吹雪の中の出会い
採石場は雪が軽く積もり、俺の帰りたいゲージをぐんぐん上げていく。
気力が萎えないうちに、護衛にリューリュウとイズミ、探偵科のルナを加えた布陣で調査開始だ。
「不審者が出る?」
「はい、害はありませんが、妙なことが続きまして。曖昧で申し訳ありません」
「わたしが悪いんです。カールが報告書に時間かけてるから、そんな時間無いと思って急いで連絡しちゃったんです」
「間接的に僕が悪いと言っていないか?」
「うわわ!? 違うの違うの!」
「落ち着け。また転ぶぞ」
現場のリーダー二人に案内されながら話を聞く。真面目そうな男がカール。せわしなく動いては転びそうになっているのがジェシカ。連絡をくれたのはこの二人らしい。この場所の責任者のはず。採掘とか配給とか、各分野で責任者を決めたっけ。
「ふわふわした内容の緊急連絡を上げたことはお詫びします。ですが現場が混乱しているのも事実です」
どうも士気が下がり続けているらしい。さっさと解決しよう。資源の採掘は重要なプロジェクトだ。
「問題ない。ちゃんと報告すればこちらで検討する」
誰かの影を見て近寄ると消えたり。がたがたと音がする窓に人影が映っては消えたり。誰かの声が聞こえたのに誰もいなかったりするらしく、警戒レベルを上げるしかないらしい。
「魔物の類じゃないな?」
「だったら隠れ続けている意味がわかんねえし、こいつらで処理できるぜ」
魔物なら人間を殺すために最後の一匹まで特攻かけてくるはず。こそこそお化け屋敷の幽霊みたいな真似をする理由がない。
「悪質ないたずら……にしては目的がわからんな」
「まず警備を厳重にしても見つからないのはおかしい。そこまで侵入できるのなら、この場の破壊も、要人の暗殺もできるはず」
問題はそこだ。はっきり言って無駄に姿を表す必要がない。一回見られているのに、また登場するのは危機管理がガバガバすぎるだろ。
「現場を混乱させて、作業の邪魔をしたいのかなーん? じゃなきゃあっくんをこっちに呼びたかったりして?」
「俺が来るとは限らないだろ。敵だとすれば、俺達の性格を把握してのギャンブルになる」
かなり確率の低い博打だ。なんせ俺の性格なんぞ、自分でも把握できていない部分が多い。理解者は敵対しないだろうから除外だ。
「何かわかるか探偵科?」
「情報が足りなすぎかなん。びびっとこないねー」
「盗まれたもんとかねえか? 貴重品は預けてんだろ?」
「財布なんかは警備なら各自持っていますし、採掘担当の分は厳重に金庫室にしまっています。そもそも大金持ってこんなところに来ませんよ」
「だよなあ……」
犯人の動機がわからん。街の金庫か金持ち狙う方がいいだろうし、採掘現場を荒らすなら爆破とかでいい。
「手がかりでもあればいいんだが……」
「何分雪国ですからねえ……雪で足跡も隠れ、証拠も隠しやすいもので、凄く難しくってにょわあぁぁ!?」
ジェシカが滑って転んでいる。慎重に近くの地面を調べると、薄く氷が張っていた。おいおい、こりゃ死人出るぞ。
「危ないねー。氷張ってるよー。だいじょぶ?」
「はっ、はい! 慣れてますので!」
「それもどうなんだ」
「今日は一段と雪が降ってやがる。こいつは証拠探しにゃ向かないぜ。どうすんだアジュ」
確かに寒い。道に雪が積もっていくし、歩くのも面倒だ。
「夜は吹雪くらしくて、今日はほとんどが早めに帰っているんです。責任者や来客が泊まる施設以外には、もうほぼ人はいないかと」
「最悪のタイミングで来たようだな」
言っているうちにも吹雪は強まる。これは無理だ。探索は明日にしよう。
「予定変更。宿泊施設に案内してくれ。これじゃどうしようもない」
「かしこまりました。では先導いたします」
到着したのは、古ぼけたお屋敷だ。古風な洋館だなあ、いや新築じゃないの。
「元々存在したお屋敷らしいですよ。何かの実験に来た人達が使っていたとか」
「いわくつきか?」
「学園側が安全確認はしていますよ」
中も西洋風のお屋敷だ。暖房が効いているのか、コートを脱いでもよさそうだ。
「おかえりなさいませ。上着をお預かりします」
入り口の大ホールでメイドが二人出迎えてくれた。
「左側の一階と二階が客室です。部屋は全部で十個。右側に食堂や大浴場、遊技場などがあります。それほど広い屋敷ではありませんが、どうぞおくつろぎください」
「すまない。部屋決めるぞ」
「お食事の準備ができたらお呼びします」
俺達四人は全員二階を並びで取った。ホールから順にイズミ・ルナ・俺・リュウとなる。部屋に荷物を置いて、全員でエントランスまで戻った。
「あれ? 知らない人がいる?」
「こんな吹雪の日に客か? 災難だな」
金髪オールバックのイケメンと、優しそうな青髪の美少年だ。私服っぽいな。ここの関係者だろうか。
「お客様だ。しゃきっとしろ」
