めんどくさい女だと自覚してる性欲強いイロハさんすき

 戦闘は終わった。大雪の日に敵の食料が消え、兵が混乱に陥ったらしく、砦を放棄していったのだ。これにより国境での戦闘は8ブロックの勝利となった。


「アジュくん、そうやって服を脱いだまま放置しないの。お行儀悪いじゃない」


 王都に帰る準備をしているのだが、なんかフランが部屋にいる。おかんみたいなことを言うな。


「それ洗濯物だよ。そこにまとめてあるんだ。帰ったら洗う」


「下着とかそのまま出さないでよ。汚いわね。お部屋が汚れるでしょ」


「いいんだよ、どうせ持って帰る時はまとめて袋に入れるんだから。洗濯しちまえば一緒だろ。お前らも後で全部出せ」


 一人暮らしだとだらしなくなるのだろうか。俺はそこそこ掃除もする方だし、家事も一通りこなせる。それほど汚しちゃいないと思う。


「もしかして全員分まとめて洗う気なの?」


「フランもあったら持っていくぞ」


「女性の服を、それも履いた下着まで持っていく気?」


「あー、悪い。つい家みたいな感覚でな」


 なるほど、恥ずかしがるのか。そうだよな、普通女の下着って、洗ってあっても見られたくないものだよな。


「アジュくんって家でもそうやってるの?」


「たまに全員でまとめて洗う。俺がやらせているわけじゃない。私服とかは俺の手はつけない。破れそうだし」


 流石に毎回渡されるわけじゃない。ミナさんがやってくれたりもするし、たまーに俺が洗濯していると誰かが来て、ついでにやっておいてと渡されるのだ。下着とかパジャマとか制服とかな。


「どうして渡してくるのかしら? 普通恥ずかしがらない?」


「少しくらい女の子の下着に興味を持てということらしい」


 フランがなにか考え込んでいる。他人の家の習慣なんて知る機会は少ないからな。違いでも比べているのだろう。


「……そんな女の子がいるわけないじゃない」


「……何も言い返せねえ」


 そりゃそうだ。ごもっともです。あいつらの異常行動は説明する側に大きなダメージが入る。かといって深く説明していくと、あいつらの評判を下げかねないので、それはしたくない。俺詰んでいませんか。


「アジュくんの家庭環境はずれてるのよ」


「気にしたら負けだな」


 細かく考えたら負けだ。俺の負け。深く考えてはいけない気がするのよ。

 その下着は三日後までに返してくれればいいからね、という意味のわからない捨て台詞を残されたりするが、普通に洗ってその日に返している。健全さを忘れないようにしようね!


