異世界での朝

 目を開けると俺の部屋だ。新しい部屋も何度も見ると慣れるもんだな。

 俺の新しい家は結構大きくて、部屋も多い。完全に個人で住むもんじゃないだろう。

 眠い……インドア派に森の長距離移動は無理だった。


「起きたか。体はどうじゃ?」


 リリアがベッドの横に立っている。入ってこないのは、俺の体に気を使っているのだろう。


「大丈夫だ。起きられないほどじゃない」


 もそもそと起きようとするが、まだ少し力が入らない。

 リリアがそっと俺の体を起こしてくれる。いつの間にベッドに入ってきた。忍者か。


「助かる。もうダルさはほとんど抜けた」


「一日で疲れがほぼ抜けきるか……大事なくて何よりじゃ」


「本当にな。もうちょい身体鍛えるわ」


 学園長の計らいで風呂に入った後、俺とリリアは自分の家に帰ってきた。

 そして疲れがどっと出たのか爆睡して朝になる。


「女の子を助けてお風呂にも入って、好かれる好機じゃというのにこやつは」


「助けてくれた男に惚れるってやつか? 俺には無理だろ」


「やる前から諦めてどうする。なんのための異世界じゃ」


「異世界に期待しすぎだっての。そのうち異世界さんがプレッシャーで胃に穴が空くぞ」


 ストレスは発散の仕方がヘタだと溜まって本当に突然胃が痛くなるからな。


「この異世界さんに胃薬を」


「どこのラノベタイトルだそれ」


 話しながら体を起こして、両手を開いたり閉じたりしてみる。違和感なし。

 この行動が凄く中二病っぽくて恥ずかしいけどちょっと好きだ。

 ああ、やってみたかったさ。こういうのやっていいのが異世界だと思うし。


「よし、ほぼ治った。回復魔法っぽいやつのおかげだな」


「おぬしも覚えておくとよいぞ」


「ん、考えておく」


 動けない俺に、リリアは回復魔法をかけてくれた。そのおかげで回復し、一日でこうして筋肉痛もなく生活できる。


「しっかし、あれだな。普通に疲れるんだな」


「鎧を使っているうちは最強無敵じゃが、本体がレベル1では仕方あるまい」


「一回使い方を調べる必要があるな」


「あの森でやるのは目立ちそうじゃな」


 旅立ちの森林だっけか。ビームは撃たないにしても鎧が目立つ。森を破壊しそうだし。


「となると、どこか実験できる場所がいる」


「そこそこ広くて人目につかん場所が良いのう」


「都合良くあるのかね。そんなん」


 その時、軽くノック音が聞こえた後で玄関のドアが開く。


「アジュ元気になったー? お見舞いに来たよー」


 今日も元気だ、シルフィだ。

 女の子がお見舞いに来るとか、俺の人生に深刻なバグ出てるな。


「もう動けるのね。後遺症はない?」


 イロハが開けっぱなしのドアを閉めて入ってくる。

 来ると思ってなかったわ……シルフィの付き添いかな。


「見事に健康体だよ。どこもおかしくはない。元々疲れただけさ」


「そっか。よかった」


「心配かけて悪かった。何かの形で恩は返すよ」


 風呂から上がった後、疲れが押し寄せてきて寝そうになった。

 そのためさっさと帰ってしまったのさ。


「いいっていいって。パーティーは助け合いだよ」


「そうね。気にしないで」


 流石に女を信用しない俺でもお礼はする。恩を返さないことと、女が苦手なのは別だ。


「別に今答えを出さなくてもいいんじゃないか? して欲しい事ができたらで」


「そうじゃな。ゆっくりでよい」


 シルフィなら無茶な願いは言わないだろうしな。そしてパーティーであれば、俺みたいな童貞野郎でも助けるわけだ。優しさを勘違いするアホな男が出てきそうだな。


「それほど大層な事はしていないわ。むしろリリアさんの回復魔法が異常なの」


「それわたしも思った! 凄いよね!」


「わしの魔法は曖昧魔法という魔法の終着点の一つじゃ。究極の魔法とはなにか? という問に『曖昧であること』という結論を出した」


「強そうには思えんな」


「ふむ、例えば『氷を自在に操る男』と『一秒に千本の氷を打ち出せる男』では後者のほうが強そうじゃろ? しかし、前者は氷を操るとしか言っておらぬ。つまり千本だろうが一万本だろうが出せてもよい」


 えらい暴論だな。重箱の隅というかなんというか。


「そこで攻撃・風水・陰陽・回復・強化・召喚・呪術・精霊・忍術・蘇生・錬金等の魔法を徹底的に細分化し、できないことなど無いほどに極め尽くしたら、さらにできることを増やし細分化する」


「途方も無い時間が必要ね」


「じゃろうな。そして無数の魔法ができた後、今度はそれを一つの魔法にするために、一つ一つ組み合わせていく。すべての魔法を自在に使えるたった一つの魔法。それが曖昧であることの意味じゃ」


