魔力の質を上げるために

 魔界から帰って一日。適度に快適な図書館で、地味な調べ物。

 自分の魔法について調べている。

 どうすればもっと種類を増やし、威力を上げ、燃費が良くなるか。


「難しいな」


 二重の意味で難しい。

 初級の本じゃもう解決法は期待できない問題で。

 俺がそれを実行できるか難しい。なんせ俺だぞ。


「とりあえず基礎から応用に入る形で……」


 防音個室の自習室を二時間借りている。

 十畳くらいの部屋で、壁際に勉強用の木製机と椅子。

 逆の壁際にソファーとテーブルという、なんとも勉強に特化した部屋だ。

 この図書館はやたら大きく、そういうスペースもしっかりあるのだ。


「環境も人それぞれ。修行方法も人によるか」


 それっぽい本を見繕い、読んでいく。

 魔力の底上げだけなら訓練法はある。

 新しい魔法も、ある程度戦闘訓練を積めばいい。

 そこから先は本人の資質とセンスが問われるらしいな。


「空気でも入れ替えるか」


 二階の部屋を借りたので、そのまま小さなベランダに出られる。


「はあぁ……」


 涼しい空気で頭が冷える。こういう時間は結構好きだ。


「お困りデスね」


「ん?」


 気配も音もなく、そこにあれこが立っていた。


「あれこ? 何の用だ」


「ヒマなのデス!」


「ヒメノにでも遊んでもらえ」


「機関や魔王の件で忙しそうなのデスよ」


 そういやそういう仕事もしているらしいな。

 さっさと犯人捕まえて欲しいわ。


「だからって俺の所に来るか?」


「あれこのことを知っていて、忙しくない人が少ないデス」


「俺も忙しいから。魔法の研究とかするの」


「あれこと遊ぶデス!」


「帰れやもう……」


 なんでよく知らんやつと遊ばねばならんのだ。

 そこで扉がノックされる。


「イロハさんデスね」


「マジで? 入っていいぞ」


「勉強中だったかしら……あれこ?」


 本当にイロハだ。

 アカシックレコードってのはなんか便利な特技でもあるんだろう。


「なんか急に来やがった」


「イロハさんも一緒に遊ぶデス」


「まず要件が先だ。なんかあったか?」


「いいえ、今日は授業もないし、困っているようなら力になろうかと」


「遊ぶデスか!」


 面倒事になる気配がします。正直帰って欲しいですね。


「いいからやた子にでも遊んでもらえ」


「やた子ちゃんは別件で出払っておりますデス」


「遊ぶって何をするの?」


「ゲームしましょうデス」


 テーブルにチェスやら将棋盤やらが出る。

 そんな特技あったなお前。


「便利ね」


「格ゲーとかするデス?」


「しねえよ。異世界さんのこと考えろって」


「異世界に格ゲーがあってもいいと思うのデス」


「いいけどオルインにはないんだろ?」


「デスね」


「やめとけ」


 ごく普通にテレビとゲーム機出しやがって。

 こいつ別世界の記録も引っ張れるらしい。


「ここ二時間しか借りていないんだよ。イロハと遊んでいなさい。俺は本読み切るから」


「遊んでくれたらどっちでもいいデスよ」


「ってわけで頼む。こいつと遊ぶことで、俺の力になってくれ」


「都合がいいわねもう……」


 渋々あれこと遊び始めてくれる。

 将棋のルールを知っているらしく、普通に対局が始まった。


「ふんふむふむむー」


「強いわね」


「あらゆる対局データを集計して、最善かつ最高率の手を導き出すのデス」


 最大レベルのPCと勝負しているようなもんか。

 アホっぽい言動なのに優秀だな。

 こっちはこっちで集中しておくか。


「魔力スポットねえ……」


 どうやら魔力の濃い場所はまだまだ豊富にあるらしい。

 前にイロハと行った川だっけ。滝のあるあの場所っぽいやつ。

 それが複数ある。敵が出ないなら行ってみるか。


「ふふーい、あれこの勝ちデスー!」


「やるわね」


「イロハさんもお強いデス」


 仲良くなっているようだ。問題起こさなきゃそれでいい。

 続いて学園の魔力スポットから、近くて俺でも行けそうなものを探す。

 確かガイド本におすすめ場所があったはず。


「んん? 本どこいった?」


「これデスか?」


 あれこが出してきたのは、この学園のマップ。

 観光地とか重点的に書いてあるやつ。


「こっちよ」


 イロハが持ってきたのは、初心者向けスポット特集。

 それも環境調査や行ったやつ、監督した教師なんかのレビューつき。


「こっちだな」


「むおぉ……ミスったデス。一番それっぽいものを出したのに」


「しゃーない。これは経験だ。そろそろ読み終わった本まとめるぞ」


「私がやっておくわ」


「あれこもやるデス!」


 二人でちゃっちゃと本をまとめ、遊具を片付ける。


「それまだ読むやつ」


