夢の中で微笑む少女

 これは夢の中なんだろう。ふわふわ浮いている感覚がある。

 そして背景が真っ白だ。そこに子供が二人。


「今日までずっとずーっと楽しかった。ありがとう!」


 小学生くらいだろうか。全身がぼんやり蜃気楼のようにぼやけている女の子だ。声と長い髪でかろうじて女の子とわかる。小さいころの俺にお礼を言っているのか。


「おう! 俺も楽しかったぜ!」


 少女に笑顔を返す幼い俺。小さいころの俺の記憶なのだろうか。

 まったく身に覚えがない。俺に女の知り合いなんていないはず。


「引っ越しても忘れんなよ!」


「うん、また遊ぼうね!」


「ああ、夏休みになったらそっちに行くぜ!」


「ほんと? じゃあその時は私が…………」


 そこで目が覚めた。


「私がなんやねん……ふあぁ……」


 試験が終わって二日目。

 俺はひたすら自室でだらだらしていた。していたらもう昼だ。


「もうちょい寝るか」


「ねーるーなー!」


 シルフィにがばーっと布団をひっぺがされる。

 五月だけど急に布団を奪われるとまだ寒い。


「もうすぐお昼ご飯だよ! 朝も起きてこないし! 昨日からだらだらしてばっかりじゃん」


「いいだろ試験休みなんだし。俺は本来インドア派なの」


「だーめーでーすー。そうやってダラダラして本読んで、眠くなったら寝て。そういう生活は体に悪いんだよ」


「そうか、じゃあ今日だけ……今日だけ寝る」


「それは昨日も聞いたよもう……」


 目をつぶっても布団がないから寒い。眠れない。

 仕方ないな。シルフィをこちら側に引きこもう。


「布団返してくれ。もうすぐってことはまだ昼飯はできてないんだろ?」


「そりゃそうだけど……寝ちゃったら確実に冷めるよ」


「ほら、布団返してくれ。いい子だから」


「子供に言い聞かせる口調だ!? ほらほら起きる! 早く起きないとわたしも一緒に寝るよ?」


「もうそれでいいから布団返せ」


 よし、とりあえず食いついたな。

 こっち方向の話題をシルフィがふってくる時は、して欲しいけど諦めている時だ。


「………………ほんとに? ほんとに入るよ?」


 普段なら恥ずかしいけど、もう眠くて考えるのがだるい。

 今の俺にとって一番大切なことは一刻も早く布団を奪還し、惰眠を貪ることに他ならない。


「急げ、俺が起きてしまうぞ」


「うわわ、大変だ! よいしょっと」


 最早自分の目的を見失ったシルフィ。

 いつの間にか俺の横で布団を肩までかけている。わざわざ時間止めおったな。

 完全に寝るためか、髪もほどいている。俺との間にちょっとだけスペースがあって、俺が寝づらくないように配慮されていた。気配りのできる子だ。


「アジュはなんでそんなに寝たいの? 寝不足じゃないよね?」


「ああ、続きが見たくてな」


「続き? 夢の続き?」


「ああ、夢に出てきた女の子が誰なのか気になって……」


 あと単純に眠い。うだうだするの大好き。こうしてシルフィがいることにもほんの少し慣れてきた気がする。話しかけてくるもんだから、修学旅行みたいだなーと考えて気が緩む。


「…………女の子?」


 なんだろう。戦闘とか素人の俺でもわかるほど部屋の空気変わった気がする。


「アジュは横にいるわたしより、夢に出てくる女の子が大事なんだね……」


「いや、別にそういうことじゃ……」


「夢の女の子に会うためにわたしと寝るんだね……?」


「違うっつーの。人聞き悪いわ!」


 気が緩みすぎたっぽい。シルフィがゆっくりゆっくりと距離を詰めてくる。


「何をする気だ?」


「現実の女の子は触れるという最大の利点があるんだよ。それを実感させてあげるのさ!」


 仰向けに寝る俺に半分だけ体を乗せて密着してくる。まずいな。

 眠気が消えていく。風呂あがりでもないのにいい匂いがするのはなぜだ。


「待て待て、なんかおかしいって。俺は眠いんだよ。寝かせてくれ」


「やだ! 寝たらその子の所に行っちゃうじゃん! 知らない子に負けたくない!!」


「そんなことで張り合うな! 違うんだって、まったく身に覚えがないんだけどそれが気になるんだよ」


「本当に知らないの?」


 俺のパジャマをぎゅっと握って疑いの眼差しを向けてくる。

 まだ俺がどれだけモテないか理解できていないんだな。


「俺に女の知り合いなんていない。断言しよう。お前ら以外に俺に好意的な女なんていない。だから知っているなら絶対に覚えているはずなんだ」


「アジュの妄想とかじゃなくて?」


「俺の妄想ならもっと俺好みで都合のいい女が出てくるはずだ」


「詳しく。アジュの好みを詳しく希望します!」


 余計なこと言ったな。抱きつきながらもぞもぞ動くのやめて欲しい。

 意識が俺の好みに行っているのかもしれないが、今のシルフィはかなり密着してきている。


「俺自身わからんので無理。言葉に出来ないことって色々あると思うんだ……特に人の気持ちってやつはさ」


「詩的になってもごまかされたりしないからね!」


 賢さが増している。俺に慣れてきやがったな。ヘタにごまかしてもバレるだろうし、どうすっかなあ。パジャマを握っている手の力が弱まっていないことからも、不安なんじゃないかと予想。なんとかなだめたい。