「女の子の服ってデリケートなのわかってる?」


「流石にドレスや私服は洗ったことがないな。各自やるかメイドがやる」


 女の服って頑丈さのパラメータ低くね? なんか色がどうとか生地がどうとか、難しそうで、そこは意地でも拒否るし、あいつらもわかっている。


「さぞ綺麗なんでしょうね。キザな褒め方してないかしら。ドレスも素敵だけど、君の方がかわいいよとか」


「あいつらは何着ても似合うだろ。今更言う必要がない」


「だーめ。そういうことはちゃんと口に出すの。基本よ!」


「口に出すと聞こえた」


 どこからともなくイズミが現れる。隠密スキルの使用はご遠慮ください。


「まさか私より先に下ネタを」


「違うわボケ」


「これだけは聞いておく。口に出すというのは、上下どちらの……」


「それ以上は攻撃魔法をぶち込むぞ」


「了解。我慢する」


 表情も変えずにこれほどの下ネタを。どういう子なのかいまだにわからん。


「俺に用事か?」


「もうすぐ会議の時間」


「おっと、そりゃまずいな。急ごう」


 というわけで会議室直行である。メンバーは俺とフランとイズミとルナ。主要メンバーのみである。


「さて砦も攻略したし、ここからの方針だが」


「どばばばーっと攻めちゃう? 9ブロック落とせるかもしんないよー!」


「それはしない。いいか、どれほど圧倒的に有利になったとしても、絶対に9ブロックは落とさない。これは主要メンバー六人だけの秘密だ。誰にも言うな」


 これは昨日のうちに決めた。便利なものは最後まで使い尽くそう。


「説明を要求する」


「いいか、9ブロックはなぜか質も悪いし性格も悪いやつがいる。だからこちら側に組み込みたくない。強固な結界と壁を作ってほどほどに使うんだ」


「使うって何に?」


「全部の口実に。目的はいくつかある。まずこちらの兵の練度を上げ続けたい。次にあいつらを自軍に入れたくない。そしてあいつらと戦争中だからという大義名分で、ある程度の無理を通したい」


 この状況は、うまく使えばひたすら有利なのだ。なんとかこの方針で固めたい。説得できるかはわからん。


「いいか、倒してしまったら、もうあいつらは敵軍じゃなくなってしまう。それじゃダメだ。あいつらの領地なんて治めたくないし、仲間と呼びたくない」


「完全に同意。まともじゃない人間が多かった」


「確かに……ちょっと空気が合いそうにないわね。まともな人もいるんでしょうけど」


「あと兵が実戦経験を積む機会を奪ってしまうのもNGだ。9ブロックはもう統率が取れていない烏合の衆だ。人望ないし、金で寄ってくるやつばかり。つまり超強化されたりする可能性は少ない。ザコ狩りして経験値稼ぐには美味しいんだよ。狩りつくしちゃいけない」


 うまみは骨までしゃぶるのだ。レベリングして、本当に強いカグラとかリリア陣営と戦わなきゃいけない未来に備えよう。


「兵に仕事をさせるというのは大切よね」


「お金になるって言ってもー、ずーっと見張りだけじゃモチベ下がっちゃうよねー」


「適度な刺激は必要」


 理解が早くて助かる。地頭がいい連中だな。非常に助かるよ。


「口実っていうのはどういうこと? 戦争を終わらせちゃいけないみたいな言い方ね」


「大正解だ。何か意見を通す時、たとえば食料とか金とかを民から貰う場合も『9ブロックが戦争を仕掛けてきたので、負けられない』という立派な名目があれば、みんな生活が脅かされるよりはマシだと考えてくれる」


 これが一番大きい。ヘイトを9ブロックに向けつつ、ある程度主張のゴリ押しができる便利ワードだ。


「それ7ブロックが攻めてきたらピンチじゃない?」


「その通り。だから9ブロックを壊滅させない程度に弱体化させるか、7ブロックとガチるかはまた別の話。同盟組みっぱなしが一番いいんだが」


「クレアは厄介。周到に策を練る」


 完全に軍師タイプだったからな。こっちも軍師が欲しい。あと武官も。戦闘特化がいないと困るのだ。


「対策としても、8ブロックにいる人材をもう少し探すしかない。ちなみに俺に人脈はないぞ」


「エルフでいないか探してみるわ」


「ルナもやるー! イズミちゃんは?」


「勇者科の試練に付き合ってくれるかは不明。一応あたる」


 あとはホノリとミリーだが、ミリーは難色を示している。社長令嬢だが、あいつの会社じゃなくて親のだからな。自分にはあまり権限がないんだとか。


「まあ帰ってから調べるとしよう。準備急げよ」


「おやおやー? どうしてそんなに焦ってるのかにゃん?」


「他のブロックが強すぎるからな。それにホノリには作って欲しいものもある。そうだフラン、お前好きな色とかあるか?」


「急に何よ? 森や自然の緑か、綺麗な赤かしら。鮮やかで上品な色がいいわ。わたしに似合うもの」


「了解」


 目的を決めたら後は帰るだけだ。兵は十分に残すし、あっちの砦も使わせてもらう。しばらくはこれでいいだろう。






――――イロハ陣営――――


 結論から言えば、カグラさんのチームは悪くなかった。いい子ばかりだし、春のような気候で過ごしやすく、油断すれば眠ってしまいそうになる。だから仕事の量を増やしたのかも知れない。


