勇者科の授業
試験が終わって三日後。勇者科で必修の授業があるため、俺達四人は教室にいる。いつも見ない勇者科の連中もしっかり出てきているな。
ろくすっぽ顔なんぞ覚えちゃいないが、おそらくクラスメイトだ。
「必修って珍しいよな」
「勇者科は素質があるというだけで、それぞれ得意分野が違いすぎるもの。同じ授業をしても役に立たないものね」
だからって算術や経済とかやられてもわからん。
元の世界でも成績優秀ってわけでもなかったし。
「なにやるか誰も聞かされてないんだって。勇者に必要なことで、かーなーり特別だってさ。わくわくするね!」
シルフィは楽しそうだ。俺もちょっと期待している。
こういうプラスの意味での特別感は好きさ。
あまり味わったことがなくて新鮮だ。
「あまり期待せんことじゃな。教室ということは実技ではないのじゃ」
「最悪勇者の心得とかいう演説をずーっと聞かされたりするかもな」
「うえー……やだなあ」
「普段自由なんだから、それくらい我慢しましょう」
そういうイロハも乗り気じゃないことは雰囲気でわかった。
あとしっぽがしゅんとしてる。
「あ、先生来たよ」
生徒が席につく。俺達は並んで座っているため移動とかしなくていい。
「はじめましての人も多いかな。はじめまして、勇者科一年講師 シャルロット・ヴァインクライドです」
今までの勇者科は臨時講師が授業をしていた。
どうやらこの人が本物の講師らしい。
銀髪で赤と金のオッドアイ。身長170後半くらいの美女である。
当たり前のように女だな勇者。
「堅い話はなしにして、試験を通ったってことは、勇者の力を使うために最低限の力はあるとみなします。これから言う事は勇者の力の一例です」
黒板に詳しい説明を書きながら、同時進行で話し始める先生。
さてどんな力かね。楽しみだ。
「勇者の力は様々な相手・状況に影響をおよぼします。たとえばパーティーを組んだ時、勇者は味方の状態をある程度把握できたりします。勇者によって様々ですが、数字として見えたり、仲間のオーラが青から赤に変わると危険など、色として理解できるタイプまで個人差があります」
そら便利だな。味方が危険であることを早めに察知できるのなら、より安全な戦いができる。
「いるだけでパーティーの能力が高まる……強化魔法のような力を発揮する人もいます。建物の中で魔法を使っても、周囲を破壊せずにすむという人もいました」
破壊しないように戦うんじゃなくて、爆発しても物が壊れないらしい。
ゲームの背景みたいなもんかね。地下で隕石落ちてくる魔法使ったりできるアレか。
「説明できないほど運の良い人もいます。たとえるなら、その世界の法則を破壊し、自分に都合よく再構築する力です。その世界で自分だけが一歩有利になるのです」
うっさんくっさーいなおい。生徒も話半分というか、理解が追いつかないというか、とにかくどう受け入れていいかわからないみたいだ。
「ま、そういう反応よね。私もそうだったわ。胡散臭い宗教みたいだもの」
自覚はあるのか複雑な顔の先生。そら説明難しいよなあ。
「きっかけは人それぞれよ。特殊な力を使えた時の状況を再現してみたり、今とは違う科や行動をとってみたり。感情の爆発っていうのかしら? そういうのとっても大切よ」
ゆっくりとどこか感情のこもった語り口だ。
先生もそんな体験があったんだろうか。
「護りたい人や物、叶えたい夢があっても、それだけに心を奪われないで。たまには違うことをしてみるの。それは遠回りじゃないわ。そこから新しい力が手に入るかもしれない。もちろん危険すぎることをしたり、悪人になれって言ってるわけじゃないからね」
違うことか……この状況がもう完全に違うことなんだよなあ。
魔法も使えるようになったし、環境が変わるってのは、良い方向に動けば楽しいもんだ。それはこの世界に来て初めて実感したし感謝もした。
「何が何でも絶対にやってやる! という強い意志があれば引き出せるわ。大切なのはどうやってその意志を引き出すか」
そこでさっき言っていた大切な人や夢が有効なわけだ。こっちに来る前の俺にはどっちもなかったなあ……今の俺は恵まれすぎってくらい恵まれているぜ。
「目標を立ててもいいし、漠然と本能に従ってもいい。自分にご褒美をあげてみるとか、変わったクエスト受けてみるとかね。トレーニング場も使っていきましょう」
先生が持っている剣から光が迸る。
なんか宝石ついてるし儀礼用の飾りみたいな剣だな。
まあ当然めっちゃ強い剣なんだろう。やがて光は先生の形になる。
「ちょっとだけ実演するわね。魔法で私の幻影を作ります。そして、こいつを何が何でも絶対に叩き潰す! と心の中で念じ終えた時、世界はほんの少し変わる」
明らかに空気というか空間が歪んだ。ほんの一瞬、三フレームくらいかな。
「ここで広範囲火炎魔法なんて使ったら、普段なら大火事だけど! 対象を選んで撃てば、背景に被害は出ない!」
炎が幻影を包んで燃え盛る。おかしい。全く熱くない。
熱気が伝わるはずの炎は幻影と消えた。床にも焦げ跡はない。
「敵として認めていない人間も被害は出ない。まあ、これは状況に応じて使うか決めるべきだけどね」
