416.古文書解読
とりあえず定期報告会を終えた僕はアリアを連れてコウさんのお屋敷を訪問しました。
目的は『神霊の儀式』に関する調査です。
アリアも僕も冬になってしまったとは言え十五歳、受ける資格はあるはず。
弟子たちふたりにいきなり本番を受けさせ、万が一の事態が起こらないためにも自分たち……正確にはアリアが体をはって確かめてみることとなりました。
「ふむ、そういうことならば力を貸すこともやぶさかではないな。ただ……」
「ただ?」
「二年前に大見得を切っていてすまないのだが、古文書の内容が理解できぬのだ。可能な範囲で手をつくし調べていただいているのだが、どれも満足のいく結果ではない。どことなく違う気がする。すまぬがおふたりにも古文書の内容を調べるところから初めていただけるか?」
「その程度でしたら」
「いくらでもお受けいたしますわ」
「助かる。古文書を今持ってこさせよう」
「古文書なのにそんな軽々と扱ってよいのですか?」
さすがに少し不安になります。
古文書の類いには状態保存魔法がかからなかったり、中途半端にしかかかっていなかったりするものが多いのに。
「問題ない。ご覧いただきたいのは古文書の訳文だからな。古文書の原文になると皆匙を投げるのだ」
「はあ」
数分の後、コウさんの書斎に運び込まれた運び込まれた訳文というもの。
早速僕とアリアで解読を始めました。
内容は……。
『齢十五になりし時、新月の花咲く頃、聖なる泉の奥地にある神秘の森にて精霊王に願いを捧げ剣を受け取るべし』
これって……。
アリアともアイコンタクトをとり確認します。
そして一言。
「コウさん、この訳文は間違いです」
「なっ!?」
「はい。意味が通りません。例えば『新月の花』というものはスヴェイン様に従う物作りを行う聖獣たちですら作っていないもの、おそらくこの世界に存在していないでしょう」
「聖なる泉の奥地に神秘の森があるというのもおかしな話です。逆なら意味が通るのですが」
「最後、精霊に『王』など存在しません。上位下位の振り分けはありますが王の名をいただくものは誰ひとりとして存在しておりませんもの」
「以上が僕たちがこの古文書訳を間違えていると判断する理由です。せめて古文書の原本があれば再翻訳ができるのですが……」
「ですね。コウ様、この古文書の原本はございませんか?」
「い、いや。あるにはある。だが、古代文字で書かれていて誰ひとりとして読めなかったものだぞ? いくらおふたりが博識とは言え……」
「まあ、ダメでもともと試させてください」
「ええ。希少品の扱いにも慣れておりますから」
「わ、わかった。そこまで言うのなら案内しよう」
コウさんに案内されて、屋敷の奥深くにある希少品保管庫へ。
そこで渡された原本ですが、これはまた。
「どうだ。おふたりで読めるか?」
「残念ながら。僕たちの知識にはない古代語体系で書かれています」
「ええ、だからこそ燃えて参りました」
「は? 燃える?」
「コウさん。この原本、数日……場合によっては一週間程度お貸しいただけませんか?」
「ええ。結果は出して見せますわ」
「い、いや。このケースから出さぬのなら構わない。客間も用意させよう。食事は……」
「時間が惜しいので携帯食料ですませます」
「その程度の期間、いくらでも耐えて見せましょう」
「わ、わかった。居間客間を用意させるので少し待っていてほしい」
「では、僕たちは少しでも読み進められるように準備を」
「まったく知識にない古代語体系などニーベちゃんたちを弟子に取る前から計算しても一年半ぶりくらいです」
「そうですね。この古文書を傷めないよう気をつけねば」
「もちろんですわ。さて、楽しくなって来ましたわ」
僕たちですら知らない言語体系。
単語単語はなんとか読めないこともない、ですが、それが正しいかや意味のつながり方がまるで不可思議。
さあ、弟子を取ってから使っていなかった古代語知識、フル活用ですよ!
