アカシックレコード戦開始
やってきました玉座の間。この扉の向こうに黒幕がいる。いるはず。いてくれ。マジで終わらないから。
「さて結界があるそうだが」
「何の反応もありませんね」
「入ってこいってことスかね?」
どんな罠があるかわかりゃしない。警戒しすぎるということはないぞ。
「ドアごと攻撃魔法で吹っ飛ばすとか」
「中に9ブロックの勇者科がいたらどうするんスか」
「堂々と入ればいいのよ。私達は勝者。ならば卑屈にならず、王道を持って勝利を宣言すればいいの」
女王様だねえ。とはいえ事情が事情だ。俺と三日月さんが先頭で入る。
何の抵抗もなく扉は開き、広い室内には赤い絨毯が玉座まで伸びていた。
「ようこそ、勇者科の皆様。歓迎してあげるの」
豪華なシャンデリアと赤い絨毯と玉座しかない室内で、女の声が響く。
椅子に座りながらこちらを見ている女がいた。
やけに明るい色のドレスに、多くのリボンがついている。
金色の髪と目が光に反射して輝いていた。
「お招きいただき光栄ですわ。けれど、主役の勇者科はどこかしら?」
「そんなもの、ここにはいないの」
「殺したのか?」
「違うの。勇者科はそれだけで存在価値がある。だから国だけ買い取って放逐したの。この国まるごと、9ブロックの勇者科から買ったの。9ブロックの勇者科は、みーんなお金を持って出ていったわ。これで成績トップは確実なの」
本当に国ごと売り飛ばしやがったのか。実際負けたのだから、その判断は正しい。問題はこいつだ。
「そう、ならそれでいいわ。私は6ブロック女王イノ。あなたは?」
「しれこ」
はい最悪。神話生物案件じゃねえか。どうやってこいつら逃がそう。
「ではしれこさん。9ブロックを明け渡し、すべての事情を話しなさい」
「ふふ」
笑っている。そりゃそうだ。アカシックレコードは学生に倒せる相手じゃない。俺じゃなきゃギルメンくらいだろう。
「城は包囲したわ。もう逃げられない。あなた一人で何ができるの?」
「なーんでも」
「ならオレらを殺せるんですかい?」
「ふふ、ふふふ、ふふっ。なあにそれ? その程度の想像力なの?」
とても愉快そうに微笑みをたたえている。強者の余裕というやつだな。
「そうね、ならあなた達を生かしてあげる」
「殺せないから生かすというの? なぞなぞしに来たわけではないのよ」
「いいじゃない。あなたみたいに右腕がなくなっても涼しい顔をしていられる人には、そのくらいでちょうどいいのよ」
嫌な予感がした。自分の近くを何かが浸していく感覚がして、鎧あってよかったなあとか思った。
ふとイノを見ると、右肩から先がなくなっていた。だが血が出ていない。
「えっ、なんで……? 私の腕……」
「痛くないでしょ? 首もふらふらしてるのに、なぜか繋がってる」
イノとガンマの首が半分ほど切断されている。やはり血が出ないし、死んでもいないようだ。
「サカガミ殿」
「スピードじゃない。速度なら俺が見切っている」
超スピードで斬っているわけじゃない。何らかの動作もない。うーわすっげえめんどい。さっきの感覚だ。あれ事象変換とか因果の帰結連結の逆転とかそういうやつだよ。だるいからやめろや。
「オレが攻撃の瞬間も見えなかった……こいつも超人ッスか……」
「私……私どうして……痛くないの?」
「だってわたしは死んでいいって言ってないもの。だから死なない。死ぬようなことは訪れない。ねっ、ちゃんと生かしてあげてるの」
「ヒーリング!!」
とりあえず回復魔法だ。治療すりゃいいはずだが、治りが遅い。強引に鎧の力も使って魔力でごり押しで回復した。
「だーめなの。だってそれ怪我じゃないの。そうなっているのが普通。なら回復なんてできな……できてる?」