生徒から歓声があがる。拍手も出ている。俺も素直に感動した。
こいつは便利だ。RPGゲームの戦闘みたいで、使いこなせれば便利だろう。
俺に同じ素質があればだが。
「それじゃ、必修授業はここまで。貴方達には可能性があるわ。学園は広く、やれることも多い。積極的に動くとハッピーよ」
そしてちょっとトーンを落とし、真面目に語り始める先生。
「勇者というのは特別な力があります。その力は誰かを守るために使えたら素敵よ。まさに勇者! 英雄とはちょっと違うわ」
なにが違うんですかーと質問する生徒に、先生ははっきりとした声で答える。
「英雄なんてなろうと思って悪いやつを倒していれば、ぱぱっとなれちゃうこともあるわ。戦争やってたり、運とか良ければかなり早くね」
これには同意。そんなにハードルが高いとは思えない。
ここの先生か上級生なら暇つぶしにでもなれるだろう。強いからな。
「でもね、勇者っていうのは勇気のあるものなの。自分より弱い誰かを守ったり。自分より強い相手でも、譲れない想いや願いを守るために戦う。いざというときに勇気で一歩を踏み出せる。それが勇者よ。まあ私の持論だけどね」
いい授業だ。勇気なんて俺には無いけれど、今のセリフはかっこよかった。
こうして授業は終わった。こういう力があると体験して、受け入れる。
存在を知るということは大切だ。俺も魔法があるということをこの目で見て、魔力を感じて初めて受け入れられた。経験ってのは大切だな。
「使えりゃ便利そうだな。あれ」
授業を終えて、俺達は適当なベンチでだらだらと今日の予定を決めている。
「すっごかったね! あれどうやったらできるのかな?」
「私達の素質があれとは限らないわ」
「うむ、色々試すのじゃ。もしかしたら、あれの他にまだまだ使える力があるかもしれぬぞ」
「今までとやり方を変えてみる、か」
なにをするかな。クエスト変えるか、そういやまだランク上がってないな。
「先生は言っていたわ。今までと違うことをしてみるといいって」
「そうだね、言ってたね」
シルフィとイロハがこちらを見つめてニヤリと微笑む。
あ、これは面倒なことになるな。
「どうかしら、今までの生活とは打って変わって……もっと女の子に積極的になってみるというのは」
「そうきたか……」
「もっと女の子っていうかわたし達といろんなことをやってみよう!」
このまま押し切られると、俺の学園生活がおかしな方向に行ってしまう。
なんとか妥協案を見出さなくては。
「妥当じゃな」
「何が妥当なんだよ」
「いきなり童貞を捨ててみようと言ってもヘタレるでしょう?」
「当たり前だ!!」
「クエストもやるし、行ってない科にも行こうかな。けど普段の生活もちょっと変えてみるのさ!」
「まあ要約するといちゃつく口実が欲しいのじゃな。良い機会じゃ。おぬしも素直になる必要がある」
これ以上素直になった俺は俺じゃないと何度言ったら……男が女に素直になる、というのはイケメンだから肯定されるものだ。俺がやっていいものじゃない。
「ここで趣向を変えてみましょう。アジュが私達にできるギリギリのラインを徐々に上げていくのよ」
「ほう、面白そうじゃな。つまりどうするのじゃ?」
「本当に簡単なことから目標を決めるのよ。今週の目標は自分から手を繋ぐ、とかどうかしら」
「前にギリッギリで達成したやつだね」
「どうせなら失敗して童貞奪われればよかったのよ……」
「怖いことボソっと言うのやめろ」
いよいよ観念しなきゃいけないかも。ここまでごまかしてやってきたが、限界もある。ある程度歩み寄らないといけないと思っているのも本当なので、ちょっとくらい頑張るか。
「ゆくゆくはキスまでいけるかも!」
「甘いわよ。夜の営みが解禁されてからが本番よ」
「夢が広がるのう。ここまででアジュも多少は慣れておるはずじゃ」
「多少で夜の営みは無理だって」
「だから一歩一歩進めるのよ。確実に、堅実に攻略してみせるわ」
「はい! じゃあ自分から手を繋ぐにけってーい!!」
こうしてリビングに今週の目標『自分から手を繋いでみよう!』と書かれた紙が貼られることとなった。問題はここからだ。いったいどこまでエスカレートするか考えると非常に怖い。
「次の目標も考えましょうか」
「その前にクエスト見に行こうぜ。やることは色々ある。女絡み以外もやらないとな」
「ま、そうじゃな」
「よーししゅっぱーつ!」
みんなの機嫌がよくなっているからか、案外あっさりごまかせた。しっかし、これから何をさせられるやら……まあ、いつまでも避けてばかりはいられないか。俺から歩み寄る。難しいがやってみよう。長続きしそうにないことを決心して歩き出す。
「よし、行くぞ」
「ここでさらっと手を繋げるようになって欲しいな」
「……マジで思いつかなかったぞ」
「道は険しいわね」
「三人力を合わせれば、攻略できるはずじゃ」
思っていたより道は険しく厄介だ。それでもこいつらと歩くのは嫌いじゃない。もうちょいだけ考えて動いてみようと思った。
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