霧が出てきたな

「人がヴァルキリーに勝とうなんて、これほど人間と意識の差があるとは思わなかったよ」


「これを期に修正しとけよ。仲間のヴァルキリーに地獄で笑われるぜ」


 鎧を着て、隣の部屋の気配を探る。壁には誰もいないな。


「どうせ隣にもちょっかいかけてんだろ? まとめて潰す!」


「霧になった私をどう捉えるというんだ?」


 ミストの体が霧となって広がり始める。まあそんなことは関係ない。

 鎧着てればやりたいようにやれる。


「簡単さ。このまま隣の部屋までぶん殴る!!」


 半分以上霧になっているミストの顔に二発、腹に一発拳を叩き込んでから、顔にドロップキックをお見舞いしてやる。


「ぶがああぁぁ!」


 みっともない呻き声をあげながら、隣の部屋までぶっ飛ぶミスト。

 ちょっとスカッとしたぜ。開いた穴から隣へ入る。


「これは……俺が寝てた奴と同じものか」


 室内には俺が寝ていたものと同じ装置が五、六個設置されている。

 中に入っているのはリリア達じゃない。多分勇者科の生徒だ。


「くう……やってくれるね」


 弱々しい声の方へと目を向ければ、下着姿で倒れている生徒達に混ざって、倒れていたミストが上半身を起こしている。


「こいつらからも魔力を奪ったのか」


「正解さ。動けないようにしてあるから抵抗もできない」


 同じく白衣を着たミストがいる。ミストが二人?


「私は霧さ。二人に増えることくらいはできる。密度は下がるけれどね……これでぴったりさ」


 ミストが重なって一人になる。見た目的にはまったく変わらないが、魔力は倍になっている。まあそれでもあんまり強いとは思えないけどな。


「どうする? 回復魔法でもかけてあげるか?」


「まさか。見たくもない下着姿のせいでぎゃーぎゃー騒がれるとうざったいんでな。黙っていてくれるなら最高だぜ」


 周囲の気配を探ってもシルフィ達はいない。おそらく部屋の外だ。


「そうかい。ドライだね。霧としては近寄りたくない男だ」


「つまらんこと言ってないで来な。霧だろうが殴り飛ばす」


「まだ私の恐ろしさがわかっていないようだね」


 一瞬で部屋中に霧が舞う。多少視界が悪くなるがそれだけだ。


「まだわからないかい? 君の体内に進入することも容易だ。呼吸をせずに何秒持つかな?」


 部屋全体からミストの声がする。完全に霧化したか。


「それじゃあ全力で呼吸してやるよ」


 俺を守るように円すい形の薄い、だが強力な魔力の壁を作り出し、周囲の物ががたがた震え出す程に空気を吸い込む。


「なっ、これは……吸い寄せられる!?」


 魔力の壁にべったり張り付いている水滴。その中に手や顔の形をした部分がある。張り付いて剥がれない人型の水に向けて拳を突き出した。


「べはあああぁぁぁ!?」


 またもやアホな叫び声をあげてかっ飛ぶミスト。

 リアクション芸人でも目指せばいいんじゃないかな。


「大当たりだな。さ、次はなんだい?」


 かっ飛んだその奥には、倒れている生徒達がいた。


「やってくれるねえ。でもここに来て最高のカードを引いたよ。君に撃てるのかい? この子ごと私を」


 ミストの霧化した右腕が背後から何かを引っ張っている。


「リリア?」


 霧の腕が引っ張っていたのは下着姿のリリアだった。

 目を閉じて動かないリリアを、盾のように突き出してきやがる。


「この子と親しげに話していただろう」


「そんな引っ掛けに乗ると思ってんのか? 魔力がねえぞ」


 明らかにおかしい。ピクリとも動かない。偽物だ。

 鎧が魔力も気配も感じない。むしろミストの気配だ。

 二人になれるくらいだからな。リリア型に霧を固めてるんだろ。


「どうかな? 万が一ということもあるよ。」


「いいや撃つね」


 銃口を向け、確実に貫けるように魔力を貯める。


「君の大切な人なんだろう?」


「そうだよ。だから俺が殺すんだ」


「言っている意味がわからないな」


「そいつは俺だけの案内人だ。そいつらはな、俺みたいなもんと一緒にいてくれる。こんな俺に優しくて、嫌わない奇特な連中よ」


 魔力は溜まった。あれが本物であれ、偽物であれリバイブキーで治る。

 こいつになめられるのも気に入らない。

 なにより、リリアの生き死にをこいつなんかに渡さない。


「そいつが寿命以外で死ぬのなら。いつ、どこで殺されるかまで全部…………俺のものだ」


「狂っているな。普通じゃ考えられないよ」


 教室の扉をドンドン叩く音がする。外の人間が異変に気づいたのか。


「いかに防音、耐衝撃に優れた部屋でも流石に気づくか。でもそんなことは重要じゃない。今大切なのは君をいかにして倒すかだ」


 今度は両腕を霧にして部屋に広げていくミスト。面倒なやつだ。


「悪いが不可能だ。撃ち殺すよりももっといい方法を思いついたぜ」


『スティール』


 俺の右手に水分が集まり、回転する水の玉を作る。

 それはミストも例外じゃない。霧状の両腕が回転する水球に飲み込まれていく。


「なっ、なにをしている!?」


「奪ってるのさ。この部屋に漂う水分をな」


 スティールキーは何かを奪うキーだ。

 その気になれば部屋中の水分を奪うこともできる。

 やがてミスト本体も飲み込んでいく。


「いいのか! 本当にこの子が死んでも! 吸い寄せられているうちに殺すこともできるぞ!」


 なんとか倒れた生徒の山にしがみついて命乞いなんぞしてくる。

 往生際の悪いやつだ。


「ほ~う、できるものならやってみるがよい」


 後ろからした声に振り返れば、ベッドの下から制服着たリリアが出てくるところだ。


「寝てたのか?」


「なーんか嫌な予感がしてのう。隙を見て分身と入れ替わったのじゃ。そしたら壁ぶちぬいて来るもんじゃから何かと思ったわ」


 服の埃を払いながらベドに座り解説するリリア。何故か扇子で顔を隠している。こちらからは表情が見えない。怪我でもしているのか?


