126.風邪の根治に向けて

 今日はポーションの納品日。


 弟子たちのポーション類もかなり増えていますし、そろそろいろいろな施設を増やす頃でしょうか。


「……はい。カーバンクル印のポーション類、確かにお預かりいたしましたわ」


「よろしくお願いします」


「それにしても、最高級品の割合がこの一週間で大分増えてきましたわね」


「ふたりの練習の成果です。ふたりに伝えさせていただきますわ」


「よろしくお願いいたします。ユニコーン印とペガサス印のポーションも大量にご用意いただき、まことにありがとうございます」


「そちらは僕がやっているものなのでお気になさらずに。どちらかというと、十万以上のポーション瓶を集めてくださっているコウさんにお礼を言ってあげてください」


「そちらにも礼状を送らせていただきます。ポーション瓶は冒険者ギルドでもご用意しましょうか?」


「そうですね。これ以上の生産となると、コウさんひとりでは保存瓶を集めきれません。冒険者ギルドでも手配をお願いします」


「かしこまりました。ほかにご用件はありますか?」


「はい。申し訳ありませんが近日中にギルド評議会に参加させていただけますでしょうか?」


「ギルド評議会……なんでまた?」


「風邪の根治に向けて、病がはびこっている地域へ入るための許可をいただきたいのです」


「病がはびこっている地域……まさか」


「はい。スラム街に立ち入る許可をいただきたいのです」



********************



「聞いたぞ、スヴェイン殿、アリア嬢。なんでもスラム街に入りたいのだとか」


 夕食後、コウさんから呼び出され、その話になりました。


 ミストさんから聞いたのでしょうね。


「はい。風邪の根治には、まずスラム街の方々を治療せねばなりません」


「その根拠は? 大切な娘たちの指導者だ。あんな危険な場所に足を踏み入れてほしくはないのだが……」


「以前にもお話しさせていただきましたが、風邪は伝染病ですわ。スラムの方々が風邪にかかっていると、なかなか街中の治療が進みませんの」


「ふうむ……言われてみると確かにそうなのだが……」


「危険な真似はしませんし、カーバンクルたちも守りについてくれます。どうか、道を譲ってもらえませんか?」


「むぅ……しかし、今のスラム街を束ねている男は大の錬金術師嫌いとも聞く。そうなると……」


「カーバンクルの結界は人には破れませんよ。それこそ、僕たちのカーバンクルは街ひとつを破壊するような魔法を受けても無傷です」


「……意思は固いのだな」


「はい。この街に来る前からそのつもりでしたので」


「決して悪いようにはいたしませんわ」


「……わかった。私の方からも商業ギルドマスターに話をしておこう。味方は多ければ多いほどよかろう」


「お手数をおかけいたします」


「なに、たいした手間でもない。その代わり、必ず無事で帰ってくるのだぞ」


「それはもちろん」


「お約束いたしますわ」


 コウさんの説得は無事に完了したようです。


 次はギルド評議会……各種ギルドマスターの集まりですか。


 錬金術師ギルドマスターが反発しなければいいのですが。



********************



 そして数日が過ぎ、ついにギルド評議会が開催されることとなりました。


 議題は『スラム街への風治薬配布について』です。


 果たして理解を得られますかね?


「そのものたちが前回、ユニコーン印とペガサス印のポーションを作った錬金術師か?」


 早速、僕たちの素性に対する質問が飛び出します。


 まあ、僕たちは若すぎますから当然ですよね。


「ああ、そうだぜ。男の方は錬金術師のスヴェイン、女の方は魔術師のアリア。どっちも仮の姿と職業だがな」


「冒険者ギルドマスターよ。その口ぶりだと、お前はその正体を知っているようだが?」


 初老の男性がティショウさんに質問します。


 ティショウさんには僕たちの素性を明かしても構わないと告げてありますが、どう動きますかね?