「よかった……もう変なことはさせないよ!!」
ホノリの小型パイルから無数の螺旋弾が発射されるが、すべてしれこと玉座をすり抜ける。
「無駄なの。しれこはこの次元にはいないのよ。実体もないの」
やばいな。このレベルを相手にすると、間違いなく俺以外が死ぬ。そもそもこいつ消すには銀河消えるくらいの技でも足りないぞ。
「勇者科なのにこの程度なの? つまんないの……少し強さを見せて欲しいの」
周囲の床や柱がしれこに変わっていく。
「分身……いやこれは侵食しているのか」
「正解なの。この世界はもう侵食を開始している。石でも空気でも壁でも照明でも草花でも動物でも人間でも、どんなものでもしれこの一部であり奴隷。データが足りないから少し遊ぶの」
侵食された石のしれこが武器を構える。剣も槍も斧も標準装備だ。
「最初から全力でいけ! 死ぬぞ!!」
「ギリギリ死なないくらいの強さにしてあげたの。勝って。はやく。記録が取れないの」
こっちの五人に対しきっちり五人のしれこが突撃してくる。
俺と三日月さんは一撃で切り捨てた。
「こんなものか? フルムーン騎士団長を相手にするには不足だな」
「ふーん……ん? そっちの子はなんで倒せてるの?」
「気にするな。三日月さんのおかげだ」
「喋ってないで手伝って! これ強いのよ!!」
他の三人はかなりギリギリっぽい。イノは高級そうな槍と杖の中間みたいな武器で戦っている。なんか速度が安定していないな。敵の足元が沈んだりするし。
「重力操作ですな」
「あー……それっぽいそれっぽい」
なるほど、周囲の重力の質と方向をいじっているっぽい。だから攻撃の瞬間が重く、移動が速くなったりするんだ。
「手伝ってって! 魔力が高い人には効きが悪いのよ!」
「失礼した」
三日月さんが割り込み斬撃で撃破。簡単に切れる程度の脆さだな。
「いよっと! まだまだ甘いッスね!」
ガンマは苦戦しつつも普通に勝利している。魔力のコントロールが格段にうまくなっているようで、驚くほど繊細な調整だ。攻撃の瞬間だけ爆発的に威力を上げる、雷光一閃みたいなやり方だ。それを攻防で発揮している。
「おっと私が最後かい。付いてくるべきじゃなかったかな」
ホノリも危なげなく勝利。そもそも接近戦強いメンバーだなここ。一番動きが悪いのがイノという不思議空間が完成している。合宿の効果しゅごい。
「もういいでしょう? 目的を話しなさい。剣神三日月様に勝てるとお思い?」
「だーめ、もっと記録を取るの」
「許可できないわ」
イノの攻撃もすり抜ける。だが俺と三日月さんがしれこの背後に回っている。
「茶番は終わりだ」
俺の攻撃なら時空の違いなど関係ない。確実に殺すつもりだったが。
「立体映像か」
なんてことはない。完全なる映像。分身ですらない。
「ここにはいるけど、そこにはいないの。おとなしくデータ取りに付き合うなら、まだ殺さないでいてあげるの」
本体の位置さえわかれば殺しきれるか? どうせ別の世界が本体だろう。くれこと同じだ。
「どこまでも自分勝手スねえ」
「敵なんてどれだけ出しても一緒よ。あなた自身がかかっていらっしゃいな」
おいやめろ。それ処理すんの俺なんだぞ。お前らがいるせいで短期決戦もできないんだぞ。
「ひょっとして勝てると思ってるの? あなた達は超人じゃないのに」
「超人のオレが相手をすればいいだけだ」
「はあ……どうして理解しないのか不思議なのね。わたしの世界のルールはわたしが定めてるの。つまり、空気だって光源だって時間の流れだって、わたしが設定したから存在するのね」
発言の意味に気づいてしまった。なんとかこいつらを逃がそうとして周囲を観察していたから。