 ここまで理論がかっ飛んでいるとコメントもできん。


「魔法って誰にでもできるのか?」


 魔法はできるなら覚えたい。

 遠距離攻撃の手段や、回復できるという利点は計り知れないものがある。

 あと単純に使ってみたいだろ魔法とか。


「魔法についてどれだけ知っているの?」


 イロハが聞いてくるけど、どれくらいと言われても困る。


「こやつは全くの素人じゃ」


「うあーそれじゃあ、説明長くなっちゃうよね?」


「そりゃ悪い、違う話にするか?」


 知り合って間もない人間に説明させるのは気が引ける。


「いいわ。それほど長いわけでもないし。体の疲れが完全に取れるまでの暇潰しにはなるでしょう?」


「なんでわかる?」


 そこまで不審な動きをしたか? 挙動不審ではあってもピンポイントに見抜かれるはずがない。


「体の異常に気づきやすくて」


「わたしがケガすると、すぐわかるんだよ。わたしより先に気づいたりね」


「それもどうなんじゃ……」


 ケガとか気にしないで突っ走りそうで怖いなシルフィ。

 実際にはそこまで常識のないアホの子じゃないんだろうけど。

 さっきも俺を気遣ってか、ノックしてゆっくり入ってきたし。

 そういうお嬢様っぽさが見え隠れするのは好きです。


「話が逸れたのじゃ。ではちょっとだけリリアちゃんの個人授業を始めるのじゃ」


「おう、よろしくリリア先生」


 ちょっとリリアのノリに乗ってみる。

 リリアはベッドの上にいる。シルフィとイロハは椅子に座って聞く姿勢。

 椅子とかいつからあったんだろう。


「まず魔法とは、魔力を使って行う行為全般じゃ。あとは魔導力で動くものがある」


 名前がちょっとかっこいいじゃないのさ。


「杖とか空飛ぶ箒とかか?」


「魔法を使った道具や機関のことじゃ。主要部分を魔導力という魔法の力で作り上げる、とか言えばなんとなくわかるかの?」


「機械みたいなもんでいいのか?」


「まあその認識でよいじゃろ」


「魔法っても攻撃と回復だけじゃないんだな」


 後は召喚魔法とか禁術的な凄い魔法とか? それくらいしか思い浮かばない。


「そら使える技術があれば日常生活を良くする方向にゆくものじゃ。人間は楽をするためなら本気になるのじゃ」


「電化製品がどんどん便利になるみたいなもんか」


「その通りじゃな。この辺りは長くなるので、接する機会が来たらまた教えるのじゃ」


「あのね、魔法を使うときは魔力の流れと、どうやって魔法が出てるのかを意識するんだよ」


 椅子から立ち上がり、ベッドの横に来るシルフィ。

 しなくても簡易魔法を発動することは出来る、と付け足してくる。

 大抵は簡易魔法が使われるらしい。


「なんとなくわかったような……」


 実際にどうやれば魔法が使えるのかがわからんと、なんとも言えないな。


「こうやって、ふわーっとするといいよ」


 凄まじく漠然とした説明の後、シルフィの手がぼんやり光る。

 その光が俺の肩を撫でると、ほんのり体が暖かくなるというか血行が良くなる気がしなくもない。

 光によってマッサージされているみたいだ。


「おおーこれ気持ちいいな。これは俺でもできるかな?」


「きっとできるよ。最初は簡単な魔法から覚えていけばいいよ」


 簡単もなにも覚え方からわからない。


「素質があるのがわかってるなら魔法科に行けばいいんだけどね」


「魔力を引き出すところからじゃな。こやつは実践で覚えるのが一番じゃ」


「やっぱり場所が必要だな」


「場所?」


「リリアと話してたんだ。どこかに訓練できる場所はないかって」


「学園にはみんなが訓練に使える場所があるわよ」


 おそらく道場やコロシアムっぽい施設なんだろうと想像をふくらませる。

 だがその施設には欠点がある。


「それみんなが使うんだろ? 超目立つぞ俺」


 あんなもん着て、あんなビームぶっ放せば目立つに決まっている。

 借り物の使い方もわからない力じゃ、ボロが出た時に取り返しがつかない。確実に騒がれる。

 もっとのんびり、スローライフ感覚で異世界を満喫したいんだよ俺は。


「なるほど、それもそうね」


「人気者になれるかもしれないよ?」


「絶対に嫌だ」


「コスプレ野郎として一躍時の人じゃな」


「なりたくないっつーの。恥ずかしいからパスだ」


 出来る限り悪目立ちしたくないんだよ。


「ではそれ以外でアジュがモテモテボーイになる方法をじゃな……」


「私は脱線したシルフィを制御できないわよ」


「俺にもできないから助けてくれ」


 イロハからの死の宣告である。

 リリアとシルフィが噛み合うと話が脱線しまくるみたいだ。

 ここでイロハが消えたら俺の安住の地はなくなる。


「安心せい。今までずっと一人ぼっちだったじゃろ。元に戻るだけじゃ」


「いやまあ……そうかもしれんけどな」


「そっか……アジュ……一人ぼっちだったんだね」


「なんというか……ごめんなさい。少し軽率だったかもしれないわ」


「やめろ謝るな。哀れみの目で俺を見るのをやめろ」


 謝られるとどうしていいかわからん。

 泣けばいいのかしら。いいのよね泣いても。


「そうじゃな。今はわしがおる。そもそも別にビームを撃つ必要はないのじゃ。じゃから室内でもよい」


 土地勘のない俺には難問だ。そこにシルフィからの提案が。


「そっか、じゃあさ…………朝で、人が少ないうちに修練場行こうよ!!」


「朝イチなら人も少ないか……多少不安だけどな」


「最初っからローブかぶればいいじゃん!!」


「なるほど、その案採用で」

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