ネフェニリタル観光編
試験休みの日常編
試験が終わって二日目。もちろん昼まで寝ていた。
「まさか残りがほぼ休みになるとはな」
一応座学の日はあるが、それ以外じゃ冬休みか春休み状態だ。激戦続きだったし、リフレッシュにはちょうどいい。
「怠惰な生活しとるのう。ご褒美リストきたぞい。見ておくのじゃ」
「おー……おぉ……マジか」
神への師事とか、国の図書館の持ち出し禁止された文献閲覧権とか、かなり豪華だった。だがその中でも目を引いたのは。
「新築魔法ラボ……?」
魔法の研究用に、小規模なラボをくれるらしい。実験の場と設備をどうするかは悩みどころだったし、非常にありがたい。
「やばい……これめっちゃ欲しい」
設備もいいし、個人で使うなら十分なスペースがあるみたいだ。魔法の研究はまだまだ続けたいし、これはマジで嬉しいぞ。
「学園はツボ押さえとるのう。ラボ欲しいじゃろ?」
「ばれたか。寝泊まりできる場所はありそうだし、正直かなり欲しい。場所を借りても好き勝手するには限界がある」
「アジュ帰ってこなくなりそう」
シルフィがいつの間にかソファーにいる。ベッドに入ってこないのは、毎日はやめろと言ったのを守っているのだろう。えらい。
「毎日寝泊まりするわけでもないぞ」
「熱中して帰るのめんどくさくなるじゃろ」
「その可能性は否定できん」
楽しくなっちゃうと深夜までゲームとかするタイプだからね。
「わしらとの時間も作るんじゃぞ」
「暗くなる前にはおうちに帰るんだよ」
「小学生か。勇者科だってあるし、研究ばかりやっているわけじゃない。趣味が少し増えるだけさ」
「やりたいことがあるなら否定はせんのじゃ。しかしそればかりではいかんぞ」
「了解。それじゃあ少し出かけるか」
クエスト見てからふらふらするくらいだが、外に出て健康的な俺であると示そう。
「お散歩に行くのね」
イロハのしっぽが揺れている。狼のプライドを持て。
「晩御飯の準備はしておくのじゃ」
「いってらっしゃーい」
二人は食事当番なのでついてこない。そういうところきっちりしているの好きよ。
「どこに行きましょうか」
「あんまり寒くない場所で、買い食いはやめよう。あとは好きにしていいぞ」
イロハに任せるの術。アジュさんにそういうスキルを求めてはいけない。
「日当たりのいい公園でもお散歩しましょう」
イロハは高級店よりお散歩が好き。いい匂いや暖かい場所をゆったり歩く。犬の散歩みたいで楽だし健康にいい。
「こうしていると、帰ってきた実感があるわ」
「気温が全然違うからな」
「ふふっ、雪国は辛いわね」
「雪は滑るし重いし寒いからな。あれは遊ぶ時だけ降ればいい」
「雪遊びのイメージがないわね」
「そりゃ家に籠るからな」
実に中身のない会話だが、イロハ相手だと苦痛じゃない。俺が話せる話題かどうかを選んでくれているのだろう。
「いい空気感だ。ゆっくりできる」
「いいでしょう。冬に咲くお花もあるのよ」
周りには規則正しく花が植えられている。名前は知らないが、白くて綺麗だ。香りもきつくないし、まさに散歩コースだ。
「じゃあ手を繋いでみましょうか」
「どうした急に」
「急じゃないわよ。今まで試験だから耐えてきたわ。加点減点のポイントがわからないし、落第を避けるために仕方がなかった」
「そうだな。色ボケで試験落ちたらアホだからなあ」
「つまり色々と解禁ということよ」
ちくしょう逃げ道がなくなったぜ。だがいずれは崩壊するダムみたいなものだったし、手を握るあたりで小刻みに解消すべきなのかも。
「仕方ない。過剰にくっつかなければ認める」
「認めるじゃなくて、アジュからするのよ」
「俺が……そんな恥ずかしい真似を」
「人通りも少ないし、カップルもいるから大丈夫よ。そういう違和感のない場所を選んだわ」
