特殊クエストのお誘い
「ジョーク・ジョーカーのマスター、サカガミさんですね?」
とりあえずクエスト受けようってことで、リリアとクエストボードを見に来たら、見知らぬメガネかけたエルフに声をかけられた。物腰の柔らかい、それでいて知的な白衣の男だ。間違いなく見覚えがない。初対面だ。
「失礼、ラウル・リットです。医療科の講師をしています」
「……リット?」
「召喚科講師 チェルシー・リットは私の姉です。ラウルでいいですよ。どっちもリット先生じゃ、わかりにくいでしょ?」
そういや髪の色がどっちも金髪だ。雰囲気も似てる。
身長たっかいな。姉は胸がでかいし、どっかしら伸びる家系なのかも。
「ではラウル先生。俺になにか御用ですか?」
「学園長推薦で、講師陣を代表して依頼をしたいなーなんて、思いまして。はいこちらです」
リット先生が差し出して来たのはなにかの絵札だ。
長ーい鍵を持ったピエロか何か。ジョーカーの札に描かれていそう。
ピエロっていうか死神に近い。それに学園長のサインが入っている。
「貴方が魔力を込めるとサインが光ります」
受け取って軽く魔力を流し込む。確かに。サインの部分がぼんやり黒く光る。
「間違いなく学園長の魔力じゃな」
この世界の本人確認で使われるもんらしい。相手の魔力を知っているとき限定の、一般的にはそれほど使われることはないものらしい。
「これが特別な依頼をお願いする時の目印だと」
「なーるほど。相変わらずシャレた拗らせ方してんな学園長」
かっこいいので採用。理由はかっこいいからだ。それ以外の理由などない。
「とりあえず内容を聞いてからでいいですか? できることにも限度があります」
「では、向こうの相談室で」
クエストセンターには、依頼者と話ができるように、応接室のようなものが複数ある。
向い合って座るソファーとか、簡単なお茶セットとかあって相談の時に開放されるわけだ。
理由もなくだらだら集まるためには決して貸し出されない。
部屋数は結構あるのにしっかり管理されている。
そんなわけで俺とリリアに向かい合ってソファーに座る先生。
「確認しておきますが、今依頼は……」
「フリーです。探しに来たとこですから」
「それはベストな瞬間に出会えましたね」
依頼はよほど緊急で、学園が特別に許可したもの以外は先約が優先される。
これは慣習ではなく学園がそう決めている。先約をまず確実に、完璧に達成せよ。約束を破るな。早く終わらせようとして油断するな。という教えらしい。
「どうぞ、私の故郷のお茶です。偶然手に入れたので使ってみました」
長方形の長いテーブルに置かれた紫色のお茶。いい香りだ。
花やハーブよりは果物に近い匂い。
「いただきます。ん……いいなこれ」
うっすらと渋みのある烏龍茶みたいな味だ。すっとする後味のよさが地味に好き。後味がない。ないというか口の中を完全にゼロまでリセットされて、すっきりさっぱりクリアな感じ。
「うむ、よい味じゃ。スカッとするのう」
「口と頭をスッキリさせたい時に飲むんですよ。依頼の前にはよいかと」
気配りのできる先生だ。ちなみに先生にお茶を出させているのは、いれさせてくれと言われたから。医療の仕事柄、気分が滅入るときやストレスを散らすためにお茶をいれるのが趣味らしい。たまには人の厚意ってのも受けてみるもんだ。
「では、依頼内容ですが……初心者向けダンジョンのテストに参加されましたね? 事件のあったものです」
「…………何個か試練のある……学園の廊下みたいな作りのやつですか?」
「ええ、トラブルがあり、調査が入って厳重に警備が敷かれていた場所です」
「そんなことになっとったんじゃのう」
俺達はあの事件、シルフィとゲルの事件があってから近づいていない。
そのため今どうなっているかも知らないわけさ。
「調査、というのは何をしていたのかの調査です。終わり次第ダンジョンは完全に破壊しました」
「破壊したならもう安全なのでは?」
「最上階付近の壊れた装置だけは頑丈で、一時的に隔離施設へ運んでから、教師数人の力で破壊するつもりでした」
壊れた……まさかあれか? ゲルが使っていた、シルフィを繋いでいたあの?
