アカシックレコードのしれこと敵の正体
しれこの体内と化した玉座の間で、適当に殲滅するまで暴れよう。
「さあ好きなようにあがいてみるの」
完全なる無音の闇の中で、しれこの声だけが聞こえる。
まあ普通に敵は認識できるし見えるのだが。鎧って凄い。
「リクエストに答えてやるよ」
右腕を力任せに振って、片側のしれこ軍を完全に薙ぎ払う。
同時に左腕でしれこ一匹につき一発拳圧を飛ばして破裂させる。
こんなもんで全員処分できるってことは、こいつまだ本気じゃないな。
「パワーとスピードはこんなもんだ。お前が観測できそうなレベルに抑えてやった」
「ふふ、やっぱりあなただけ異常なの。その力、勇者科に似ているけど違う。人とも神ともアカシックレコードとも違う、混ざりあった何か。もっともっと調べたくなってきたの」
「そうはさせんよ!」
威力を高めたビームを亀裂に流し込む。妨害が入ろうと問題ないレベルで魔法が使えるので、一気に中の世界を貫いてやった。
「いつまでも弱点をそのままにはしないの」
「だよなあ」
ノーリアクションである。つまり退避手段があるな。なんて考えながらもしれこに手刀を入れてみるが、こいつも立体映像だ。分身じゃないのがうざい。紐づけの練習台にでもするかな。
「はいしれこどばー」
さっきよりパワーアップしたしれこが津波のように押し寄せる。
「そいつは見飽きた。ちゃありゃああぁぁ!!」
大雑把に魔力を開放して、部屋ごと完全に消滅させる。
壁も天井も破壊した先には、宇宙が広がっていた。
「やはり部屋ごとお前の中か」
「なの。オルインに部屋があるんじゃなくて、扉の先がしれこの中なの」
しれこの宇宙に四角い部屋を作って、外に幻影で風景を貼り付けていただけ。まあ便利だよな。敵を騙すのにいいかも。参考にしよう。
「広くて動きやすくてちょうどいい。確実に殺してやる」
しれこの魔力とも神の力とも違う、だが混ざりあった力が宇宙すべてを埋め尽くす。ようやくラスボスっぽくなってきたな。
「いらっしゃいなの。ここがしれこのプライベート異世界。ここで歴史の記録と観測が行われるの。ここに人間が来るなんて快挙なのよ。誉れに包まれて死ぬといいの」
「お断りだ」
光速の数億倍で格闘戦が始まる。武術の心得もアカシックレコードの記録からぶっこ抜いて使えるみたいだ。クオリティが完全に超人を凌駕している。
だが鎧の知識と経験を総動員すれば、俺も同じことはできるのさ。
案外ルーツは似ているのか? などと関節技をさばきながら考えた。
「打撃も関節技も外すとはやるの。驚異とみなし、観測と殺害の進行を同時に。ここから少し本気でやってあげるの」
そろそろ真面目になったかね。なら俺も真面目にいこう。しれこの拳に拳をぶつけてラッシュ比べだ。こういうのは俺の少年の心がやる気を出させてくれるからいいぜ。
「はっ! よっ! くたばれ!!」
「むううぅぅう! なんで負けるの!」
「オルインは数より質だ!」
両手でしれこを掴み、乱暴にぶん回してしれこ軍へ投擲。同時に魔力の乱れ撃ちで数を減らす。
「ぶっ飛べや!!」
「ぬああああぁぁ!?」
目につくやつは全部消した。そして別のしれこが一体だけ出てくる。
「力負けか、しょうがないの。なら別の方向で攻めるの」
普通の人間であれば五感すべてを剥奪されているような状況で、これ以上どう変化をつけるつもりなのだろう。少しだけ楽しみだ。
「ここは世界。ここは宇宙。ここはしれこ。世界を腕に!」
銀河の星星と空間が圧縮され、巨大な腕へと変わっていく。
「つっかまーえた」
本来形など決まっていない宇宙が俺の体を掴む。それは世界に掴まれているのと同じ。全方位から押し潰す算段なのだろう。
だが甘い。この程度なら振りほどいて殴りつければパワーだけで勝てる。
宇宙でできた腕は、殴って壊すと星が煌めいて結構綺麗だな。
「力負けはしたばかりだろう? もっと荒らしてやるよ!」
宇宙をぎゅんぎゅん飛び回り、気分で適当な方向に攻撃をぶっぱする。
