第153話 観光と意識の移り変わり

 フルムーン王都観光に出発したわけだけども。

 そう、俺達には土地勘が無いのである。


「劇場に行こう!」


 シルフィさんがセレブっぽいことを言い出した。


「王都には大きな劇場があるのよ。そこで二時間くらいなら暇つぶしできるわ」


「劇ねえ……そういや見たことないな」


「庶民には無関係な場所じゃからのう」


「そうなの? 普通の人もいっぱいいるよ?」


「俺のいた場所じゃ縁のないものだったんだよ」


 映画は庶民のもの。でも劇ってなーんかハードル高いイメージだし。

 どこでやっているのかも知らないしで、行ったためしがないな。


「到着です!」


「いや建物からして超でかいぞ」


「公演はいくつもやっているわよ。有名どころは大きなスペースでやるわ」


 そんな映画館みたいなシステムで劇場って成り立ってんのか?

 この世界の娯楽施設はまだよくわからん。学園にあったら行ってみるかな。


「高かったりしないだろうな? マナーとかあるか?」


「普通にしていればいいわ。静かに見ていればそれでいいの」


「あ、これとかどうかな?」


 シルフィが見つけたのは、劇場今月のオススメと書かれたやつ。

 探偵が密室殺人と悪の組織を推理で叩き潰す。爽快バトルアクションミステリー歌劇。


「ミュージカルっぽいやつじゃな」


「いいね。これにするか」


 そして入ったわけだが。俺はちょっと綺麗な映画館を予想していたわけだ。

 なのに物凄い豪華な舞台ですよ。しかも、俺達がいるのは普通の席じゃなくて、隔離された特別席。

 くつろげるスペースでゆったりと、望遠魔法で役者を見たりできる。

 テラスっていうか出窓みたいな場所。


「これオペラとかの金持ちが座る席だろう」


 なんでこうなったかというと。


「それではシルフィ様、別室にて待機しております。御用の際はなんなりとお申し付けください」


 シルフィが顔バレしました。普段着だしばれないだろうと思ったら、劇場のお偉いさんに見つかりましたよ。


「普通の席じゃねえだろここ……」


「そうかしら? でもまわりに人がいない方が、落ち着いて見るにはいいじゃない」


 いかん。イロハも基本的にお金持ちだ。っていうかお姫様ポジションだったな。

 感覚が微妙にずれている。


「ほーらはじまるよ?」


 ちゃっかり横に座っているシルフィ。寂しかったんだと。まあ我慢させていたしいいか。


「ここまできたら楽しむか」


 馴染みが無いものだったけれど、これがなかなか面白い。


『これは密室殺人だ!』


『密室!? 密室!? 殺人だ! 殺人事件だー!!』


 ミュージカルって生で見ると面白いな、音楽は派手だし、役者さんも声がよく通ってて綺麗だ。

 こっちの劇は魔法で飛んだり跳ねたりするから派手で好きかも。


『だが移動魔法を使える三人組はどう説明する。名探偵くん!』


『移動魔法は使われていない! 密室殺人などとその気になっていた貴様らはお笑いだったぜ!』


『ぐぬぬ……ならばここで貴様の死体を横に並べてやろう!』


 舞台をがんがん動き回るのは見ていて楽しい。推理ものなのにめっちゃ動くな。

 いちいちポーズ決めて叫ぶから印象に残る。


『次の死体はどこだ?』


『はっ、あちらの扉の中に』


『ご苦労。あとはわたしがやる』


 なんだかんだ見入っている。犯人とのド派手なバトルも好き。

 普通に精霊とか出演しているし、エルフとかドラゴンの羽と尻尾が生えている人間も参加するため、ファンタジーっぽい。


『名探偵みずからが?』


『これ以上お前達に犠牲が出ては困るのでな』


『流石だぁ……』


 面白いんだけどさ。普通に魔法とか使った捜査手順が出てくるもんだから。


「トリックがよくわかんねえ……」


「雰囲気だけわかればよいのじゃ」


 リリアは意外にも俺の隣だ。鑑賞の邪魔になると気を遣っているのかね。

 なんとなく目が輝いている気がする。両足をぱたぱたさせているのは楽しいからだろう。

 テンションあがっちゃっているな。


「いつ見ても面白いね」


「探偵本人の監修ですもの。リアリティが違うわ」


「実在してんの!?」


「去年まで探偵科でちょくちょく臨時講師とかしてたはずだよ」


「世界は意外と狭いのじゃな」


 狭すぎるのか、学園の達人密集度が凄いのかわからん。


「この装置はなんだ?」


