154.シュミット公国誕生

『ここが領の境界線か?』


「本来ならばもう少し奥ですが……まあ、少しくらいこちら側よりでも構わないでしょう」


『そうか、わかった。やるぞ、皆のもの』


『『『おう!』』』


 僕とアリア、それからシャルは一足早くシュミットへ戻ることとなり、領民……これからは国民ですね、彼らにことの経緯を説明しました。


 僕たちはこのあとシュミットを立ち去るのでお飾りでしたが、国民への説明という大役はシャルが見事に果たしてくれましたよ。


 黄龍たちにもその経緯を説明したのですが、それならばと言いだし連れ出されたのが領境、これから先は国境線となる森です。


 なにかをやるみたいですが、なにをするつもりでしょうか?


『ゆくぞ! 大地よ、我らが願いに応えよ!』


 うん?


 大地に魔力を送っているようですが……って!?


 森が左右に離れていき、とても深い谷ができましたよ!?


 そこを渡れるのは大きな馬車が三台ほど行き来できる程度の幅がある橋のみです。


 ……なんてことをしてくれるのでしょうか。


「皆さん、やり過ぎです……」


『我らの住まう土地を土足で荒らされたくはないからな』


「そういうレベルの問題ではありませんよ、これ」


『気にするな。お前も聖獣を従えているのなら、我々の力の規模がどの程度なのかは知っておろう』


「知っています。知っていますが……これ、どうやってお父様やシャルに説明しましょうかね」


 結局、お父様はグッドリッジ王国の王都からお戻りになる時に知り、シャルは僕に案内されて来たとき知りました。


 ふたりとも『聖獣様のやることだから仕方がない』とあきらめ顔でしたが、疲労感はにじみ出ていましたよ。


 ともかく、魔の森を含めてグッドリッジ王国からは陸地としても独立したシュミット公国。


 やることは山積みのようでした。


 国としての施策も発表せねばならず、そのための領主会議も開かねばなりません。


 更に国として薬草栽培にも力を入れて取り組み、錬金術師や魔術師などの育成にも力を注ぐそうです。


 そのほかの作物類に関しても生育環境は整っており、魔術師が生育状態を整えているので凶作となる恐れもないのだとか。


 これ、かなり綿密に独立して動けるように準備されていたんじゃないですかね?


 それから他国の人間となってしまったオルドですが、ソーディアン家当主から直々の手紙が届きまだしばらくはこの国に留まるそうです。


 オルドが望むのなら国を移しても構わないとすら書いてありました。


 さて、そうなってくると次に出てくるのが……。


「初代公王は私だろう。だが、次代は誰が担う?」


 そう後継者問題です。


 シュミット公爵家には僕とディーン、シャルロットの三人の子供がいるわけですが……非常に悩ましいことに三人が三人、お互いに次の公王の座を譲ろうとしてるんですよね。


「何度も言いますが、僕はもうシュミットを抜けました。それに、この国の外に拠点を持つ錬金術師です。今更この家に戻ることなどできません」


「そうは言うが兄上。当時とは状況はかなり異なってる。この街が『聖霊郷』と呼ばれるようになってからずいぶん経つ。それに俺はこの国の将軍として国を守る立場に就くんだ。俺がこの家を継ぐのは無理な相談だぞ」


「私はスヴェインお兄様が継ぐべきだと何度でも言います。また聖獣様たちになにかあった場合、それを抑え話を聞くことができるのはお兄様を置いてほかにいません。そういう意味でもお兄様が次期公王の座に納まるべきです」


「シャル。僕は個人でエンシェントホーリードラゴンと契約しているような危険人物ですよ? そのような危険人物と交渉してくれる国があると思いますか?」


「それを言い出せば、すでにこの国には黄龍様がおられます。黄龍様がいらっしゃる以上、エンシェントホーリードラゴン様が増えたところでほかの国々からすれば大差ないでしょう」


 このような言い争いが毎日のように繰り返されているのです。


 もうシュミットに戻ってから三カ月以上経ちますし、いい加減コンソールの街に戻り様子を確認したいのですが後継者問題が解決するまでは返さないとシャルが言い張って聞かないのですよ。


 どうにかしてほしいものです。


「ふぅ。お前たち三人に任せているといつまで経っても決まりそうにないな」


「お父様。お父様からもスヴェインお兄様になにか言ってやってください!」


「そうは言うがな、シャル。スヴェインの言っていることは一理ある。スヴェインはもう立派に独り立ちした錬金術師。それを今更国に戻れというのは難しいだろう」


「ですが……」


「ディーンもこの国の将軍に就くと言う決意は変わらないんだな?」


「もちろん」


「そうなると、シャル。お前が公太女となるのが一番望ましい」


「……はい」


「無論、スヴェインとの縁を切るわけにも行かぬ。それはわかってくれるな、スヴェイン」


「わかっております。グッドリッジ王国からシュミット公国が独立した以上、時折戻ってくる分には障害がなくなりました。頻繁に……とは参りませんが、年に一度くらいは顔を見せに参りましょう」


「うむ。それからスヴェイン、お前にはひとつふたつ頼み事をしたい」


「このような場でお父様が僕に頼み事とは珍しいですね。一体なんでしょう?」


「ああ。私やシャル、できればセティ殿が騎乗でき、空を飛べる聖獣様との契約を手伝ってもらいたいのだよ」


「聖獣契約ですか……それならば聖獣たちに問いかければあちらから応えてくれるのでは?」


「そうなのだが、戦が終わったばかりで聖獣様たちもまだ鎮まっておらぬのだよ。できればスヴェインからも声をかけて手伝ってもらいたい」


「そういうことでしたら喜んで。急いだ方がよろしいですか?」


「急で済まぬが急いだ方がいい。できるか?」


「わかりました。僕が空を飛べる聖獣たちに聞いて回りましょう」


 お父様たちが乗る聖獣ですか。


 さて、誰が応えてくれるでしょうね?



********************



「それで集まってくれたのが、この聖獣様たちか」


「はい。スレイプニルはお父様と、フェニックスはシャルと、九尾の狐はセティ師匠と契約を結びたいそうです」


「そうでしたか。それならば声をかけてくだされば」


「皆さんグッドリッジ王国の内乱で気が立っていてそれどころではなかったそうです。魔力量的にも大丈夫なようですので、早速契約を結んでしまいましょう」


「わかった。そうさせてもらおう」


「わかりました。お兄様がそういうのでしたら」


「うーん、僕のお相手は九尾の狐ですか。魔力量、足りますかねぇ」


 セティ師匠だけが不安そうな言葉を発していましたが、易々と契約を終えていました。


 むしろ厳しかったのはお父様とシャルでしたね。


「お兄様は、毎回、このような、ことを?」


「はい。もう慣れましたし、つらかったのはカイザーくらいですね」


「僕でも黄龍様と契約しろと言われれば腰がひけますね。スヴェインも魔力をよく鍛えたものです」


「鍛錬は怠りませんでしたから。それで、お父様のことです。聖獣契約を急かしたのも理由があってのことでしょう?」


「う、うむ。……だが、今日は休ませてほしい。一日程度遅れても問題ない。シャルもきつそうだしな」


 仕方がないでしょうね。


 お父様はそこまで魔力量が高くありませんし、シャルの契約したフェニックスはホウオウと同格の存在。


 セティ師匠の九尾の狐はまた特殊な存在ですが、これは別としてもかなり厳しかったのでしょう。


 さてさて、お父様がこのように急がせてまで聖獣契約を望んだ理由、明日にでもゆっくり聞かせていただきましょう。

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