どうせ無人の宇宙だ。星々を砕き、空間に傷をつけ、構成される法則と概念をむちゃくちゃに殴りつけてやる。すると宇宙全体が軋み、振動で震える。
「ええい子供の癇癪じゃないの! そんなものすぐ元の状態に書き換えるの!」
「それを更に壊す! オラオラオラオラ!!」
「嫌がらせがすぎるの!」
無限に広がりを見せ回復もする宇宙を、大雑把に殴って消していく。
宇宙を使った賽の河原みたいな状況が続いたところ、しれこが止まった。
「……両手にあらゆる疫病を。さらに破滅と死の因果を結果から先に固着させる。これにより予備動作と発動する時間の必要がない攻撃になる。回避する時間すら存在しないの」
攻撃方法を変えるみたいだ。参考にするのでもっとやれ。
「A2型と同じ戦法か」
「あれに全能の権限を与えたのはわたしなの。ならばもっともっと強い力として使えるのは当然なのよ」
この世界は時間の流れが存在しない。ひたすらこいつの内面世界として形成されているため、全権限があちらにあるのは当然だ。ならどうするか。シンプルにぶっ壊せばいい。世界が完全に消えるまで。
「消えろオラア!!」
お互いの拳がぶつかり、しれこの右半身が破裂する。そこで追撃の手を緩めずに蹴り飛ばし、巨大な隕石にめり込ませて動きを止める。
「ストレス発散ってやつだ。いくぜ!!」
全身にラッシュを叩き込んで蹴りによって隕石ごと貫く。大爆発を起こして消えたはずだが、別のしれこが背後から迫る。
「無駄だ!」
回し蹴りで首を切断して離脱。四方から火力を上げた太陽が転移してきた。
「燃え尽きなさい!」
こんなもん何兆度あろうが関係ない。純粋な熱量で鎧は溶かせないのだ。
雑に息を吸い込み、吐き出す風圧で太陽を吹き消してやる。
ケーキの蝋燭を吹き消すように散っていく炎には、しれこも少し驚いてるようだ。
「ぬるいな。おまけだ」
全方位に向けて雷光のビームを撒き散らす。宇宙すべてがしれこなら、それは全方位に弱点があるのと同じだ。スケールのでかさは鎧ほどのレベルなら弱点の露出にすぎない。
「ぬぐぐぐぐぐ、あーあ……もう最悪なの。さっさと死ぬべきなの! 神でもこんなめんどくさくないのね!」
「諦めて本体を見せな。宇宙の縮小具合からして、実は本物のお前は死にかけじゃないのか?」
「この世界そのものがわたし。死なんてない。無限を超えた存在なの。そして試行錯誤は止めない。それがアカシックレコードなの」
こいつ気づいていないのか。さっきから出てくるしれこを殺せば殺すほど、別の何かの要素が強くなっている。会話中に飛んでくる銀河の集合体も、人間の手というよりは触手に近い。
「ここに世界を、宇宙を圧縮してあるの」
しれこの両手のひらに光が生まれる。今までとは桁が違う何かが生まれているような消えているような。なんとも不気味だ。
「別世界の宇宙をまるごと手のひらサイズに圧縮してあるの。ビッグバンやガンマバーストはご存知なの?」
「星が崩壊だが破裂だかするときのエネルギーだろ?」
「正解なの。じゃあそれを、宇宙にある全部の星が一斉に行えば、どれだけのエネルギーになると思う?」
しれこの手の中で、圧縮された宇宙が光り輝く。膨大なエネルギーが生み出されていくそれは、別次元が終焉へと向かう証だ。
「しかもそれを一方向に向けたら? どんな攻撃よりも上の一撃になるの! どんな神でも超人でも、世界そのものを使った一撃には勝てないの。そうして生み出される計測不能なエネルギーをすべてお前にぶつけてやるの」
「よくまあ小細工を思いつくもんだ」
「知識や記録は使いよう。観測してきた宇宙から、最も星が多くエネルギーの高いものをピックアップ。さらに該当宇宙を九百八十七兆六十五億四千三十二個に増殖。さらに圧縮をかけて……」
ご丁寧に触手乱れ打ちで俺の動きを止めてくる。俺に概念による停止や時空変換も並行してかけ続け、体の各部位の次元をずらそうとまでしているみたいだが、すべて鎧で処理して無効化は終わっていた。
「解き放つ!!」
んなこと考えていたら圧縮された光は放たれ、とてつもない威力と情報量が迫る。