 トラックボールマウスみたいなものと、そのちょっと前に役者さんが映っている半透明な鏡っぽいものがある。イスにくっついているので観賞用の装置っぽいが。


「これはね、こうやって倍率を変えたりして、遠くから舞台を見るためにあるんだよ」


 シルフィが俺の手を取って装置の上に重ねてくる。適当に中央のボールを動かすと、動いている役者さんに焦点が合う。迫真の格闘シーンがよーく見える。


「おお……かっこいいなおい……探偵の服でよくバク宙とかできるな……おお、いいぞかっこいい!」


「手を握っているのにこの反応ですよ……」


「面白いオモチャを見つけたら、そんなもんじゃろ」


「いつまでも子供ということね」


「うっさい、今いいところなんだよ」


 犯人の屋敷までやってきた探偵が推理ショーを繰り広げ、組織を追い詰めている。


「アジュが楽しんでいるし、いいんじゃないかな」


「そうね。こちらを気にしていないみたいだ……し……」


 いつの間にかイロハさんが俺の肩に寄りかかっている。顔が近い。

 確実に匂い嗅がれてますよこれ。


「おおぉ……あんまり気付かれないね」


「気付いたぞ。なにやってんだよ」


「熱中しているアジュに気付かれずに、どこまでくっつけるか勝負」


 シルフィも反対側からくっついている。リリアは微妙に寄っているけれど劇を優先しているのか、こっちの争いには入ってこない。


「すんなや。ちゃんと劇見てろ。面白いんだから」


「ではちゃんと劇を見つつ、くっつくということでどうじゃ」


 なぜくっつくのは確定ですか。誰にも見られないとはいえ、あんまりくっつくのはなあ。

 正直微妙に意識しているのだよ。なんだろうな、出会った頃とは違う気分だ。

 前はくっつくことになれていなかったし、不信感もあったけど。

 それが消えたら別の感じで意識している。原因がわからんともやもやするな。


「どうしたの? 何か思いつめているみたいね」


「なんでもない。ちょっと……まあ普通に劇を見ようぜ。気持ちの整理がついたときに話せたら話す」


「おぉ? ちょっとマジトーンじゃな」


「ん、わかった。相談には乗るからね」


「助かるよ。言っているうちにクライマックスだな」


 劇は推理も終わって犯人を成敗するところだ。


『ええい、本物の名探偵様がこんなところにいるはずがない! 偽者だ! であえであえ! この不届きものを切り捨ててしまえ!』


『成敗いたす!!』


 殺人犯が所属する組織とながーい階段でバトル。

 階段を悪人がごろごろ落ちていく。痛そうだが豪快だ。


「派手に火花散ってるけど大丈夫かあれ」


「問題ない。演出用に威力を抑えた魔法じゃ。しかも相当強力な防御魔法を体に使っておる」


 特撮でダメージ受けると飛び散る火花出てますよ。なるほど、魔法があると生身でできるのか。


『相当の訓練が必要だから、よい子は真似をしてはいけないよ!!』


 あ、注意入った。そりゃそうか。加減間違えたら死ぬもんな。そりゃ怖いわ。


『くっ、探偵パワーが足りない! みんな! 私にパワーを!!』


 客がサイリウムみたいなものを振り始める。そういや買ったなこれ。


「はい、一緒に軽く振るよー」


「こうか?」


 言われて振ると、淡い光が現れて探偵さんの剣に集っていく。


『完成だ……みんなの推理力を集めた必殺剣が!』


「おぉ……おもしれえ……いいなこういうの!」


 これはテンションあがりますわ。こっちの劇って凄いな。楽しいぞ!


『うぎゃああぁぁ!!』


『この世の悪を見つけ出す! 正義の推理で追い詰める! これにて完全証明……完了だ!!』


 拍手の嵐である。自然と俺も拍手が出ていた。こういうのすっごい楽しいわ。


「いやあ充実した時間だったぜ」


 見終わって大満足のまま劇場を出た。パンフ買ってしまったよ。


「凄くよかったぞ。誘ってくれてありがとな」


「よーし喜ばれたよ! わたしも楽しかった!」


「またみんなで来ましょうね」


「うむ、充実した一日じゃな」


「さーて次はっと……」


「突然のハンサム!」


 現れたなポセイドン。普通にシャツとズボンだ。鎧は目立つから着ていないのだろう。


「準備ができた。来い」


「いいタイミングだな」


 ポセイドンについて行く事にした。さて、どんなぶっとび装備ができたことやら。

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