古き神しれこ

 未知の神っぽい気持ち悪いやつを、できるだけ早く倒そう。

 まずこの世界が気持ち悪い。生物とその内臓のような、だが壁がない永遠に続く空間のような、本当に形容できん場所だ。


「不快感が強まった……」


 今まさに目覚めようとしている、しれこの姿をした化け物。異形にして形のないはずの神。中身がどうなっているのかわからないが、今までの敵とは違うプレッシャーだ。間違いなく激戦になる。五感を研ぎ澄ませば、不思議な感覚が強まる。


「匂いがない?」


 無臭なのだ。この空間そのものに何の匂いもない。隔絶された世界だからか、臭気を発する生物がいないのか。だが内臓っぽい床だぞ。鎧なしで感知できる気がしない。神に近い存在じゃないときついな。


「整合性というものを消すことで、人間に違和感を植え付けるタイプか」


 しれこを包む心臓部の鼓動が強まり、肌の色が緑へと変わっていくのが見えた。

 そしてうっすらと目が開き始める。


「くたばれ!!」


 先手を取って飛び蹴りかましてみるが、心臓部の壁に弾かれる。

 マジかよ、宇宙とか百個単位で消える威力だぞ。


「小細工しおって」


 何重にも未知の技術と耐久力を重ねている。アカシックレコードとして様々な世界を観測していたため、あれこのようにデータを引っ張り出して貼り付けられるのだろう。邪神としれこは完全にミックスされたようだ。

 そして『何もない』が襲ってくる。


「ええい邪魔だ!」


 何もない空間から、確かに人間を狂わせて殺す何かが襲ってきている。無色透明で無臭で気配もないから、鎧がなければ見切れないだろう。光速の数兆から京倍くらいは速度が出ているのに、風圧のようなものを感じない。だが威力はしっかりあるようだな。


「こんなもんで倒せると思うなよ!」


 人を存在から塗り潰すような何かを力任せに殴り殺す。何もないを殴って殺し、ビームで貫いて殺し、空間が歪むのを感じた。


「また随分と模様替えしたな」


 ゆっくりと緑あふれる大地へと変わった。足元に川や湖や山が見える。


「ん? なんだこれ?」


 透明な板みたいなもので下に行けない。というかこれ景色として映っているだけだ。もう意味わからん。こいつの目的なんやねん。


「おおっと!?」


 心臓部から無数のレーザーが飛んでくる。この景色にそのでかい心臓は似合っていないぞ。


「お返ししよう」


『リフレクション』


 最近こういう鍵使っていなかったし、積極的に使っていこう。反射鏡で全部お返しする。自分の攻撃を食らうとどうなるのか実験だ。

 直撃したはずだが、それでも心臓が壊れない。


「壊れないなら本体に届かせる」


『ソフト』


 初めから壊れないことを前提として、心臓部を極端に柔らかくする。あとは上から飛び蹴りをかませば、心臓はゴムのように伸び、心臓部の伸びた壁ごとしれこ本体に蹴りが入る。


「どうだ。戦闘は道具の使い方だぜ」


 そしてついに、しれこが完全に目覚めた。その瞬間、世界の全てが真っ白に染まっていく。何もなくなっていくというか、何もなかった場所が消えていくというか。

 とにかく鎧で分析すると、ぼんやりとした夢の形が消えていくのだとわかる。


「夢か……面倒なやつだな」


 この世界そのものがこいつの見ている夢だ。目が覚めれば世界は消え、こいつの思うように再構築される。その権能がアカシックレコードの力で増幅され、最適化されていくのだろう。邪魔くっさいわボケ。


「最近倒すのめんどくさいやつしかいない……」


 どうしてもっと簡単に殴れば終わる敵が来ないんですかね。

 こいつを消滅させるには、完全に目が覚めてから一個体として消すしかない。

 つまり今がそのチャンスだ。

 ゆっくりと心臓部が消滅した。中のしれこが立ち尽くす。


「うおっ!?」


 攻撃を鎧が弾いた。弾いたという結果だけが突然現れた。攻撃の正体も予備動作も発動時間もなかった。突然結果だけが出た。さっきまでよりも時間のない攻撃技とでも言うべきか、妙な攻撃の精度が跳ね上がっていた。