「調査終わったわ。いつものようにまとめておいたから」


「ありがとうイロハちゃん。助かっちゃった!」


 カグラさんの部屋に資料をまとめて渡しに行く。もうすっかり日常のやり取りになりつつあった。仕事に打ち込んでいれば、眠気も、彼のことも深く考えなくていい。


「ちょっとお話しようよ! ほらほらみんなも! クッキー焼いたよ!!」


「その前に書類を片付けなさい」


「ごめんなさい! クッキーあげるから許して!」


 カグラさんは明るくて、笑顔でみんなを癒やしてくれる。暖かく包み込むカリスマ性とでも言うべきかしら。おかげでメンバーの仲も良好だった。


「はいイロハちゃんのぶん! 甘さ多め! お仕事いっぱいしてくれたから、これで回復だー!」


「ありがとう。いただくわ」


 甘くてとてもおいしい……みんな同じような反応ね。その場を和ませてしまうのは、天性の才能よ。私にはできないわ。


「では第八回、女子会を始めます!!」


 こうして四人で集まることを決めたのはカグラさんだった。今みたいにお菓子を持ってきて、誰とでも仲良くなれる子なのね。


「みんな大事なメンバーだからね! ちゃんとヴァンくんにも渡してきたよ!」


「めっちゃ喜んでそう。甘いもの好きっしょあいつ」


「めっちゃ喜んでました!」


「誤解させてはダメよ?」


「ソニアさんとクラリスさんと付き合ってるんだよね。だいじょぶ! 義理だって伝えたから!」


 いっそ好感を覚えるほどにストレートね。嫌味にならないのは凄いわ。


「いいねいいね。ヴァンくんイケメンだし強いし、彼氏持ちっていいなー。カグラもルシードくんいるし」


「ウエェ!? ちが、ルシードはまだ彼氏じゃないよう!!」


「まだってことは、いずれなるつもりっしょ?」


「あうあう……」


 かわいらしいわね。男の人はこういう子に好かれて嫌な気はしないでしょう。かわいらしくて、優しくて、お菓子作りができる女の子。少し羨ましい。私もカグラさんみたいになれたら、もっと好きになってもらえるのかしら。


「あうう……だったらイロハちゃんもそうじゃない!」


「私?」


「そうそう、あの黒髪の男子。いつも一緒にいるっしょ」


 こちらに話が来ると、どうしても顔を思い浮かべてしまう。ちゃんとやれているかしら。食事が偏っているかも。メンバーとうまくやれていればいいのだけれど。でもあまり仲良くなられると、それはそれで悔しいわ。


「フウマさん口説くとは、命知らずな男だねえ」


 違う。好きになったのは、これが恋であると知ったのは私。私の心にアジュが住みついている。


「口説かれたかしら……好きになったのは私が先よ。まだ正式な恋人でもないわ」


「そうなの? いつもの三人で争奪戦?」


「むしろ協力戦よ。色々と拗らせている人だから」


 三人じゃなかったら、攻略は遅れていたはずよ。シルフィとリリアには感謝しているわ。


「ふーん……王族じゃないんだよね? どこがいいの?」


「全部よ」


「即答だ……即答したよ……」


「具体的に説明すると長くなるわよ」


 長くなるし、魅力を伝えるのも気後れする。私達だけがわかっていればいい。本当に理解できているのは私達だけ。それはそれで素敵なことだと思うから。


「イロハさんほどのクールビューティーで落ちないとは、手強い相手だねえ」


「私はどういうイメージなの……?」


「クールで強くてかっこいいよ!」


「そうそう、キリッとしてて、なんでもできちゃう感じ!」


 今は里での修行が役に立っているけれど、それもいつまでかわからない。肝心のアジュ攻略が進んでいる気がしないので、あまり自信がないわ。


「言うほど強くもないわ。支えられてばかりよ」


 今の仲間がいなければ、私はどうしていただろう。シルフィに出会って、アジュとリリアに出会った。四人でいるから、今の私がある。三人がいない世界なんて、想像もできないわ。