「どうした? 怪我でもしたか?」


「……なんでもないわ……さっさと倒さんか」


 か細い声だ。なんとか絞り出している感じ。

 いかんな……速攻で倒してしまおう。


「悪いがこっからは手加減無しだ」


 リリアに見えていたものも、やはりただの水だ。

 ミストも飲み込んで、俺の上半身よりでかい水球が完成する。


「待て! ここで私を倒してしまっては根本的な解決にならない! この事件の首謀者は私ではない!」


「知ってるさ。でもな、今はそんなことは重要じゃない。一番大切なことは……俺にリリアを撃たせようとしたことだ!!」


「わかった、言おう! スクルドだ! あいつは唯一首謀者と繋がっている! 私達は指令を受けただけだ!」


「見え見えの嘘じゃな。突然ヴァルキリーがいなくなるということは、ついて行きたくなるほど首謀者にカリスマ性があるということじゃ」


 なーるほど。新しいボスが誰かも知らずに抜けたりはしないわな。


「小賢しい人間だ……スクルドが陣頭指揮を執っていることは事実だというのに」


「それだけ聞けりゃ十分さ。元よりお前を逃がすつもりはないぜ」


「ここまで話したんだぞ。見逃すのが人情というものじゃないのか?」


「そやつに人情なぞ期待するだけ無駄じゃ」


「そういうことさ。安心しろ一滴残らずぶん殴ってやる」


 必殺技キーいってみよう。憂さ晴らしってのは大切だ。


『シュウウゥゥティング! スタアアアァァァア……ナッコオオォォォ!!』


「最後に真実を話す権利をやるのじゃ」


「スクルドは友人だ。友人が本気で頼んできたら、私は断らない。そんな私の友情に免じて助けてくれる……なんてことは」


「ないに決まっとるじゃろ」


「そういうこと。シャアアアァァァァラアアァァ!!」


 シューティングスターナックルは、一秒にも満たない時間で光の拳を叩き込む技だ。しかも一発一発が時間と空間を捻じ曲げ、十発以上に増えていく。増えるから、軽く撃っても十億を超える。流星群をイメージして名前をつけたと思われる必殺に相応しい技だな。


「ぶっ……がああああああああぁぁぁぁ!!」


 ミストは俺の予告通り、水の一滴すら残さずこの世から完全に消滅した。窓際の壁とともに。身体測定でどんだけ手間かかるんだよもう。


「さて、俺がここにいるのも面倒だな。悪いが俺はこれで……」


 その時、爆音とともに教室の扉が壊される。


「開いたわ! 中はどうなっている!」


 煙の奥から聞き慣れない女の声がした。


『シルフィ!』


 面倒なので説明を省く。俺とリリア。部屋に入ってきたシルフィとイロハ以外の時間を止める。ついでに部屋の時間も戻して壁を直す。


「リリア! だいじょう……アジュ?」


「これは……煙が動かない? これが時が止まっているということなのかしら?」


「ま、そういうことじゃな」


「悪い、ちょっとこっち来てくれ」


 リリアの手を取り、部屋に入ってきたシルフィ達を連れて外へ出る。

 なんかリリアの顔が赤い。なんだかよくわからんが、怪我してるわけでもないし意味わからん。


「ヴァルキリーが湧いた。潰しといたけど、よく考えたら説明クソめんどい」


 怪しい装置の横に男がいるんだからな。そういや知らん連中下着姿で倒れてるし。装置は壊しておいた。中にいた生徒も引っ張り出してある。


「また~? もー最近増えすぎじゃない?」


「面倒ね……本当にどこにでも湧くわねヴァルキリー」


「てわけでバックレたい。どうするよマジで」


「逃げても敵はどうしたとかあるじゃろ」


 鎧は解除して、時も動き出した。予想通り部屋の中は大騒ぎである。

 超めんどい。ここで話し合っていてもダメだ。


「そんな中……颯爽と現れる本妻が!」


 声がした方に一斉に振り向く。ヒメノだ。


「ここで手を差し伸べることこそ本妻の貫禄ですわ!」


「で、何しに来た?」


「もう少し戯れて欲しかったですわ……」


 しょんぼりしているヒメノに構っているヒマはない。

 全員なにしに来たんだこいつ……的な顔である。


「とりあえずクラス全員事情聴取ですわ。そしてアジュ様アーンド皆様の担当がわたくし。さ、ティータイムといたしましょう」


「最近お気に入りの甘味処を見つけやした。そちらにご案内いたしやす。どうぞ」


 フリストもいる。いつの間にかいる。なぜいる。


「ここにいても騒ぎに巻き込まれて面倒なだけですわ。さあさあ参りますわよ」


 仕方ない。ここは付き合ってみるか。説明のため、俺達はヒメノに付いて行くことを決めたのだった。

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