「勇者システム……いやアカシックレコードは主人公補正なんてないはず」


 似ている。対象を選び結果だけを押し付ける。世界を捻じ曲げて自分の都合のいいように改変する。性質は似ているが同じじゃない。


「ああァァアアああ……」


 しれこから人ではない何かの声がする。男女どちらでもない。全生物の声からサンプリングして最適解を見つけているような気がした。


「時間は与えんよ!」


 俺の右拳に同じような動きで右ストレートを合わせてきた。


「こいつっ!」


 明らかにパワーアップしている。もう神と本気の殺し合いに発展する威力だ。


「アアアアア……」


 パワーも手数も無限に増えている。数え切れないんじゃない。どれだけ増えても減っても無限のまま。そういう存在になったんだ。数をカウントできる存在ではない。合わせて鎧のリミッターを外しまくる。そろそろオルインでも世界がやばいレベルになってきた。


「悪いがこれ以上付き合いきれん。完全に消えてもらうぞ」


 鎧の全力を超えるほどじゃない。だが全力を出すということは、イコール全世界が消えるということだ。パンチ一発に全世界が耐えられない。

 だからこそ消せる時にさっさと消す。


「なにっ!?」


 技の貯めに入った瞬間だった。今まで味わったことのないほどの不快感と死を貼り付けた暴力が全身にまとわりつく。


「なめるなよ!!」


 魔力を開放して振り払うが、振り払うという結果が出た時点で次が来ている。

 このやり方じゃいつまで経っても攻勢に出ることはできない。


「いいぜやってやるよ。その攻撃、できるのがお前だけだと思うなよ!!」


 鎧の知識と主人公補正と勇者システムを利用してやる。

 俺の攻撃の全工程とそこに至る思考をカット。しれこの攻撃を分析し解明してからそれを威力でも演算でも上回って最適化。因果の調律と変換を並列発動からの無限強化。強化の過程と理論の部分を消去し、作用に時間を必要としないように応用開始。動かず思考もせず、ただ結果を結果で上書きし世界ごと変換完了。全工程終了。しれこの左肩が吹き飛ぶ。


「キイイイイァァァァ!!」


 動物の唸り声のようだ。コウモリが出す音波とイルカなんかの声に狼の遠吠えが混ざったような、全生物ごちゃ混ぜの咆哮が届く。非常に不快だ。ガキが暴れるように、さらに押し付け合いが激しくなる。


「選ぶんじゃない。選ぶという時間がある分だけ俺が遅くなる。選んだという結果だけを世界に置くんだ!!」


 そしてしれこを内包した最奥の邪神は首の左側から裂けている。全工程があらかじめ終了しており、最後に残った結果だけが現実の時間に出現しているのだ。

 もし第三者がいれば、俺達はただ立っているだけに見えるだろう。そしてしれこと世界が傷ついていく。はたから見ると意味わからんね。


「なるほど、これが概念のぶつけ合いか。完全に覚えたぜ」


 だが気を抜いてもいられない。分析できないように過程を消しているが、それでもこちらとの攻防で学習している。恐ろしいスピードだ。記録するという性質がもろに出ている。


「AAAあああぁァぁあ……умереть、离开、Zeer snel、гүйцэх、ricordato、我不会再输了、おぼえた」


 獣の鳴き声が消え、恐ろしいほどクリアに声が聞こえた。


「おわり」


 真っ白になった世界で、俺の魂めがけて数億の世界とその情報すべてが流れ込んできそうになる。鎧でカットしているが、一世界分だけでも完全に発狂する量だぞ。人間には耐えられない。


「くるえ」


 なるほど、こういう攻撃もできるのか。だが甘い。今の俺はすべてを殺しきれる。全能の神だろうと、その攻撃がどんなものだろうが対応可能だ。


『スティール』


 情報そのものを、手のひらにある透明な魔力球に奪い取る。

 さっきのしれこがやっていたバースト技の応用だ。まだ世界がこいつなら、超圧縮して握り潰せば消える。


「ある意味お前のおかげかもな。今回は色々と例外過ぎたが、収穫はあった」


 世界が蠢き、再び姿を変えていく。攻撃の量が兆でも京でも該でも無限でも関係ない。一切を打ち砕く。一撃に一発で律儀に対応する。完全に格上であると見せつけるのだ。


「ささげろ」


 世界がしれこに吸収される。俺のやったことを真似しているのだろうか。吸収されて白という色すら消えた無の空間で、より一層不気味さを増した力でしれこが進化していく。この場合しれこ本体が死ねば終わるのだろうか。どこまでが夢で、どこからが現実なのかわからなくなってくる。


