みんなでお風呂

「はあー……こりゃまた金かかってるな」


 俺達四人は脱衣所で別れた。

 服を脱ぎ、備え付けのタオルを腰に巻いて、風呂への扉を開ける。

 その先で待っていたのはひたすら広い風呂だった。

 大理石とかそのへんで出来ているのだろうか。

 五十人は入っても大丈夫なんじゃないかというデカさだ。


「特別に貸すって言ってたな。つまり銭湯みたいな使い方はしないってことかね?」


 私の、と学園長は言っていたけど、個人で使うには持て余しそうだ。

 天井高いし、ライオンっぽいのの口からお湯出てるし。

 わかりやすく金持ちの使う風呂だな。

 気にしててもしょうがない、俺は体を軽く流してから湯船に浸かる。


「ふあぅ……あぁ……なんか本当に温泉旅館来てる感じだ……疲れが取れるわ……」


 琥珀色の湯船に浸かると、じわっと染み渡るような感覚が全身を駆け巡る。

 異世界来てから色々ありすぎたからな。まだ初日だぞこれで。身も心も擦り切れるわ。

 家にもこんな風呂あればいいのに。


「いや、どうせならひのき風呂がいいか。和風温泉旅館の個室露天みたいな」


「うむ、個室なら人に見られず色々できるからのう」


「でか過ぎても掃除めんどいしな」


「まったくじゃ」


「………………お前なんでいる?」


 ちゃっかり俺の隣でほっこりしているリリア。

 頭にちょこんとタオルを乗せて、肩まで湯船に浸かっている。

 色のついたお湯のおかげで今は体が見えないけど、立ち上がったら全部見えるなこれ。


「なんでもなにも、風呂に入ると決まったじゃろ」


「女湯に行けや」


「残念ながら混浴のようじゃ。いや、おぬしには僥倖じゃな。嬉しいじゃろ?」


「別に。どうとも思わねえよ。女なんていてもどうせ俺をバカにするだけだ」


「ほほうーならこれでどうじゃ」


 俺の目の前に移動し、肩までしっかり湯に浸かるリリア。


「何をする気だ?」


「にゅっふっふ~」


 リリアの肩が湯から出る。ゆっくり、ゆっくりと湯に守られている身体が見え始める。


「お前なにやってんだ」


「ほれほれ、このまま立ち上がると胸もその下も丸見えになってしまうのう」


「正気か? 自由すぎるだろ。恥じらいを持て恥じらいを」


「なーに先っぽは髪の毛で隠すという手もあるのじゃ。これはこれで興奮するじゃろ?」


 腰まで届く長い髪が、うまいこと胸を隠している。

 神聖なる学舎でなにをしてるんだこいつは……んん?

 ここは学園長の風呂で、みんなでここに来ているよな?


「いやいやちょっと待て、シルフィ達来るだろこれ」


「もちろんじゃ」


「最悪だよ。絶対俺が変態扱いされるだろ。俺だって知らなかったのに」


 お約束というやつだな。きゃーえっちーとか言いながら殴られたりするんだろうか。

 シルフィに殴られるとか死ぬんじゃね?


「わしもフォローするからなんとかなるのじゃ」


「その自信はどっから来てるのかね。まず目の前に立つのをやめろ」


 リリアが肩まで浸かり直して俺の横に来る。別に残念じゃない。

 欲情などしていない。染み一つ無い綺麗な身体だが気にならん。

 風呂から上がったらちゃんとこいつの顔も見られるし、普通に話すこともできるはずだ。


「おおー! ひろーい!!」


「走ると転ぶわよ。落ち着きなさい」


 シルフィ達の声が聞こえてきた。どうやら俺は更なる窮地に立たされるようだ。

 うーわ本当にクソめんどくせえよ。

 