********************
「お父様、あのふたりが客間に閉じこもってから一週間ですよ?」
「うむ……最低限、トイレには出てきているようだが、それがすめばまた客間に閉じこもっているようだ」
「あなた。様子を見に行った方がよろしいのでは?」
「何度も見に行っている。だがおそらくは多重結界を張っているのであろう。ドアを開けることすらかなわぬ」
「大丈夫なんでしょうか……ニーベたちも様子を心配で見に来ていますし」
「う、うむ……どうしたものか」
「だ、旦那様!」
「どうした、騒々しい」
「スヴェイン様とアリア様が部屋から出てまいりました! 今すぐにでも結果の発表をしたいと!」
「な……」
「あなた」
「お父様」
「わかった、場所は?」
「使っていた客室がいいそうです。ただ、かなり散らかっていることは許してもらいたいと」
「承知した。皆も行くぞ!」
********************
「おや、皆さんもお集まりで」
コウさんだけをお呼びしたつもりでした妻のハヅキさんや娘のマオさんまで一緒に来てしまいました。
アリアがストレージ内に『失敗作』をしまっている最中とはいえ、まだまだ散らかり尽くしている部屋、かなりみっともない。
「それで解読は本当にできたのか?」
「はい、おそらく間違いはないかと」
「早速ですみませんが解説をお願いできますか?」
「ええ。そのために呼び立ててしまいましたから。それで、正式な訳文はこうです」
僕が広げた紙、そこに書かれていた内容は一週間前に書かれていた内容とは異なりました。
『齢十五を数えし年の春以降、満月の花咲く日、神秘の森の奥地にある神秘の泉の前にて、精霊の剣に願いを捧げ自らの心の臓に突き立てるべし。剣を二度突き立てし者には確実な死が待ち受けているであろう』
「ええと、解説必要ですよね?」
「頼めますか?」
「まず最初、『齢十五を数えし年の春以降』、これは十五歳になる年の春から先という意味です。逆をいえば皆さんでも受ける権利があることを指します」
「そ、そうだったのか?」
「そうだったらしいです。まったく、訳文を作った人間も思い込みが激しい」
本当に、めんどくさい訳し方をしてくれました。
「次、『満月の花咲く日』、これはその名の通り、『満月華』という花が咲く日を指し示します。咲く場所については後ほどの説明をお待ちください」
「う、うむ」
「次、『神秘の森の奥地にある神秘の泉のまえにて』、これは聖獣の森その奥にある神獣郷と呼ばれる場所の神獣の泉だと推察されます。先ほどの話に出てきた『満月華』が咲くのもこの地のみですから」
「話が遠大すぎて……」
「最後、『精霊の剣に願いを捧げ自らの心の臓に突き立てるべし』ですが、精霊の剣なんて存在しません。対象になりうる剣は『運命剣デスティニー』です。あれは切りつけた相手の因果を力のあるもの。それを自らの手で心臓に突き立てれば、文字通り『生まれ変わる』ことができるでしょう。覚悟が足りなければ、そのまま死に至りますが」
まったく、運命剣がこのような場所で出てくるだなんて、厄介なことこの上ない。
「『剣を二度』以降はそのままです。運命を変えることができるのは一度のみ。二度変えることはかないません。以上が僕たちが見つけた訳文です」
「すごいですわ……たった一週間でこれだけのことが……」
「いやあ、単語単語はなんとか読み解けましたし、あとは文法の問題が多かったのでこの程度で済みました。古文書解読としてはものすごく難易度が低かったですよ」
「そ、そうか。では、アリア嬢も『神霊の儀式』を受けるのか?」
「弟子たちに受けさせ、覚悟不足で死なせては困ります。彼女たちの目の前で受けるつもりですよ」
「はい。問題は……」
「問題は……何でしょう?」
「次の満月、明日の夜、なんですよ」
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