「なんデスと!?」


「あれこ、それはこっちよ。これがまだ読むもの」


 イロハがささっと終わらせてくれる。

 こういうの日常になりつつあるなあ。

 自分でできる時は自分でやるけれど、いつも頼るのはやめましょう。


「後は何かある?」


「探しものはなんデスか」


「それじゃあこれの資料探してきてくれ」


 今読んでいる本のタイトルと内容を説明し、挿絵を見せる。


「わかったわ」


「あれこも探してくるデス!」


 なんか二人で出ていった。あいつなんで張り合ってんだろ。

 本当に暇なんだな、あれこよ。

 そしてすぐに戻ってくる。


「これデスね!」


「違うわ。こっちよ」


 あれこのは詳細な解説とグラフなんかの分析が載っている。

 イロハが持ってきたやつは、その場所の注意事項とか挿絵多め。

 図で説明していくものだ。


「イロハ正解」


「当然ね」


「むわー! 全然わかんないデス!」


「そらほぼ初対面のやつの思考なんてわかるかい」


 俺なんてギルメンの思考すらわからんことが多いぞ。

 そんな俺の思考を読めるイロハすげえなおい。


「まるで研究者とそれを支える助手……妻」


「なんで言い直した!?」


「いいデスねえ。仲良しさんデス」


「はいはい。もうすぐ二時間だから、出る準備するぞ」


 行き先は決まった。とりあえず近場で敵の少ない場所だ。


「一緒に行くデスよ」


「なんでだよ。遊んでやっただろ」


「なーんか変な感じするデスよ。明らかに警戒してるデス」


「敵だったからかね?」


 くれこは敵だったし、こいつ初対面で金ぴかのカニと戦わせやがったからな。


「根に持つデスねえ」


「俺だからな」


「それ言っときゃいいと思ってますね?」


「俺だからな」


「本は返しておいたわ」


「んじゃ行くぞ」


 仕方ないのであれこを連れて行く。

 やってきたのは熱気のある遺跡。

 所々に松明が掲げられ、自然と石造りの建物が融合している妙な場所。


「前回が涼しい場所だったんで、暖かい場所選んでみたが」


 川が流れているのが見えるが、それでも暑い。

 夏ほどじゃないので耐えられるが、吸い込む空気がちょっと変だ。


「なんか……熱気があるからじゃないよな? 酸素がおかしい。これがガイドに書いてあったやつか?」


「そうね。空気が濃いとか、魔力の密度が高いとか、色々言い方はあるわ」


 空気中に含まれる魔力量が濃く、酸素と一緒に別の酸素を取り込んでいるような、不思議な感覚だ。

 空気と混ざっているような、それでいて別な気もする。


「それに気づけるということは、魔力についての理解が深まっている証拠よ」


「呼吸に支障がないのが余計怖いわこれ」


「静かであれこはつまんないデス。敵でも出ればいいデスが」


「俺は騒がしい場所は嫌いだ。覚えておけ」


「了解デス」


 休憩地点まで歩く。観光気分だ。

 木々は少なめ。雑草が多少生えているものの、しっかり道が整備されている。

 ジャングルではない。古い都市がさらに古くなり、自然に取り込まれて遺跡になったような感じ。


「大丈夫?」


「問題ない。暑すぎるってわけでもないからな」


 風がそれなりに吹き、少しだけ涼しさを与えてくれる。

 我慢できないレベルじゃない。


「そういうものデスか」


「そういやそういうの平気なのか?」


「あれこは概念なので、暑い寒いの前に実体がないデス」


 よく見れば、何もない空間を歩いている。

 そして温度を感じるということがないらしい。


「この体も別に必要ないデスよ」


 首だけすぽっと外して宙に浮かせている。

 ついでに体を消し、生首だけで会話を始めた。


「人間の中にいる時は、人間っぽい格好なのデス」


「きもいからやめろ」


「他の人に見られたらどうするのよ」


「おおぅ不評デスね」


 元のあれこに戻るも、今度は空中に寝っ転がって水平移動を始める。


「目立つだろそれ」


「歩くのめんどいデス。なぜ人は歩かないとダメデスか」


「そういう生き物として生まれたから?」


「不便デスねえ」


 話しているうちに、この空気にも馴染んできた。

 少し体が軽いというか、負担が少なくなっている気がする。


「これが内外から魔力が満たされる感じか」


「デスデス。もっと先まで行くデスよ」


「急がなくてもいいのよ。ゆっくり環境になれることが大切だから」


「俺の魔力アップが目的だしな」


 こうして環境を変え、面白そうな場所に行ってみるのは嫌いじゃない。

 普段は家にいたいが、異世界さんは興味深い場所が多くていいやね。

 ゆっくり三人で歩いていくことにした。

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