「うん? もちろん調べ済みだ。グッドリッジの『隠者』と『エレメンタルマスター』と言えばわかるんじゃないか?」


 その一言に会場がざわつきます。


 さすがに僕たちの名前はこの国にも届いているのでしょう。


 そのざわつきを抑えたのは、やはり初老の男性でした。


「冒険者ギルドマスター。その発言に嘘偽りはないのだな」


「おうよ。その証拠が今日俺とミストの持参した武器だ。みせてやるから鑑定してみな」


 そう言ってティショウさんとミストさんは円卓の中央付近に装備を置きました。


 ああ、でも……。


「冒険者ギルドマスター、鑑定不可としかわからないのだが……」


「は? おい、スヴェイン。お前、なにか仕込んでたのか?」


「仕込むと言うほどでは……単純に武器のレベルが高すぎて『鑑定』では調べられないのです。調べるためには……」


「私には調べることができた。調べるためには『神眼』のレベル30程度は必要だな」


 調べることができたのは、例の初老の男性ですか。


 貫禄もほかの方々とは一線を画しますし、ただ者ではありませんね。


「そうです。それくらいはないとダメです」


「お前、なんつーもんを……」


「【偽装】や【鑑定回避】をエンチャントしていないからこその結果です。【鑑定回避】を組み込めば、僕でも鑑定不可能な装備品になっていました」


「お前、『神眼』のレベルいくつよ?」


「63です。それでも鑑定できないものが世の中にはたくさんありますから、世界は広い」


 僕とティショウさんのやりとりを聞いて場が凍りつきました。


 そもそも『神眼』なんてスキル自体がレアなのです。


 そのレベルが63と言うのがデタラメなのか真実なのか判断がつかないのでしょう。


「ふむ、今の発言、嘘ではないな。私の『神眼』でも嘘はないと反応した」


「ありがとうございます。では、改めて名乗らせていただきます。『隠者』スヴェイン = シュミットと申します」


「相棒の『エレメンタルマスター』アリア = アーロニーですわ」


「うむ。儂の名はジェラルド = グリア。グリアの森出身のハーフエルフだ」


「失礼ですが、ハーフエルフでその顔立ちと言うことは相当なお歳では?」


「確かに。後進に座を譲りたいのだが、なかなかこれといった人材が育たずズルズルとこの歳まで居座っている老骨よ」


「いえいえ。それだけ技術がおありということなのでしょう。僕も今は弟子を取っていますが、本人たちのやる気が無ければ育ってくれませんもの」


「その言い方だと、お主の弟子たちはやる気に満ちあふれているようだな」


「はい。魔力回復系のエンチャントを施したアイテムを身につけているのですが、毎日のように魔力枯渇を起こすほどです。もう少し加減をしてほしいところですね」


「それ、スヴェイン様がおっしゃいますか?」


「僕が幼い頃だって魔力枯渇を起こす前にやめていましたよ?」


 僕たちのやりとりを聞き、楽しそうに笑ったのはジェラルドさんでした。


「いやいや、実に結構。その歳で才能あふれる弟子に恵まれるとはうらやましい!」


「ジェラルドさんも実は見逃しているだけかもしれません。一度、ゆっくり歩いてみるのをおすすめします」


「そうだな。私は全力で駆け抜けすぎているのかもしれぬ。……さて、本題に戻ろうか。『スラム街への風治薬配布』と簡単に言うが、スラム街の人口は私たちでも把握しておらぬ。その全人口に風治薬を行き渡らせることはできるのかね?」


「できると考えています。今回、スラム街の方々用に風治薬を二十万本用意して参りました。これだけあれば、風邪は治まるでしょう」


というのはどういう意味かね?」


「コウさんに聞いて参りましたが、この都市では毎年のように風邪が大流行すると聞いています。僕はヴィンドの街にも行って参りましたが、あちらではそこまでの大流行はしないそうです」


「つまりなにが言いたいのだ?」


「はい。この風邪の大流行、原因があると感じます。おそらく、魔性のものによる仕業でしょうね」


 この発言は今日一番の大きな波紋となって会場をざわつかせました。

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