一直線に向かってくるそれは、確かに神が相手でも見たことのない規模だ。
面白い。受けてやろう。正面から堂々と当たりに行く。
「とった! これで終わりなの!」
純粋な質量と世界による情報の波状攻撃か。こいつは凄い。威力よりこれをまとめるだけの知識と演算能力が備わっていることが実にやばい。
あとずーっとドン引きするくらい光っている。
「それでも俺には効かんよ!!」
「そんな……そんなはずないの!!」
光線の中をまっすぐに突っ切ってしれこに肉薄し、腹に渾身の右ストレートを突き刺した。
「終わりだ。正体表しやがれ!!」
「わたしが消えても、世界そのものがわたしである以上、まだまだ生まれてくるの! だから…………生まれる? ここはわたし、わたしの世界。全部しれこ……なのに……生きているのに、どこから何が生まれるの?」
その言葉を最後にしれこは消えた。消えるまでに分析した結果、あれは生み出されたしれこであると結論づける。
「やはりいたか、仲間の神が」
突然世界が混沌と深淵で侵食されていく。宇宙そのものが耐えきれずに腐り落ちていく感覚だ。まるで安物のヴェールが剥がれるように、宇宙の外側の世界が見えてくる。
「これは……何だ?」
そこは狂気の集積場のように深く暗い、人間なら触れれば狂うような、それでいて言語化できないもので満たされた世界だった。
そこに人間の生命活動に有益なものはない。そう断言できる。
不快不吉不愉快を混ぜ続けた狂乱の世界だ。
「おいおい……こりゃどうするべきだ?」
暗いのに不思議と明るい。光源が一切わからないが、しれこの内面世界よりももっと生物の体内に近い構造だ。生き物の臓器のように動いていてきもい。
星は見えないが、そこら中に内蔵の壁みたいなものと触手の群れがある。血みどろの部分や胃液のようなものが滴り落ちる空間あり。あれが飾り付けだとしたらセンス最悪だぞ。
「いるな。そこか」
遥か遠くにしれこが浮いている。半透明な心臓のようなものの中で、目を閉じたまま漂っているが、あれがしれこの本体なのだろうか。
だとすると今まで戦っていたしれこは偽物? いや本物じゃなければさっきの技は撃てまい。
「眠っている? エネルギーはしれこに注がれているようだが……」
本体っぽいしれこに未知の力が注がれ続けている。魔力でも神力でも妖力でもない、強い弱いでもない、最も強力な無にして無限が注がれているような気がした。
「意味わからん……下手に壊さないほうがいいのか?」
心臓の中で眠っているしれこの顔は穏やかで、さっきまで戦っていたとは思えない。誰か解説くれ。マジでどうするかな。
思考の妨げになるように、何かの意識が流れ込む。それは世界と宇宙の狂乱共演のようだ。
「なるほど、これはきつい」
うちのギルメンでもリリア以外は長時間いたらやばい。
魂を根源から汚染するような、神すら上級神でなければ危ういほどの気配だ。
そんな未知の何かが目覚めようとしている。その意志が伝わってくる。
「目覚めたいだけで迷惑かけまくりやがったのか」
生物ではない何かが、生物ではないアカシックレコードと結びついた。
その目的は目覚めること。そのためにしれこと融合し、自分の世界と肉体を強固にする。さっきまで倒していたしれこ軍団は、本体を動かすための生贄なんだ。
おそらく途中からこの心臓部に隔離され、本人の意思だと思い込まされながら、分身どもは活動していたのだろう。
「もうすぐ目が開く……そうか、お前は外に出しちゃいけないやつなんだな」
心臓部のしれこがコアだろう。完全なる存在として目覚めようとしている。
こいつは今ここで俺が殺すしかない。鎧でこいつを完全に、その魂や概念まで消滅させ、復活の可能性を消し去ること。それが俺のやるべきことだ。そう直感で理解できた。
「お前が何なのかは知らない。だがここで完全に消滅させる。あいつらに被害が出ないうちに、俺がきっちり殺し切る!!」
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