432.『完全な』マジックバッグ

 弟子ふたりが『タイムアクセス』の練習を始めてかなり経ちました。


 危険がないように監督も行っていますが、毎日確実に腕を上げていっています。


 僕自身のお仕事の方も順調で、薬草畑は『想定通り』魔草の失敗が続いていました。


 ギルド評議会からは魔草専用として規模の小さい畑を用意していただけたため、魔草栽培はそちらに移動。


 元の薬草畑は本当に薬草専門となり今では一面が薬草で覆われています。


 あとは……家庭内でミライとユイが少しバテ気味。


 ミライは家計簿がようやくつけ終わり、次の段階へ入ったため泣きが入っています。


 ユイは……うん、自業自得ですね。


 アリアはそんなふたりの様子を見て、ミライには叱咤激励を、ユイには少し間隔を空けて休むように言い聞かせました。


 エレオノーラさんはとにかく順調。


 新しい錬金台の調子も良く、子供たちも元気にいるようで大助かりだとか。


 ときどき行うお料理教室も好評で……ただ、そちら目当てに子供たちの順番待ちが更に増えてしまったのは本末転倒な気もします。


 子供たちよ、料理やお菓子作りを学びたいなら調理や製菓に顔を出して上げなさい。


 ともかく春も本番を迎えた今日、弟子たちには新しい技術を授けようと思います。


 春の間はこれで最後になるでしょう。


「マジックバッグ……です?」


「マジックバッグならもう習っていますよ?」


「はい。『空間拡張』だけのマジックバッグは教えてあります。これから教えるのは『時間停止』も加えたマジックバッグの作り方です。いってしまえば『完全な』マジックバッグですね」


「『時間停止』ですか!?」


「でもボクたちの技術では……」


「なんのために今まで『タイムアクセス』を仕込んできたと考えてますか? 時空魔法の訓練ももちろんありますが、このためでもありますよ」


「でも、私たちでマジックバッグって作れるのです?」


「はい。『空間拡張』だけでもあれだけ失敗しているのに……」


「普通の布地には無理でしょう。といいますか、普通の布地に『空間拡張』と『時間停止』を重ねがけするのはほぼ不可能です。僕だってめんどくさい」


「めんどくさいだけなんですね?」


「やろうと思えばできると」


「やる価値がないんですよ。簡単に破れてしまうものをマジックバッグにする意味がないので」


 そこまで告げると弟子ふたりは互いの顔を見つめ合い、ひとつうなずきました。


「……いわれてみるとその通りなのです」


「練習と考えてまったく気にしていませんでした」


「まあ、『空間拡張』の練習には普通の布地もいいでしょう。次からは魔物革を使った……最初は小銭入れから始めましょうか。それなら出費も少ない……というよりいくら無駄にしても心が痛まないでしょう?」


「その程度なら問題ないのです」


「お金はあるので魔物革のバッグも気にしないのですが……さすがに作っている方に申し訳ないかなと」


「というわけで、明日からはマジックバッグの練習を始めます。素材と触媒はすべて僕が用意しますのでふたりは気にしないでください。今回は一度目の成功だけではなく感覚をつかむまで何度も僕の触媒で練習してもらいますので御覚悟を」


「それは申し訳ないのです!」


「触媒はボクたちで買い取ります!」


「それではあなた方がマジックバッグを作れるようになるまで何年かかるかわからないんですよ。なので、今回は師匠の顔を立てて折れてもらいます」


「うう……仕方がないのです」


「うん。でも、素材の小銭袋と触媒の代金は支払います。相場は冒険者ギルドで教えていただいていますから」


 ……少しばかり自立心が育ちすぎてますかね?


 今年で十四歳になるばかりなのにここまで気を遣うだなんて。


「それで、触媒は変わらないんですよね?」


「はい。変わりません。ただ手順が……かなり複雑化します。慣れれば楽なのですが、マジックバッグが高い理由のほとんどは手順が複雑で失敗が多く、更に無駄な魔力消費も増えて量産できないせいでしょう」


「わかりました。明日はあまり魔力を使わずにいた方がいいでしょうか?」


「いえ、普通に練習していて構いません。明日は作り方の説明だけで時間がなくなると考えています。実質的な作業は、早くて明日の夜、おそらく明後日の夕方からになるでしょう」


