417.《神獣》

 古文書解読を終えた僕とアリアは湯浴みをさせていただいてから家へと戻り、僕は翌日午前中だけということで錬金術師ギルドに顔を出しました。


 そこで待っていたのは、怒り顔のミライさんでしたが。


、何の連絡もなしに一週間もギルドを開けられては困ります」


「あっはっは。僕も忙しかったんですよ。すべてを投げ出して研究に専念しなければならない程度には」


「おかげさまでギルド評議会の椅子には私が代理で座りましたし、明日もギルド評議会があるのに休み予定だっていうじゃないですか? 今日だって午後からお休みでしょう? ギルド運営舐めてます? 舐めてるでしょう? 舐めてやがりますよね、こんちきしょう!」


「あの、ミライサブマスター。このくらいで……」


「いいえ、これでもまだ反省しやがりません、このギルドマスター! 自分が決めた予定は絶対に譲らないんですから、このマセガキ!」


「あっはっは。それで、僕がいなかった間の報告は?」


「くっ……いきなりいつもの調子に戻りやがる……いろいろお話したいことはありますが、特に変わりはありませんでした! このギルドマスター、決裁以外は本当に自分抜きでも回る体制を整えていやがる!」


「悔しかったらミライさんももっともっと精進を。決裁資料も優先順位だてしていただいているようで助かります」


「こんのギルドマスター、本当にああ言えばこう言う……!」


「ミライさん、そろそろ血管が破裂しますよ?」


「誰のせいですか! 誰の!」


「あの、ええと……」


 アシャリさんも困っていますしそろそろ本音を言いましょうか。


「今日の夜、一大イベントがあるんですよ。その準備のために午後から念のため明日にかけてお休みを取ります」


「一大イベント? 私、聞いてませんよ? また第二夫人はのけ者ですか?」


「ミライ。素が出ています。まあ、いいですけど。今日の夜は満月。アリアが『神霊の儀式』に臨みます」



********************



 夜遅く聖獣の森入り口付近。


 とはいっても、『試練の道』の入り口ではなく、まったく別の場所なんですが。


「アリア、緊張していますか?」


「当然です。緊張するなというのが無理というもの」


「ですよね。当たり前のことを聞いて申し訳ない」


「……無事帰ったら、愛してください。それで許します」


「いくらでも。お姫様」


「いくらでもは困ります。私が壊れちゃう」


「じゃあ、壊れない程度に」


 今はひそひそと小声で話しているのでほかの人たちには聞こえていないでしょう。


 ですが、この場にはコウさん一家を始め、スヴェイン家で暮らしている皆の内、サリナさんを除いて全員が揃っています。


 サリナさんにも声はかけたのですが『私にはそんな資格がありません』と断られました。


「それで、スヴェイン殿。ここから先はどうすればよい?」


 コウさんが話しかけてきますが……僕にもさっぱりなんですよね。


「焦らないでください、コウ様。私は条件を満たしているはずです。そうなれば様が迎えに来てくれるはずですよ」


様? 様ではなく?」


「はい。様です。気配はすぐそこ。もうまもなく姿を見せます」


 アリアの言葉通り様の気配はもう目前です。


 さて、今日はどんな姿で顔を見せるのか。


「へ? 麒麟?」


 間の抜けた声をあげるのはユイ。


 でも、その横にいた麟音を含めたすべての聖獣たちが地上に降り立ち地に伏せ、僕とアリアでさえ膝をついている姿を見て更に焦り始めます。


 目を閉じているので気配しかわかりませんが、リリスすら焦っているのがわかりますよ。


『久しいな、聖獣郷の主よ』


「やはり以前お目にかかったことのある神獣様でしたか。会う都度、姿を変えるのはおやめいただけると助かります」


『これくらいの茶目っ気許せ。お前たちも楽にせよ。なにもお遊びで今日この日に聖獣の森まで大人数で遊びに来たわけではなかろう?』


「はい。神獣様。此度は私めの『神霊の儀式』を行いに参りました。神獣郷、神獣の泉にご案内いただけますでしょうか?」


『神霊の儀式を望むか。人がそれを忘れて数百年が経つ。なぜ今更?』


「はい。私の弟子たちが再来年『神霊の儀式』に臨む決意を固めております。ならば、師匠としてどのようなものか、身をもって知っておかねばならぬというもの。……まあ、私自身が『エレメンタルロード』になってみたいという欲もございますが」


「僕も『神霊の儀式』に挑むことを許されればよかったのですが……『隠者』は神級職。この上がないが故、『神霊の儀式』も執り行えないでしょう?」


『然り。聖獣郷の主は『神霊の儀式』に挑むことはできぬ。その妻は臨める。覚悟は見届けた。本来であれば第二段階の試練もあるが免除しよう。我があとに続け』


「お導き感謝いたします。神獣様」


「よろしくお願いいたします」


 神獣様は聖獣の森の一部を割り、小道を作ってくださいました。


 ここを通れということなのでしょう。


 それでは早速参りましょうか。


「ねえ、スヴェイン。今のが……」


「神獣様です。会うたびに姿形を変える不定の存在。内包する力も膨大で、僕やアリアも含めた『聖獣郷』すべての総力を結集しても一払いです。くれぐれも無礼を働かぬよう」


「先生たちやカイザーでもダメなんですか……」


「恐ろしいです……」


「まったく底が見えませんでした」


「ちなみに前回にあったときはワイズマンズ・キャット、その前はユニコーンでしたよ」


「あれに三回も会っているのか」


「まあ、あちらから会いに来てくださったというか……ともかく参りましょう。あまりお待たせしてもいけない。ウィングたちは」


『わかっている。留守番をしているよ』


『神獣郷なんて場所には行きたくないし、恐れ多くていけないもの』


『すまぬな、主よ。我でさえも足がすくむ』


「いえいえ、神獣から生まれた雫が聖獣。無理は言いませんよ」


「はい。では、皆さん参りましょう」


「私、ついてくるんじゃなかった……」


「実質三番目。ついてこられないならここで留守番を。神獣様が『第二段階の試練』とおっしゃっていた以上、本来であればなにかの試練を課されたはず。今のあなたではその試練を乗り越えられず、死ぬのが目に見えています。はぐれたが最後、二度と会えませんよ?」


「はい! 覚悟を決めてついていきます」


「よろしい。では、今度こそ参りましょう」


 さて、神獣様が普段お過ごしになっているという『神獣郷』には初めて訪れます。


 どのような場所なのか。

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