身体測定の日がやってまいりました

 身体測定の日。教室を二つ借りて男女別で行われる。午前か午後に一回受ければいい。

 珍しく早く起きてしまい、ちょっと早く来てしまった俺達は、扉の前に服を着たまま集合していた。


「わかっているとは思うけど、俺以外の男も来るんだから、絶対に覗きに来るんじゃないぞ」


「当然よ。アジュ以外の男なんて見たくもないわ」


「わたしがしっかり見張っとくから大丈夫だよ!」


「普通この会話男女逆じゃろ」


 話してる俺達が普通じゃないからな。言っておかないと何するかわからん。


「もういっそアジュがこっちに来ればいいのよ」


「できるか! 他の女がいるだろ!」


「いなくても来てくれないじゃん!」


「それが普通なんだよ!」


 ほーら後から来た他の女がなにやってんだあいつら……的な目でこっち見てるじゃん。


「そんなにわしらの裸体を拝むのはいやか?」


「なんだその言い方。なんつうかな……努力してまで見るもんでも、無理矢理見るもんでもねえだろ」


 こいつら相手にあんまり無茶なことしたくない。嫌がられることもなるべく控えたい。


「つまり私達と一緒に平然と入れば問題無いわ」


「あるに決まってんだろ!?」


「流石イロハ……わたしには出来ない発想を次々と……わたしもそんな柔軟な発想を……」


「せんでいい、せんでいい。絶対にすんな」


「同じクラスの女子の下着姿という青春ワードになにゆえ反応せんのじゃ」


「なんか興味が湧かねえんだよ。青春とか俺にはなかったし」


 人間というのは、あまりにも自分と縁遠いものは興味が湧かないものだ。

 まーったくピンとこないのさ。


「なかったもなにも今まさに青春真っ盛りじゃないの?」


「ん? ああ……どうだろ?」


「なぜ曖昧なのよ……もしかしてそういう機能がない……の? マズイわね」


 ないってほどじゃあないと思うよ、うん。最近なんか自信ないけどさ。


「おぬしは愛情表現が回りくどくてわからんのじゃ」


「愛など知らぬ」


「緊急会議に入ります!」


 シルフィからなんか聞いたことのあるセリフ出たよおい。

 まーた俺だけのけものにしてすみっこで三人がひそひそ話してやがる。


「まさかそうなの? 本当に不能なの? 私達の努力が水の泡よ?」


「いやいや、流石にそこまでではないのじゃ。人よりちょっとだけ性欲が薄いだけじゃろ」


「ちょっと? 男の子がどのくらいなのか知らないけどさ。ミナが言うにはもっと異性に興味があってもおかしくないって」


 毎回のごとく丸聞こえなんだよなあ。飽きないなこいつら。


「簡単に言うと三大欲求のうち、睡眠六、食欲四、性欲一くらいなんじゃ。女性にいいイメージがないから、そういった欲望が自然と別の欲で解消され、蓄積されとらん」


「最悪じゃない……どうするのよ」


「まず好感度を上げるしかないのじゃ。好感度をマックスまで上げれば……恋心の一つでも芽生えるかもしれぬ」


「できるの……? わたし達に……」


「できるかどうかじゃないわ。やるのよ。絶対にやるという意志があれば、私達三人ならやり遂げることができる」


 やり遂げられたら俺はどうなるんだろう。不安だ。いろんな意味で夜も眠れなくなりそう。

 教室の中から先生が準備完了を知らせてくる。


「控えめに、まずアジュに嫌われないことを第一にじゃ」


「じゃあまずアジュに女の子の好みをこまかーく聞いて……」


「いいからさっさと教室に行け!」


 ラチがあかん。ぐだぐだ喋っていると測定が遅れるだろう。

 俺だけ終わって待ちぼうけは避けたい。


「五人ごとに入ってくださいだって」


 列から外れていた三人は慌てて並び直している。先頭から数えるとリリアだけ先だな。

 そして俺は待ちぼうけ確定だ。


「じゃ、終わったらここで待ち合わせね」


「わかったよ、早く済ませろよー」


 俺が遅れちゃ元も子もない。さっさと入ろう。


「失礼します」


 教室は広い保健室って感じになっている。身長とか計るものはむこうの世界と変わらない。


「はい、じゃあまず服を脱いで。下着はつけていていい。身長と体重を、その後座高で」


 室内には白衣を着た女性が一人。おそらく二十代後半くらいだろう。色の外にハネたショートカットで、身長高めでルーズなイメージの大人の女だ。つまりまったくタイプじゃない。