「めんどくっせえ……女の裸ってこっちが悪者にされてまで見る価値のあるもんかねえ?」


「隠れたら覗きに来たというようなものじゃ。堂々としておればよい」


 そうは言っても命の保証がないじゃないか。

 湯煙の向こうから確実に来ているぞ。鼻歌っぽいものが聞こえ出した。


「ふっふーん。おふろーおおきいおふろー」


「シルフィ、こっちじゃこっち」


「呼ぶなよ!?」


 今更隠れることもできない。天命に従うのみである。


「リリア、どうかなお湯加減は」


「うむ、なかなか悪くないのじゃ」


「そっかー、じゃあゆったりし……よ……おぉう?」


 バッチリ俺と目が合うシルフィ。

 バスタオルがしっかり巻いてあるが、それでもスタイルの良さははっきりきっちりわかる。

 自己主張の強すぎる双丘をバスタオルごときが隠せるはずもない。

 髪を下ろしているシルフィは可愛いというより綺麗だ。大人の女っぽさが出る。

 顔立ちがどちらかと言うと美人系なことも一因だろう。


「どうしたのシルフィ。入らないと体を冷やすわ……よ……」


 同じくタオル一枚のイロハ。

 シルフィに比べれば胸は普通だがスタイル自体はいい。

 そして美少女であることに疑う余地はない。

 むしろ胸がでかくない方が似合っている。上品さがある。

 リリアも合わせて大・中・小と三人バランスよく揃っているな、うむ。


「うわあああぁぁぁ!?」


「ちょ!? あなたどうして!?」


 イロハの頭にある耳がピーンとしている。警戒されてる? そらするわな。

 タオルだけになると、太めのふさふさしっぽがよく見える。もふりたい。

 目を逸らすシルフィとは違い、こっちをじっと見つめてくる。

 狼狽える二人をなるべく見ないようにし、できるだけ刺激しないように話す。


「落ち着いてくれ。どうやら混浴みたいなんだ。わざとじゃない。脱衣所が別れているだけだ」


「学園長が言うとったじゃろ。みんなで仲良く入りなさいと」


「アレそういうことなの!?」


「迂闊だったわ……私がついていながらこんなことに」


 誤解を解くしかない。リリアのアシストに期待しながらなんとか生き残ろう。

 タコみたいに真っ赤になっているシルフィは後回しだ。

 とりあえずイロハを説得する。


「俺が来た時には誰もいなかった。知らなかったんだよ。どうしようもなかった」


「まあ体が冷えるから、さっさと湯船に浸かるのじゃ。入ってしまえば色々見られなくて済むぞ?」


「そそそそそうだね! 入ろうか!!」


 ざぶんと勢い良く湯に入るシルフィ。

 まさか入るとは思わなかった。正常な判断ができてないな。助かるかもしれない。

 俺・リリア・シルフィの順番に浴槽の縁に背を預けて湯に浸かる。


「すぐにあがってしまうと体に毒じゃ。ちゃんと浸かってゆくがよい」


「私だけ後で、というのは」


「ダメ! わたしも凄い恥ずかしいから! みんな一緒に恥ずかしい思いをするんだ!」


 イロハも引っ張りこまれてしまう。

 本気で自分一人だけ逃げる気はなかったようで、案外すんなり入っている。

 こうして四人で並んで風呂に入ることになった。

 おいおいマジか。どんな状況だよ。嬉しいのか困るのかさえはっきり判断できないぞ。


「いい湯じゃのう」


「そうだな。学園長には感謝だな」


 真っ直ぐ前だけを見て、決して横は見ないで話す。

 とりあえず俺が悪いというわけじゃないが謝っとこう。理不尽だなまったく。


「悪かったよ。次からは気をつける」


「そうね。今回は私達も知らなかったのだから仕方がないわ」


「そっそうだね! 仕方ないね! うん!」


「よかったのう、いきなり殴られてお湯が真っ赤に染まることもなくて」


 洒落になってない気がするぜ。

 残念ながら、その手の暴力に耐えられるほど俺のHPも防御力も高くない。

 こんなところで終われない。死んでも死にきれない。


「意外と話せばわかってくれるタイプなんだな」


「覗こうとして入っていたわけではないのでしょう? 予想外の事故過ぎて、これは対処できないわ」