あーあ、完全に計算されていますよ。たまには頑張らないとだめってことかね。手くらいならまあ、嫌ではない。イロハなら抵抗感はほぼないさ。
「おりゃ」
「掛け声はやめましょう」
「超小声だからセーフ」
「まだ慣れないのね」
「本人は嫌いじゃないんだがなあ……どこまでいっても難しい」
確証というものが100%にならんのよね。博打感が出る。だがそれだけじゃない気がする。なんだろうねこの感覚は。
「たまにはリリアみたいに分析しましょうか。勢いの付け方が観念する形なのよね。照れじゃないものが混ざっているわ」
「おー……そうかも。そういうの自分じゃ分析できないよなあ」
言われてちゃんと考える。ちなみに手は繋いだまま。多少温かい。
「自分から行くのを嫌がる理由があるはずよ。マイナス思考になる理由を考えましょう。私からさりげなく繋ぐと受け入れるわね。アジュから来ないのはなぜ?」
「…………危険だし負けた気がするから?」
「私にじゃないわね。何に負けるの?」
「そこだな。そこに鍵がある。ていうかなんだこのカウンセリングは」
これ精神科医とかにする相談だろ。散歩でやるなや。
「気にしないの。女性に触るのは危険だというのは前に聞いたわね」
「女に触るというリスク回避は確実にある。生殺与奪を相手に握らせるのが性に合わないというか、あとはなんかこう、恋愛面における女の優位さがむかつく」
「また意味不明な拗らせ方が発覚したわね」
「女というのは余程特別な事情がなければ、恋愛において決定権を持つ側だ。男は媚びなきゃいけない。イケメン金持ち天才は別。そういう恋愛への不快感は絶対ある。これは女には理解できない。見た目のいい女には理解できんから諦めろ」
こういう不満というか、女はずるいという感覚が抜けないのだ。あの世界が女尊男卑の政策とかやっていたせいだろう。国がやれば国民は許可が出ていると思う。そして女への嫌悪感は男全体へと広がる。一部の上級国民だけが別の世界だ。
「イロハのせいじゃない。強いて言えば世間の風潮とかだ。自分から動く行為はその時点で女を圧倒的優位にする。自分の命のあり方を自分で決められない」
「そこまで大げさな話なの?」
「最終的にそうなる。お前らはそうじゃない事は知っている。感謝もしている。嘘じゃない。だからこうして手も握れる。十年以上の教育で心に染み付いた呪いだな。簡単には解けてくれないのさ」
「テストとかあるのよね?」
「あるぞー、小学校の高学年からある。やばい思想の女というのは……おっと、そろそろつくから雑談終わり。クエスト調べるか」
「またお散歩しましょうね」
「ああ」
ごく普通の会話というやつをしながら、クエストカウンターまでやってきた。
こういう人の多い、カップル向けじゃない場所に来ると、イロハは自然に手を離してくれる。見せびらかすような下品な真似はお互いに嫌いなのだ。
「数が多いな」
「普通はこれから期末試験だもの」
「なるほど」
貴重な材料集めとか、モンスター討伐から性能実験のテスター募集まで幅広い。
「そういや前の試験でもこんな感じに募集増えたな」
「課題がそれぞれ違うから、ぴったり噛み合うこともあるのよ」
「他の科も無茶振りされんのかな」
「学園ならやりそうね」
「おや、お久しぶりでございやす」
ヒメノの部下のフリストだ。短めの和服とかんざしでわかりやすい。久々に見たけど元気そうだ。
「そういや会わなかったな」
「へい、あっしらは旦那とは少々違う場所で動いておりやした」
「そちらも大変そうね。健康にだけは気をつけるのよ」
「お心遣い感謝いたしやす」
まともだ。本当にまともでいい子だ。どうしてヒメノの部下なんだろうな。
「フリストは依頼か?」
「へい、今しがた希少な材料採取の援軍が終わったところでございやす」
「働き者で偉いわね」
「辛くなったら休むんだぞ」