「施設への侵入者は、最上階付近の壊れた装置を回収後、何処かへと去りました」
「侵入者ですか。そういうのは探偵科とか、それ専門の科に依頼すべきでは?」
「本来そうすべきなのでしょう。しかし、我々はその装置が何なのか知らないのです。そこは学園長しか知らなかった。誰が壊したかも学園長以外は知らない。装置が復元していたら判別に時間がかかる」
先生はお茶を一口飲み、姿勢を正してこちらを見る。
「依頼というのは装置を持ち出した犯人と、その仲間のヴァルキリーを倒した場合の報告。および装置の破壊です。装置は見つけた分だけで結構です」
「そいつはまた……現時点で装置のことを知っているのは?」
「捜査に入ったものと、破壊のため選別された講師と……」
「学園長とラウル先生、そしてわしらじゃな?」
あの装置は……運び出せる大きさか? 真ん中の培養槽みたいな奴と、そこから伸びるパイプだけでもかなりの量と大きさだったはずだぞ。
「ですが、全員破壊後の姿しか見ていません」
そらそうだ。パイプを全て切断し、培養槽も上半分を天井ごとふっ飛ばしておいた。
「サカガミさんは、装置の使い方がわからなくても、壊れる前を見たのでは?」
「見たのは俺だけです。もう一人いましたが死んでいます」
「そうですか、他の方は?」
「わしらは装置があったと説明されただけじゃ。現物を見ずに帰ったし、アジュは半分以上壊したと言っておったのじゃ」
上に何があったか知っているのは俺以外じゃ、死んだゲルとシルフィだけだ。
シルフィは気絶していたから、おそらく覚えていない。
「つまり、あの装置について知っている、もしくは悪用しようとするやつがいた場合に。容疑者は事件を起こした奴と、俺か」
「事件内容を聞いた学園長と私もです。今回の件で、私が貴方のお仲間に危害を加えた疑いが出たら、大人しく貴方の尋問に応じましょう。同時に、その装置がなんであれ、私からは貴方とその仲間に装置を悪用して危害を加えないと誓います」
「ならいいです。裏切らないでください。それだけです」
「お約束しましょう」
笑顔を絶やさないラウル先生。どんな話を聞いているのやらだな。
「学園長から強く、つよーく言われています。サカガミさんの仲間に手を出して生きていられると思うなと。学園長は本気でした。それはつまり」
「大げさに言われたようですが、できなくはないと思います」
誰にも気づかれず、一切の痕跡を残さずに先生を消せるということ。
それが大勢の行き交う広場であったとしてもだ。
「悪用しなければよいだけじゃな」
できるならあの装置と事件はシルフィの記憶から消してやりたかった。
忘れさせてやりたかったから、ダンジョンに行くタイプのクエは、それとなく避け続けた。
もう一度シルフィに辛い思いをさせるなら、俺は犯人を暗殺することを躊躇わない。
先生だろうが知った事か。
「嘘を言っているわけじゃあありませんね。できるという確信と、絶対にやり通すという意志が見える。貴方が危険と判断したら、装置は回収せずに壊してください。犯人の生殺与奪もお任せします」
「随分と俺に決定権をくれますね」
「この件は出来る限り公にしたくないんですよ。言ってみれば学園のミス。意図せず生徒を危険に晒し、侵入者にいいようにやられた。知っているものの手でなかったことになるのが望ましい」
「犯人が組織だった場合や、装置が複数存在している場合はどうするのじゃ?」
「学園内で、それこそ数十個存在しているようならこちらに報告してください。今も残骸から探知機を作ってもらっています。犯人が複数の場合も可能な限り捕獲か処分しつつ報告をください。とりあえず期限は最長一週間。他のクエストと並行して進めることも許可します。ある程度の施設へのフリーパス券と成果により追加報酬つき。いかがです?」
悪い提案じゃない。問題はシルフィ達にどう説明するかだ。
「信頼できるものを助手につけることも認めます。つける前に一度報告は頂きますが」
「どうする? 俺も受けたいけど……メンバーに秘密には出来ないよな?」