「そうだね。いやらしい目で見てこないし、服くらい確認しておけばよかったかな」


 本気で怒っているわけではないのだろう。戸惑いが強いのかな。

 しかしこんなに緊張する風呂は初めてだよ。

 直視するのは失礼だから避けていたが、三人とも美少女とかいう次元を遥かに超えている。

 そんな子達と混浴とか、俺の人生やり直しは客観的に見れば大成功の部類なんだろう。


「悪かった悪かった。せっかくだしゆっくり入ろう……ってそれなんだ?」


 目の端に映ったものはぷかぷか浮いているアヒルちゃん。

 まさかのお風呂で浮かべて遊ぶアヒルちゃんだ。


「アヒルちゃんに決まっとるじゃろ。わしの愛機ハイパーアヒルマグナムじゃ」


「名前かっこいいなそいつ」


「かっこかわいいだけではないぞ。魔法によって強化されておる。甘く見ると痛い目を見るのじゃ」


「そんなアホなことしてるから甘く見られるんだよ」


 こんなもん作るなんて案外リリアは暇なんだろうか。もう少しかまってあげよう。俺が暇ならば。


「このアヒルは超高速回転しながらマッハ7で攻撃を仕掛けるのじゃ!」


「誰にだよ!? 危ないからしまいなさい!!」


「クックック……リリアのマシンはその程度か!」


 同じくアヒルを持っているシルフィ。君達はそれをどこに持っていたんだい。


「アヒル界の姫シルフィ……まさか生きておったとは」


「ふっ、地獄の底から這い上がってきたよ!」


「はいアホが増えましたー」


 なんだよ姫って。なぜ地獄に落ちた。


「ゆけ、わしのアヒルちゃんよ!!」


「負けないよ。わたしを信じて待っているみんなが、アヒルに力を与えてくれる!」


「その程度の力で世界を救おうとは片腹痛いのじゃ!」


「いつの間に世界かかってるんだよ。アヒルには荷が重いだろ」


 アヒルちゃんは水面に浮きながら、光ったりぶつかり合ったりしている。

 おそらく大層な力はない。あってもどうしていいかわからなくて困る。

 そろそろイロハに助けを求めたい。でも視線を向けたら怒られそうで迷うな。


「いけない、二人の力が拮抗しているわ。このままではどちらかが死ぬわよ」


「えぇーあなたもそっち側ですかイロハさん」


「いけないかしら?」


「イロハには俺と同じ場所にいて欲しかったよ。俺一人はつらいんだ」


「それは……どういう意味かしら? 確かに好みの匂いではあるのだけど……もう少しお互いを知るべきだと思うわ」


 二人の意味わからん掛け合いに気を取られていたら、イロハが意味分からんことを言い出した。

 めんどいのですっとぼけよう。渾身のボケだったりしたらスルーしちまったな。ごめんイロハ。


「悪い、あいつらが邪魔で聞き取れない」


「そう、ちょうどいいわ。聞かなかったことにして」


「くっくっく、アヒル道は修羅の道、死して屍拾う者なしじゃ」


「わたしだって、遊びでやってるんじゃないんだよ!」


「真面目にやってたらただのアホだろうが!!」


 風呂くらい普通に入れないのかこの世界は。

 まあびしっとポーズとったり、ダメージ受けて後ろに飛ぶフリとかして遊んでいる二人は楽しそうだしいいか。

 シルフィのバスタオルが取れかけて、メロンが二つ揺れているのを見ながら風呂入るのもいいもんだ。

 もうしばらく付き合って、飽きてくれたらイロハと一緒に止めよう。のぼせる前に。


「このままじゃ決着がつかない。ならこの一撃に賭ける!」


「ぬぅ! この衝撃はビッグバン!!」


「宇宙誕生のエネルギーをアヒルに乗せてぶつけるビッグバンクラッシュ……ついにものにしたのね」


「規模がでけえなあ。設定広げ過ぎると収集つかなくなるぞー」


 結局こいつらは満足するまで遊び倒し、俺だけ若干のぼせるという被害を被ったのであった。

 俺は満身創痍のまま家に帰って寝た。単純に森に行った疲れからか、はしゃぎすぎたのか、どっちにしろ帰って疲れたんで即寝ることにしたよ。

 めんどうなことは全部明日でいいんだよ。

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