を返還。同時にシュミットのローブの一時返却です」
「……報酬の返還は受け取ります。ローブは受け取りません。意味はわかりますね?」
「今度こそシュミットの名に恥じない結果を出せという厳命です」
「わかっているのでしたら結構。ほかのギルドでも最近は思い上がった者どもが大なり小なり出始めていると報告を受けています。受けてはいますが、それはコンソール自身で選別した結果に伴うもの。冷たい言い方ですが身から出た錆」
「今回は違います。今回の選別対象はコンソールの者たちですが選別したのはシュミット。今回の騒動、全面的な非はシュミットが請け負わねばなりません」
「さすが第一位、話が早い」
「当然です。自分たちの覚悟を示せないようではこちらに渡った意味がない」
「わかったのでしたら速やかに行動を」
「既に各講師には行動を命じてあります。思い違いをしている者どもが支部にいないか徹底調査中。それにあたりシャルロット様にもお願いが」
「暗部を使うことも許可します。お兄様が再び大嵐を起こす前に支部の膿、徹底的に洗い流しなさい」
「かしこまりました」
「……お仕事の話はここまで。そんなに酷いんですか、錬金術師ギルド支部?」
「そこまでではありませんでした。毎年落ちこぼれるものが三割ほど出ますが」
「落ちこぼれるものが三割。シュミットでは……何割でしたか、オルド?」
「は、はい。ええと……」
「平均二割です。その程度、いい加減すぐに答えなさい」
まったく、オルドも本当に情けない……。
本当に指輪を投げつけるべきでしょうか?
「ウエルナ、落ちこぼれるものが多い理由の分析はできていますか?」
「ええ、まあ。ひとつは『コンソール錬金術師ギルド』という看板だけに憧れてやってきた結果、挫折した連中が多いこと。もうひとつは欲に目が眩んだ結果、足元の技術を身につけず前へ前へと進み続け転落していく連中がいることですね」
「……なるほど。お兄様が名前をあげすぎた反動ですか」
「そうなります。それに〝『職業優位論』を最初に撤廃したギルド〟と言う価値も高いんでしょう。今でこそシュベルトマン領内各地に散らばってくれました。その前はコンソールに集まりすぎてましたからね」
「本当に無能な旧国家の貴族どもが情けない。それでいて私の国との会談は蹴り続け、シュベルトマン領からは技術を奪おうとしているのですから」
「そこまで酷いんですか? 旧国家群は」
「はい、酷いですよ? 私たちの国から技術協力を行う前提条件は『職業優位論』の撤廃。コンソールに大使館を持つ国々は私たちに接触を図ってきますがこの条件を聞いた時点で『内政干渉をするな』と席を立ちます。ですが、間者を送り込んででもコンソールの技術は盗み取りたい模様。そういったネズミどもはコンソールと我が国の暗部がすべて始末していますけどね」
「さすがですね、シャルロット様」
「高い技術料をいただいているのです。その程度のフォローはしければなりません。シュベルトマン領内各街にもネズミが入り込んでいるようですが、そちらも駆除の真っ最中です。シュミットの技、一部しか伝えないとは言えども、ただで渡すつもりはありません」
「そうなると各国家が本気を出すのでは?」
「戦争を仕掛けてくればお兄様が〝友好国〟として出張しますよ。シュミットでも派兵したいところです。ですが、連絡を受けてから私のピクシーバードで本国へ連絡、即応部隊だけでもロック鳥に乗せて戻ってくるだけで三日はかかりますからね。その前にすべての部隊がお兄様の魔法で殲滅されているでしょう。シュミットが直接手を貸せるとすれば……セティ様が動いてくれるかだけです。私でも対軍用殲滅魔法は制御不能ですからね」
「聖獣様の機動力と個人の魔法力だけで戦場を制圧しますか。スヴェイン様も恐ろしい」
「本気を出さずにそれです。本気を出せば聖竜以外の群れが国ごと焼き滅ぼしますよ。お兄様のことですから〝聖獣契約〟だけではなく〝竜契約〟している最上位竜もいるでしょう」
「本当に恐ろしい。敵に回した瞬間、普通の国では滅びが確定ですね」
「だからこそ旧国家の時はカイザー含め総ての者がお兄様をのけ者にし続けたのです。戦争が始まる前から滅ぼすことがわかっているので」
まったく、お兄様もグッドリッジ王国の時は手加減が大変だったでしょう。
聖獣たちが好き勝手暴れればグッドリッジがなくなりますし、竜が暴れればそれ以上の大惨事。
ただのスヴェインになったからこそご苦労を忍べます。
「それで、ウエルナ。職務へ戻る前にきちんとお兄様にお詫びをしてから戻りなさい。間違いなく檄が飛びますが」
「覚悟しています。誰の不手際だろうと責めを負うのは俺の責任ですから」
「その覚悟ができているなら結構。それにしても害虫ども、もうたかり始めていますか」
「そのようです。今回もすべて駆除できたとは限らないでしょうね」
「同時に複数の者が標的に、それも年若い者ばかりが標的にされたそうです。アトリエ違いで面識がない相手だけを選んで」
「……本当にすみません」
「大いに反省しなさい。しかし、技術の優劣のみが序列。その基本を理解できない者がその始まりのギルドにたかり始めるとはとんだ皮肉です」
「ええ、まったく。今回は全員ギルド支部送りか半数以上が破門すらありえそうだ」
「……来年からは英才教育機関とノーラの教えを受けた子供たちが入門条件を満たし始めるのですが……本当に大丈夫ですよね?」
「……頑張ります」
「頑張りなさい」
……来年からは逆の意味で不安ですね、錬金術師ギルド。
定員二百名、絞り込めるのでしょうか?