「あー……ここはもうお前の中か」
「気づいたの?」
「扉が消えている。ここはもうオルインじゃない」
「ええっ!?」
もうこの城か玉座の間がしれこのボディなのだ。実体がないから侵食も容易であり、概念でも法則でも改ざんできる。アカシックレコードの能力なら楽勝だろう。
「どういうことスか」
「侵食ってのは世界すら染める。ましてこの程度の部屋なら簡単だ……いや元からお前の世界か」
「正解なの。それでも動じないのは面白いけど、勝ち目がないことを理解しただけなのよ?」
「どうかな? 世界を傷つけるとお前も傷つくだろ」
魔力の手刀を床に走らせる。深々と亀裂を入れるが、反応がない。
「無駄なの。そこはしれこじゃない。ペナルティなの。酸素を薄くしてあげるの」
実際に薄くなっているようだが、ぶっちゃけその程度で倒れるやつはいない。
こいつの魔力から本体のいる世界を探るも、どうにも範囲が広いし、なんか隠れているというか、暗くて深い場所に埋まっているというか。なんだこれ。
「アジュ、できれば説明して」
「この部屋そのものがあいつの一部だ。本体は別世界にいる。そっちに行って世界ごと消すしかない」
「なによそれ……どうやって勝てばいいのよ」
「だからそいつ自身で作られた世界抹消すりゃいいんだよ」
「意味わかんないッス」
常識のすり合わせができていない。めんどい。でもこいつらに詳しい説明とかしていられない。初めから俺と三日月さんだけで突入すべきだったかなあ。
「ふーん……三日月はわかるとして、アジュ・サカガミ。どうしてあなたはなんともないの? 三日月よりも万全の状態なの。その魔力、なーんかおかしいの。邪魔だから剥がしてあげるの!!」
全方位から塗り潰すような魔力の渦が俺を包む。こんなものでダメージなどないが、適当につけていたミラージュキーでの偽装が消えて、鎧が見えてしまう。
「ふふ、綺麗な鎧……すっごく素敵なの。今まで見たどんな鎧よりも、超一級の美術品なの。アカシックレコードの記録から保証してあげるの」
「そりゃどうも」
殴って渦を消してから、改めて部屋を観察する。とりあえず部屋だけでも消してみるとかどうだろう。
「確かに隠さないと目立つッスねそれ」
「そういう趣味だったの? 素敵だけど派手好きだとは思わなかったわ」
後でどう説明しよう……都合よく記憶が薄れる魔法とかないかな。
「ふふ、いいのいいの。とても調べがいがあるの。けどもっと素直になって欲しいの。力の差がわかればいいの?」
周囲の空間に亀裂が入り、中から巨大な目玉のようなものがこちらを覗いている。
「ひっ、なによあれ!」
「うへえ、大抵のことにはびびらないスけど、あれは嫌悪感っつーか、心に嫌なものが貯まる目ッスね」
さてどう倒せばいいのやら。こいつらを外に帰さないと、世界ごと消すという最善手が使えない。三日月さん以外が消滅しかねないのだ。
「いかんな。皆気を強く持て。あれは心に忍び寄るものだ。オレでも嫌悪が来る」
「世界を侵食できるのだから、人の心にだって入り込めるの。ずっとずっと深くふかーくまでね」
そして亀裂からしれこが複数出てくる。今度は数十人だ。全員が黒いオーラに包まれている。単純な性能アップってだけじゃないなあれは。
「さあ、もっと戦うの。勇者科の力が覚醒するにはいい条件だと思うの」
「もう最悪ッスねえ……」
「切り抜けて対策を練るのよ。こっちが勝つ方法を探るの!」
「気を抜くなよ! こいつらは痛みもなければ死も恐れない!」
戦いながらオルインの座標を確認する。ここが完全な別次元なのか、オルインの中に作られたスペースなのかで話は変わる。