「そこまで複雑なんです?」


「ええ。複雑です。魔力を追えるあなた方だからこそ手順を覚えられると思いますが、そうでなければ手順書があってもほぼ無意味です。それくらいには複雑なんですよ」


「わかりました。明日は覚悟しておきます」


「それくらいでちょうどいい。お手本は何回でも見せますから頑張って手順を覚えてください。メモを取っても構いませんよ」


「先生がメモを取ることを許してくれたのです……」


「恐ろしく複雑なんだね……」


 とりあえず弟子たちに覚悟をしてもらい、翌日は素材となる小袋を買って歩きました。


 さて、『完全な』マジックバッグの指導を行いましょう。


「さて、実演です。マジックバッグの付与に使える時間はあまりにも短い。それでいて今回教えなければいけない手順は複雑です。なので僕は『スロウ』を手元だけにかけた状態で実演してみせます。本当に複雑ですから覚えられなくても恥ではありません。何度でも実演してみせますから集中して見てください」


「はいです」


「わかりました。集中します」


「最初ですが、触媒を入れる順番が変わります」


「そこからです!?」


「まさかここからだなんて……」


「以前に教えた通りマジックバッグを作成する際の属性がバラバラなのは、すべての属性を取り込ませることで空間の歪み、すなわち時間の歪みを発生させるためです。今回はその上位版、発生させる歪みの大きさも変わります」


「順番だけでそこまで変わるんですか……」


「まったく気が付きませんでした」


「僕も師匠に教えられて初めて知り、そのあとは試行錯誤してどんどん拡張可能な範囲を広げていきましたから。さて、触媒の反応が終わる前に作業を始めます。まずはここにこのように魔力を通し……」


「ふんふん」


「ここまでは習ったのと一緒ですね」


「ここで魔力をいったん止めて『スロウ』を付与します」


「魔力を止める!?」


「『スロウ』を付与!?」


「はい。『スロウ』を付与したらそのまま魔力のラインを維持、ここでこの魔力のラインをくぐらせてこのように『スロウ』の周囲を魔力で取り囲み、『スロウ』の隣りに『クイック』を配置」


「『スロウ』と『クイック』を隣り合わせ!?」


「それって高等技術ですよ!?」


「そうです。もちろんふたつの魔法が干渉してはダメですし、離れてもいけません。魔力のラインでぴったりとくっつけるようにしなくてはいけないのです。そして、『クイック』を設置したらそのままラインを維持、袋を取り囲むように『ストレージ』をかけて再度『スロウ』に魔力のラインを接続すれば終了。以上が手順です」


「む、難しいのです」


「流れはわかりました。でも、頭が追いつかない……」


「ただの『空間拡張』だけなら袋の周りに『ストレージ』をかけるだけでしたからね。『スロウ』と『クイック』を隣り合わせにする理由はわかりますか?」


「ごめんなさい、わかりません」


「ボクも想像できません」


「では解説です。『スロウ』は時の流れを遅くする、『クイック』は逆に早める。このふたつの魔法が干渉することで常に空間の歪みが発生、結果として『時間停止』になります」


「そうだったのですね」


「てっきり『スロウ』の上位版をかけるものだとばかり」


「『スロウ』はどこまで行っても『スロウ』です。時間の経過を遅くはできますが止まりはしない。『クイック』との相互干渉で時間を止めています」


「質問です。魔力をいったん止める理由はなんですか?」


「『スロウ』が付与できないためです。一度試せばわかりますが『スロウ』だけは、いったん魔力の流れを切り再接続しないと付与できません。そのためです」


「ボクからも質問が。『スロウ』の周りを何重にも魔力で取り囲んだのはなぜでしょう?」


「『スロウ』と『クイック』を相互干渉させつつぶつかり合わせないためです。なお、『空間拡張』の効果を高めたいならふたつの魔法の距離を近づける必要があります」


「……奥が深いのです」


「難しいとは考えていましたがこれほどとは」


「これをマジックバッグ作成の反応時間内に行う必要があるのです。難しいでしょう?」


「はいです。ちなみに今回のマジックバッグはどの程度の拡張がされているのでしょう?」


「五十倍程度です。それほどまでに難しい。実は市販されているマジックバッグはもっと簡単な製法で作られていますが……知りたいですか?」


「いえ、こちらだけで十分なのです」


「ボクもこちらで試したいです」


「結構。実演はどうします?」


「……まだまだお願いします」


「……覚えきれていません」


「何度も言いますが恥ではないですよ。僕だってセティ師匠から何十回と実演していただきましたから。では、次を始めましょう」


 こうしてその日は実演だけで終了。


 次の日はふたりが実際に試してみましたが……『スロウ』の付与すらうまくいきませんね。


 自分も同じ道をたどりましたから本当に懐かしいです。

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