「アジュ・サカガミだ。一応国主をやっている」
「マジで? うーわ始めて見たぜ! オレタイガ! よろしくな!」
いきなり握手されて、手をぶんぶん振られる。陽キャやね。距離感バグってんぞ。
「もう、失礼ですよ。アオイといいます。タイガのパートナーを務めています」
アオイは知的かつ優しい雰囲気だ。真逆に見えるがコンビなのか。
そしてそれぞれ自己紹介が終わる。どうやら全員合わせても十人ちょいしかいないらしい。本当にほぼ帰ったんだな。
「今シェフが晩飯作ってる。一緒に食うなら量増やせって言ってくるぜ! お前も来いよリュウ!」
「おいおい……しょうがねえ、暴走しないように行ってくるぜ」
タイガとリュウは廊下の奥へと消えていった。あいつら知り合いなのね。
「あはは……すみませんああいう人で」
「アオイが気にすることじゃないさ。書類仕事は終わりそうかい?」
「はい、もう少しで終わります」
「ありがとう。なら僕と一緒に終わらせよう。ジェシカ、家の案内を頼むよ」
「お任せください!!」
事務仕事はカールとアオイの仕事っぽいな。知的なイメージだ。
二人は仕事が残っているっぽいので、ジェシカにつれられて屋敷を探検する。
中は広く、少々寒いが明るくて清潔だ。
「では施設のご案内でーす! どぅわ!?」
「ジェシカちゃん!?」
またこけそうになっている。ギリギリで倒れないのは身体能力が高いのか低いのか。不思議なやつだ。
「あれ?」
「どうした?」
「この甲冑、剣持ってるはずなんですよ」
廊下に飾られている甲冑か。西洋のフルアーマーで、結構な大きさだ。
「誰かが持っていっちゃったんでしょうかね?」
「武器くらい自前で調達しやがれ。俺が給料払っていないみたいだろうが」
「あはは……」
くだらないやりとりをしながら、俺達は中庭へと続く廊下を歩く。
「転ばないでくださいよジェシカ」
「大丈夫ですよーだ。あれ、窓あいてる……もう、寒いんだから開けっ放しにしないで欲しいなあ。あれ? なんか硬い……むぐぐぐぐ!!」
窓を無理やり閉めようとしている。それ壊れるやつだろ。
「手伝う」
「ありがとうございます。イズミさん。死なばもろともです。うぎぎぎぎ」
「死なばもろともの使い方間違ってないかにゃー?」
イズミが加勢に入る。冬の窓ってそんなに硬いのだろうか。単純にこの屋敷が古いのかも知れないな。
「破壊!!」
「完全に破壊つったな!?」
ばしーんと窓がしまる。壊れてはいないようだ。掛け声としてもおかしいからな。
「危ない」
イズミがジェシカを抱えてこちらへ飛んだ。直後に天井から照明が落ちてくる。
「うおぉ!? なんだこれ!?」
かなりでかい。普通の人間が当たれば大怪我だな。
「いずみんジェシカちゃん平気!?」
「問題ない」
「ありがとうございますイズミさん。勢い余っちゃいましたね」
「破壊とか叫んだだろ。どういう勢いだ。古い建物ってのは危険だな」
「おや? 今なーんか遠くでがっしゃーんって音しなかった?」
ルナの発言でイズミ以外全員が首をかしげる。俺は聞こえなかった。
「中庭に誰かいる」
この吹雪の中、中庭に人影がある。まるで影のようにぼんやり暗く、遠くにいるそいつは、よく見れば人にも見えた。
「風邪引いちゃいますね。私ちょっと呼んできます。うぎぎ……ドアも硬い……けど負けません! 私に眠る破壊の力よ!」
「壊すな!! ああもう貸せ」
ジェシカにやらせると危険だ。俺が一緒に開けてやる。確かに硬いが、それほど抵抗なく開いた。そして外から冷気が流れ込む。寒すぎて外に出る気が失われていく。
「くっそ……コート預けて大失敗だ」
渋々中央の噴水まで歩くが、誰の姿もなかった。
「おかしいですね。いったいあれはぶべっしゃああぁぁ!?」
「足元気をつけろって」
またこけそうになってやがる。近くにいたので腕を掴んで引き起こす。いつか怪我すんぞお前。
「ありがとうございます」
「おやおやー? どういうことかにゃー? 誰もみっかんないねえ」
「見間違いだったのか?」
「気配はなかった。けれど人に近い形。捜索を要求」
「雪に埋まっているんじゃないだろうな」
軽く探すが誰もいない。噴水の中は水が流れていて、とても人が隠れられる環境じゃない。雪も積もっているが、人体を隠せるほどじゃない。さてどういうことだ。
「こちらでしたか。お食事の準備が整いました」
メイド二人が迎えに来た。この寒さと雪の中、俺達を見つけられて震えていない。メイドのプロだぜ。
「わかった。すぐに行く」
「いいの?」
「探しようがないだろ。飯が急速に冷めるぜ」
この寒さじゃどうしようもない。さっさと飯食って、明日を迎えよう。
今はこのまま何事もなく終わってくれと、ただ願うしかなかった。
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