「とりあえず目玉ぶち抜いてみるかね」
「させないのよ」
指先から放つ攻撃魔法が、しれこの大群で防がれる。数匹貫いても障壁と肉の盾でどうにでもなるわけか。
「防ぐということは弱点ということでいいのだな?」
一太刀でまとめてしれこを切り飛ばした三日月さんは、亀裂へと走る。
ここで三日月さんの手柄にしてしまおう。俺も素早く隣につく。
「だーめ。そんなに甘くないの」
数百匹のしれこが一斉に湧いて出る。まだ超人を超えたレベルじゃない。どうやら本気で俺達の性能テストをするつもりだ。
「アジュ、三日月さん! できれば早めになんとかして!」
「うぐっ! ええい邪魔ッス!」
強化魔法ばりばりにかけたガンマですら、数匹のしれこで精一杯みたいだ。
ホノリも限界ギリギリで傷はついても、なんとか死にはしない程度に戦えている。
「ホノリ・リウス、適正値アップなの。まだ上がる? 基本スペックも上がってるの。勇者科じゃない男もまあ強いっちゃ強いのね」
こっそり援護して負担を軽減しつつ、なんとか亀裂への攻撃を再開する。やはり生半可な攻撃では通じない。
「それに比べてイノ。あなたはだめだめなの。強いだけ。まったく主人公の器ができてない。強さもそっちの男以下なの。本当にどうしようもないの」
「大きなお世話よ、あうっ!? この! 倒れなさい!!」
イノは一体でも相当苦戦しているようで、このままだと一番に死ぬ。
「オレの眼の前で、子供は殺させん!」
「少し邪魔なの」
膨大な魔力が内包された個体がいる。そいつは数千のしれこコピーが融合したようで、三日月さんに迫ると互角の切り合いを演じ始めた。
「ぬぅ……これは少々骨が折れるか」
「これで反撃の手段は消えるの。さらに融合続行。溶け合うの。すべてが深淵の闇へと溶ける。優秀な個体として部下になる権利をあげる。剣神三日月」
「御免被る!!」
全力に近い斬撃で超コピーの腕を切り飛ばしても、さらに融合を続けて復元される。俺は俺で邪魔なコピー軍団の処理と仲間の援護で厳しい。これ以上の力を出すには、部屋が狭い。味方が俺の魔力開放で消し飛んでしまう。
「そんな、三日月様でも……うああぁ!?」
「楽になっていいの。さあ一心不乱に殺し合うの。もっと狂気を、混乱と混沌を」
「う……あぁ……もっと……もっと混沌の中へ……」
イノが洗脳されかけている。もう時間がないな。
『ソード』
強引に割り込んで超光速の剣を振り回す。周囲の景色もどうせしれこの体だ。この際だから徹底的に切り裂き続ける。
「ギイイイイィィィ!!」
亀裂から人間じゃない叫び声が上がる。なるほど、あの化け物にも効くのか。
「ふーん、そういうことをするなら、一人殺しちゃうの」
「甘いな」
本日一番の速度で全員を亀裂の中に投げ込む。俺が切り裂いてオルインと繋げた次元と世界の穴だ。
「三日月さん、全員連れて逃げろ!」
「承知」
亀裂の外側で三人を受け取った三日月さんが城外へと逃げていく。
「よーし、これでようやく殺せるな」
「自分だけ残って囮になる……ううん、殺せるプランがあるのね。乗ってあげるの」
壁からも床からもしれこの声がする。天井や柱に目や口が浮き出ては笑い声が響く。これは脳に来るタイプか。俺は鎧のおかげで洗脳されたりはしない。
「じゃあ殺してみせて」
数千のしれこが迫る。同時に重力と酸素が消え、光がなくなることで完全な闇が形成された。
「これくらいは乗り越えて欲しいの」
「任せな」
期待に答えてやろう。ここまでストレス貯まる戦闘ばっかりだったし、久々に暴れてやる。
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