「ご心配にはおよびやせんぜ、これでもヴァルキリー。人間よりは頑丈でございやすから」
胸を張る姿はかわいいけれど、その姿で言われると不安なんだよなあ。完全に女の子だし。超人レベルで強いんだけど、見た目から心配になるのだ。
「あとはお菓子作りの援軍で終わりでございやす」
「援軍て言えば何でも通りそうでやばいな」
「ちゃんと仕事は選んでおりやすよ」
「ならいいけれど、協力できるなら手伝うわ」
表情からして無理はしていない。援軍に出るのが楽しいみたいだし、そこはヴァルキリーの特性なのかもしれない。心配しすぎない程度に気にかけるか。
「ありがとうございやす。ではいつかフウマのお菓子でもご教授ください」
「お菓子好きか」
「味覚と嗜好は年頃の少女レベルと認識しておりやす」
「いいわよ。お菓子でいいなら手伝うわ」
「どうせ暇だ。今も目的もない散歩の途中だしな」
「おぉ、そいつはありがたいねい」
長いウエーブかかった金髪の、少し背が低めで無駄に胸がでかくて八重歯。料理大好きアンジェラ先輩だ。久しぶりの知り合いによく会う日だな。
「アンジェラ先輩?」
「おひさしぶりい。仲良くやってるかい?」
「おそらく今のところ順調なはずです。期末試験は突破しました」
この当たり障りのない返答どうよ。すごくね? イロハさんが不満気ですよ。
「先輩はどうしてここに?」
「フリストちゃんのお迎えだよん。新作お菓子作りのお手伝いしてもらうのさあ」
「知り合いだったのか」
繋がりがよくわからん。先輩はヒメノの仕事どころか俺の鎧についてすら知らんはず。超人ですらない。謎の縁だな。
「アジュくんと一緒に新作の料理やったじゃん? あんときのお客さんにいたじゃん。そっから来てくれるんだよねい」
「へい、とても美味しゅうございますので」
「嬉しいねい」
コミュ力すごいな先輩。完全な陽キャだし、仲良くなるのも早いんだろう。
「ちゅーわけでアジュくん、なんか食わせて! なんかオリジナルのあるっしょ?」
「イロハのフウマ料理の話では?」
「そうなん?」
「一応は。あっしも旦那の料理は興味がございやすが」
「なるほど、両方食えばいいし」
なんもよくねえよ。先輩じゃなきゃ怒るぞ。まずそんなレパートリーねえよ。先輩は料理の道の人だ。そんな人が知らない料理ってお題がきっつい。
「ああもう……材料もないでしょ。ここクエストカウンターですし」
「ふっ、場所を変えるぜい。お店が近いからちょうどいいぜい」
なんか先輩の働く店に連れてこられた。展開が早いぞ。
「たのもう!」
「帰れ。お客様はいらっしゃいませ」
前に見た男の人だ。無事この店でやっているようで何より。
「新しい料理を作らせたいんですがいいですよね!」
「いいわけねえだろ営業中だろ」
「そりゃそうでしょ」
「無理はいけませんぜ」
「ちょっと材料借りるだけだよ」
「せめて空いてる厨房借りろや」
完全にど正論だよ。まともな人だなあ。今日は普通の感性を持っている人が多くていいぞう。普段からこうであれ。
「フウマ料理食えるぜい」
「営業終了まで待て。オレも食う」
こういうところは先輩と同類なんだなあ。俺も未知の魔法とかあったら同じ反応するだろうし、気持ちは理解できるぜ。
「じゃあまた今度にしましょうか」
「私達は晩ごはんを用意して待ってくれている仲間がいるので」
「む、それはいかんぞアンジェラ。仲間の手料理を無駄にさせるやつに料理を語る資格なし」
「よっしゃ! じゃあ食べてくる! レシピ覚えて作っちゃる!」
「行って来い」
許可出るんかい。こうしてアンジェラ先輩とフリストを連れて行くことになった。
フリストだけ仲間はずれはかわいそうだからね。
さて俺も何か作るんだろうか。レパートリーが男飯なんだよなあ。
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