心配されたので撫でてやろう

 迷宮を無事に出たところで、シルフィ達が駆け寄ってきた。


「アジュ大丈夫!? なんか天井からどーんって出たよ!!」


「ああ、ヴァルキリーがいてな。倒すのに力出し過ぎた」


「どこにでも湧いて来るわね……」


「うむ、本当に迷惑なやつらじゃ」


 俺達を心配していたことは、表情を見ればなんとなく察することができる。

 とりあえず落ち着かせよう。迷路であったことを話しておく。


「怪我はしていないわね?」


「当然。なんともないさ。面倒になる前にここを離れよう」


「倒れてた子は大丈夫?」


「知らん。ろくに見たこともない女に興味はない。回復魔法はかけておいた」


 俺達は早足でこの場を後にする。これからどうするかだな。


「報告は……後回しだな。今すると試験中しか、遊ぶ時間無くなりそうだ」


「じゃな。まだまだ遊び足りんのじゃ」


「あー……でもヴァルキリーについてだけ報告すっか。やた子は呼べば来るかもしれんし」


「やた子ちゃん? 呼ぶってどうやって?」


 あいつが前に行っていたことが有効なら来るはず。来ないと赤っ恥。


「ん、そうだな。何も起きないと恥ずかしいんだけどどうすっかな」


「アジュの恥ずかしい部分がどうしたというの?」


「そこに反応するな。全然エロい意味じゃないからな。成功しないと恥ずかしいというだけで」


「大丈夫よ。私達くらいの歳なら性交していない子が多いわ」


「そうか?」


「そうよ。初めてが失敗でも最後までしてしまえばいいのよ」


「…………なんか食い違ってね?」


 なんだろうなあ。微妙にイロハの言っていることが、ズレている気がしてならない。


「よくわかんないけどイロハは焦りすぎ。アジュが心配だったんだよね」


「それはさっき聞いたぞ」


「聞いただけでわかってないでしょー? 天井どーんてなってから、イロハものすんごいそわそわしてたよ」


 言われてみれば、耳としっぽに元気がない。イロハは変態行為はするが、表情をころころ変えるタイプではないし、それほど考えていることが顔に出るタイプでもない。平静を装ってはいても、混乱しているのか。


「こやつは他人に心配される、ということがいまいち理解できておらぬ。言葉で知っていても経験として心に馴染んでおらんのじゃ」


 リリアの言うことにも一理ある。多分、俺は根っこのところで理解できていない。明るく笑っているシルフィの声のトーンが少し、少しだけ落ちているのにようやく気づいた程度だ。そのくらい他人の気持ちのあれこれはわからん。


「悪かったよ。ちょっとこっち来な」


 二人をこいこいと手招きする。ここからが難所だ。人生最大の難所となる。

 まずイロハの頭を撫でる。


「………………え……?」


 超驚いてるな。リアクションとれずに小さく一言呟いただけ。

 このスキに終わらそう。髪が多少くしゃくしゃになるのは勘弁して欲しい。

 そこそこ撫でてから、手を離す。


「あーイロハばっかりずる……」


 横で見ていたシルフィの方が現状認識は早かったんだろう。

 いつものように不満を口にし終える前に素早く頭を撫でる。


「あぅ…………ふえ…………?」


 できるだけイロハと同じ時間分、撫でて終わる。

 二人の顔が赤くなってきたので、そろそろなんかしら騒ぎ出すだろう。

 手を離して、ちょっと後ずさり。


「えええぇぇ!? なに!? なんなの!? わたし達捨てられるの!?」


「なんでそうなる!?」


「今までにないお別れ感があったわ。よくわからないけど優しさのような何かがあって逆に怖いわ」


「慣れないことするからじゃまったく……」


「うるさい。別に意味は無い。心配させてどうのこうので色々言われる前に先手を打っただけだ。今回だけだぞ」


 こんなん俺らしくない。だが一瞬考えてしまった。迷宮内で倒れていた奴が、ちょっと暗い赤色のポニーテールだったから、ほんの一瞬だけシルフィに見えた。違うとわかっていても、もし何かあったら、とこいつらが考えてしまうのもまあ……一ミリくらいわかる。お詫びのつもりだった。