「いかん、話してたら眠気がすっ飛ぶ」


「飛んでいいのに……妄想じゃなくて、現実に楽しい思い出を作ればいいんだよ。そしたら夢の中まで、わたしがいっぱい出てくるでしょ?」


「かもな。えらい詩的じゃないか。なにかごまかしたいことでもあるのか?」


「なーんにも。こうしてるのも幸せだよ。これも思い出。でももっといろんな想い出が欲しいかな。欲張りさんだね」


「シルフィはちょっとくらい欲張ってもいいさ」


「そかな。なんだか幸せなのに欲張ると無くなりそうだから、怖いな」


 徐々に声が弱くなる。いなくなるとか捨てないでとか、ぬくもりがどうとか、シルフィはそういうことに執着する子だな。これがイロハなら臭いとか下着なんだが、お姫様ってやっぱ大変なのか。


「昼飯まではもう時間ないのか?」


「お昼? 実はまだ一時間くらいあるよ」


「なんでそんな早く来た?」


「なんでか当ててみよう!」


 なんだそりゃ……なぜにここでクイズよ。ヒマなんかな。


「俺がグズるから早く呼びに来ないと飯が冷める」


「…………なるほど確かに。不正解です!」


 不正解なのに納得しやがったな。

 つまり次からも早く来るんじゃないかこれ。失敗した。


「ヒマだった」


「ちがーう。わざわざアジュの部屋に来たのはなんででしょう?」


「他のやつが料理当番で相手してくれないから?」


「なんでそう卑屈な思考なのさ。もっと良い方向に考えてみよう!」


「今日のラッキーアイテムはアジュさんです」


「今日だけじゃないよ、いつもだよ」


 その発言はかなり恥ずかしいと思うよ。いや思いついてはいるんだよ。

 俺に会いたかったとかさ。それを口に出せない。胃が痛くなる。

 自分自身を肯定するというのは、簡単なようでいて難しい。


「すまん、胃が痛くなるから無理。口に出すのはどうしても勇気が出ない」


「勇者科なのにー。でもなんで来たかはわかったんだね?」


「多分な。よし、余った時間で寝るか」


「一緒に寝るんだから、わたしの夢を見るように頑張って」


 どう頑張りゃいいんだよ。握られていた手は離され、寝苦しくない程度に軽く抱きつかれている。安心したみたいだな。


「はいはい、なんとかやってみますよーだ」


「もー、おやすみ」


「おやすみ……じゃないでしょうが。なにやってるのよシルフィ」


「うわあぁ!? イロハ? なんでイロハがここに!?」


「お昼ご飯が出来たからよ」


 イロハが入ってきたことに気づかなかった。

 そしてダラダラ話しているうちに、時間がたっていたということか。


「まさかシルフィがこんなにガッツリ抜け駆けするとは……アジュもアジュでなぜ添い寝を受け入れているのよ。いつもの卑屈さはどうしたの?」


「卑屈なのは言わんでいいわ。眠かったんだよ」


「眠い時に邪魔しなければ一緒に寝たりできるんだね!」


「今回限りだ。次などない」


 これで毎日誰かと寝ることにでもなったら本当にきつい。

 自分の部屋は一人でぼーっとできるベストプレイスだ。手放す気はない。


「邪魔なんてしていないわ。服を脱がせたり、ちょっと臭いを嗅いだりしただけじゃない」


「それがダメだっつってんだよ!」


「普通にしてても布団が暖かいし、アジュが近くにいるしで満足だよ」


「ダメよシルフィ。もっと貪欲にならなきゃ」


「欲が深すぎるんだって。もうちょい抑えろ」


 別にイロハのことが嫌いなわけじゃない。

 唐突なセクハラをやめろと言っているだけだ。


「そっと寄り添えばセーフなのね?」


「いつの間に俺の横に寝た」


「シルフィだけずるいわ」


「もうちょっと二人きりでもよかったのにー」


 観念して目を閉じた。昼飯のことを忘れていたと気づいたのは、十分後にリリアとミナさんが部屋に来た時だった。いつまでたっても昼飯が食えないと怒られてしまったよ。

 しかし想い出か……もうちょっと外に連れて行ってやるべきかもな。昼飯食ったら学園をうろうろしてみようと、ぼんやり予定なんぞ組んでみるのだった。

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