「さくさくいこう。終わったら寝ていられるからね。勇者科は男がいなくて楽だ」


 男なんて俺含めて三人か四人だった気がするしなあ……ヒマで仕方ないんだろう。

 先生の言うとおりさくっと終わりそうだ。十分くらいでどんどん終わる。


「じゃ次は魔力を計るよ」


 健康ランドとか温泉とかにある、腕を通して血圧とか計る装置みたいなもんが置いてある。


「なんですこれ?」


「魔力の乱れや性質を調べるものさ。魔力が乱れるってことは呪いとか目に見えない怪我をしている可能性もあるからね」


 どうやら便利なもんがあるようだ。腕から微量の魔力が抜けていく。


「ふむ、問題なし。とても純粋で、まるでつい最近魔力が出来たみたいだ」


 ボロが出そうなんで黙っておこう。余計なことさえ言わなければバレないはず。


「よし、全身もやっておこう。こっちの装置に寝て」


 人一人が寝転がれるくらいの……なんて言えばいいんだこれ。

 無理矢理例えるならカプセル? SF映画でコールドスリープとかするやつ。

 壁が透明な板で中に寝台がある。


「はい、じゃ寝て」


「これは……初めて見ますね」


「最新式の魔導力を使った装置だ。これで隅々まで検査しよう」


 面白そうだ。入ってみるか。寝転がると意外と柔らかくて寝心地が良い。


「じゃ、閉めるよ。ゆっくり目を閉じて。十分以上かかるかもしれないから寝てもいい」


 暖かい魔力が流れている。息苦しさはない。ついうとうとしてしまう。


「ふむ、目立った能力なし……こんなんじゃ、勇者科の検査したくなくなってしまうよ」


 なんか言っているみたいだけど、眠さと板に阻まれてよく聞こえない。まあいいや。

 ちょっと寝ちまっても先生が起こすだろ。



 ふわふわ浮いているような、足元が揺らいでいるのにしっかり立っているような……これは夢の中か。


「今日は何して遊ぶの?」


「んーあの上には何があるんだ?」


「あれ? あれは神社だよ。おみくじくらいしかやることないけど」


 まただ。また顔の思い出せない女の子とガキの俺。神社……あったか?

 俺がガキの頃に、山の上に神社か……ぼんやりしてて思い出そうとしてもできない。


「行ってみたい!」


「じゃあ付いて来て。こっちだよ」


 ガキの頃は女と遊べてたってのか。わからん。

 山の上は桜の咲き乱れる場所だった。

 なぜだろう……懐かしいのに胸が締め付けられる。


「うおおー! すげえ! なんだここ!」


「綺麗でしょー?」


 ガキの頃の俺は、のんきに感動してやがる。こっちは無性に胸が痛むのに。

 それにさっきから左手首が暖かい。

 腕輪が光っているから、これが熱源か。腕輪が俺を何処かへ引き込む。




「ん……なんだ、やっぱ夢か」


 急に目が覚めた。まだ検査中か、カプセルの中には魔力が、ない?

 これは……俺の魔力が吸い取られている?


「おや、目が覚めたのか。ずっと眠っていていいんだよ」


「なんか俺の魔力が吸い取られている気がしますけど?」


「検査だからさ」


「すみません。出ます」


 カプセルのフタを開けようとするも力が入らない。

 なんだこれ……どんどん力が吸われている。腕輪が光る。どうも緊急事態っぽいな。


「すみません。このフタを開けてください」


「まだ検査中だ。ゆっくり眠り給え」


「開けてくれないなら無理矢理出ますが、どうしても開けてくれないんですね」


「ああ、検査だからね。邪魔をするなら、そのまま永遠の眠りにつかせてあげるよ」


「警告はしましたよ」


『ソード』


 剣で扉のフタ部分をぶった切って外へ出る。ちょっとふらつくが問題ない。


「まったく大人しくしていれば、ギリギリ魔力は残してあげたのに」


「検査にしちゃあちょいと危険過ぎるんじゃあありませんか?」


「医者を信じなさい。それにその腕輪と剣……なぜか吸い取れなかったね。再検査だ。その力が欲しい」


「断る。てめえヴァルキリーか?」


『ショット』


 医者の腹目掛けて三発打ち込む。

 ヴァルキリーならこの程度じゃ死なないだろう。戦闘不能にさせてやる。


「おや、私達を知るものがいるとは……」


 着弾直前にやつの体が霧になって散る。そして再び人体を構築していく。

 人間だった場合に備えて手加減したのが仇になったな。


「これから死ぬ奴の名前なんざ興味はないが、一応聞いてやる。名乗れ」


「ミスト。ヴァルキリー、ミストだ。満足したかな?」


「ああ、抵抗しなけりゃしかるべき場所で取り調べを受けるだけだぞ」


「人間に倒される私ではない。今からそれを見せて……」


 なにかしようとしているのは明白だ。頭を潰せば思考もできまい。集中的に頭を狙う。

 だが頭が完全に霧になっても声がする。


「無駄さ。浅知恵というやつだ」


『ガード』


 ガードキーをさす。大抵の攻撃はこれで防げる。直後にバリアへ衝撃が走る。水を圧縮して飛ばしているのか。右腕だけが空中に浮いている……いやよく見ると霧がうすーくミストの体まで続いている。これがやつの能力か。


「いい勘をしているな。それに私が霧になっても入り込めないほどのバリアーか、面白いじゃないか」


「面白がらせる気はない。お前はさっさと捕まるか死ぬか選べ」


「死ぬのは君だ」


『ヒ-ロー!』


「面白いな。できるもんならやってみせろ」


 軽く体力測定もやってみるか。都合よくサンドバッグさんが来てくれたしな。

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