「じゃあ彼氏さんを支えてあげればいいのよ。助けてあげてポイントアップのチャンスじゃん!」


「そうね、それができたらいいわね」


「でも意地悪な試験すぎるっしょこれ。もしかして恋人みんなバラバラじゃない?」


「あーあるかも。意地悪だね」


「ねえイロハちゃん。お仕事頑張ってくれたし、一日くらいお休みあげるから、会いに行っちゃいなよ!」


 少しだけ心が揺れる。けれど、それはできない。


「それはいけないわ。私だけ抜け駆けはできないもの」


 みんな我慢しているのに、私だけが彼の元へ行くことはできない。三人で攻略すると誓った。親友は裏切れない。今は自覚してしまった自分の心も怖かった。アジュに会ってしまえば、きっと私は止まらなくなる。


「ええ子や……イロハはええ子や……」


「それに、その……はしたないというか……どう好意を伝えたらいいか、よくわからないの」


 少し顔が赤くなっているのがわかる。伝え方が不器用なのは自覚していた。恋愛相談なんてあの二人にしかしないから、気恥ずかしさもある。


「おおぉぉぉ……イロハちゃんかわいい! きれい!」


「恋する乙女だねえ」


「どういうことよ……」


「ねえイロハちゃん、アジュくんのところに行きたくなったら言ってね?」


「ありがとう。その時は、お言葉に甘えさせてもらうわね」


 そこからしばらく恋バナというものは続き、解散になった。気が紛れたと思っていたけれど、部屋に戻ることろには、またあの人の顔が浮かぶ。


「はあ……私は何をやっているのかしら」


 おそろいのデザインのパーカーを椅子にかけて、ベッドに倒れ込む。おそろいは両方揃っていないと意味がないのよ。


「もう、私の匂いしかしない」


 試験初日にわがまま言って、アジュの服を借りてきた。離ればなれの寂しさを我慢するからと。無いと眠れない。あると寂しくて眠れない。なのに捨てられない。こんな状態なのに、会ったら離れられなくなるに決まっている。


「いつからこんなに弱くなったのかしら」


 始めは匂いで我慢できると思っていた。彼の匂いが染み付いた服があれば、この衝動を抑えられると思って。一週間経った頃、それが誤算だと気づいてしまった。

 アジュの香りがしなくなった服を抱きしめるたびに、心に穴が空いたような気持ちになる。今までどんな修行でも泣いたことなどなかったのに。


「もう少しだけ、強引に求めておけばよかったのかな……」


 それでも私の匂いしかしなくなった服を抱きしめて眠ることをやめられない。


「会いになんて……行けるわけないじゃない」


 会えば別れが辛くなる。それを自覚している。だからもし会えたら、今度は忘れられないほど強く思い出を刻み込んで欲しくなる。キスで止まる自信がない。お互いの匂いが染み付いて消えなくなるまで、私はあの人を求めてしまう。


「一緒のチームならよかったのに。一緒なら、いつもと同じ。苦しくなんてないのに」


 私の頭を撫でる手が、キスをした唇が、抱きしめてくれる腕が、一緒に寝る時のぬくもりが、私から離れていくのがいやなの。


「面倒な女ね、私」


 今すべきことは、カグラさんの国を守ることだけど、アジュの動向も探る。狩りは得意よ。一度狙ったのだから、絶対に放さない。


「寂しくさせた分だけ、覚悟しておきなさい」


 また一緒に暮らせるようになったら、次はもっと心の奥深くに忍び込むわ。

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