********************
「失礼します。スヴェイン様」
「ウエルナさん、入りなさい」
「はい」
お昼過ぎになってようやくウエルナさんが来ました。
彼に限って油を売るような真似はしていないでしょうし、朝早くからシャルに呼び出されていないとおかしいですし……なにをやっていたのかも問いたださなければいけませんね。
「ウエルナさん、遅かったですね?」
「申し訳ありません。シャルロット様からの叱責と質問が思いのほか長引いたのとギルド支部に戻っての状況把握、新たな指示出しに時間がかかりました」
「新たな指示出し。気にかかりますが後回しにします。今回の件、おわかりでしょうね?」
「もちろんです。すべての責任は自分にあります」
「結構。支部のことと新規入門者の選考はすべて任せてしまっているので強く言えないのですが、今回ばかりは見逃せません。今回は僕の聖獣たちが厳重な監視網を整えていたのでわずかな被害で防げました。ですが、僕もあと数年でこの椅子を離れます。そうなれば聖獣たちの監視網もなくなる。本部の護衛はアーマードタイガーがいますが彼だって一カ所しか守れない。昨日のように同時に何人も被害を出そうとすればどうにもなりません。新規入門者の選考だっていずれはギルド本部で行わなければいけないこと。そこの引き継ぎはどうお考えですか?」
「はい。来年からは最終選考を実施します。担当者は、自分とハービー、アシャリさんの三名。最終選考の候補者は四百名程度まで絞り込みます。この案でよろしいでしょうか?」
「あなたがいる間はあなたの【神眼】で回るでしょう。ですが、それがなくなった際の保険が足りない。また、四百名では選考担当に負担がかかります。全体の応募者数にもよりますが三百名程度まで絞り込みなさい。その上で採用は無理に二百名にこだわらなくても結構。資格不十分なら全員不採用でも構いません。今後の受け入れ基準は厳格化を。商業ギルドに大量購入していただく必要性も薄れてきました。冒険者ギルドにポーションを売ることも考え始めなさい」
「わかりました。検討いたします」
「次、シャルからの処分内容は?」
「一年間の報酬返還です」
「シュミットのローブと名は剥奪されませんでしたね?」
「はい。猶予をいただきました」
「シャルも僕の意図をくんでくれているようで助かります。意味はわかりますよね?」
「もちろんです。二度とシュミットの名、シュミット講師の名を汚すような真似をしません」
「よろしい。次です。ギルド支部の状況は?」
「他の者に頼み朝一番で今回の騒動について錬金術師、事務員すべてに伝えました。その上で激しい動揺を見せたものには目をつけてあります。証拠が固まり次第、ギルドマスター権限による追放の許可をお与えください」
「許可します。徹底的にやりなさい。シャルからの協力は?」
「暗部の協力をいただけると。勘違いどもを一掃します」
「よろしくお願いします。次、新たな指示出しとは?」
「第二位錬金術師たちに新しいハードルを設けさせると通告を出しました。特級品を三年以内に見つけなければ追放。許可をいただけますか?」
「二年です。個人研究で二年以内に完成させなければ追放だとギルドマスター命令を出しなさい。あとは……朝令暮改はよろしくないですが、ミドルポーションの期限も四年に変更です。これも十名程度のグループ単位で研究を行わせるように。どちらも個人やグループの範囲を逸脱して教え合う、研究を盗み取るなどが発覚した場合、追放処分だと付け加えて」
「わかりました。……今回の一件、相当頭にきていますね」
「当然です。こんなことを許しては僕が改革する前の錬金術師ギルドに逆戻りですよ。コンソール錬金術師ギルド、いえ、『新生コンソール錬金術師ギルド』の栄誉と栄光は先輩錬金術師たちが築いてきたもの。それをなにもしていない錬金術師未満が名乗ろうなど恥知らずにも程がある」
「本当に面目ありません」
「僕も怒っていますが第二位錬金術師たちも相当怒りを貯め込んでいます。魔力水以降の指導はこれまで以上に厳しく行くと宣言していましたからね」
「……本当に面目ない」
「あと、ニーベちゃんは朝から支部に乗り込んでいます。シュミット講師陣に文句を言うために。エリナちゃんは今のところ静観していますが……いつ飛び込んでいくかわかりませんよ?」
「……面目次第もありません」
「僕からは以上です。あなたは……」
「第二位錬金術師たちに詫びてから帰ります。ニーベさんは?」
「まだ支部から帰ってきていません。支部では会いませんでしたか?」
「会っていません。自分も仲間たちに様子を聞いて指示出しをしたらすぐこちらに来ましたので」
「では、あなたの私室の前で待ち構えているのでしょう。存分に反省なさい」
「はい。では、失礼いたします」
「はい、よろしく。次は失態のなきよう」
「ご忠告感謝いたします」
さて、これで昨日の一件についての後処理はいいでしょう。
いずれ腐敗も出てくるとは考えていましたがたった四年で出始めるとは想定外も甚だしい。
シュミット講師陣にはさらなる負担をかけますが、支部からの一掃はあちらに任せねば。
僕とアーマードタイガーはこちらの城を守るだけで手一杯なので。
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