「何か隠してない? 撫でたりしてくれるタイプじゃなかったよね?」


「浮気? 浮気なの? また別の女が増えたのね? 同居は認めないわよ」


 やはり慣れないことはするもんじゃない。

 俺自身この気持ちがなんなのかわからんから、説明のしようがないんだよ。


「浮気もクソも恋人はいない。あと女が増えたりもしない。俺もよくわかんねえんだよ。説明できん」


「女の子を助けていい感じになったりしてない?」


「なるわけねえだろ。俺だぞ?」


「最後くらい優しくしておこうとか、そういうことではないのね?」


「ない。っていうか俺はそんなに冷たいんかい」


「冷たいっていうか、距離があるよね。どこか遠慮してるし、触れ合いを避ける感じ」


 よく見てやがるな。心の奥深くに女への嫌悪とかが刻み込まれているから、どこかでまだ避けてしまう。シルフィは他人の感情の機微とかが読めてしまうからそれもか。


「リリア、これはどういうことなの?」


「今回はわしもよくわからん。また撫でて欲しければ深く追求せず、アジュが自分で答えを出すまで待つことをおすすめするのじゃ」


 リリアですらちょっと混乱している。シルフィとイロハは、喜びと不安がぐっちゃぐちゃになっているのか知らんけど、俺に詰め寄ってきてちょい怖い。


「少しは心境に変化があったと、そういうことなのかしら?」


「わたし達の努力が実を結んだんだね!」


「攻略が進んでおるのじゃな」


 一転してはしゃいでいる。もう全然わからん。

 もうどうしていいかさっぱりなので、さっさとやた子を呼ぼう。


「はいはい、この話おしまい! 俺も説明できないことはできないからな! 助けてー! やた子ちゃーん!!」


「ほいきたそれきた出番キター!! やた子ちゃん参上っす!!」


 本当にこう呼ぶと来るんだなこいつ。成功してよかった。


「やた子? どこから湧いたのかしら?」


「なんか久しぶりだね、やた子ちゃん」


「久しぶりだな。ヴァルキリー出たから駆除しといたぞ」


「あっちゃーまた湧いたっすか……どうも苦労かけますっす」


 いつもの金髪と黒い羽……はいいんだけど、なんでお前も水着なのさ。

 そこそこ胸とかあるけど、ぶっちゃけやた子は好みじゃないのでどうでもいい。


「ウチの水着姿はどうっすか?」


「普通。もしくはどうでもいい」


「アジュさんがアジュさんでちょっと安心したっす。今回のヴァルキリーの特徴となにやってたかだけでも……」


 ここから詳しく説明に入る。リリアの補助もあってか、スムーズに進んだ。


「戦闘系の科……成長度……っと。倒れていた子は無事なんすか?」


「死んではいない。回復魔法かけて、目が覚める前に安全なとこに置いて離れた。知らん女と関わりたくない」


「ほいほい、そんな気はしてたっす。後でそっちの子達の調査はしておくっす」


 スケグルだっけか? あいつがどんな方法で調査していたか調べるらしい。

 探偵っぽいな。なぜか似合う気がする。


「ウチは探偵科も行ってるっすからね。さて、どうやらヴァルキリーには学園の調査組と、自分を強くする組がいるみたいっすね」


「集団で存在しているなら、そうなっても不思議ではないのじゃ」


「ゲルとラーズグリーズが強化、および強化手段を探す組。フレック・ゲンドルが学園のシステムの穴を調査してて、スケグルが生徒の調査っすね」


 この調子だとまだまだいるんだろう。邪魔くっせえなあマジで。


「学園を調査している理由がわからないわ」


「そもそもヴァルキリーって本来はなにしてるんだ? 仕事があるんじゃないのか?」


「目的も作られる理由もほぼバラバラっす。一応エインフェリアっていう兵隊を集めたりはするんっすけど……今年のラグナロクが教育に悪いとかで中止になりそうなんで、集めても私兵にしかならないし、ギャラ払うために働かないといけないはずっす」


「言ってる意味が一ミリも理解できん」


「ラグナロクとかティタノマキアとか、人間界からゲストとか呼んでやる……まあ運動会とか文化祭みたいなもんっすかね」


「そのためにヴァルキリーは学園に来てるの?」


「だとしてももっと平和的にギャラ交渉から始めるもんっすよ。でもってイベントがないと稼ぎ時がないので、あんまり雇用し過ぎるとギャラのために出稼ぎに行かないとダメっす」


 世知辛いなあヴァルキリーって。急に微妙な存在になったな。


「でも今までの敵がエインフェリアゼロなんすよねー」


「そういえば、フリストがオーディンがどうとか言うとったのう」


「ああ、オーディンはヴァルキリー何人かの親っす。創造主、が正しいっすかね」


「そいつは犯人じゃないのか?」


「フリストちゃんによれば限りなく白に近いグレーっす。ある日突然オーディンの元からヴァルキリーがほとんどいなくなったらしいっすよ。残ったのはフリストと、全知全能を目指して作ったアルヴィトとかすこーしだけ」


「突然いなくなっちゃうなんて大変だねー」


 俺達はどうも他人事だ。そもそもこいつらの派閥がどうなってるかも知らんし。


「これがオーディンの自演って可能性も無きにしもあらずっす。だからグレー。フリストちゃんはスパイ。アルヴィトちゃんはエインフェリア探しをしてるはずっす」


「やた子ちゃんはなんでそんなこと知ってるの?」


 そういやそうだな。事情に詳しすぎるよなあ。


「ウチが疑われている流れっすか? 学園にそういうのを調べる人間がいても不思議じゃないっすよ」


「学園の要請ってことか?」


「そんなもんっすよ。アジュさん達と敵対したりはしないっすから安心っす。それじゃあ報告に戻るっす! ちゃんとシルフィちゃん達に思い出作ってあげないとダメっすよ! ではさらばっ!!」


 風を巻き起こし、猛スピードで帰っていくやた子。騒がしいやつだ。


「さ、それじゃあやた子ちゃんもああ言ってくれたことだし」


 シルフィにがっしり左腕を掴まれる。


「しっかり思い出を作りましょうか」


 右腕もイロハに掴まれる。これでは逃げられない。


「安心せい。普通に遊ぶだけじゃ。行ってないプールとかあるじゃろ」


「そうそう、攻略は慎重に、だね」


「今回のことで実感が湧いたわ。やる気も一層湧いて来るというものよ」


 その後、俺は夕方までプールで遊ぶことになった。試験は無事合格。

 賞品として、プールの一日無料券が生徒に配布された。オープンしたら行ってみよう。

 試験休みが終われば、またいつもの日常だ。

 また授業に出たりクエスト受けたりだろう。次は何が起こるかね。

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