第三部 教える錬金術師と冬の風
82.約束の時期は近づいて
「やりました! 付与板二枚完成です!」
『……一カ月ちょっとでやり遂げるとはのぅ。儂も『隠者』の職業補正を見誤っていたということか』
港町、ヴィンドから戻って一カ月あまり。
僕は弟子ふたりのために付与用の付与板作りに専念していました。
結果は、先ほども述べたとおりふたり分、しっかり完成しましたよ!
「ふふ、スヴェイン様。そろそろお茶にしませんか? ラベンダーちゃんがおいしいお菓子を焼いてくれていますよ?」
タイミングを見計らったかのように、アリアがやってきて休憩を促してくれます。
実際、見計らってくれていたのでしょうね。
「ああ、もうそんな時間なのですね。わかりました、休憩にしましょう」
『ふむ、この後はどうするつもりなのじゃ? そろそろニーベたちに会いに行く時期ではないのか?』
「この後はしばらく調合ですかね? コンソールのティショウさんに頼まれている解毒薬、あれは少し多めに作って納めておきたいですし、僕たちも持っておきたいです。それから……風治薬を大量に、でしょうか」
「風治薬、ですか?」
「はい。コンソールでコウさんと話したとき、風治薬がまったく足りないと言う話を聞きました。それならば、大量生産できる僕が持ち込んでも問題ないでしょう」
『お主だと万単位で持ち込むからのぅ』
「実際、五万本くらい用意しましたよ? コンソールの人口がわかりませんから」
風治薬で治る病気、すなわち風邪は伝染病です。
なので、可能であれば罹患者を徹底的に少なくするのが有効なはずなんですよね。
「スヴェイン様。五万本用意したとして、それを配ることなどできるのでしょうか?」
「そこはコウさんのネイジー商会や商業ギルドを頼りましょう」
「商業ギルド……ですか」
アリアはあからさまに不機嫌な顔をします。
でも、今回は勝算があるんですよね。
「商業ギルドではペンツオさんを頼りたいと考えています。あの方なら話を聞いてくださるかと」
「ペンツオさん……確か、オイラックとかいう男の後に出てきた方ですね?」
「はい。あの方なら誠実そうですし、こちらの事情を話せばある程度の融通を利かせてもらえるかと」
「スヴェイン様がそういうのでしたらお止めしません。ですが、雲行きが怪しくなったら交渉決裂ですからね?」
「ええ。わかっていますよ」
ラベンダーが用意してくれたお茶とお茶菓子を楽しみながら、今後の予定を詰めましょう。
まず、薬の生産が終わったらヴィンドの街に行って『潮彩の歌声』でイナさんの様子を確認します。
その際に、あの宿にも少し風治薬を置いていってもいいでしょう。
ヴィンドの冒険者ギルドにも顔を出して、必要そうなら毒消し薬を少量売っていってもよいかも知れません。
その後は、コンソールの街に移動です。
約束通り、ニーベちゃんとエリナちゃんの様子を確認し、現在の実力を見極めます。
それが終わったら、新しい課題の提示ですね。
それから、コウさんには風治薬の件も頼まなければいけません。
コウさんのネイジー商会だけではさばききれないでしょうから、ほかの商会仲間を集めてもらったり、商業ギルドに行ったりと手を貸してもらうことは多くなりそうです。
なにかお礼を……と考えましたが、ポーションの売り上げとニーベちゃんの件で、十分に恩を感じてもらっているようです。
これ以上なにかを渡すのは、また今度考えましょう。
「そうなると、問題は……スラムですか」
「スヴェイン様? 休憩中ですのにまた難しいことを考えてますね?」
「すみません、アリア。どうにも抜けない癖でして」
「仕方がありませんね。それで、今度はなにが問題なんでしょうか?」
僕は自分の考えを整理したものをアリアに話します。
それを聞き、アリアは意見を述べてくれました。
「基本的にスヴェイン様の意見に賛成です。コンソールの風邪をそこまでどうにかするのは、さすがにお節介が過ぎると思うのですが……今更直りませんよね、その性格は」
「申し訳ない。『隠者』の力を手に入れてからというもの、できることの幅がものすごく広がり、手助けできる範囲が広がった気がしているのです」
「スヴェイン様? それは傲慢というものですよ? 今回はいろいろな方々の助けを借りるあてがあるのでなんとかなりそうですが、スヴェイン様おひとりではやはり助けられる範囲などそう広くはありません。それはご自覚くださいませ」
「すみません。アリアも巻き込んでいるというのに」
「私は構いません。スヴェイン様と一緒に歩むと決めたのですから。……ただ、やはりシュミット辺境伯領の皆様のことは気になります」
「シュミット辺境伯領ですか。どこかのタイミングで、一度様子を見に行ければいいのですが」
「それも難しいでしょうね。どのような決着になったのかはわかりません。ですが、私たちという国を相手取れる戦力がいては、余計な火種を持ち込みかねませんわ」
アリアのいうとおり、僕たちの力はグッドリッジ王国を去ってから一気に伸びました。
ワイズいわく『ノービスや魔法使いの感覚で努力を怠らず、毎日を過ごしていればそうなる』そうですが。
ともかく、僕は新しい聖獣も増えアリアは新しい精霊と契約しています。
どちらもおいそれとは人前に出せないため、僕の聖獣はこのラベンダーハウスのある盆地から出ないようにしていますし、アリアは召喚しないようにしています。
僕たちのように、ひとりだけでも国を滅ぼせる特級戦力がふたりもいるとなると、どうなるかわかりませんからね。
故郷の様子を探りたいだけだというのに、非常に厄介なことです。
「なんだか、辛気くさい話になってしまいましたわ。スヴェイン様、風治薬の準備はできているのですか?」
「はい。後は解毒薬を量産するだけです」
「そうなると、私の錬金術スキルではお手伝いできませんね。ラベンダーちゃんと一緒に、なにかお手伝いできることを探してみます」
「はい。ありがとうございます、アリア」
「いえ。それでは、スヴェイン様。お気をつけて」
お茶の片付けをして、僕は改めてアトリエへと向かいます。
今度作るのはディスヴェノムなどの高位解毒薬、アリアではまだ難しいものです。
ワイズにいわせれば、『エレメンタルマスター』であるアリアも【錬金術】スキルの伸びは悪くないらしいのです。
でも、『隠者』である僕に比べると半分以下だそうで大きな差になってしまいました。
そのため、高位薬を作る時は僕の仕事となっています。
どのくらい作れば問題ないかわかりませんが、素材はかなり余っていますし百本ちょっとくらい作っておけば大丈夫でしょう。
数年保存できる上位のポーション保存瓶をコウさんから買えましたしね。
備えとして持っておく分には困りませんし、多めに用意しましょうか。
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