「無理じゃな。同居しているのじゃ。どこかでバレる。隠されたらショックじゃなー」
「そのあたりの事情も聞いています。相談して、それから返事をください。今日はお話だけをしに来ました」
無理に迫って来ないか……あくまで例外的に学園側の尻拭いをさせている、というスタンスか。負い目がある辺りいい先生なのかもしれない。
「わかりました。早ければ明日か、明後日にはどうするか報告します。先生は……」
「一週間は夕方から自分の研究室にいます。それ以外は職員室にいなければ授業中ですので」
「授業の邪魔はしません。夕方伺います。リリアもそれでいいか?」
「わしはそれでよいのじゃ」
「助かります。何度も言うようですが、強制ではありません。犯人にはムカっ腹が立っていましてね。ダメなら私が見つけ出しますよ」
笑顔だけどマジだな。医療に携わる身として、生徒を傷つける部外者というのが気に入らないらしい。ちなみにほとんどの先生はヘタな生徒より強い。有名な調理科の先生はムッキムキのおっさんで、戦士科の二年を余裕でぶっ飛ばせる。
料理は筋肉を酷使する格闘技だと言ってはばからない豪快なおっさんだ。
「では、報告お待ちしています」
最後まで笑顔で去っていった。姉はどっちかっていうと無表情というか、ニヒルな笑顔で淡々とボケながらぐいぐい来るタイプだ。わからん姉弟だな。
「さて……シルフィにどう言ったもんかな……ああ、俺が説明するからな」
「珍しくその気じゃな」
「俺が言いたくなったんだから俺が言うんだよ。深い意味はない」
本当になんて言うか悩んでいた。出来る限り不快にさせないように、とは思ったが……俺にそんなトークスキルはないから、本当に悩んださ。
そして帰宅後、依頼のことを晩飯食い終わってから告げた。
「ん? 受けていいよ?」
実に軽くかるぅく言われた。
サラッとしてるもんだから一瞬理解できんかった。
「いいのか? 嫌なら断るぞ?」
「わたしは平気だよ。あれが悪用されるのはいやだもんね」
「はあぁ……あっさり言いやがって……」
「シルフィはそこまで弱くないわよ」
無理をしているわけじゃないな。こっちの気も知らないでこいつはもう。
「ふへへ~。そっかそっか~」
なんかくっついてくるシルフィ。なんだよその笑顔は。
「心配してくれたんだね?」
「別に……そんなんじゃないさ」
「ちゃんと考えてくれてたんだね。ふふ~ん。いやっふー!」
そうきたか……流石に予想できんかったぞ。無駄に上機嫌になりやがって、話を聞いてくれない。自然と目を逸らしてしまう。
「はっきり言ってくれないと、どうしていいのかわかりません!」
「ここで言い訳は苦しいわよ」
「じゃな。素直に心配ですと言えばよいじゃろうに」
「だから別に……ああもう……あんなことがあったからな」
「あったから?」
凄く期待に満ちた目を向けられている。これ言わないと終わらないぞ。
「心配……だったよ。悪いかちくしょう!」
「いえーい! やったね!!」
「一歩前進ね」
イロハとハイタッチなんぞ決めてやがる。ちくしょうマジで恥ずかしいぞ。
「こうして女性に慣れていくがよい」
「期待に応えるよー! 頑張るからね!」
おもいっきり抱きついてくるシルフィ。こういう時に味方がいない。別にここから不機嫌にさせても意味ないし、しばらく静かにしてれば眠くなって飽きるだろ。
「皆様、そろそろお休みになりませんと明日の身体測定に支障が出ます」
「そんなんありましたっけ?」
「お知らせ来てたような……」
「勇者科の測定が明日ね。忘れていたわ」
「アジュで遊ぶのはここまでじゃ。さっさと寝てしまうとするかの」
ミナさんのナイスアシストで、この場はおひらきとなった。別に身長体重と病気してないか調べるくらいの簡単なやつらしいけど、まあなんにせよ助かったぜ。ちゃっちゃと寝て、明日に備えるとするか。
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