囚われの身からの逆襲

 一夜明けて朝。なんかうまく眠れなかったので、普通に起きてしまった。


「大丈夫? 少しチェックするわね」


 イロハが俺の匂いを嗅いでくる。これは健康チェックをされているのだ。実際に疲労の蓄積部分とかを当ててくるので、おとなしく待ってみよう。善意かつ利益があるなら従うのだ。

 やがて肩を揉んでくる。どうやら凝っているらしい。


「肩か」


「肩と首ね。慣れないマットレスと毛布で寝て、しかも知らない人と一緒だもの、ストレスで姿勢がおかしくなるわ」


 マッサージが上手いので、そのまま介護される俺。知らず知らずに他人といるストレスが貯まるらしい。嫌だねえ他人って。


「すまんな」


「鎧で管理できないの?」


「できるけど禁止。なんでも頼ると普通に生活できなくなるからな」


「アジュが起きてる……すごい」


 シルフィが驚いている。他の連中も起きてきたな。そろそろ作戦について考えるべきか。


「うわっ、みんなはやーい」


 オトノハが最後だ。元気だし案外神経ずぶといなこいつ。


「さて、ここからどうするかね」


「軍の到着はもうすぐのはずです。足並みを合わせましょう


 苦手分野きたよこれ。ヒジリさんが軍の合図を知っているらしいが、証拠があるなら皆殺しでいいと思うのよ。ボスだけ捕まえればいい話でさ。


「仕方ないか。朝飯買っておるから食おう」


「おぉー、抜かりない!」


 食い物に何が入っているかわからないので、夜中に抜け出して買ってきたのだ。

 やつらの出すものは口にしないよ。


「ぅおいすぃ!」


 普通に保存食だが、こいつ何食ってもうまそうだな。そして飯食うと何もやることがなくなる。この部屋から出ると敵がいるし。


「暇だねー」


 オトノハはヒジリさんの膝に座って足をぷらぷらさせている。

 確かにやることがない。壁にもたれかかっていると寝そう。


「終わったらお昼ごはんにしようねぃ!」


「お昼までに終わればまあ……無理そうなら私がなにか作りましょうか?」


「ヒジリのごはんは辛いからやだ」


「スパイスは少なめにしますから」


「そのぶん辛いソースとか入れそう」


「入れませんよ」


 ヒジリさんは辛い料理が好きらしい。辛いのも甘いのも過剰になると好きじゃないなあ。ほどほどが一番よ。


「好き嫌いはよくないですよ」


「あれは好き嫌いとかじゃないもん! 退避!」


 なぜかこっちに逃げてくる。そのまま俺の膝にすっぽり収まった。


「アジュさんを代償にオトの安全が確保される!」


「暗君が誕生したな」


 こいつ言動はガキなのに、よく見ると美人系の顔立ちなんだな。だからどうしたというわけでもないが、少し意外だ。


「君主はお姉ちゃんだもん!」


「そこ確定なのか」


「お姉ちゃんは凄いんですよ! 美人で強くて賢くて優しいんですから!」


「だろうな」


 さぞいい国を運営するのだろう。だというのに聖地の使徒とやらは本当にアホだな。こんないいリゾートで楽しく暮らせるのに、なんだって反乱なんかするんだろう。満足しとけよ。


「今は考えても答えなんぞ出んじゃろ。のんびりしておれ」


 リリアが俺のほっぺたをつんつんしてくる。


「どうした急に」


「別に。ちょっと暇なだけじゃ。うりうり」


 ほっぺをむにむにされる。何がしたいんだお前は。あんまりない行動で意図が読めないからやめなさい。


「オトもやるー!」


「ほほう、負けるわけにはいかぬ」


「何の勝負だやめい」


 リリアのテンションがおかしい。なんかふてくされていないか?