「うまれろ」


 本体が動き出す。見たことのない緑色の生物が、しれこの右腕にまとわりついて剣になる。


「きれろ」


「そう都合よくはいかんぜ!」


 拳で緑の触手みたいな剣を受け止めると、背後に衝撃が抜けていき、新しい宇宙が見えてきた。星々のきらめく普通の宇宙……いやこれオルインじゃね?

 魔力を探ると見知ったものがちらほらと。つまりぶつかった衝撃で時空の壁を破壊してしまい、オルインに半分出ちゃったと。


「こわれろ」


「やめろアホ!!」


 急いで接近して、無の空間があるしれこ側へと投げ飛ばす。

 だが空間の狭間で持ちこたえ、こちらの攻撃を防いでくる。


「ふせぐ」


「防ぐな! ここで戦うわけにはいかないだろ!!」


 さっきまでのノリで戦ったら、いくらオルインでもどんな影響が出るかわからん。


「はい戻りまーす」


『リバイヴ』


 オルイン側の壁を復元して、無の空間に戻ってくる。


「こわれろ」


「反省しろや!」


「もどれ」


 しれこが空間を邪神の夢と現の狭間へと戻し始める。頼むから余計なことするな……いやこれでいいのか。あの世界は特殊だ。しれこと融合した神が見ていた夢。だが目が覚めても残っているのは世界再構築の手段があるからだろう。


「やるしかないのか? だが世界が……」


 倒せそうな禁じ手はある。だが実行の余波ですべてが終わる可能性大。

 オルインの頑丈さはあらゆる世界と比べても、おそらくトップクラスだ。世界をアカシックレコードが記録し、神々とともに強度を上げ続けている。それでも不安が残る。他の世界に力が溢れ出たらどうなるか。


「くわれろ」


「そいつは無理な相談だ」


 考えないようにしていた。鎧キーの複数コンボ。シルフィとイロハの鍵をコンボで同時使用すれば、とか思いついたが、嫌な予感がしてできないのだ。


『ソード』


 俺の攻撃に慣れ始めている。一撃前より強い力で攻撃しないといけない。力なんて上限なく上がるが、それでオルインまで被害が出ては意味がない。こうなったら必殺技キー乱れ撃ちだ。


『ホゥリィ! スラアアアッシュ!!』


 まず完全に復活の可能性と世界を消す。光の奔流を剣閃と化して、完全にしれこ本体と分断して浄化完了。


「きえろ」


 こうして本体だけになるが、復元は時間の問題だ。今も無数の区分できない謎の攻撃が飛び交っている。

 間を置かずに敵の思考排除および各種怪現象と概念の殺害能力を拳に満たす。


『シュウウゥティングスタアアァァ! ナッコオオォォ!』


 情報の消去とジャミングみたいなものだ。やつの思考を停止させ撹乱して次の世界を作らせず、必殺の連撃を打ち込み続ける。


「もどら、ない?」


 復元ルートと可能性が完全に絶たれたことで、この時間軸にいるしれこを殺してしまえば勝ちになる。もうどこにも存在できない。


「完全に消えてくれ。お前は人にも神にも害悪で、邪神ってのはこういうものなんだと理解できた。だからこそ俺が殺しきらなきゃいけない」


『シャイニングブラスター!』


「ほろべ」


 お互いの閃光がぶつかり、光が無の世界を照らしていく。


「まだこれだけの力があるか。だが終わりだ!!」


 こちらが徐々に押し始め、しれこのビームを突っ切って本体を飲み込んでいく。


「くるえ、いのれ…………おねえ、さま」


 最後だけ女のような声になったが、無事に浄化できた。これでもう邪神はいない。しばらくはまともな生活に戻れるはずだ。

 ここまでしんどい戦いだったんだ、お願いだから休ませてくれ。

 今後に少しだけ不安を感じながら、消えていく世界を眺めていたらオルインに戻っていた。さて地上のやつらはどうなったかね。

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