「合図です。いつでもいけますよ」


 ここでヒジリさんから遊びタイム終了のお知らせ。頑張れヒジリさん。希望を託して横になろう。


「眠いから頑張れ」


「アジュ寝ないの。ねむねむだめ。今ねむねむしないよ」


「俺いらなくね?」


 よく考えたらいらないじゃん。超人いるんだし。ガキがでしゃばると邪魔でしょうに。


「うだうだしないで始めるのじゃ。わしらはおぬしの命令でしか動かぬぞ」


「言ってみただけだよ。んじゃイロハ」


「探索完了よ」


「シルフィ」


「止めたよ」


「行動開始だ」


 作戦はシンプル。イロハが各部屋を影で調べ、敵のいない部屋の時間をシルフィが止める。これにより開く扉の部屋に敵がいることになる。


「私は館の主人であるペイジのいる部屋へ行きます。オトノハ様はここで……」


「よーっし、みんないくよー!」


 完全に一緒に行くつもりである。しょうがないから連れて行こう。


「ではヒジリさんはペイジに一直線で、俺たちは雑魚ちらしで」


「ヒジリのお仕事は邪魔しないよ!」


 というわけで部屋を出ると、広い廊下にクズが三匹いた。一匹がゆっくりとこちらに向けて歩いてくる。


「なんだトイレか? うろうろしてると少し痛い目にあってもらうぜ」


「さあ、やっておしまいなさい!」


 オトノハがとても元気だ。クズの相手とかしたくないんだけどなあ。


「ああ? こんなガキに何ができるってんだ? あんま舐めてっとひでえめに……」


「うるせえクソカス」


 カトラスでクズの首を跳ね、回し蹴りで胴体を右のクズに、生首を掴んで左のクズに投げる。


「サンダーシード!」


 両方に雷の爆弾を仕込んでおいた。


「ぎゃばええ!?」


「うげああぁぁ!?」


 これでクズ三匹が丸焦げになったわけだ。さらに目玉を拾って曲がり角に放り投げてやる。


「ん? なんだあ?」


 かかった。無警戒に拾いに来たアホが、目玉であることに気づいて驚いている。


「うぎゃばばばば!?」


 当然爆雷を仕掛けてあるのだ。


「ザコばかりだな」


「ほどほどにやってください」


「えー」


 オトノハからNGが出ました。もっと成敗! みたいな雰囲気がいいのだろう。しょうがないな。お姫様に冒険の思い出を作ってやるか。


「じゃあみんなに任せる。屋敷は包囲しているだろうけれど、一人も逃すな」


「りょーかい!」


 ヒジリさんはもう先に行った。ここからはギルメンによる一方的な蹂躙である。神殺しを達成しているこいつらに勝てるやつはいない。


「なんか、オトが考えてる百億倍強い」


「強いぞ。だからおとなしくしていてくれ」


 敵は廊下から逃げることができない。部屋の窓は時間が止まっていて壊れないし、別室に逃げ込もうにも開かない。そして隙を晒す。


「ほぼ片付いたか。あとはヒジリさんだが」


 ヒジリさんの魔力が上がり、そのすぐ近くで膨大な気味の悪い魔力が膨れ上がる。間違いなくやばい。


「あーあ、やっぱりこういう落ちですよね。はいはい俺が行きますよ」


「正直こうなると思っていたわ」


「いいから急ぐのじゃ」


 ダッシュで目的の部屋に入ると、ヒジリさんと領主っぽい高そうな服を着たエルフがいた。あいつがペイジか。


「ヒジリさん」


「来てはだめです!」


「こいつは吸い終わった。次はお前だ、超人ヒジリ」


 よく見ると男の背後には、水使いの敵と知らないエルフの男が死んでいる。ミイラみたいに痩せ細っていた。


「あいつは人の血を取り込む特性があるようです。囚人の血を飲んでいました」


「そうだよお……これで私は誰よりも聖地に近づくんだああ……」


 ペイジの全身がぼこぼこと動いては、顔中の穴から血が流れている。きもい。


「うえぇ……気持ち悪いよぉ」


「ん? んん? おっはあああ! オトノハだ! オトノハ・サーシャクルだああああ! いいぞいいぞ! 運が回ってきた!!」


 めちゃ笑顔だ。しゅごいきもい。さっさと殺そう。


「お前の血があれば、聖地にだって入れるはずだ!!」


「違う! 聖地はそんなものではない!」


「試したことでもあるのかああ? お前の血だって手に入れてやる。人は水と皮と肉だ。それを維持するには血が必要。なら血があればいいのさああ!」


 ペイジから血が吹き出るのではない。血がペイジを包んでいる。そして窓から大量の血液が合流した。


「血の化け物ね」


「私は血さえあれば生きていける! お前たち全員の血液で強くなるぞおお!」


「ペイジ、誘拐・暴行傷害おやび国家反逆罪その他いろいろであなたを捕まえます! ヒジリは強いんだぞー! 無駄な抵抗はやめて、おとなしく捕まりなさい!」


「断る! お前の血をよこせえええ!!」


 血で作られた腕が伸びる前に、ヒジリさんの剣が切り裂いた。


「ぐがあぁ!?」


「無駄だ。私はネフェニリタルでも上位の超人。水だろうと血だろうと切り裂きダメージを与える術は心得ている」


 ヒジリさんがゆっくりと近づいていく。ペイジはあれだけ騒いでいたのに、少し切られた程度で弱気に見える。


「アジュ、天井から血の匂いがするわ」


「しまった、ヒジリさん下がって!!」


「遅いわ!!」


 天井が崩壊し、血の雨が降ってくる。シルフィが即座に血を止めて、全員で館の庭へ出た。


「弱っているふりか。小癪な真似を。その程度で傷つくとでも思ったか」


「ブラッディミストオオ!!」


 血が飛沫を上げて拡散されていく。これだけでもかなりの量だ。どこに隠していたんだよ。まずガードキーで味方を守ろう。


『ガード』


「違う。あいつは体内に入っちまえばいいんだ。だから霧でも口に入れたらやばい。二人は自分に魔力で膜を張れるか?」


「できるよ!」


「心得ております」


 懸念材料だったオトノハとヒジリさんも平気っぽい。まあオトノハには結界を張りっぱなしにしておく。これで問題なさそうだ。


「よし、とりあえず距離を取って……」


「逃がすかああ!!」


 館の三倍ぐらいでかい血の塊が迫る。なんとなく人間の顔っぽくてきもい。

 これ以上見たくないし、さっさと倒してしまおう。

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